第35話 唐突な遊戯と告白
二週間後。
エル・ファベル王国との交流は完全に封鎖し、関所は閉じている。例外として自国への帰還を望む者は許可を出しているのだが、この土地を去ろうと思う者は少ないようだ。
王国では戦争の着々と準備を整えているという報告は入っているが、徴兵はあまり集まっていないらしい。もっとも徴兵は王家の総意ではなく、第三王子が独自に行っているらしい。
残る第一王子と第二王子は和平あるいは独立を認めつつ、交渉の場を設けようと説得して走り回っていると聞く。ただこれも帝国側の配偶者がいる有力貴族たちは足を引っ張るため、渋って条件を出しているなどで難航している。
(王国の混乱具合が酷いわね……)
情報屋からの定時報告書を読むたびに、ため息が漏れる。王国が戦々恐々の中で我が領地といえば──。
私は泊まっているスフェラ領首都ホテルの窓に、視線を移した。窓越しからでも賑やかな声が漏れてくる。ヨハンナは私の髪を梳かしながら、笑みを零した。
「お嬢様もお祭りを堪能できればいいのですが」
「それは無理ね。魔王様のお相手で一日が終わるもの」
スフェラ領の首都では、アトラミュトス獣王国とティリオ魔王国の使節団を招いてのお祭り騒ぎが続いている。たまたま『妖精たちが遊びに来る日は仮面や仮装して妖精たちと踊り明かす』というペスソナカーニバルの時期だったので、今年はさらに盛り上げるように手配したのだ。
自分たちで仮面を作る者もいれば、ここぞとばかりに仮面を売る商人もいるようで露店の数もかなり増えただろう。
「お嬢様、そろそろ」
「ええ、時間ね」
***
中央広場ではスイーツフェアを開催し、アトラミュトス獣王国とスフェラ領の職人それぞれに屋台を出して人気投票をする形をとっている。そして魔界からの――ティリオ魔王国の使節団を招いたホテルでもそのスイーツフェアを行い、バイキングスタイルにしてデザートも一口サイズで用意した。
レティシア様と再従姉弟のオーランド様はバイキングを楽しんでおり、当初のスイーツ勝負はもはや余興といった雰囲気である。見合いの件はティリオ魔王国から独身男性を数十人と連れてきたらしく、スフェラ領にいる令嬢たちが黄色い声を上げた。
(ティリオ魔王国の人たちって造形が整った方ばかりなのよね。それはモテないわけないか)
「我の前で考え事とは余裕だな」
魔王――ヴォル様は挨拶も早々に切り上げて、私とのカード勝負を言い出した。この方はどこまでも遊戯が好きなようだ。
ホテルの最上階のサロンを貸し切りにして、魔王――ヴォル様とカード勝負する。
本当はチェス勝負だったのだが、ヴォル様がカード勝負をしたいというので根負けしてブラックジャックの勝負をしている。現在、私が僅かに勝っていて三勝二敗。
カードゲームを使うにあたって魔法の一切を禁止しており、カードにも魔法使用をしたら色が出るように細工してある。それゆえ正々堂々と言えるかは微妙だが勝負にはなっていた。
「それにしても流石だな」
「はい?」
ヴォル様は執事の真似事をしているときも、今もご満悦と言わんばかりにニコニコしている。クラウスの兄で魔王様だというのに、何というか奔放な方だ。吸い込まれそうな空色の瞳に見つめられると、ドキリとしてしまう。
「我と勝負をする前に条件を付けることで、イーブンの勝負を見せるのだからたいしたものだ」
「……条件を付けなければヴォル様と同じ土俵に立てないじゃないですか」
「そう、そこだよ」
「?」
喉を鳴らしてヴォル様は答えた。何がそんなに嬉しかったのか私には分からない。
「普通は我と対等である事自体が不可能に近い。その気になればこの世界を統べるだけの力はある」
不遜でもなければ慢心もない。
この方が「やる」と決めれば大抵のことはできてしまうだろう。それだけの力はあるのだ。ヴォル様の雰囲気に呑まれないよう悪女の仮面を付けたまま微笑む。笑みは私の武器の一つ。
「他ならぬヴォル様に言って頂けるとは光栄です」
「しかもわざと勝ちすぎず負けすぎないようにしている」
「お気づきでしたか。……気取られてしまうとは私もまだまだのようです。気分を害したのなら申し訳ありません」
頭を下げようとしたがヴォル様はそれを制した。
別段咎めるつもりや怒っている様子はない。
「我でなければ気付かない程度だ、見事だと言っていい。ベーシックストラテジーか、だが実践するには一朝一夕ではできない。エミールと何度も勝負をしていたのか?」
「いいえ。カードゲームに関しては全て父に習いました。特にブラックジャックは確率のゲームですから、計算と基本戦略を弁えていれば、大きな負けはないですし」
「ほう」
「失礼します。お嬢様、エル・ファベル王国の関所から伝達が」
クラウスが私の影から姿を現す。
