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麓の村


当てもなく森の中を彷徨う。鳥の囀りに羽虫が舞い上がり、草木の間を小動物が駆けていく。針葉樹の幹に目立った傷はなく、大型生物の気配は今のところない。


(どっちに向かうのが正解だ?木を切れ?何をバカな…)


記憶の底から出てきた答えは、年輪の向きを見て、進む方角をその都度確認する事だった。だが刃物といえば、折れたナイフに片手ピッケルしかなく、不確かな作業に時間を掛けたくはなかった。


ティナの案内に期待したいところだったが、彼女は周辺の植生や生き物の鳴き声が気になるのか、自発的に進む気配がない。今もつつくと縮む植物と戯れていた。


(生物学者としての生前の記憶が影響しているのだろうか?――ん?この音は…)


水の流れる音を耳にする。倒木に絡みつき、腰の高さまで伸びた蔓草の群生地を強引に突っ切り、流れの速い小川へ出た。


「川だ。これを辿れば人に出会えるか――おっと?」


そこには先客がいたようで、岩陰から姿を現したイノシシが、鳴き声を上げて威嚇してくる。目は赤くなく、それほど攻撃的でもない。そして記憶の底から導き出された情報によれば、美味しいらしい。


(ティナがいるんだぞ?殺してしまっていいものか…)


思案していると、待ってはくれなかった猪が突進してくる。それをビッグスが受け止め、ウェッジの貫手が首を抉った。しかしそれだけでは倒し切れず、ビッグスが脇へ投げ飛ばし、ウェッジが押さえている間に、頭へ岩を落として仕留めた。


「あっごめん。襲われたから…」


ハルの言い訳に、ティナは特に気にした風もなく首を傾げる。体長一メートル位の猪は、獣臭がひどい事以外、嫌な気配はしない。時間は掛かるがビッグス達にも手伝わせて毛皮を剥いでいく。その甲斐あって使えなくもないゴワゴワの毛皮と、フリーザーに収まる程度の猪肉を得た。


その際、ティナによって乳白色の粉が入った袋と胡麻の容器は取り出される。匂いが移らないか心配したようだ。


(ゴマミルクパンはティナの好物なんだな。あれらは日持ちするし、彼女の為にとっておこう)




川沿いを下っていくと、日暮れ前に山の麓にある小村を発見した。


(なんというか…メモリーコアで見た都市と違うなぁ)


遠くに見えた村の文明レベルに困惑する。

十数件の民家が密集した村は、丸太の柵で囲まれている部分もあれば、石積みの塀があったり、伸び放題の草木に面した場所もあって統一性がない。家屋は無垢の木材を組んだものがほとんどで、一部土壁になっている。排煙口からは夕煙が上がっていた。


(一度滅んで退化でもしたか?ゴーレムの話をいきなりするのは不味いか…まずは探りを入れよう)


野道から踏み慣らされた道へ出ると、二人組の男が山を指差し話し込んでいた。ハルに気付いた壮年の男は、若い男へ何事かを伝えると立ち去っていく。


ハルとそう変わらない歳に見える若い男は、頭を掻きながらゆっくりと近づいてきた。


「なあ、あんたら山から来たのか?」


どう答えていいものか、ハルは逡巡したのち当たり障りのない答えを選ぶ。


「いや、森の中を抜けてきた」

「そうか…さっきすごい地響きがしたけど、何か知ってるかい?」


崩落の事だろう。今更知っているとは言えない。


「知らないな…何か?」

「あぁ、山はドワーフの縄張りだってのは知ってるだろ?」


ドワーフと聞いて、緑の肌に角を生やした子供を思い出す。人の土地に踏み入り、殺し回ってしまったのかと、動揺から口元を手で隠すハル。日は傾き始めており、山の陰が徐々に迫る。


「たまーに来るんだよ。盗掘が。また山で悪さしてるのかなって」


今度は盗掘と聞いて、崩落現場の腐乱死体を思い出す。厳重に包まれた謎の鉄鉱石は、まだ調べがついておらず、今もマジックバッグの中にある。返事をするには機を逸してしまい答えあぐねていると、男は両手を広げて首を振った。


