異世界チャーハン無双 ―― 異世界でも最強・最美味はチャーハンです!
「きゃああああああ!!」
森の中を、エルフの女性が駆けている。
その後ろを、ゴブリンの群れが執拗に追いかける。
「キシシシッ!!まてよぉ~~!!痛くしないからさぁ~~!!!」
いま、エルフには薬草が必要だった。
このエルフはその薬草を採りに来たのだ。
というのも、この世界では、ゴブリン・オークとの動きが活発化しており、戦いが激しくなっていたからなのだ。
その戦いで、エルフ達にも負傷者が現れ、既存の傷薬では間に合わず、森の奥地にある良質な薬草が必要になっていった。
勇敢にも、このエルフはその薬草を採りに、単独で森の奥地へ向かったのだ。
だが、薬草を採ろうとしたところを、ゴブリン達に待ち伏せされたのだ。
エルフは、自分の浅はかさを呪った。
(だけど、森はエルフの領域。いくらゴブリンの動きが素早くても、撒ける可能性はある……)
なんとか冷静さを保ちながら、エルフの女性は走り続ける。
しかし、ゴブリンも根を避け、枝を飛び移り、エルフとの距離をどんどん詰めていく。
「はぁ……はぁ……」
(このままじゃ、追いつかれる……)
そう思った瞬間、エルフは地面を踏み外す。
足がもつれ、そのまま転倒してしまう。
(しまった……)
すぐに立ち上がろうとするが、ゴブリン達がすぐそこまで迫っていた。
「キシシシッ!!追いついたぞぉ~~!!」
(もう、ダメ……)
絶望に顔を歪ませるエルフ。
そして、エルフを捕まえるために、一人のゴブリンが手をかけようとする。
しかしその時、ゴブリンの目の前に何かの塊が飛来して……。
ベチャ。
ゴブリンは一瞬、その感触にスライム的な粘り気を感じていた。
しかし、スライムにしてはパラパラとしている。
焼けつくような熱が顔全体を覆い、そして、次の瞬間……。
「アチチチチチチチチチチチチチチチチチチィィィィッッッ!!!!」
ゴブリンは急いで顔から謎の塊を振り払おうとする。
しかし、それらは顔にへばり付いて取るのが困難だ。
とうとう、顔を覆いながら地面を転がり始める。
ゴブリンは、仲間の一人の惨状を見て、周囲を警戒する。
「誰だァ~~~~~!!!出てこいよォ~~~~~~!!」
そこから出てきたのは、ローブ姿の男だ。
ローブには、金の文字でルーンが刻まれており、そして男の顔には白髭が蓄えられている。その姿は、一瞬、高名な魔導士であるかのようだ。
しかし、魔導士にしては、ローブのようなぶかぶかした服装でも一瞬でわかるくらいに腹が出ており、そして両手には大きな鉄鍋を構えており、ひっきりなしに振るっている。
「お前は誰だァァァァァァァッ!!!!!」
ゴブリンは、男に対して威嚇するように叫ぶ。
男は眉一つ動かさず、義務的に答える。
「私か?私は……」
男は少し言葉を溜めて言う。
「私は、チャーハン魔導士だ」
「「「チャーハン魔導士だとぉぉぉ!?」」」
ゴブリン達は初めて聞く言葉にお互い顔を見合わせる。
エルフも、困惑の表情を見せる。
その場の空気は、ある疑問で一つになった。
――チャーハン魔導士ってなんだ?
男は、その空気を察してか、言葉を続ける。
「お前たち、チャーハンを馬鹿にしてるな?お前らはゴブリンの中でも、特に頭の悪いアホな種族だからな、チャーハンの強さを知らないんだな」
「なんだとォッ!!」
ゴブリンを挑発する魔導士。
挑発に乗り、激昂するゴブリン達。彼らは改めてナイフを構える。
「ふざけやがってよぉ!!!かかれ!!者ども!!!」
リーダー格のゴブリンが号令をだすと、一斉にゴブリンがチャーハン魔導士を取り囲む。
そして、二人のゴブリンが両サイドから魔導士に飛びかかる。
その瞬発力で、魔導士の懐に飛び込もうとした。
……しかし。
チャーハン魔導士は、鍋を強くふり、中のチャーハンを宙に浮かせると、そのまま、身体を回転させ……。
ガッ!
ゴッ!
