表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

成果

10


あれからグリフォンの姿は見ていないが、猛禽類の視力は侮れず、街道から逸れて森のへりを進む。


ウェッジに抱えられた四十代の女性は、ティナの見立てによると、左脚の付け根を骨折しているらしい。彼女の知識や薬草をもってしても直ぐには治せず、脚を固定して様子を見る事しか出来なかった。


「しっかりしろ。もうすぐ村に着くぞ」

「うぅ…」


女は痛みに耐えかね意識が朦朧としている様子。付き添う男は滝のような汗を流しながらうめく彼女を、心配そうに見つめている。


「名前は?」

「ロイだ。妻はメイ」


二人はやはり夫婦だったようで、鳴る湖の町を目指していたらしい。逃げた二人の内一人は護衛で、もう一人は別の乗客だったという。


「この調子じゃ日が暮れちまう。早くしてくれ」

「護衛だろ?最後まで面倒みろよ」

「俺の依頼主は死んじまった馬車の主だ。それに護衛って言っても自分の命の方が大事に決まってるだろ」


冒険者風の男は三人いた護衛の中で唯一の生き残りだった。自分だけ馬車から荷物を持ち出しており、さっきから先を急かすか、依頼の失敗を愚痴る事しかしていない。


(よく言う。俺には助けろとか言ってたくせに)


次のエリアの安全を確保したビッグスが、手を振って知らせてくる。茂みから茂みへ渡り歩き、何度目かの移動でメイの容態が悪くなった。


「限界かも。痛みを止めないと」

「薬は使っちゃったからなぁ。ん?そういえば村に行っても薬がないのか?」

「そんな…」


ロイが絶望したようにうめく。薬草袋を漁っていたティナが、幾つかの植物を取り出して銀のトレイに並べる。水の湧く容器へ幾つか入れては捨てる事を繰り返し、二種類の葉と根を選び出すと、以前と同じように加熱と冷却を繰り返しながら、その汁を混ぜて刻んだ根を追加した。


ドロドロした液体になると一旦銀の器に移し、別の草の煮汁を用意する。それらを新たな水を加えながら混ぜ合わせていき、ドロドロして泡立つ液体が出来た。


「これ…飲めるの?」

「たぶん」

「たぶんて…」


その薬っぽい何かをメイに与えるが、酷くむせて吐き出してしまう。水で薄めて強引に飲ませると、身体を震わせた後に気を失ってしまった。


「本当に大丈夫なのか!?」

「一時的に気を失ってるだけ。暫くは痛みが引くはず」


ロイは不安そうな顔をするが、今はティナに頼るしかないと言い聞かせた。


「おい、アレが合図寄越してるぞ?早く行こうぜ」

「うるさい奴だな。行きたければ先に行け」


そう言うと男は怒りを表にしながらも離れなかった。


身体を冷やさないよう魔法の布でメイを包み、ウェッジに抱えさせる。ビッグスの元へ向かう途中、視界の端に映ったものに振り返ってみれば、何かが向ってきている事に気付く。


「なんだあれ?鳥?」

「あ?…レッドビークだ!」


体高二メートル以上あるダチョウのような生き物が、街道方面から全速力で走ってくる。その太い鳥脚から伸びた爪は鋭く、身体と同じくらい大きな赤いクチバシも凶悪な見た目をしていた。


「モタモタしてっからだ!あいつが相手じゃ走って逃げるのは無理だぞ!」

「ウェッジは先に行け!」


ティナが矢を射るもクチバシで払われるか、素早い動きで避けられてしまう。次の茂みへ移る頃には追いつかれてしまった。


赤嘴が飛び跳ね奇声を上げると、森の奥から遠吠えがする。何かに追われるようにして飛び出してきた小動物達が、赤嘴の注意を逸らした。


「挟撃されるぞ!あの岩まで走れ!」


森から離れ人の背丈程の岩が点在する場所へ逃れる。クチバシと片足に小動物を捕まえた赤嘴がケンケン飛びしながついて来たが、すぐ隣の岩が動き出して足へ喰らいついた。


「今度はロックドレイクかよ!」


別の岩に身を寄せていた護衛が慌てて離れ、急降下してきた大きな鳥に体当たりされて転がる。手にしていた剣が飛び、その先の岩に当たると、モゾモゾと動き出して剣を踏み砕く。気付けば三体の岩蜥蜴と大きな鳥に囲まれていた。


