因果
4
僅かな星明かりを頼りに村へ辿り着く。
ハイランドウルフの群れ襲撃後も、ゴブリンや巨大な蜘蛛、赤い目をしたフクロウに襲われ、命からがら逃げてきたハルとティナ。ビッグス、ウェッジのボディも傷が増え、満身創痍な有様だった。
「おい!大丈夫か!?」
「なんとか、戻りました」
「ったく!心配かけさせやがって…」
村の入口で、数人の不寝番と共に待っていた村長に出迎えられる。太い木の棒に松明を持っているだけの村人達の中で、両刃の戦斧を担いだ村長は、確かに頼もしく見えた。
「川の上流から崖沿いを進んだ場所で、武装したゴブリンの死体を見つけました」
「なんだって!?」
「数も10匹以上いたと――]
ハルの報告を聞いた村人達がざわめく。村長は焦った様子でハルの腕を掴み、皆から少し離れた場所へ連れて行く。
「ちょっと待て!武装ってのは金属製の鎧兜に、剣や槍を持ってたのか?」
「え?いえ、骨でてきた鉈と鱗皮の兜に、錆びた槍でしたよ」
「あぁ!なるほど!拾った物を身に着けてるゴブリンの事だな?。そういうのは珍しくねぇ、武装したゴブリンとは言わないんだよ」
後半は村人に言い聞かすかのように、振り返って話す村長。妙な違和感を感じるが、それが何か分からなかった。
「で、皆死んでたって?」
「ええ。よくわからない生き物と争っていたようで、丸焦げになっていました」
「丸焦げだって?…ふむ…ここまで聞こえてきた爆発音は?あれ以来、森の様子がおかしい。普段はもっと高地にいる魔物の姿を見たって奴もいる」
ハルが遭遇した高地狼は、赤い目をしていなかった。その為、日が暮れるのも覚悟で毛皮を剥ぎ、ビッグスに担がせている。
「爆発音は…わかりません。着いた時には終わっていたので」
「ほんとか?…その毛皮は?」
「森で狼に襲われました。うちのゴーレムが数頭倒すと、逃げていったので助かりました」
「ほぉ…そいつはやっぱりゴーレムだったのか」
訳知り顔で顎に手をやる村長。村の人々がゴーレムを見てもたいして驚かない事に、ハルはずっと不思議に思っていた。
「この村の人はあまり驚かないですよね」
「いや、皆驚いていたさ。俺は現役だった頃に似たようなもんを見た事があるから、驚いてなんてないがな」
似たような物について質問したかったが、毛皮を調べていた村長が口を開く方が先だった。
「ハイランドウルフか…ん?こいつは魔物化してなかったのか?」
「はい。赤い目をしていませんでしたよ」
「そうか…いや、そうか。お前、肉はどうした?」
「肉?いえ、持ってません。その後も森からいろいろ出てきたので、逃げるので精一杯でした」
そういうと村人の何人かは残念そうに肩を落とす。村長はその様子を見て、しばらく考えた後にハルの肩を叩く。
「実はな?あんまり騒ぎを起こすようなら、村から出ていってもらうか相談していたんだ。だが!少し話が変わってくるな?」
村長は村人達がそう望んでいるみたいな言い方をしたが、暗がりの中でもわかるくらいに、彼等は不満気なのが見えた。
「あぁ今日はもう遅い。疲れてもいるだろう。宿代は気にしなくていいから、ゆっくり休んでくれ。それと明日また頼みたい事があるから、来いよ?」
「そう…ですか。わかりました」
ハルに数枚の貨幣を握らせた村長は、解散だと言って二人の不寝番を残して帰っていく。実際疲労しているハルも、重い足取りで宿へ向かった。
(また面倒事を押し付けられるんだろうか?得るものはあったけど、失った素材を考えると割に合わないな)
手の中の鉄貨三枚を見つめながら、ため息をついた。
宿の前に着くと、暗闇の中にいたエディンに驚かされた。
(なんで隠れてるんだよ。ほんとに罠師か?)
