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第7話 後処理をしましょう

 いつも通りの屋敷。

 地震のような地鳴りに、ちゃぷん、と湯船が揺らぎ薔薇の花びらに目がとまった。

 ずどん、どかん、ばごん、と中々に騒がしい。


「ねえ、ヨハンナ、リーン。なんだか外が騒がしくない?」

「ティムとレオが張り切っているのでしょう」

「そうです。騎士団の皆様がたも、汚名返上とばかりに頑張っているのですから!」


 湯船に浸かったままの私の髪を洗うヨハンナとリーンは暢気に答えた。

 夜が更ける度に、爆発音やら剣戟が聞こえるのは気のせいではないのだろう。


(私が当主になったからといって行動に移すのが早すぎるような……。まるで事前に分かっていた? まさかね)


 ヨハンナとリーンは元々魔族のハーフで人間よりも頑丈らしい。あの襲撃の中で生き残ったのもその人間離れした生命力のおかげとか。

 契約書でもある指輪によって私にも多少なりの魔法は使えるらしい。例えば全員の傷を癒し、建造物を修復する――世界の理を無視した魔法。

 ただこの恩恵はスフェラ領内限定であること、そしてこの魔法を使っても死人は蘇らせない。


(でも……間に合った。奇跡を使い切ってしまった以上、私も覚悟を持って示さなければならない)


 湯船から出ると、髪を乾かして新しいドレスに身を包む。

 鏡を見て金色の長い髪が灰色に変わっていた。これも契約の影響だろうか。

 紅色の瞳、陶器のような白い肌、華奢な体つきには剣術の稽古で負った刀傷が薄らと残っている。


 赤と黒のドレスは今の髪によく合う。より悪女らしい外見ではないか。

 着替えを終えて私は使用人たちが利用している食堂へと向かう。騎士や使用人が休憩室としても使うサロンに近い造りなので、いつ訪れても人がいる状態だった。


「あ、お嬢!」

「レレジーナ嬢、当主になられたのでしょう。おめでとうございます」

「お嬢様、ご無事でよかったです」

「当主試練お疲れ様でした!」


 私が部屋に訪れると、全員がいつも通り声をかけてくる。

 誰一人欠けることがなくて嬉しい。

 そこで厨房からシックなコック服――ではなくふりふりの白い侍女服姿の美少年が駆け込んできた。手にお玉とお皿を持っているのが何とも可愛らしいのだが、肌が見える部分は包帯で覆い隠しているので、素敵なお顔は目と口元以外は隠れてしまっている。

 可愛いのに。


「お嬢! 無事だね!」

「ええ、今日はここでみんなと一緒に食事をとりたいのだけれど、構わないかしら?」

「うん、もちろんだよ!」

「ふふっ、ありがとう。ウーテの料理を楽しみにしているわ」


 そして彼がこの屋敷の料理長なのだ。

 魚人族である彼は、自分の素顔を嫌っていていつも包帯を巻いている。鱗に青い肌がどうにも嫌いらしいが、素顔はとても可愛らしい美少年だというのに色々ともったいないのだ。

 ちなみに女装は完全にウーテの趣味で、実年齢は――不明でもある。


「お嬢、ここに座るにゃー」

「違うにゃ、こっちにゃ」

「はいはい」


 この屋敷には猫の姿をした家事妖精(ブラウニー)が忙しなく動き回っていて、二足歩行の姿はなんとも愛らしいのだ。首にネクタイかタイを付けているのは、季節ごとに私が贈ったものだ。毎年楽しみにしてくれているので、今年も新しいものを発注しなければとキリリと心の中で頷く。

 私の膝の上にミーとチャムが座り、肉球をもみもみさせて貰って、お腹を存分にもふもふする。


「(あー、至福)ミー、チャムは今お休み時間なの?」

「そうだにゃー」

「今日はネズミがいっぱいだから大変だにゃ」

「やっぱり暗殺者や刺客が来ているのね」

「うん、ざくざくにゃー」

「わんさかだにゃ」

「(後で雇い主が誰なのか聞かないとダメね……。ロルフたちもみんな鏖しとか――はさすがにしないわよね?)はあ……。当主になったら自堕落生活は当分難しいのかな」

「お嬢が頑張らないとミーたち、居場所なくなっちゃうにゃ」

「ハッ、それはダメね」

「そうだにゃー」

「みんなを一文無しで放り出せないわ!」

(お嬢がチョロくて心配にゃ。ここは自分たちが頑張らないとにゃ)


 夕食とはいえ、いつものコース料理ではなく、スープとサンドイッチと食べやすく胃の負担が少ないものを用意して貰った。オニオンスープが五臓六腑に染み渡る。

 サンドイッチには私の大好きな厚切りベーコンとチーズ、新鮮なレタスが入っていた。控えめに言って最高だった。


 食べ終わったタイミングで、食後の紅茶がテーブルに置かれた。

 レモンの香りが微かに鼻腔をくすぐる。


「ハンス、ありがとう」

「とんでもありません。私どもの不手際でお嬢様に心配をおかけしました」

「ううん。みんな生きて元気になったのなら、それでいいの」

「……恐悦至極に存じます」


 妖精族の防人(スプリガン)である執事長のハンスは、にっこりと微笑んだ。老紳士で立ち振る舞いも素晴らしい。物腰も柔らかく、祖父のように尊敬している。

 彼は何というか涙もろいので、毎年ハンカチセットを贈るのだが、それでも足りないくらいに会うたびにホロリと涙を流す。今もそっと目元にハンカチを当てている。


(私に会うたびに泣かないでほしい。気持ちは分かるけれど)

「……失礼しました。お嬢様、食事が終わりましたら客間に来て頂けませんでしょうか。クラウスがなにやら今後の話をする上で、お嬢様の意見を聞きたいとおっしゃっておりまして……」

「(私の命を狙った、あるいは父様の書斎に忍び込もうとした輩は何人いたのかしら)……わかったわ」


 食後のお茶を堪能した後、私は騎士団団長のロルフとウィングスに護衛されながら客間に向かった。

 ちょっと過保護な気がするけれど、それを指摘したら「主人の御身をお守りできない出来損ないはスクラップされるべき」云々と面倒くさいことを言い出してきたので、私が折れた。


 そういう主人の意向を無視する頑固さは、自動人形(オートマタ)として本来の役割に準じたい気持ちから来ているのだろう。


 プログラムされた命令。

 ただそれだけじゃないのは一緒に居て分かっているから、『過保護』という言葉がぴったりなのだと思う。


 客間に入ると黒装束の――明らかに命狙いに来ましたという服装の暗殺者と諜報員、盗賊崩れの男と、魔女という四人が拘束されて床に正座していた。

 そこで楽しそうな顔をしたクラウスが出迎える。


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