「擬態してたのか!?」


メイをロイに預け、ウェッジとビッグスが岩蜥蜴の前に立ちはだかる。岩蜥蜴が身を起こすと、ビッグスとほぼ同じ体格だった。


(岩を背負ってると言うよりは、皮膚の一部が岩になってるのか?腹側は普通の暗灰色の蜥蜴だ)


ウェッジに軟そうな腹を狙わせるが、太い腕に鋭い鉤爪が邪魔して赤槍が届かない。ビッグスに至っては既に取っ組み合っている。ティナが射た矢は空を悠々と飛び回る鳥に当たらず、渡していた黒曜石の矢も残り少なかった。


(対空手段がティナの弓矢しかない。けどあんなデカいの撃ち落とせるのか?)


上空を旋回している鳥は翼を広げた大きさが三メートル以上あり、骨と皮だけの頭に黒いクチバシをしている。護衛から剥ぎ取った革服の一部を啄みながら、こちらの様子を窺っていた。


「あれはボーンヴァルチャーだ。率先して襲ってきたりはしない。逃げたり弱ったりしたのを狙うだけだ――っ!」


メイを抱えたロイが岩蜥蜴に伸し掛かられてもがく赤嘴から離れる。その先の森では森狼達が走り回っているのが見えた。


(どこもかしこも魔物だらけだ!ん?レッドビークとロックドレイクの目は赤くないのか?)


ビッグスが巴投げした岩蜥蜴が、赤嘴と縺れ合う岩蜥蜴に当たって二体とも仰向けになった。すぐには起き上がれないようで、手足をバタつかせている。その下にいた赤嘴は片脚を失っていたが、未だ立ち上がろうともがいていて、ハルは長剣の柄に触れるも迷う。


「なんでトドメを刺さない!使わないなら貸せ!」


背中から血を流した護衛の男が戻ってきて、ハルから長剣を奪う。赤嘴の首を力任せに斬りつけるが、一撃では断ち切れず、数回振り下ろしていた。断ち切られた瞬間、巨大なクチバシが男の脛に噛みつき転げ回る。


「ぐあっ!クソが!」

「ロイ!奥さん連れてビッグスと先に行け!」

「わ、わかった!」


ウェッジの赤槍が岩蜥蜴の腹を裂く。うつ伏せに倒れて身を固めた姿を見て、護衛の男をウェッジに引き摺らせて包囲を抜け出す。ほぼ同じタイミングで、森から飛び出してきた森狼が岩蜥蜴に襲い掛かった。


「痛ぇ!やめろ!」

「フォレストウルフに囲まれるぞ!我慢しろ!」


巨大なクチバシを取り除いて歩かせる。足を引き摺ってはいるが、折れてはないようだ。


「そのレッドビークの素材は俺のだからな?」

「は?…別にいいけど、剣の代金は貰うぞ?そんなボロボロにして、買い取ってもらうからな」


赤クチバシを剣で指し示して要求してくる男。無茶な使い方をした上に杖代わりにされた長剣は刃先が欠けていた。


「ちっ…ん?こいつは…王国の剣じゃねぇか。何処で手に入れたんだ?一般人が持ってて良いもんじゃないだろ」

「森で拾ったんだよ。人里外での拾得物は拾った者に権利があるんだろ?」

「な訳ねぇだろ。犯罪に関与してるかもしれねぇなぁ?」


口うるさい男を置いて、先に逃れたビッグス達と合流する。




村はもう目の前だったが、骨禿鷲はいつまでもついて来る。護衛の男が遅れれば、急降下してきて頭を狙われた。


「はぁはぁ…置いてくな!」

「面倒な奴だな。けどアレを村まで連れて行く訳にもいかないか?」


ティナの矢に追い払われた骨禿鷲が再び戻ってくる。時折降りてきては喧しく鳴いて、先回りしては嘴を打ち鳴らす。頭にきたハルがウェッジに短槍を構えさせるが、ロイに止められた。