「知らないならいいさ。で、村に何か用?」


情報収集の為にも会話を続けたかったが、直感が危険だと訴えている。ハルは何気なく空を見上げ、肩を揉み疲れた様子をみせた。


「宿はあるか?ずっと野宿続きなんだ」

「あー、あるよ。村の東側に。太い切り株が目印だ」

「ありがとう」


そう言って歩み出そうとした時、男が再び口を開く。


「ずいぶんと風変わりな格好をしてるな。あ、いや、悪気はないよ…ん?もしかして冒険者なの?」

「ぼう――いや。ただの旅人だよ」

「へぇ…何処へ向かってるんだい?」


質問の多い男にハルは咳払いをすると、かなり離れた場所からこちらの様子を窺っている、壮年の男へ振り向く。すると男は足早に村へ入っていった。


「あぁ気にしないでくれ。こういった辺鄙な村の者達は、大抵よそ者が嫌いなんだ」

「よそ者…」

「俺も移り住んで2年目だけど、まだまだよそ者扱いさ」


肩を竦めた男がハルの隣を通り過ぎる。後ろに隠れるようにしていたティナに、少し驚いた様子で目を見開いた後、ゴーレム達から距離を取って後ろへ回った。


「それに近頃ゴブリンを頻繁に見かけるんだ。奴らはしぶとい上にしつこいからなぁ。村の連中も気が立っているんだよ」

「しぶとい?あ、あぁそうだ…な?」


ふとゴブリンという言葉が緑の小鬼姿と繋がる。元の世界にも似たような存在がいたのか、訳がわからず混乱するハル。


「ゴブリン…は見てないけど、猪なら見た」

「へー!運が良いな。けど…何も持ってないって事は、魔物化してた?残念だったな」


魔物と聞いて元の世界の記憶がより強まる。あの緑の肌に小さな角を頭から生やした子供――小鬼――がゴブリンで、ドワーフという者は別にいるようだ。


「何か困った事があったら、村長に聞きなよ。木こりをしている、ガタイの良いおっさんだからすぐわかるさ」

「わかった」


村へ向かって歩き出すと、無精髭を弄っていた男が三度、口を開いた。


「あぁそれと、腰の物はしまっていきなよ。ずいぶん前に山へ行ったきり行方不明になった、宿の客が持っていたもんだ」


そう言われて思わず腰に手をやる。毛皮剥ぎの時から厚革の腰ベルトを身に着けていた。吊るされた片手ピッケルまで揺れて、しっかり見えてしまっている。


(ちっ…バレてら。どうする?)


しかし背後の男はそれきり何も言わず、道を逸れて何処かへ向かっていく。日は沈み始めており、山の影に捕らわれたハルは、追うのを諦め村へ向かった。




村へ立ち入ると、さっそく数人の村人から注目を集めた。そのうちの何人かは、ハルが引き連れているゴーレムの姿を見るなり、家屋の中へ入ってしまう。


(目立つよなぁ。何とかしないと、無用なトラブルを招く事になるぞ)


村の中央には石積みの井戸があり、先程の壮年の男と、ハルより上背の、頭のてっぺんだけがハゲたおっさんが話していた。


「村になんの用だ?」

「当てもなく旅をしている者です。一晩の宿を借りたいのですが」


少しでも印象を良くしようと、丁寧な言葉を選ぶ。村長と思しきおっさんは、値踏みするかのようにハルらを眺めた後、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「流れ者か…あまり長いせんでくれよ?宿ならあっちだ」

「助かります。あと手持ちが少なく、取引がしたいのですが…」

「はっ!こんなド田舎に店がある訳…なんてな?何か売るなら北に見える黒い屋根の家だ」


冗談なのかなんなのかわからないが、村長が指し示したごく普通の民家へ向かう。壮年の男の前を横切る際、露骨な舌打ちを聞き、ハルは無意識に振り向く。すると水を飲んでいた村長が、水桶に器を投げ入れ声を張り上げた。


「おい!問題を起こすなよ?俺は元アイアンランクの冒険者だ。オークなら一人で何体も相手してきたからな?」


ゴーレムを睨みつけながら村長が凄む。釈然としないハルだったが、大人しく頭を下げた。


「…はい。店で取引したら、すぐ宿に向かいます」

「おう…デール!お前ももう帰れ。明日は何か獲ってこい!」

「あいよ…」


デールと呼ばれた壮年の男が肩を落として離れていく。ハルは民家前で村の様子を見渡す。


(嫌な感じだなぁ…それにしても冒険者?アイアンランクってなんだ?オークとは…ここが北側なら男が向かった先が西。太陽は東から西であっちと同じか…あっち?)


