第4話 襲撃者の目的
(戻ったらちゃんと直すから。……クラウスの力が戻れば、私が伯爵家当主になれば……きっと直せる!)
「お嬢様、屋敷内に突入せずここで援軍を待った方がいいのでは?」
クラウスの言葉に下唇を噛みしめ、明かりのない屋敷の中へと向かった。
確かにウィングスたちを倒した強敵なら、逃げるか応援を呼ぶのが正しい判断だろう。けれど理屈とかじゃなく直感的に屋敷に行かなければならないと思った。
怖くて震える足で、一歩、一歩屋敷の中を進んでいく。
できるなら、このまま逃げ出したい。
死にたくない――ここが本家の屋敷でなければ逃げている。
だとしても、この場所で逃げるわけには行かないのだ。
屋敷の中は執事長のハンスと侍女長のヨハンナが血塗れで壁に寄りかかって倒れていた。恐怖よりも怒りが強かった。
私の大切な家族を傷つけた敵を許せるわけがない。
(これが当主試練じゃなかったとしても、このような蛮行を――許せるはずがない)
父様の書斎に辿り着くと、火花が散り剣戟の音が響く。
先に屋敷に突貫したロルフと全身黒服のスリー・ピーススーツ姿の魔族が交戦していた。ロルフの片腕はもがれ、額から血が流れている。
「ロルフ!」
「お嬢、なんで来たんだ!?」
「これは、これは。愚かにも獲物が自分からやってきたか」
「――っ、させるか!」
剣戟の火花が飛び散る。
何度か刃を弾いた後、次の一撃が、ロルフの心臓に向かって伸びていた。
咄嗟にロルフと魔族の間に飛び込み、敵の剣戟を逸らす。
「あー、仕留め損ねたか」
「――っ、よくもロルフを」
鈍色に煌めく刃が頬を掠めたが、構わずに追撃に出る。
剣の師であるロルフの動きに合わせて、敵の間合いに飛びこんだ。
超至近距離からの突き。それに合わせてロルフも神速の一撃を繰り出す。
二つの閃光が走り――、凄まじい音が轟いた。
書斎の壁と天井が剣戟によって、切り裂かれ爆風と土煙。
鮮血が舞い、斬ったはずの私たちが逆に斬られていた。
ロルフは残った片腕を両断され、クラウスは私を庇ったことで左肩が貫かれる。
(私とロルフの攻撃を全て反射させた?)
「ぐっ」
「ごはっ」
「クラウス、ロルフ!」
「ははっ、参ったな。これでは剣が使えない」
「この程度っ、問題ありませんよ。お嬢様」
自動人間であるロルフは痛覚遮断をしているのか、軽快な声で敵を賞賛する。
宵闇を従えた漆黒の化身は人の姿をしているが、頭の二本の角とコウモリの羽根を生やして私たちを見下ろす。魔族は亜人族よりも身体能力はやや落ちるが、高い魔力と肉体再生能力を持つ種族だ。長身かつ細身、そしてゾッとするほど美しくも禍々しい。
真っ黒な長い前髪から石榴のような双眸に射貫かれ、背筋が凍った。
(怖いっ……でも……)
「戦力差が分かっていても攻撃をしてくるとは……今も昔もこの家の人間は度し難いほどに愚かだな」
「……魔族がなぜ我が屋敷を襲ったのですか!? ここはスフェラ領であり中立地帯。魔族とはいえ勝手なことをすれば立派な越権行為による規約違反ですよ!」
「ぶっふふふっ……」
魔族の彼は私の言葉が可笑しかったのか、お腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ、本当にこの家の人間は笑わせてくれる。越権行為、中立地帯? 魔族がどうしてこの土地でおとなしくしているのか、お嬢さんはなあーーーーーーーーんにもしらないのな」
「なにを……」
まるで喜劇の登場人物のように魔族の男は語った。
この土地に縛られた土地神が何者なのかを、そして我が一族のことを――。
「三カ国に囲まれた特別な領地を自身と定着させて土地神となったのは、魔王の弟君であらせられるエミール閣下だった。魔族の領地となり他種族と有利な交渉を行うつもりだったのに、お前の祖先である聖女が、たった一度、たった一度の賭けに勝ったことで人間が所有することになったのだ!」
(私の祖先が……聖女?)
「聖女の末裔のみが、この領地とエミール閣下の力を存分に使うことが出来る。魔族にとって恥辱の、敗北の土地だ。忌々しい聖女の末裔が、あの方を縛り駒のように利用しつづけてきたが、その当主は死んだ。今は当主のいない空白期間。――であれば、お前たち一族を皆殺しにしてあのお方を解放する!」
(賭け、エミール? 魔王の弟……)
ふと私を抱きかかえていたクラウスに視線を向けた。
その手の話に類似していたのはクラウスのことだ。クラウスはこの土地に縛られている魔族で、初代ナイトメア当主との約束を叶えるまで代々執事として就いている。
であるなら、導き出される答えは一つ。
(クラウスが――土地神そのもの? でも、クラウスがその魔族だとは気付かれて……いない?)
「それを自分たちの都合のいい解釈をして、領主になるとはなんと愚かな。そのようなことをしているから代々領主と契約をしたあの方の力は、中途半端なままあの場所に封じられている。何と嘆かわしいことか!」
震える指先を隠すように拳を強く握りしめ、魔族の男を睨んだ。
それが彼らの――魔族の総意なのか、あるいは個々人の感情によるものか。見極める必要がある。
「では今回の越権行為に、暗殺まがいの襲撃は魔族の王自らが望んだのですか? 王弟殿下をお救いしろと?」
「その通りだ。お嬢さんたちの間では試練だかなんだか言われているけれど、事実は大きく異なる。と言うことで――分かったら大人しく死んでくれるか」
話を終えた男は自分のセリフを言い終えたとばかりに剣を大鎌へと変えた。室内で扱うには不向きな大きさだというのに、たいして気にしている様子はない。
今私の目の前に居る魔族はまごう事なき、死そのものだった。
ゴーン、ゴーンと古時計の鐘の音が鳴った。
(あれは父様が亡くなってから一度も動かなかったのに……)
時計の針が逆回りで一回転した途端、幾何学模様の魔法円が書斎の床に展開する。
次回は明日更新予定ですo(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
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