第6話 悪役令嬢としての役割
クラウスは小さな子供のように片腕で私を抱き上げたまま、父の書斎へと戻った。絵的にかなり恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。
ロルフは首だけになって床に転がって損傷もかなり酷いのに「ああ、お嬢。無事に契約は終えたんだな」と暢気な声を上げていた。
「ロルフ、今すぐに直してあげるわ」
指輪をはめた左手を翳した刹那、魔法術式によってロルフの体が再構築していく。その速度は自動人形の自己再生機能を軽々と上回る。
ロルフだけではない。
屋敷にいる全員に治癒あるいは修復を適切に行う。
それだけの奇跡を起こす魔力が、この指輪にはあった。
魔族は私を抱き上げているクラウスに違和感を覚えたのか、眉をひそめつつも仰々しくも臣下の礼をとる。
「復活おめでとうございます、エミール閣下。ささっ、魔王陛下がお待ちですので共にティリオ魔王国へ戻りましょう」
「ああ、魔王への挨拶はいずれ行うからお前が心配することはないぞ」
口調はクラウスのような丁寧な言葉ではなく、ぞんざいな言い方に変わった。
書斎の窓がピシッとひび割れ砕け散る。
冷え冷えとした空気。
押し潰されそうな精神圧を前に魔族の男は言葉に詰まったが、すぐに何かを察して下卑た笑みを浮かべる。
「なるほど、今まで我が物顔で領土にのさばっていた聖女の一族をご自身自らの手で滅ぼすのですね。ご安心ください。そのような小事は自分が処理を――」
「黙れ」
そう魔族が私に手を伸ばした刹那、魔族の腕が綺麗に切断される。
赤銅色の血が飛び散るものの私の体に付着しないようにクラウスは距離を取った。
魔族は絶叫し、その場に膝を突いて崩れ落ちる。
「あああああああああああああああ!」
「はぁ、煩いですね。お嬢様の耳が穢れてしまうではないですか」
パチン。
指を鳴らした瞬間、魔族自身が紅蓮の炎に包まれ更なる絶叫が響き渡る。
魔族は炎に抱かれながら、悲痛な面持ちでクラウスに手を伸ばす。
「な、なぜです! どうして……自分は魔王の命によって、エミール閣下の封印を解こうとしただけだというのに……」
「そちらの事情など私が知ったことではありません。お嬢様を手にかけようとした時点で、粛清するのが、執事としての私の仕事ですから」
「そん――ああああああああああああ!」
美しい緋色の炎が魔族の男を包み込み――絶叫と共に男は炎に焼かれて消え去った。
灼熱の炎は一瞬で消え去り、半壊していた屋敷は時計が巻き戻ったかのように、あっという間に元に戻る。
この世界の物理法則などを無視した現象、何でもあり反則技。
それが魔族の中でも上位にしか扱えない魔法。
真っ暗だった屋敷の明かりが一気に付いた。
(ひとまず終わった……)
唐突な光に私は目が眩みそうになり、クラウスの肩に頭を預けた。
緊張が解けたのもあるのだろう。
「お嬢様、遅くなってしまいましたが夕食に致しましょうか?」
「……そう、ね。少し疲れてしまったからお風呂に入って、それから食事にしようかしら」
時計を見れば午後七時を過ぎた頃だった。
伯爵当主としてやることは山積しているし、何より王子との婚約破棄の話から親戚連中の説明やら相続公表、領地運営など諸々。
頭を抱える私にクラウスは口元を綻ばせた。
「我が主人、ご安心ください。私が万事上手くいくように各国の責任者に一報を入れますので」
「そ、そう」
「はい」
満面の笑みで楽しそうに笑うクラウスに、私は丸投げすることにした。
それにより私はより窮地に、そして悪役令嬢としての役割を担うことになるなんて――気づきもしなかったのだ。
次回は明日更新予定ですo(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
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