魔導士は、向かってきたゴブリンを鉄鍋で見事撃退する。
そして、ゴブリンがよろめいたと同時に、鉄鍋にチャーハンをおさめる。
「ふざけやがって!!」
残ったゴブリン達が、激昂しながら一斉に飛びかかる。
「おいおい、いいのか?今、米に火を入れているところだぞ?」
魔導士は、鉄鍋をもう一度振り上げ……。
「ファイア!!」
そう言うと、鉄鍋から火柱が立ち込める。そして、もう一度、チャーハンを宙に浮かすと、その火柱をゴブリン達に放つ!
「ぐわぁああ!!」
一人のゴブリン達が、その火柱になす術なく焼かれてしまう。
そして、焼き焦げたゴブリンが地面に倒れると同時に、チャーハンが鉄鍋に収まる。
リーダー格のゴブリンが、部下の不甲斐ない戦いに激怒する。
「お前ら!何やってるんだ!!ただの料理人だろぉ!!」
「お、お頭……あれ、見てください……」
残された二人のうち、一人のゴブリンが指をさす。
その先には、皿に綺麗な半球で添えられたチャーハンがそこにあったのである。
湯気からは、油と調味料の香ばしい香りしており、空腹を刺激する。
「な、なんだ、このうまそうな匂いは!!」
ゴブリン達のお腹はひっきりなしに空腹を訴え始める。あまりにも空腹を訴えすぎて、力が入らず、ナイフを落としてしまう。そして、一人のゴブリンは辛抱溜まらずに、皿に駆け寄ると、スプーンを手にして、一気にチャーハンを駆きこもうとする。
「や、やめろ!それは罠だ!毒が入っているかもしれない!」
リーダー格のゴブリンは叫ぶ。
しかし、時すでに遅し。
ゴブリンはチャーハンを口に運び、そして、口に含んだ瞬間……。
「うめぇぇぇえええ!!うますぎて死んでしまう!!!!!」
その美味さに感動し、涙を流しながら叫びだす。
「なんだこのチャーハンは!米の一粒一粒が立っていて、口の中でパラパラと溶けていくような食感!しかも、そのせいで、米の甘味が十分にわかる!いや、それだけじゃない!パラパラと崩れると同時に、周囲の薬味・具材と共にダンスを踊っていやがる!さらに、ふわふわの卵が、チャーハンにまとわりつくことによって、そのダンスをさらに盛り上げる!しかし、優しい食感だけではない!新鮮な野菜のシャキシャキ感が、その野菜の甘味と共に歯を喜ばせ、噛むことの幸せを実感させてくれる!そして、最後に肉だ!肉は、大きすぎず、小さすぎず!噛めば噛むほど、そのジューシーな肉汁があふれ出し、口の中を肉の旨味で満たしてくれる!それだけじゃない!このチャーハンには、脇役が存在しない!いや、正確には、それぞれの具材が完璧に役割をこなし、そしてチャーハンと言う主役を作りだしている!」
チャーハンを食べたゴブリンは美味さのあまり、震えだしている。
リーダー格の男は、唐突のゴブリンの熱弁に驚きを隠せない。
「こんなチャーハン……うますぎて……死ぬしかない……」
――ゴブリンは死んだ。
青ざめるリーダー格のゴブリン。
周囲を見渡し、もはや誰も戦えないことを見ると、早々に撤退を決断した。
「お、覚えてろよ!!」
リーダー格のゴブリンは、分かりやすい捨て台詞を吐くと、森の奥地へと消えていった。
チャーハン魔導士は、その後ろ姿を見ながら呟く。
「やれやれ……あのアホなゴブリンどもが……」
そう言うと、エルフに手を差し伸べ、そして、言う。
「大丈夫かい?エルフよ」
そして、手を取りながらそっと立たせる。
「あ、ありがとうございます!」
エルフは、感謝の言葉を述べると、チャーハン魔導士に頭を下げた。
「いやいや、私は当然のことをしたまでだよ」
エルフはもじもじしながら、チャーハン魔導士のほうを見る。
その様子に、緊張をほぐすような優しい口調でチャーハン魔導士は尋ねる。
「どうしたんだい?何か私に言いたいことがあるのかな?」
エルフは少し照れた様子で、言葉を紡ぎだす。
「……その……あの……」
「ん?」
しかし、エルフは余計なことを言ってしまう。
「チャーハンを使わなくても、鉄鍋で十分戦えてましたし、別に炎呪文だけでも十分勝てたから……チャーハンを料理しているのが、余計な……」
その言葉を聞くと、チャーハン魔導士は、チャーハンが如何に強いかを熱弁しはじめる。
その熱弁に、エルフはこんなこと言うんじゃなかった、と自分の浅はかさを呪うのだった。