店の前で立ち止まっていると村娘が通り掛かり、ハルらに気付くと小さな悲鳴をあげて走り去った。


日は落ちて暗黒が深まっていく。そんな中で突っ立っていては、村長がやって来るかもしれない。店の中へ入ろうとドアノブに手を掛けたら、勝手に中から開かれた。


「なんだ?なにしてる?」

「あっすみません。宿代がなく、荷物の買い取りをお願いしたいのですが?」

「あぁ?早くしてくれ。もう日が沈んでるだろうが」


悪態をつきながらも応じてくれる店主。ゴーレムらは外に待機させ、ティナを連れて入る。店というよりはそのまんまの民家。居間には日用品を中心に様々な物が広げられていた。


「何を売るって?」

「えぇと猪の毛皮と、この…これらをお願いします」


あらかじめマジックバッグから出しておいた毛皮と、魔物から入手した色石をテーブルの上に置く。店主は毛皮を手に取るなり、伸ばしたり丸めたりした後、床に置いてあった籠に放り込む。


「銅貨3枚だな。屑魔石なんか自分で使えよ。こっちのはまとめて鉄貨1枚」

「…それでお願いします」

「ほらっ、もういいか?」


屑魔石と言われた蝙蝠の石に、僅かに歪んだ貨幣が四枚、テーブル上に放られる。それらを回収しながら部屋の品物を一瞥したハルは、二人分のお古の外套とリュックサックを一つ、指差していく。


「旅の途中で荷物を失ったので、それをください」

「今渡した分じゃ足りないぞ?鉄貨4枚と銅貨5枚だ。宿代が欲しかったんだろ?」

「はい。そこでこれと交換してもらえないでしょうか?」


ハルは洞窟で拾った金属板に石が貫通した物を渡す。それは特別な物ではなく、だたの鉄と石だった。だが誰が見ても明らかにおかしい代物は、店主の目を惹きつける。


「あぁん?…なんだこれは?」

「旅の途中で得た物です。普通ではない場所にあった物で、ここを見てください。この金属、断面が虹色になってますよ。それにこの重量なら素材としての価値も十分あるかと」

「普通ではないって…あ?いや待てよ…」


胡散臭そうに見ていた店主は、突然なにかを思いついたようで、じっくりと見始める。しばらくしてテーブルに置くと、腕を組んで唸り始めた。


「まぁ…確かにこの重さの金属なら…それに奴に売りつければ…」

「この石も表面に何か描いてあります。きっと遥か昔の遺物なのかも」

「遺物…うぅ〜!…よし!いいだろう!持ってけ!」


投げやりな感じに品物を投げて寄こすと、早く出てけと言われて店を出た。


(…なんとかなったな。盗掘者の袋の中身と合わせて銀貨2枚、鉄貨6枚、銅貨7枚か…この感じだと10枚で繰り上がり、金銀鉄銅の順だろう。よしよし…魔石といったか?あれがもっとあればな…)


緑の小鬼を探してみる事も考えたが、洞窟が崩落してしまった今、無理な話だった。人の気配がほとんどなくなった夜の村を、宿を求めて移動する。


切り株の宿は他に比べて一回り大きかったが、やはり民家は民家だった。宿の主人はハルを見るなり早くしろと言う。


「村長が言ってた旅人はお前さんか?…おい、そっちのは無理だぞ?」


ゴーレムらを見て、部屋には入れないという。裏庭に納屋が見えたハルが、そこを使わせてもらえないかと問うと、宿泊代と合わせて鉄貨一枚を要求された。


(村長が伝えてくれていたのか。実は面倒見がいいとか?…それにしても金が必要だな。明日ここを離れても、次の人里まで辿り着けるかどうか…とりあえず今日はもう休んで――ん?)


ゴーレム達を納屋に待機させると、急にトイレへ行きたくなった。研究棟で目覚めてから一度も行っていなかった事を思い出す。


(あれからかなりの時間が経ったと思うけど、食事はパン1つに容器の水5杯だけ。睡眠もとらず休憩も僅かな間だった。この身体、コスパが良くて代謝が緩やかなのかもしれない)


宿の主人が薪を取りに来た際、トイレの場所を尋ねると、無言で裏の草むらを指差された。


(マジかよ…囲いも何もないぞ?)