「挑発に乗っては駄目だ。村まで行けば狩人がいるはず。複数人で当たれば射落とせるだろう」


今は我慢して先を急ぐと、骨禿鷲は目の前を大きく旋回してから離れていく。見れば門の周りに弓を構えた衛士達がいた。


「帰ってきたぞ!衛士長を呼んできてくれ!」

「ハルさん!無事で良かった」

「あぁ、怪我人がいるんだ。ナディムさんも呼んできてくれないか?」

「わかりました!」


若い衛士達が走っていく。広場の一角にメイを降ろして待っていると、先に衛士長のホリスがやってきた。


「よく帰ってきてくれた!心配したぞ」

「なんとか戻れました。森の奥地で瘴気溜まりを見つけて処理してきましたよ」

「それは素晴らしい!村の皆も安心するだろう」

「ただ…行方不明の衛士は見つかりませんでした」

「そ、そうか…カルロ…年に数人出るとは言え、やはり厳しいな」


沈痛な面持ちの衛士長に、家紋の入った金の指輪と金の腕輪を渡す。内側には名前が彫られていて、衛士長から渡された手記にも同じ名前が書いてあった。


「え?良いんですか?」

「君は無関係でないし、少しくらいならいいだろう。後で届けに来てくれ」


その時、馬車乗り場の柵に手を着いて寄り掛かっていた護衛の男が倒れる。背中は真っ赤に染まっており、思ったよりも深手を負っていたようだ。


「ボーンヴァルチャーにやられた傷です」

「出血と村に辿り着いた安堵から気を失ったようだ」


薬師のナディムが衛士に連れられてくると、寝かせられた二人を前に説明を求められる。簡潔に伝えるが、途中から聞いているのかいないのか、男の背中を確認すると焦った様子で傷口を布で覆った。


「どちらも重症だが…彼はこのままだと出血死してしまう」

「えぇ!?結構元気そうだったけど…」

「おぉそうだ!薬草はどうでしたかな?」

「あ!あー探す暇がなくて」


薬草採取の件をすっかり忘れていたハルが頬を掻いていると、隣のティナが真っ赤な色した草を差し出す。


「おぉ!確かに血華草です!これがあれば助けられます!」

「いつの間に…」

「ん?そちらは?」


ナディムはティナが持っていた薬草袋を半ば強引に覗き込み、歓声を上げる。


「これほどの種類をどこで!?いや!今は治療が先ですな。どうか譲って頂きたい!」

「えーと、彼女に聞いてみないと…」


迷っている様子のティナに、ナディムは二人の治療に必要なのだと力説して頷かせる。後で支払うと言って薬草袋を掴むと、メイと護衛の男を衛士に任せて走っていった。


「ハル君でいいかな?このお礼はまた後で」

「あぁいいですよ。早く行ってあげてください」


運ばれるメイを追いかけていくロイ。その隣から村長がやって来る。


「報告を聞こうか」

「村長。魔物を呼び寄せていた瘴気溜まりは彼が除去してくれたそうです。貴族の遺品もここに」

「ふむ…それはお前さん達だけしか見ていないのか?先程の者達は?」

「見てないですね。森の奥地まで行けたのは俺達だけですから」


ハルがそう言うと、村長は疑うような視線を向けてくる。調査隊に参加していた衛士達はその様子を見て、[またか]みたいな顔をして逸らした。


「それは困ったな。瘴気溜まりが完全に消えたという確証がなければ、皆も安心できまい。村の者の証言が欲しかったところだな」

「村長…」


衛士長が言いにくそうにしながら僅かに手を上げる。それを逆に手で制しながら村長は続ける。


「確かに、森は危険だ。再び行けとは言わない。代わりに暫く巡回してくれると助かるが?」

「巡回?毎日村の周りを見て回れって事ですか?」


鳴る湖の町へ行く為に寄り掛かっただけの村で、これ以上時間を掛けたくないハルは、断ろうと口を開きかける。しかし村長は先んじて今日も馬車は来なかったと言い、待っている者は他にもいると続けた。