彼の要件に察しがついているハルは、質の悪い魔石数個を選び、スリングバッグから取り出すふりをした。
「無事でよかった。心配したよ」
「悪いけど疲れてるから、早々に洞穴の話をしよう」
「あ、あぁわかった」
「結論から言うと、魔石は見つけた」
「おぉ!」
エディンに魔石を手渡す。しかしゴブリンが集めていた事を伝えると、複雑な表情を浮かべる。
「そうなると…迷宮内で魔物を倒してない?」
「あ〜…倒して入手はしてないな」
「そうか…それだと少し…いや結構良くないか?」
「なぜ?その魔石は確かに洞穴で見つけたものだが?」
「もし報告して、調査にきた冒険者が迷宮を見つけられなかったら、虚偽の罪に問われるかもしれない」
エディンの言う事はもっともだったが、再びあの場所へ行く気にはなれなかった。
「あの辺りは今、特に危険だ。もう行く気はないよ」
「そこをなんとか頼むよ。あと少しじゃないか。迷宮発見の報酬は最低でも金貨が出る。発見が遅れれば、近隣の村にとって脅威だからね」
「うーん…いや、やっぱり今すぐは無理だ。森にはまだハイランドウルフもいるし、村長からまた頼み事があるらしいんだ」
「そ、そうか…」
落胆した様子のエディンに、ハルはリュックサックから黄色い大葉に包まれた猪肉を取り出して渡す。道中で見つけた大葉には、虫を寄せ付けない効果があった。
「これは?」
「また猪を見つけたんだ。傷まないか不安だったから焼いてある」
「いいのかい?」
「村の人達と分けて食べてくれ」
「ありがとう!助かるよ」
猪肉を抱えたエディンを見送り、納屋にゴーレムを待機させる。今朝は綺麗だった白いボディも、今は返り血や獣の毛で汚れてしまっていた。
「明日、綺麗にしてやるからな」
そう言うと、ビッグスとウェッジは頭を動かす。こういった動作をハルは命じていない。マジックバッグへしまえるゴーレムコアに、自我がないのは確認済みだ。だが戦闘中の細かな判断やちょっとした仕草さなんかを見ていると、そこに誰かがいる気がしてならなかった。
(ティナが生きた時代、生身の人同士の接触は稀だったらしい。ゴーレムや自動人形に人の行動を模倣させて、寂しさを紛らわしていたんだろうな)
宿の中へ入り、主から部屋の鍵を受け取る。既に厨房の火は消えており、食堂の燭台も片付けてあった。
「悪いな。夕飯は終わっちまってる」
「大丈夫です。食べてきたので」
「ん?この辺に飯屋なんてないだろ?」
「それは…食べれる野草とかを知ってるんです」
少し無理のある話だったが、宿の主人は信じたようで、気の毒そうに見てくる。
部屋でティナを先に休ませると、今日の成果を確認する。今日中にやっておかなければ、明日また危険な状況になった時、後悔する事になりそうだったからだ。
ハイアロクラスタイト繊糸鋼でできた赤錆ゴーレムの残骸は、頭部と胸部の板、二本の後ろ脚、幾つかの欠片を回収していた。頭と脚に関しては中が空洞で、大きさに対して量は少ない。それらをスキルで確認していくと、かなり特殊な物だとわかった。
欠片は強い衝撃を受けると爆発し、塊は火花が散って高熱を発する。この特性は水を受けると抑制されるようだ。扱いには注意が必要で、火炎放射の機能を持つ部分がなくなってしまったのが痛い。
長さが一メートル半近くある二本の後ろ脚は、節が二ヶ所あって先端は鋭く尖っている。特性上、直に持つのは危険だが、中に通せる物があれば、結構良い槍になりそうだった。
(タコの胴体のような形状をした頭部と、一番大きい胸部の板は、そのまま使うにはうちのゴーレムまでダメージを負ってしまうかも。形状変化させて使うにしても…)