ティナを納屋に待たせ、草むらの中に見えた跨げる程度の小川へ向かう。


(なるほど…ってたいして変わらん!小屋くらい作ってくれよ)


文句を言っても始まらず、さっさと用を足してティナの元に戻る。彼女にもそれとなく勧めてみたが、「黙ってろ」と言わんばかりに、冷めた目で見られてしまった。


宿の中はさすがに宿泊施設っぽい作りになっていた。入口から右手側が食堂で奥が厨房、その隣が主の部屋らしい。左手側の客室は狭い個室が二つあるだけで、片方は窓すらなかった。


「夕飯はどうする?銅貨3枚でパンとスープだ」

「1人分お願いします」

「わかった」


空腹は感じていなかったが、村の生活レベルを知る良い機会だと考え注文する。年季の入った無垢材のテーブルは傾いており、丸太をそのまま使った椅子は、高さがまちまちだった。


「ほらよ」

「ありがとうございます」

「食器は流しの水桶の中に入れといてくれ」


ティナにゴマミルクパンを与え、宿の主人が運んできてくれた食事を引き寄せる。こぶし大の黒いパンは重くてカチカチ、まだ猪の毛皮の方が柔さを感じた程だ。とても食べられるようには思えず、隣で見ていたティナですら目を丸くしている。スープは屑野菜に肉の切れ端が二粒だけで、ひどくしょっぱい味付けだった。


(キッツ…量より味がつらい。パンはどうやって食べればいいんだ?)


結局指で千切るのもつらいパンは諦め、スープだけ無理してでも飲み干し、部屋へ引き下がった。




お世辞にも綺麗とはいえない部屋に、藁床のベッドは虫でもいそうな感じで、ハルは慄く。


(いやぁ…ノミかダニに噛まれそうだ)


ベッドは諦め、床にティナの私室から持ち出したシーツを広げる。一緒に衣装棚も出してあげて、ティナの着替えを背を向けて待った。


(余裕ができたら俺も楽な服を買って休もう。明日は他の、村か町の情報を手に入れないとな。大きな町になら、ティナの時代から今に至るまでに、何があったかわかるかもしれない)


ピンク色のパジャマに着替えたティナ。開けた胸元に興奮を隠しきれない。しかし鋼の精神で努めて冷静を装い、シーツの上で向かい合って横になった。


(いやいや…今はそんな事考えてる場合じゃない。早く寝て、明日に…備えないと…)


ティナの寝顔を見ていると、いつの間にか意識を手放していた。




翌朝、まだ暗い内から人の気配を感じて目覚めた。

窓から外を覗けば、あの若い男が村から出て行くのが見える。


(こんな暗い内からどこへ?)


既に着替え終えていたティナと、お互いの身だしなみチェック。彼女のアホ――浮き毛は直らず、今もフワフワと揺れている。襟元の乱れを直してあげれば、お返しに背中まで伸びた髪を、手櫛で梳いてくれた。


(ハサミが手に入ったら切ろうと思ってたけど、このままでもいいかな)


食堂で宿の主人から食事の提供は朝夕の二回だと言われたが、丁重にお断りした。


「村長からお前さんが起きたら来るように伝えてくれと言われてる」

「何の用でしょうか?」

「知らん。今朝早くになんかあったようだがな」


主に鍵を返し、今夜も泊まるかもしれないと伝える。納屋のゴーレムを確認していると、村人の会話が聞こえてきた。


「聞きました?エディンがまたゴブリンを見たようですよ」

「ええ。そう遠くない場所みたいですね」

「村長はまた様子見なのかしら?」


女達の話から、近くで魔物が現れたと知る。村長は動く気がないらしく、不満を露わにしていた。

ついでにハルはここらを荒らし回っている、盗賊団の仲間なんじゃないかと疑われているようだ。


(貧しい村に娯楽はほとんどないのだろう。噂話や陰口がストレス発散になっているんだな)


納屋から出ると女達は顔を伏せ、それぞれ別の方向へ歩いていく。それを目で追っていくと、村の外れで例の若い男から、何かを受け取っているデールの姿を見つけた。


「これだけか?自分用に隠してるんじゃないだろうな?」

「まさか…この時期罠に掛かる事自体稀ですって」

「ちっ…罠の数を増やせ。これじゃまたつまらない話を聞くことになるぞ」


デールが持っている黄色い大葉の包みからは、小動物の脚がはみ出している。先程の女が別の女と合流すると、二人を指差しながら眉根を寄せた。


(彼がエディンか…あの様子だと罠師で、弓を持ったデールが狩人。村の食料事情は良くないようだ。ん?彼が村に馴染めないのは、何か悪さしたからか?)