「来てもすぐには乗れないと?」

「まぁそうなるな。乗り合い馬車はだいたい6人から8人乗り、護衛も乗っていれば空いている席も限られてくる。後から来たお前さんが乗れば不満も出よう」


衛士長を見ると申し訳なさそうな顔をしている。実際ライル達がいない今、この村の戦力を考えるとゴーレムの力が必要なのは事実だろう。衛士達の顔を見ないようにしているが、その心中は手に取るようにわかった。


「…約束してもらいますよ?優先して乗せてもらえると」

「おぉ、もちろんだとも。必ず最優先で乗れるように手配しよう」


してやったり顔の村長は顎髭を撫でながらそう言った。


(くそっ!このジジイ足元見やがって!)


徒歩で東の森を抜けようとすれば、魔物が蔓延る森で一泊しなくてはならない。イライラしているハルは話も途中で宿へ向かおうとしたが、村長は逃がす気がないようで、話を続ける。


「あぁそれと、西まで行ったならグリフォンは見たのか?」

「グリフォンですか?馬車が襲われてるのは見ましたよ。彼らがその生き残りです」

「グリフォンが馬車を!?どの辺りで見た!?」


話に割って入ってきた衛士長にだいたいの位置を伝えると、その場にいた皆が慌てだした。


「不味いぞ?かなり近づいてる」

「馬車が連れてきてしまったのか?」

「聞いた感じだとまだ若いグリフォンだな。飢えているというより力を誇示したいんだ」

「遠見村の連中はなぜ動かない?」


遠巻きに見ていた人々から不安の声が上がる。暫くその様子を見ていた村長が、手を打ち鳴らして注目を集めた。


「もう魔物がどうのと言っている場合ではないな。町へ伝書梟を飛ばし、冒険者を要請しよう」

「はい。直ぐに早馬を隣村まで出します」


衛士長が衛士達を連れて離れていく。村の人々も足早に散っていき、まだ日暮れ前だと言うのに、近くの民家は戸を固く閉ざしてしまった。


「お前さん、村に滞在中は夜間の警備も頼めんか?金なら払う」

「お断りします」


グリフォン相手に戦えるとは思えず、ハルは即答すると一番近かった店へ逃げるように入った。




両開き扉を通って中へ入ると、店内は外観通りかなりの広さがあった。店の一部は診療所代わりになっているのか、ベッドやテーブルがあり、奥ではナディム達が治療に当たっている。反対側は陳列棚や台が並び、日用品から旅に役立ちそうな物、魔石まで綺麗に並べられていた。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「あぁえーと…」


山間の村には場違いな制服を着こなした男に迎えられる。特に考えず飛び込んだ為、何も用意していなかったハルは、商品を見渡しながらスリングバッグへ触れた。


(今は金に困ってない。けど無駄遣いはしたくないしな)


マジックバッグ内を整理して、魔力を秘めていない貴金属のアクセサリーを数個選ぶ。


「買い取りをお願いします」

「失礼します…申し訳ございません。これら高価な品を一度に取引致しますと、当店が資金難になってしまいます。より大きな町での取引をおすすめ致します」

「そうですか…ではこの二つだけ、買い取り金額分で買い物したいのですが」

「承りました。少々お待ちください」


トレイに載せられたアクセサリーを持って店員が下がっていく。商品をざっと見て、必要そうな物の目星を付ける。


「お待たせしました。当店で買取致しますと、こちらの金額になります」


小さな紙に書かれた額は金貨八枚、鉄貨七枚だった。


(高っ!?なんで?)