良い考えが思いつかず、マジックバッグへしまう。
次に骨で出来たギザギザ刃の鉈は、材質はただの骨だが、革ベルト同様に特別な力が備わった物のようだ。しかし鳴響骨と擦り合わせた事で、刃の山は目に見えて欠けてしまっている。最早鉈としては使えないだろう。
そして鳴響骨と合わせた効果は諸刃の剣に他ならない。ただ位置関係で影響の違いがあり、上手く扱えれば相手にだけ効果を与えられるのかもしれない。
(一番近くにいたハイランドウルフは、その音を聞いて絶命していた。鉈の効果なのか、骨の効果なのか…)
手にした鳴響骨からは、赤い光の模様は消えている。どのタイミングでゴーレムクリエイトの力が増したかはわからないが、物に宿った力を目視できるようになっていた。
(マナ知覚。おそらく魔力とか魔素の事だろう。そしてこのタイミングでわかるようになった謎の装置――マナ精錬装置)
マジックバッグから取り出した顕微鏡型装置を床に置く。覗き込み部分にあるソケットへ、手持ちの中から一番大きな魔石をセットし、レンズ下の左右から伸びたニードルに小さな魔石を挟み込む。側面のスイッチを入れると、眩い光が上部のレンズから照射されて、ニードルに挟まれた魔石が回転しながら削られていく。小さな魔石を三つ程費やして、下部の台座内から取り出されたのは、照明装置等に使われている結晶だった。
(輝度が高く質の良いマナ結晶になった。これを使って即席のゴーレムが作れる。それともう一つの使い道か…)
ソケットの魔石に内包されていた魔力量が減っている。良い魔石で悪い魔石数個を濃縮する効率に疑問は残るが、マナ結晶でしかできない事があるなら、仕方ないと割り切った。
翌日。少し遅い目覚めのハル。窓から差し込む日差しは弱く、昨日よりも肌寒い。身体に掛けていたマウンテンパーカーを羽織り、手を擦り合わせる。
(毛布が欲しいな。麻か綿があれは作れるのに…)
既に起きていたティナは、土だけ入ったスノードームの育成キットを眺めていた。ハルもそれを見て、火傷の事を思い出して手のひらを確認するが、跡は何処にも見当たらなかった。
(一晩で治った?そんな早く治るものなのか?またはあの植物のおかげか…)
「新しいの見つけにいこうか」
ハルの問いかけに、ティナは笑顔を見せた。
宿の主人から今回だけ銅貨二枚でいいと言われ、朝食を注文した。内容も前回より少しだけ質が良くなっている。黒パンを千切ってスープに浸し、ふやけて柔らかくなってから食べた。
「猪肉を村に入れてくれたんだってな」
「たまたま獲れたので」
「助かるよ。今季は例年より蓄えが少なくてな。春まで節制しなきゃならなかったんだ」
エディンは猪肉を独占ぜす、ちゃんと村中に配ったらしい。一人当たりの量は僅かなものだが、喜ばれているようだ。だけど一部は生焼けだったらしく、焼き方を宿の主人から教わった。
納屋でティナと手分けしてゴーレム達を洗う。自動修復機能が働いたのだろう、ほとんどの傷がなくなり、汚れも落ちていた。
(グラム単位でだが確実に損耗している。残りの素材も僅かだ。何か考えないと…)
ビッグスの脇腹をタオルで拭いてやると、頭を左右に振ってイヤイヤをする。その仕草を見て、ティナと一緒に笑った。
「おい!いつになったら来るんだ!」
「あぁすみません。まだ準備ができてなくて」
しびれを切らした村長が乗り込んできた。
頼みというのは言われなくてもだいたいわかる。しかし昨日の今日では気が乗らない。
「猪肉の件聞いたぞ?なんで隠してた?」