女達からは小さな声で詐欺師、盗人等の言葉が聞き取れる。聴いていて気分が悪いハルはティナらを連れて井戸へ向かう。そこでは村長が数人の村人と何事かを相談していた。


「――あぁわかった!わかった!もういいだろ?みんな仕事に戻れ!」


ハルの姿を見るなり、村長は村人らを追い払う。井戸の縁に置いてあったつるべを殴りつけて落とすと、噂話をしている女達を睨みつけた。


「遅いぞ!いつまで寝てんだ?」

「…何か用でしょうか?」

「あぁ…ちょっとこっちこい」


人目を気にした村長に、家屋の陰に連れて行かれる。


「お前、金がねぇんだったな?ちょっと小遣い稼ぎしていかないか?」

「え?」

「エディンの奴が川の上流でゴブリンを見たらしい。村の連中が不安がってるから、ちょっと見てきてくれ」

「えぇ…」

「旅人ならゴブリンのあしらい方くらい知ってるだろ?何処にどれだけいるか、調べてきてくれよ」

「…幾ら貰えます?」

「それは情報次第だな。なに、見つからなくても宿代と旅の足しになるくらいは出してやるさ」


村長は返事も聞かずに、ハルの肩を叩くと歩いて行ってしまった。


すると今度は詐欺師呼ばわりされていたエディンがやって来る。村人達の様子を窺いながら、お願いがあるという。


「ゴブリンを探しに行くんだろ?見たのは森の外れだけど、住処にしてそうな場所に心当たりがある」

「なるほど?」

「川を遡った先に崖があって、そこから東へ行くと、崩れてできた洞穴があるんだ」

(洞穴か…この辺の山は穴だらけなのか?)


ハルが辟易してる間もエディンは話を続ける。


「あの洞穴は最近までなかった。もしかしたら迷宮の入口かもしれないな」

「迷宮?」

「あぁ、もし新しい迷宮なら、その情報は町の冒険者ギルドで高く売れるんだよ。ちょっと潜って、精錬済みの金属か、魔物から魔石を取ってきてくれないか?」

「精錬済み…でもそれは盗掘なんじゃ?」

「違う違う!迷宮はドワーフの領分じゃないし、これは調査だよ。受けてくれるなら取り分はそっちが7で、先渡しでもいい」


エディンもまた、悩むハルの答えを聞かずに、デールに呼ばれて行ってしまった。


(勝手な奴らだな…でも金は必要だし、迷宮という場所で魔石が手に入るなら…)




ゴーレムを連れて村の近くを探索する。いきなり森へ立ち入る事はせず、周辺地理を頭に入れていく。


(研究棟があった山は北に位置して、ここより標高が高く、森も深い。ほとんど人の手が入った形跡もないし、用がなければ人も通り掛からないだろうな)


今行けばまた彷徨う事になる。麓の村へ辿り着けたのは、非常に幸運な事だったようだ。


(分岐した小川が南北に横断する東側は伐採されて、緩やかな丘陵になっている。エディンが言っていたのはこっちだな)


姿は見えないが、遠くから遠吠えが聞こえてくる。南には村があり、西側は起伏が激しい為、わからなかった。


「ティナ。出発する前にちょっと準備したいから、あそこの岩で休んでて」


森から少し離れた場所で今の装備を確認する。

使い込まれたボロの外套を纏ったハルの腰には、折れたナイフに片手ピッケルが吊るされ、一メートルちょいの謎骨を手にしている。骨は両端が丸く膨らみ、僅かにカーブしている点から、大型生物の上腕骨じゃないかと推測していた。


(こいつでぶん殴れば、ゴブリンも無事ではないだろう。ゴーレムに持たせたかったが、物を使った動作になると極端にぎこちなくなってしまう。ただ――)


視線の先にいるビッグスが、石を拾っては投げる作業を繰り返している。その動きは鈍いが、徐々に早くなってきており、投げた石も標的にしている木に近づいてきていた。


(ゴーレムコアは学習している。なら使い続ければ、いずれ様になってくるはずだ)


ウェッジの体格に丁度良さそうな、長さと太さを兼ね備えた枝を見繕う。薙ぎ払いと突きの動作を調整し、後は待つ事にした。


(ワイヤーの金属塊の前例がある。ゴーレムの一撃を耐える骨で自打なんてすれば、下手したら損傷してしまう。慣れるまでは枝でいい)


ゴブリンによって殴打されたビッグスの頭は、僅かに凹んでいたが、今朝には元通りになっていた。


(山猫の爪や落下でできた傷も消えていた。まだスキルでは確認できていないが、おそらく自動修復機能がある。けど質量が僅かに減っていたから、過信はできないな)


単純な動作を繰り返すゴーレム達を見守りながら、岩陰で何かを観察しているティナの元へ寄る。


そこには肉厚の波打つ葉を放射状に広げた植物が自生していた。ティナはその根元を手で掘り返し、外套を広げて移そうとしている。


「まっ!待って待って!汚れちゃうよ!」


ティナの手を止めるが、その植物が欲しいのか、手放す気配がない。ハルは仕方なく使い切ってしまっていたスノードームの装置を取り出し、半球状のガラス蓋を開けて空っぽの箱の中に土ごと移した。


(ただの雑草にしか見えないが…え?)