最初見た時は本当にビックリしたけれど数日も続けば慣れた。うん、間違いなくいろんなことに対しての耐性が付いてきたのだと思う。悲しいことに。
ヴォル様に視線を向けると「好きにするがいい」とワイン片手にグラスを傾けている。こちらの動向などお見通しなのだろう。
「第三王子率いる兵士を五百人ほど確認しました。恐らく関所の開放を目的としているようですが」
「五百とは随分と少ないわね。少なくとも関所責めをするなら十倍の戦力が必要だというのに」
本当にラインハルト王子は学院で何を学んできたのやら。それともそういった英才教育すら忘れてしまったのだろうか。あるいはこの兵力で勝てると誰かが戯れ言を信じたのか。
「いかがしますか。すでにガーゴイルの起動は終えています。お嬢様の合図があれば皆殺しにするのは容易いです。スフェラ領の力をここで喧伝するためにも――」
「そんな恨みや憎しみを増幅させて、私に何の得があるのかしら」
「それは……」
クラウスは意外と言った顔で私を見つめた。ヴォル様は笑みを深めて空いたグラスにワインを注ぐ。
「そうだぞ、愚弟。そんなことをすればエル・ファベル王国全土から怒りを生み出す。ここは一つ空に向かって超魔法陣を穿ち、牽制するが正解だろう。圧倒的力に屈服して白旗を揚げるに間違いない」
「……それはそうですが」
「いえ、それも使いません」
「ほう」
「クラウス、ガーゴイルたちにこう伝達なさい。『向こうが仕掛けるまでは待機。仕掛けてきたら狙うのは脛下の足だけ。撃たれた兵士を助けようとした兵士は撃たない。それと会議で録音した音声を昼夜問わず流してあげなさい』と」
「……! なるほど、士気を徹底的に削ぎ落とすおつもりなのですね。殺してしまえば兵士たちは義憤に駆られて士気をあげる。しかし殺さずに足だけ撃てば死に恥を晒すだけではなく苦痛も伴う。さらに会議で交渉の場を提案したというのに、侵攻を選んだ大義名分まで奪うとは――素晴らしい。それでは指示を伝えてきます」
一礼した後、クラウスは私の影へと消えていった。
「本当に愚弟は戦火を広げる天才だな。レジーナ嬢だけではなく、先代の当主たちはさぞ手を焼いただろう」
「かもしれませんね」
「ふむ。……しかし愚弟に伝言を任せて良かったのかな。もし違った言い回しをしたら?」
「ご心配なく。今回の作戦が決まった時に、ガーゴイルたちには私が前もって指示を伝えておきました。それに指揮官はヨハンナが担って下さるので問題ないでしょう」
クラウスを全面的に信じることはできない。それは今までの彼の言動を見れば当然と言えるだろう。それでも傍に置く以上、信用回復に勤めるつもりがあるのか判断するため、保険をかけておくことを徹底させた。
情報伝達の速度と精確さは武器だ。
これからの戦いは情報と心理戦となるだろう。
「ヨハンナ。……ああ、魔族と人族のハーフか」
「はい。戦をするために必要な技術や知識、経験を私に叩き込んだのはヨハンナですから」
「しかし、我の方法のほうが血は流れないのではないか? 戦意喪失なら悪くないと思ったのだが」
「確かに圧倒的な力を見せつけることで、その場の戦いは終わるでしょう。しかしそれでは王家がスフェラ領に対してどんな扱いをしてきたのか民衆は知らないまま勝手に私を悪者にするでしょうから、それを防ぎたかったのです。あとは……」
「ん? 他にも何かあるのか?」
「ええ。私の領土に銃を向けるのなら、向こうも撃たれる覚悟ぐらいしていると思ったので」
私を悪女として貶めた恥辱を張らすための復讐でもある。
私を悪役のままにすれば、いずれこの領土も同じような扱いを受ける恐れがあった。私が守りたいのはここに住む領民と屋敷のみんな。
その為なら泣き虫の私を封じて非道だと言われようと悪女を演じきってみせる。
ロベルトが薔薇の紅茶を淹れてくれたので喉を潤す。ヴォル様は「面白い」と言葉を漏らした。
「これで合点がいった。父君は用心深くそして長い年月をかけてレジーナ嬢に英才教育を施したようだ。歴代最高の領主にしてエル・ファベル王国と対抗できるだけの器を持つ者として」
「父が……。確かに言われてみれば、そうかもしれません。次期当主の座を巡って私を必死に隠そうとしていたのも、私が契約をする年齢まで王家の婚約者という盾を用意していたぐらいですし」
「ますます面白い」
「そ、そうでしょうか」
「ああ、レジーナ嬢。我を婿にするのはどうだ?」
手にしていたカップを傾けたまま私は固まってしまった。
紅茶はテーブルを濡らしカードに染み渡る。
「え、は、え?」
「我はそなたの愛がほしくなった」
(え、えええええええええええええええええええええええ!?)
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