「隠してた訳じゃないてすよ。命からがら逃げてきて、優先する事じゃないでしょう?」
「むぅ…まぁいい」
ハルの苛立ちを含んだ言葉に、村長は少し身を引く。
「ハイランドウルフが森を荒らしてるうちは狩りもできねぇ。魔物化してない獣肉を納品してくれたら、相場より高く買い取る」
「一応言っておきますが、僕は冒険者じゃないですよ?」
「わかってる!何もハイランドウルフを相手しろとは言わん。奴らの目を盗んで、春まで待てずに出てきてる獣を狩ってきてくれ」
思うところはあるものの、金が必要なハルは渋々引き受ける。
「こいつをくれてやる。鐘が6回鳴ったら帰ってこいよ。間もなく日が落ちるからな」
そう言って村長は納屋から出て行く。足元に放られた小さな鐘には魔力の反応があった。
(時を知る道具か…)
嫌なところもあれば、気を利かせてくれるところもあり、村長の気質に困惑するハル。準備を済ませると、つまらなそうにしていたティナとゴーレム達を連れて出掛ける。
「猪の毛皮の時もそうだが、いったい何で毛皮剥ぎをしてる?素人でももう少しマシなものを持ってくるぞ?」
「折れたナイフしかなくて…予算が合えば買いたいのですが」
昨夜の高地狼の毛皮を店へ売りに来ている。ついでに錆びた槍の穂先と、魔石を数個提示して、丈夫な樫の製材棒二本と麻の毛布を購入する。極力貨幣を使わないよう心掛けた。
「仕方ねぇな…これ持ってけ」
「え?いいんですか?」
「狩りに行くんだろ?今回だけだ。剥ぎ取りナイフってのは安くはないんだ。大事にしろよ?」
使い込まれてはいるが、切れ味の良さそうなナイフを貰う。その後、情報収集した結果、南を道なりに下っていくと街道沿いの村があり、そこを通り掛かる乗り合い馬車で一番近い大きな町までは、四日掛かるとわかった。
「町まで行くなら銀貨数枚は用意してけ、無いなら魔石でもいい。あれはどこでも通貨の代わりになる」
「わかりました。ありがとうございます」
「旅人なら知ってるだろうに…」
ブツブツと文句を言ってはいるが、質問には答えてくれる店主。魔物の脅威を排除し、食料をもたらした事で、多少は受け入れられたようだ。
村での準備が整い出発する。起きるのが遅かったからか、エディンとデールの姿を見なかった。
村の北東、見晴らしの良い丘陵地で、ティナの植物探しをしつつ、奥の手を製作する。
(ハイアロクラスタイト繊糸鋼の欠片と製材棒を使って、当たればその衝撃で爆発する投擲槍を作ろう。槍というよりは大きな矢だな。村の連中は怒るだろうけど、強敵と遭遇したら必要になる)
スキルを使えばマジックバッグの中で完結する、とても簡単な作業だ。
目の前で行われているゴーレム達の特訓も、だいぶ様になってきている。ビッグスの投石は、動いていない標的にはほぼ当たるようになった。ウェッジの突きは鋭く、薙ぎ払いはリーチがあり集団相手に良さそうだった。
(けどまともな武器がないな…この辺りの天然資源はだいたい試したけど、耐久力がない。その辺にある岩の槍なんて、一見良さげに見えてただ重いだけ。簡単に砕けてしまった)
植物を観察して回っていたティナが、少しずつ森へ近づいていく。ウェッジを向かわせるが、森から何かが飛び出してくる事もなく、平和そのものだった。
岩の陰や地面に空いた穴など、小動物の形跡を探したが何も見つからず、時間だけが過ぎていく。
「森へは入りたくないな…ん?待てよ?」
マジックバッグからマナ結晶を一つ取り出し、ゴーレムクリエイトを使用する。するとマナ結晶は繊維状に解けていき、手からこぼれ落ちていく。そして地面へ達すると、周辺の土と石を巻き込み人型のクレイゴーレムが出来上がった。