それを見ていたティナが、親指と人指で何かを挟む仕草をする。しばらく考えた後に蝙蝠の屑魔石を渡すと、彼女は底蓋を開けて中に押し込み、スイッチを入れた。


すると光の粒子が舞い上がり、植物を覆う。溢れ出てきてしまうそれを、ガラスの蓋をして閉じ込めた。


(まさかの育成装置だった?そんなに大事な物なのだろうか?)


喜んでいる様子の彼女に、装置を手渡し背伸びをする。吹き抜ける風は冷たいが、陽の光は暖かく、春が近い事を感じる。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込めば、不安や苛立ちを忘れられた。


(すごく心地良い…ギリギリの日々を過ごしてるとは思えないな)


その時、ビッグスの投げた石が針葉樹の幹に当たった音が響く。樹皮は爆ぜ内部まで削っている様は、その威力を物語っていた。


「おぉ!良いぞビッグス!その調し――ん?」


その木の奥から子供が走ってくるのが見える。緑の肌に小さな角、ゴブリンだ。


(なんだよ…もう少しこの時間に浸っていたかったのに)


命じなくともビッグスは次の石を拾い上げる。しかしその一投はゴブリンの足元へ当たり、後ろへ抜けていく。その拍子にゴブリンは転んだが、勢いそのままに立ち上がり向かってきた。


(動いてる標的はまだダメか…それにしてもなんて奴だ。当たれば身体が吹き飛ぶ威力の物が足元を掠めたのに、まったく気にした様子がない)


枝を振るったウェッジに相手させる。不用意に飛び出してきたゴブリンの顔を、横薙ぎに捉え弾けさせた。その衝撃で太い枝もバキリと折れてしまう。


「あぁ、やっぱりそこらの枝じゃ耐久性なんてないか」


倒れたゴブリンが死んでいるのを確認する。やはり魔石は見つからず、死体も消えなかった。


(なにもなし…地上の魔物は相手しても得るものはないのか?魔物退治を生業にしてるらしい元冒険者の村長が動かない訳だ)


肩を落としたハルは、ゴーレム達に死体を埋めさせ、少し離れた場所で枝を集めて、焚き火の準備をする。


開くと発熱する金属板も使い、切り分けた猪肉を焼いていく。


(一切れは味見するとして、幾らか村へ提供すれば、印象良くなるかな?いや、売って新しいナイフを買うのもいい)


焼けるまでの間、ウェッジ用に木の槍を制作する。マジックバッグへ識別済みの材料さえ入れれば、整形は可能だ。後はナイフで先端を尖らせていく。


見晴らしのいい場所なので、匂いに釣られた魔物などの不安はない。しばらくしてしっかり火を通した猪肉に、串を通してティナと分け合う。しかし彼女は受け取らず、装置の植物を眺めているだけだった。


(もしかして草食なの?まぁいいや、いただきます!)


獣臭が抜けていない猪肉に、顔を顰めながら一口食べる。かなり噛み応えがあったが、食べられなくもない。肉汁が溢れ出し、見た目は合格だと思えた。


「うぅ〜ん…ちゃんと調理できれば美味しいだろうな」


焚き火で炙り焼きした猪肉をフリーザーへ戻す。正直中まで焼けたかわからないが、そろそろ移動しなくては日没までに、村へ帰れないかもしれない。


結局、現れた魔物は素手のゴブリン一匹だけで、報酬は期待できそうにない。両手に石を持ったビッグスと、木の槍を携えたウェッジを前に、村から離れる覚悟を決めた。


(エディンは土地勘があって慣れてるからいいが、普通に危ないだろ。ふぅ…行くか)




川沿いに北上する間、森の奥が騒がしい事に気付く。しかし寄り道してる時間も勇気もないハルは、崖に到着すると右へ曲がる。


(小さな滝だ。大抵生き物が集まってたりするが、何もいないな)


エディンが言っていた洞穴に着く前、ずっと崖の上を注視していたハルは、急な異臭に顔を袖で覆う。前方右側を見れば、複数の黒煙が上がっていた。


(山火事か!?いや…なんか変だ)


崖下を覗くと、真っ黒に焼けたゴブリンの死体を見つける。その先にも引き裂かれたり、焼け爛れたりしたゴブリンが倒れていた。


(なんだ?何がいる?)