金のイヤリングと銀の指輪の質量からして、金貨八枚は多い気がする。わからない事は恥を忍んで質問する事にした。


「こちらのイヤリングは王国の職人による作品で、複数の金糸を編んで作られた品になります。銀の指輪も王国北部の極寒地域でのみ採掘される霊銀という希少金属で出来た物です。どちらも高い技術力を必要とし、比較的人気の高い意匠でしたので、このお値段になりました」

「は、はぁ」


少し見ただけで産地までわかる事に驚くハル。聞き慣れない材質に、惜しい気がしてきて別の指輪を取り出す。


「すみません。指輪はこっちのと交換でお願いします」

「畏まりました」


再び待つ間、霊銀と呼ばれた銀の指輪を確認する。魔力はやはり秘めていなかったが、スキルによるマナの流れを意識すると、僅かにマナグラスファイバーと似た反応があった。


(代替素材になる?でも産地が限定されてるらしいな…)


その指輪をティナに見せてみるが、興味がないのか、直ぐに薄緑色の革の外套へ視線を移した。


「お待たせしました。こちらになります」


今度は金貨三枚と銀貨五枚になった。どうやら宝石の質が余り良くないらしく、デザインも古い物だったようで、安くなったようだ。


「思い出の品かもね」

「え…」


後ろで見ていたティナが、呟くように言った言葉に迷いが生じる。


(そういえば手記を読んでなかったな…ちょっと軽率だったか)


結局買い取りはやめて、新品の革の外套二人分と中古の革の矢筒、新しい携帯鐘に魔石数個、そしてハサミを金貨で購入した。


少し使い過ぎた気もするが、必要経費だろう。決して買い取りをやめた際に、丁寧な対応をしてくれていた店員さんの反応が悪くなった事にびびった訳ではない。


「お買い上げ、ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」

「あぁどうも」


頭を下げる店員さんに手を上げて答え、隣を覗く。そこでは護衛の男の手当てを終えたナディムが、メイに薬を飲ませているところだった。


「おぉ貴方ですか。薬の調合が間に合い、2人とも無事ですぞ」

「それは良かった」


メイはまだうつらうつらとしており、ロイに支えられて横になると、お手伝いの女性が間仕切りを引いて隠した。代わりに護衛の男がふらつきながら出て来て、抜き身の剣を返してくる。


「迷惑掛けてすまなかったな」

「え…あぁ無事助かって良かったですね」

「剣の刃こぼれだが…今は金がねぇ。レッドビークの素材で許してくれないか?」


赤嘴の頭は外にいるウェッジが抱えたままだった。

よくよく考えてみれば、弱らせたのは岩蜥蜴で、トドメを刺したのは目の前の男。つい喧嘩腰で受け答えしていたが、自身に権利がない事は明白だ。


「あぁ、そうでしたね。わかりました」


何か言いたげな感じの男は結局黙ったままで、出ていこうとしてまたふらついている。武器もなく金もない男の後ろ姿を見て、ハルは深いため息をついた。


「仕事を受けませんか?」

「は?」

「刃の研ぎ方を教えてください。代わりにこの剣と砥石をお譲りしますよ」

「…本気か?研ぎ方くらいで?」


刃付けはビッグスとウェッジに任せていたが、かなり酷い出来で、オークを断ち斬る際に脇腹へ曲がったのもそのせいだ。砥石の消費も激しく、平らだったものが今や中央だけ凹み、扱いづらくなっている。


「後日、体調が良くなってからでいいです」

「へっ…いいぜ。教えてやるよ」


ニヤリと笑って見せる男。しかしまだ傷が痛むようで、引き攣った笑みを浮かべている。さっきよりは確かな足取りで店を出て行った。


「お優しいですなぁ」

「…そういう貴方の方こそ、ちゃんと金は受け取ったんですか?」


ナディムは笑うだけで答えない。取引中に聞こえてきた会話から、彼は金を受け取らなかったはずだ。


「私がここにいるのは贖罪なのですよ」


そう小さく呟いて遠い目をするナディム。気にはなったが、まだそれを聞く程の仲ではないと感じた。


「俺の名前はハルです。彼女はティナ。また機会があれば薬草を取ってきますよ」


満面の笑顔を見せるナディムを後に店を出た。




宿へ戻り厩舎にビッグス達を待機させる。今回はマナ結晶を用意して、ウェッジを自動修復した。


(だいぶボロくなったなぁ)