(ゴーレムコアと同じ繋がりができた。ただ魔力が急速に減少していくのを感じる)
立ち上がったクレイゴーレムを森の中へ送り出す。ビッグスより一回り小さい土塊のゴーレムは、それでも力強く踏み出し、パワーを感じさせた。だが移動速度は遅く、人の駆け足くらいの速度を出すと、土と石でできた身体が少しずつ崩れ始めてしまう。
クレイゴーレムとすれ違い、植物入りの育成キットを持ったティナがやって来る。
「良いの見つけた?」
ティナは答えないが笑顔で見せてくる。昨日とは違う見た目の植物だったが、それも何かしらの薬効があるのだろう。
クレイゴーレムが森へ立ち入ると、草を踏み慣らし、低木を倒していく。そのうち姿は見えなくなるが、漠然とした位置を感じる。そして唐突にクレイゴーレムの魔力量が減り、森の中から争う音が聞こえてきた。
(何かと交戦してる?そのまま下がってこい)
間もなく飛び出してきたのは、赤い目をした大蜘蛛で、クレイゴーレムは背中が僅かに崩れていた。
「よし。良いぞ――お?」
一緒に飛び出してきた穴熊を見つけ、ウェッジに跡を追わせる。ビッグスの投石は大蜘蛛の片側の足に当たり、地面へ伏せさせた。その後はクレイゴーレムが難なく叩き潰し、ウェッジが捕まえてきた穴熊を回収する。
「小さい上に痩せている。これじゃたいして食べれるところはないな」
クレイゴーレムはしばらくした後、唐突に崩れ去った。そして昼まで探し回ったが、他には何も得られず、帰路についた。
村長に穴熊を渡したが、予想通り不満気だった。
銅貨四枚にしかならず、鐘四つで帰ってきた事に文句を言われる。しかし午後は雲が増し、霧雨が降り出したので宿へ帰った。
若干濡れた事で寒さが増す。部屋で頭を拭いていると、ハルは目覚めてから今まで身体を洗う事もしてなかったのを思い出し、清拭をする事にした。
水が湧く容器を揺すり加熱してお湯を沸かす。タオルで身体を拭いていくが、ほとんど汚れていなかった。
(この身体、代謝が緩やかだといっても、さすがに変だ。まるでゴーレム達と同じように自動修復機能でもあるかのようだ)
気温が低い為、ほとんど汗をかかないのは理解できるが、体臭や垢がでないのは不思議だった。
ティナに背中を拭いてもらい、人心地つく。
彼女の為にお湯を沸かしていると、肩を叩かれてドアを指差される。出ていけという事らしい。
(着替えの時は部屋にいてもよかったのに、だんだん距離を置かれてる気がする。何かしたかな?)
しばらくして中へ入ると、着替え終えたティナが植物を観察していた。やる事がないハルは会話を試みる。
「ティナ。ハルって呼んで」
チラリとこちらを見た後、再び育成キットへ視線を戻すティナ。ハルは彼女の手を取り注意を引くと、繰り返す。
「ハル。ハ、ル」
しつこいハルにティナは少し驚いた表情をすると、眉根を寄せてそっぽを向く。
「じゃあ、おはようは?お、は、よ、う」
そんな事を数回繰り返した後、根負けしたティナが口を開いた。
「ハァル」
「お…ハル。もう一度、ハ、ル」
手を揺すってせがむように繰り返すと、困った様子の彼女は鼻から息を抜き、続けて繰り返した。
(やっぱり喋れない訳じゃないんだ。にしても、かわいい声だな…)
午後をそうして過ごすと、日が落ちてから村の様子が慌ただしくなった。
ドアをノックされて出てみれば、宿の主人がいた。
「ちょっといいか?実はな…エディンが帰って来たんだが、デールが襲われて死んだらしい」
「死んだ!?…魔物ですか?」
「いや、わからん。村長が呼んでるから井戸場に行って、直接聞いてくれ」