落ちない様に注意しながら覗き込んでいると、突然激しい炎が吹き荒れる。そして数匹のゴブリンが崖下から逃げ出してきて倒れた。


「真下か?洞穴が――ティナ!伏せて!」


炎の後から出てきたのは、全身赤味を帯びた鈍色のゴーレムだった。


左上半身がなく、蠍の足のような四脚のゴーレムは異様に長い頭をガクガクさせながら、周囲を確認している。右腕には幾つもの穴が空いており、火が噴き出していた。


(マーダーゴーレム?いや…スキル!)


ゴーレムクリエイトによって視界にポップした画面には、何も表示されず、ゴーレムコアの反応もない。背中に不気味な軟体生物の姿が見え、身体をうねらせると、まだ息のあったゴブリンへ火炎放射を浴びせた。


その時武装したゴブリンの一匹が背後から近づき、ギザギザ刃の鉈で軟体生物を斬りつける。異常な程に苦しみ出した軟体生物は、腕の火炎放射をやたらめったらと振り回し、ハルの目前で猛火が噴き上がった。


(あ、これダメなやつだ)


ハルが身を引こうとした時、地面に伏せていたビッグスの元へ炎が当たる。崖の縁が崩れ、ビッグスが緩やかな斜面を滑り落ちてしまった。


「あぁっ!ビッグス!」


武装したゴブリンの頭を、鋭く尖った脚で踏み抜いた赤錆のゴーレム。ビッグスへ腕が向けられると、生き残りのゴブリンが飛びついて、火傷を負うのもお構いなしに噛みついた。


「どうする!?木の槍でどうにかなる相手じゃないぞ?」


ゴブリンを振り払おうとするゴーレムは、そのまま火炎放射を放ち、腕の脇からも噴き出した炎によって、ゴブリンを火だるまにする。間一髪ビッグスは岩の後ろへ逃れ、岩の表面は溶けてガラス質化した。


ウェッジの投げた岩が赤錆ゴーレムの側に落ちて、こちらへ振り向く。しかし腕を下げたまま止まってしまい、背面の軟体生物が波打つと、全体がガクガクと震え始めた。


「弱ってる?もう今しかない!」


ウェッジは斜面を滑り降り、赤錆ゴーレムを蹴りつける。だが四脚のゴーレムは仰け反るだけで倒れない。逆にバランスを崩したウェッジが倒れて転がった。


赤錆ゴーレムの胸板が開き白煙を噴き出すと、再び腕を振り上げウェッジを狙う。そこへビッグスが体当たりして炎が逸れると、ゴブリンの死体から焦げた槍を拾ったウェッジが、開いた胸に向かって突き出した。


もう少しのところで、赤錆ゴーレムは四脚を曲げて頭で槍を受け流す。そのまま腕を振るって木製の柄をへし折ると、火炎放射しながらウェッジに向けていく。その腕を片手で押さえたウェッジが、短くなった槍の柄を、腕の穴へ突き立てた。


