第8話 初耳なのですが
「ああ、お嬢様。ご足労頂き申し訳ありません。漸く雇い主を話してくださいましたので、お呼びいたしました」
「そう。(魔族だけじゃなくこんなにも!? どう考えても複数人から命狙われているって、卒倒しそうなのだけれど!)
クラウスの言葉一つで眩暈を起こしそうになったが、ここで軟弱な娘だと周囲に印象付けられるのは業腹だと耐える。
「……それで、誰が私の命を狙おうとしたのかしら?」
気丈に振る舞いながらも、内心は恐怖に蝕まれそうだ。
そんな私の機微に気付いていながらも、クラウスはためらいなく答える。
「こちらの魔女教会ワルプルギスの一角、原色の魔女様の依頼主はラインハルト第三王子、及び宰相トビアスによる依頼とのこと。お嬢様の事故死を狙っていたとか。次に暗殺ギルドのガーナイト様一行はお嬢様の叔母であられるジェニー・フォン・シュバルツ・ナイトメア様から屋敷内全員の皆殺しをご希望だったとのこと。同ギルドでマックス様ご一行は連盟になりますがご親戚であられるピーター様、テリー様、マイキー様は旦那様の書斎から指輪の奪還と、お嬢様の殺害を命じられたそうです」
(ラインハルト第三王子が? 婚約破棄を言い出すよりも、私を殺して自分の不義理を無かったことにしようとした――?)
親族たちの反応は父の葬儀を見ていたからこそあまり落ち込みはしなかったが、王子まで私の死を願うほど疎まれていたと言う事実が正直、ショックだった。
王子に愛情は無かったけれど、まさかここまで恋に溺れ周りが見えていないとは思っていなかったし、よりにもよって王家と伯爵家の契約をこのような形で裏切るとは驚きの一言だ。
動揺を抑え込んで私はクラウスに問う。
彼のことだ捕縛して雇い主を知った段階で、何か手を打っているはず。
ふとここで従者に尋ねるのは当主らしくないと思い至り、物語に出てくるような傲慢な悪女をイメージして冷ややかな視線をクラウスに投げかける。
「そう。……クラウス、すでに動いているのでしょう。状況の報告をなさい」
「はい。我が主人を侮辱されたことを鑑みて、ご親族の方々には暗殺未遂として当家の騎士団を派遣して捕縛中です。本日中にはカタが着くでしょう」
(怖っ、え、な、怖っ!!)
口元が強張り、心臓の音がうるさい。
それでも悪女の顔を崩さず、黒の扇子で口元を隠す。
「まあ、思ったよりもあっけなかったのですね。……そうね、叔母様と従兄殿は直接私が話をつけるから、あの二人は放置しておきなさい。どうせ明日には我が屋敷がどうなったのか気になって訪れるでしょうし、我がナイトメア流のおもてなしをしてあげましょう」
「そうおっしゃるだろうと思い、準備はしております」
(準備出来ているんだ! 準備ってなに!?)
怖くてそれ以上突っ込めないので、さも知ってます風を装って話を逸らすことにした。
「そう、それは楽しみね。……さて親戚問題はこれでカタがつくとして、王子と宰相の方はどうなっているの? まさか何もしてないって訳はないでしょう?」
「勿論でございます」
クラウスは嬉々として現状を語るのだが、これ以上心臓に悪いことはないはず。
そう腹をくくっていたが、それはあまりにも認識が甘かった。
「そちらに関してはエル・ファベル王国にはスフェラ領の独立宣言を国王陛下に送りつけました。ああ、婚約破棄の証拠と暗殺の詳細と証拠も揃えて。それとすでに亜人族のアトラミュトス獣王国国王、ティリオ国魔王にもスフェラ領が独立国となる旨を書簡にて送っております」
今、何と。
独立宣言と言う言葉を噛みしめる。
(は。はああああああああああああああああああ!? クラウス一体何を考えているのぉおおおおおおおおお! 馬鹿じゃないの!?)
絶叫と失神しなかった私を誰か褒めてほしい。
我が領土は現在エル・ファベル王国の一部だ。
もっとも遙か昔、独立国だった我が領土に対してエル・ファベル王国国王が様々な条件を提示したことで属国を受け入れた。
スフェラ領は魔族、亜人族、人族の三か国がそれぞれ貿易、通行が可能な唯一の領土となる。それによりエル・ファベル王国には、今まで無料にしていた関税を他国と同様に課すことができる――というか独立宣言すなわち宣戦布告ではないか。
今すぐもふもふに包まれて二度寝したい。あるいはウーテの特性アフタヌーンティーとヨハンナに紅茶を淹れて貰って優雅な午後の一時を楽しみたい。
ちょっと現実逃避しかけたが、今回は逃げている場合ではないのだ。
「クラウス……。貴方、最初からことを大きくするつもりだったのね」
「これぐらいの報復は当然ではありませんか。お嬢様も常日頃から報復は三杯返しだと」
(言った覚えが無いのだけれど!?)
ジロリとクラウスを睨んでいると、嬉しそうに目を輝かせて微笑んだ。何故楽しそうなのか一ミリも分からない。
「クラウス」
「お嬢様ならきっと乗り越えられると思いまして、先手を打たせて頂きました」
悪びれるそびれも無く彼はにっこりと微笑んだ。
クラウス――私の執事はそう言う男だったことを私は今さらながら思い出す。彼は昔から無理難題ギリギリのラインを見つけて課題を出す天才だった。
「お嬢様ならできると信じております。――そうでしょう?」
「そんな訳あるか!」と叫べたらどんなに楽だろう。
どんどん自堕落なのほほんライフからは離れて言っている気がするが、今が踏ん張りどころだと腹をくくる。
令嬢としての仮面では対応できない。
単なる悪女の仮面でも足りない。
冷徹かつ領主としての言動が求められる――そう、恋愛小説の悪女のように堂々と、相手を追い詰める冷徹さが今の私には必要だ。
悪役ではなく、黒幕。
つまり最高の悪女――女王の仮面を被る、そうすれば泣き虫な私だって演じきれる。
「そうね。……すでに親書を送ったのなら向こうが動く前に領土内の関所に知らせを送り、閉鎖しなさい。国の使者が来たのなら、この屋敷に案内するように」
「承知しました。それでこそ私の主人、私の玩具です」
私の思い切りの良さにクラウスは一瞬だけ間の抜けた顔をしていたが、すぐに目を輝かせて艶然とした笑みを返した。
こんな時に彼は私の執事ではあるけれど、それと同時にこの状況を楽しむ魔族なのだと肌で感じたのだった。
クラウスにとってはこの主従関係もごっこ遊びで、家族という括りも期間限定の輪だと思っている。
本当の家族に、大事な人なのだと思っても――彼には届かないのだろう。
それがほんの少しだけ癪で、胸がチクリと痛んだ。