ティナを連れて村の中央にある井戸場へ向かう。井戸の周囲には大勢の村人が集まっており、村長を糾弾しているようだ。
「あなたが追い詰めるからでしょ?彼は何度も危険だと言っていたわ」
「出掛けたのは奴自身の判断だと言ってるだろ!」
「遠回しな嫌味を言って、挑発してたじゃないか。あれでは村に残っていられない」
「嫌味だと!お前達が普段言っていた事を代わりに伝えてやっただけじゃないか!」
言い争う村長達がハルに気付くと静かになる。村長が村人達を押し退けてやって来ると、近くの民家へ寄り掛かって見ていたエディンを呼んだ。
「お前から話せ」
「えぇっと、今朝早くに呼ばれて狩りに出掛けたんだ。狩猟は得意じゃないと言ったんだけど、聞いてくれなくてね…普段は行かない北の森に行って、奴を見たんだ」
「奴?」
「北の飛竜山脈西端を縄張りにしてる、大きな山猫がいるんだ。それが死霊化していて、突然襲われた」
「やま…死霊?」
聞かない言葉に要領を得ない顔をしていると、村長が割って入ってくる。
「死霊ってのは魔物が死んで負の魔力が溢れ出した後に、瘴気溜まりを作って転化した奴だ。知らないのか?」
どう返事したものか悩んでいると、エディンが続ける。
「死霊は厄介な相手だよ。既に死んでるから簡単には止まらない。倒すにはバラバラにして埋めるか、炭化するまで焼くか、聖水が必要だ」
「聖水なんて町まで行かなきゃならねぇ…あの山猫はハイランドウルフと対立していたんだ。それがいなくなったから、森まで狩り場を広げたんだろうよ」
「えっと…なぜ僕にそんな話を?」
村長とエディンが顔を見合わせる。こういう時の嫌な予感は当たってしまうものだ。
「お前が山から来たのは知ってる。山猫を倒したな?」
「あっ俺は言ってないよ?デールが猪の死骸や山猫の毛皮なんかがそのまま放置されてたって言っててね」
村長がエディンの頭を小突く。ハルの事を良く思っていなかったデールが痕跡を辿り、嘘をついている事がバレてしまったようだ。村人達の視線も、どこか冷たく感じる。
「今更その事を問い詰めたりはしない。けどな、デールの奴はお前が入れてくれた猪肉に対抗心を持って出掛けたんだ。奴は俺と一緒に冒険者してた頃は、カッパーランクの腕の良い狩人だったからな」
「…僕が悪いと?」
「そうじゃねぇ!だがこのままにはしておけねぇだろ?」
山猫が死霊化した事やハイランドウルフが森まで出て来た事に、間接的に関わっている為、少なからず責任を感じる。しかし良かれと思ってした事で、誰かが命を落としたと言われては、なかなか納得し難い。
「その山猫を倒せって事ですか?」
「あぁ、まぁ死霊は日の光の元では長く留まれない。森の中だろうと持って5日から10日だろう。ハイランドウルフか死霊山猫、どっちか片付けてくれ」
村長は手を打ち合わせて、皆に解散するように言うと帰っていく。エディンは去り際に、北の森を鐘一つ進んだ場所にデールの死体があるといい、できれば回収してくれという。
「彼はあまり褒められた人じゃないけど、村で苦楽を共にしてきた仲間なのは事実だ。彼を取り戻せれば、少しは村からの印象も変わるだろうね」
「…余裕があればな」
「彼が使ってた弓矢は町で購入した良質のものらしい。使えそうな物があれば自分のものにするといいよ」
そういってエディンも離れていく。取り残されたハルは、理不尽さから怒りが込み上げてくるが、ティナに手を繋がれ宿へ引き返した。
翌朝、店で製材棒を買い足した。他にも木皿やスプーン等の日用品に小さめのリュックサック、ハルの着替え、ティナの帽子を彼女に選ばせる。