直後に爆発が起こり、三体のゴーレムがそれぞれ吹き飛ぶ。ビッグスは岩に当たるもすぐに立ち上がったが、ウェッジの両手は槍諸とも消えてしまった。


「あぁ!なんてこった!ウェッジ!」


赤錆ゴーレムの上半身は大きく砕け、焼け爛れた軟体生物が縮んでいく。四脚も衝撃によってバラバラになり、腕は丸々なくなっていた。


ティナと一緒に滑り降り、慎重に近づく。完全に停止したゴーレムから、軟体生物をビッグスに引き摺りださせる。それは何処が頭かもわからず、酷い異臭を放っていた。


「くそ!…そんなの捨ててこい。ウェッジは――」


両腕の前腕部から先がなく、頭や胴体にも損傷を負っている。


「あっつ!」


不用意に触れたハルは、左手の手のひらに火傷を負う。すると後ろで見ていたティナが、リュックサックからスノードーム型育成キットを取り出して、中の植物を抜き取った。


それを両手ですり潰すと、汁のついた手でハルの左手を覆う。


「――っ!…あ、れ?少しだけ痛みが弱くなったかも」


真っ赤になった手のひらに、汁をしっかり塗り込むティナ。徐々に痛みが引いていき、落ち着きを取り戻せた。


「ありがとう、ティナ。もう大丈夫だよ」


お礼を伝えると、両手を開いたり閉じたりしながら見せてくる。それがなんだか可笑しくて、笑いが込み上げてきた。


「ふぅ…素材はあるが直せるか?ここではダメか…ティナとビッグスは使えそうな物を拾って。このままじゃ大損だ」


自分の判断の甘さを後悔するハル。洞穴の中を確認すると、十を越すゴブリンの死体が折り重なっていた。その一角に沢山の魔石が転がっている。


「魔石のゴブリンと地上のゴブリンが一緒にいた?いや…この集まり方は地上の奴らが魔石を集めていたのか?」


結局中には入らず魔石を掻き集めると、来た道を急いで引き返した。




滝のほとりで予備の素材を使い、ウェッジの両腕を修復した。頭や胴も補うと、素材は残り僅かとなる。その代わり、未知の素材がマーブルファイバー合金鋼という名前だとわかった。


(今は名前だけか…再現できるかもわからない素材を失うなんて…)


未だ引きずるハルの元に、ティナがきめ細かい上質の石を見せる。その他にもビッグスが赤錆ゴーレムの残骸を回収し、ハルも幾つか使えそうな物をマジックバッグに入れていた。


(ハイアロクラスタイト繊糸鋼?…よくわからん。あのタコみたいな軟体生物がなんなのかもわからないけど、コアを使わないゴーレム技術があるのはわかった)


辛勝の戦利品確認は生きて帰ってからにするとして、川沿いを南へ向かう。頭上の日は焦りを感じる程に早く西へ傾いていく。そんな時に限って、邪魔者は現れる。


「なんて日だ!」


記憶にある狼よりも一回りは大きい、ハイランドウルフの群れが八頭、森から飛び出してきた。

川を背にして追い詰められたハルは、ティナと寄り添う。二体のゴーレムで八頭を相手するという事は、実戦デビューと言う事だ。


「骨!いやさっきの鉈か!?これは折れた槍の穂先だ!待て待て落ち着けっ!」


一番体格の良い高地狼が吠えると、一斉に襲い掛かってくる。ビッグスは二頭の高地狼の首と頭を両手で掴み押さえ込もうとしたが、振り回され、他の二頭から脚を中心に噛みつかれている。ウェッジの木槍は早々に折られ、捕まえた一頭の首を締め上げながら振り回し、もう一頭を寄せ付けないようにするので手一杯だった。


「ティナだめだ!後にいろ!」


ハルは右手に骨と左手にギザギザ鉈を持ち、一頭と睨み合う。リーダー格の高地狼が横へ回り込み、そちらに注意が逸れた瞬間、目の前の高地狼が飛び掛かって来た。


「うおぉぉ!やってやる!やってやるぞ!」


高地狼の噛みつきを骨で受けるが、簡単に振り回され、腕がもぎ取られそうになる。ギザギザ刃の鉈を振るうも体当たりを受けて、胃の内容物が込み上げてきた。


(うぷっ!?だめだ!体格が違い過ぎる!)


背後にいたティナへ、一番大きな高地狼が口を開いて襲い掛かる。その瞬間身体を引き裂かれるような、高音質の音が響く。


「ぐぁああ!!」


酷い痛みを感じるが、目の前の高地狼はそれ以上にのたうち回っている。


(なんだ!?何が鳴ってる!)


キツく閉じていた目を僅かに開けると、視界の中で左手に持った謎の骨が赤く光っているのが見えた。


そして高地狼が暴れた際にギザギザ刃の鉈が骨を引っ掻き、再び鳴り響く。それはガラスを引っ掻く音よりも高く、魂が引き裂かれるような音だった。


直後にもがき苦しんでいた高地狼は倒れ、リーダー格の高地狼は鳴き声を上げながら逃げていく。


後には首を折られた二頭と謎の死を遂げた一頭だけが残った。


「ティナ!大丈夫!?」


ハルは喘ぎながらも後ろのティナへ振り返る。彼女も影響を受けたようで、胸を押さえて座り込んでいた。


(なんなんだこの骨は…あれ?)


骨をよく見てみれば、等間隔に空いた穴ができており、赤い模様が浮き上がっていた。


「スキル…スターシーカーの鳴響骨?」


夜の帳が下り、ハルの頭上で星が煌めく。

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