白いボディを隠す為の麻の外套は、返り血のシミで汚れていたり破けたりしている。汚れを除去して再構成すると、少し丈が短くなってしまった。そこで革の外套を買った事で余ったお古の外套を足して再構成し直す。


(もっと丈夫なのが欲しいな。生物の素材か…)


赤嘴の使い道を考えながら宿へ入った。




支払いを済ませて女将さんから鍵を受け取り部屋で休む。夕食までの間、荷物の整理をして折れた槍の穂先を黒檀素材を使った槍へ変える。魔力を秘めた銀の指輪は色々弄ったが効果がわからず、金属製の短杖も先端から無差別に放電するだけだった。


(全然真っ直ぐ飛ばないぞ?けどマナを使って電撃を放てるのは凄いな。あの男の魔法が何なのか…)


衛士長から渡された汚れた手記を開く。どうやら魔導師爵夫人の物のようで、豪商の家に生まれた彼女は政略結婚で魔導師爵ディオン・ローブ・ウェルドの元に嫁いだらしい。


彼の風と水の流れを操る魔法は珍しいものではなく、誰も見向きもしていなかったが、二つの魔道具を入手してから貴族位を得て活躍し始めたようだ。


貴族の見栄を気にする夫は金遣いが荒く、実家に借金する日々。優秀な跡取りを望まれ、望まぬ子を産んだが魔素儀式なるものは受けられず、夫婦仲は悪かった様子。しかし子供を庇う等、愛情は持っていたようでもある。


怪しい仲介人を雇ってエルフ達が暮らす大森林を目指していたが――。


(後は冒険者に対する愚痴やお抱えの騎士との不倫を匂わせる記述だな…流れを操る魔法?エルフってなんだ?)


ベッドの上に並べられた魔道具の中から、空気清浄機をティナが手に取る。その魔道具は匂いに敏感だった夫人のもので、エルシル蚕糸なる素材で織られた布も、肌の弱かった彼女にとって必要不可欠な物だったらしい。そして母の形見の指輪を大切にしていたようだ。


(売らなくて良かった。実家に送るべきだろうか?)


ティナが空気清浄機を起動すると、清らかな空気が周囲を包む。まだ装備の汚れを除去していない為、部屋には泥臭さや血生臭さがしていたが、一切気にならなくなった。


「思っていたより良いかも!こっちはどんな感じかな?」


魔法の布へ手を伸ばすと向かいからも手が伸びてくる。見ればティナがしっかり掴んでおり、引いてみてもびくともしなかった。


「ん?」

「ん?」

「…ティナ?」

「離して」

「いやいや、ティナはもうそっちの魔道具使ってるじゃない?」


ティナは自分のベッドサイドテーブルに空気清浄機を置いていた。その結果、有効範囲が狭いのか、ハルの周囲に生活臭が戻ってくる。


「いいの?俺の多幸感がマナ供給量に影響するんだよ?」

「今は必要ない」

「ガーン…」


エルシル布は奪われてティナの手によって広げられる。ベッド全体を包むほどのサイズになり、寝転がった彼女は幸せそうに微笑んだ。


(うぅ…俺に残ったのはこれだけか)


黒檀の棍棒や原木を形成してゴーレムパーツを作っていく。約三十五キロ分の下半身を作り終えて夕食の時間になった。


(結局スキルアップも確認出来ない兵装が1つだけ。ゴーレムコアのマナ総量が足りないみたいだ)


上質なマナ結晶を与え、コアを強化する必要があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