「全部で鉄貨5枚銅貨8枚だ」
クレイゴーレムの有用性が証明された今、魔石との交換はできない。その為、泣く泣く貯めていた貨幣で支払った。
(赤字かな…だけど以前よりも良心的な値段に感じる)
品物を受け取る際、北の森について質問すると、店主は多少嫌な顔をしながらも答えてくれる。
「森の西側は別の村が近いから、比較的魔物の数が少ないはずだ。山は…言わなくてもわかるだろう?東側へは行くな。野生の飛竜の縄張りに入ると生きては帰れないぞ?」
「野生の飛竜…野生でないものもいるんですか?」
「山脈沿いをずっと北東へ行ったところに、双子国って呼ばれてる国がある。その西側の国が飛竜を手懐けてる」
「へー!そんな国があるんですね。もう一つの国は?」
「東側は地竜種の走竜だよ。もういいか?」
そういって話を切り上げた店主は、品物の整理を再開する。用の済んだハルがドアに手を掛ける。
「まぁあれだ。退治してくれれば助かるが、逃げても良いんだぞ?死んだら終わりだからな」
ハルの返事も聞かずに、店主は奥へ引っ込んでしまった。
村の出口に向かう。村人達はそれぞれの仕事に従事していて、ハルらに注意を向ける者はいない。村の北側に建つ一際立派な民家前には、戦斧を手に椅子に腰掛けた村長がいる。その前を横切るがじっと見てくるだけだった。
(エディンは罠猟かな。いざとなったら村へは戻らず、南の街道沿いの村まで逃げよう…できる限りの事はしたいけど、ティナの方が大事だ)
丘陵地まで来ると、装備を確認する。
あまり綺麗ではない穴の空いた鱗皮の兜を被り、麻の毛布や調理用の金属板を入れたリュックサックを背負う。ティナにも店で購入した皮の帽子を被せ、小さめのリュックサックを背負ってもらった。中には研究棟から持ち出した綺麗なタオルや、残りのマーブルファイバー合金鋼を板状にした物を入れている。これらは頭上や背後からの脅威に対しての、せめてもの対策だ。
次に村の不寝番が持っていた警棒と同じ、丈夫な樫の木の製材棒をマジックバッグ内で細工する。ハイアロクラスタイト繊糸鋼製の後ろ脚に通し、形状変化で密着させて、二メートル半はある槍にした。
一部側面を刃にする為、以前入手した上質な石を整形して砥石にする。ウェッジに持たせた槍を研いでいくが、火花が散るのでビッグスにやらせた。
出来上がった赤い刃の槍はなかなかのもので、ウェッジの長い腕に槍のリーチが合わさり、ゴブリンなら三匹くらい余裕で貫通できそうだった。
「あとは投擲槍を1本担がせよう。投擲練習をしてないから不安だが、爆発なら当たらなくても効果があるはずだ」
背の低い針葉樹を選び、ウェッジに試し斬りさせる。少し溜めてから振るわれた一撃は、見事に針葉樹を切り倒した。
僅かに飛んだ火花が、幹の断面や草を焦がしたが、燃え上がる程ではない。霧雨によって湿度が高い為だろう。
切り倒した針葉樹の幹を、もう一度切り分け、マジックバッグへしまう。スキルによって整形し、赤錆ゴーレムの頭と一体化させれば、赤い鉄槌になる。
(ビッグスにはもう一本の投擲槍とこれだな。ただ振り回すだけなら習熟度は関係ない…よな?)
あとは今まで無手だったティナへ、護身用のギザギザ刃の鉈を持たせる。骨の刃は整形したが、ほとんど無いに等しい。威嚇くらいにはなるだろう。
準備を済ませて北の森へ向かう。その時、黒い鳥が飛び立ちハルの不安を煽る。隣のティナが手を繋いでくるが、笑顔はなかった。
「大丈夫。何があっても守るから」
心配そうな表情をするティナの手を握り返し、ハルは一歩踏み出した。