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第32話 変わりゆくもの

 それは唐突に始まった。


「わあ☆何、この展開~、笑ける」

(レティシア様、それは私も同じ気持ちです……)


 レティシア様が再従姉弟と共に、私の屋敷を訪れたのは、裏カジノ放火から数日経った頃だった。彼女が声を上げるのも無理はない。


 私の屋敷にティリオ魔王国の魔王ヴォル様と、アトラミュトス獣王国の獣王レティシア様が一堂に集うとは思わないだろう。しかも二人ともお忍びで。

 その上、客人であるはずのヴォル様が深緑色の燕尾服着こなし、執事の真似事をしていれば当然の反応と言えるだろう。たぶん。


 再従姉弟のオーランド殿下は、狼の姿のままレティシア様の腕の中で眠っている。馬車での移動の途中に眠ってしまったとか。カジノで見かけたよりも、毛並みがよくなっているようで安心した。


「レティシア様、これには色々と事情がありまして。ヴォル様との賭で――」

「我が負けたので期間限定で執事をしているのだが、中々に面白い」

「そう。ところでクラウスは?」

「それが……裏カジノの次の日から姿を見せなくて」

「心配?」

「そうですね。……次はどんな面倒ごとを持って帰ってくるか心配と言えば心配です」


 クラウスがエル・ファベル王国側に付くなんて言い出したら、それはそれで面倒だ。やはり傍にいた方が精神的に安心する――気がする。


「まあ、愚弟は生まれて今まで舞台の観客席で面白おかしく眺めていただけだったが、ついに自分の舞台に上がる気になったんだろう」

「は、はあ……」

「噂をすれば、漸く腹をくくったようだ」

「?」


 ヴォル様は笑いを噛み殺していたが、その理由はすぐに分かった。何食わぬ顔でクラウスが姿を現したのだ。

 いつものように突然現れたりせずに、ノックをして客室に足を踏み入れる。


 黒の燕尾服はいつ見ても仕立て上げしたように新品で、白手袋や身なりもきちんとしていたのだが、なんだか違和感がある。


「レティシア様、今回の騒動においてお嬢様への情報共有が漏れていたことを深くお詫び致します」

(クラウスが素直に謝った!? 明日は雪!? 嵐!?)


 私と同じことを思ったのか、皆明日に備えて準備に移った。


「へえ~~☆謝罪をするとは思ってなかったわ。……まあ、誘拐やら人身売買はスフェラ領でなく、エル・ファベル王国で起こったことだから、レジーナが責任に問われることはないわ」


 口ではそう言いながらも、レティシア様の目は笑っていない。クラウスもそれは分かっているようで、手元に分厚い二冊の本を差し出した。


「再従姉弟のオーランド様がエル・ファベル王国に赴かれたのは、かの国期間限定のスイーツ事典をご購入するためだと伺いました。これはその本になります」

「な!」

(え、もしかして数日姿を見せなかったのは……本を探すため?)

「こちらをお渡しさせて頂ければと」

「ふふん~~☆そ、そうね。そこまで言うならオーランドのためにも受け取っておきましょう」


 レティシア様は嬉しそうに本を抱きしめた。もしかしたらその本を一番ほしがっていたのは、甘い物が好きなレティシア様だったのかもしれない。


「それとレジーナ様。スフェラ領で不正を働いていた者のリストアップした者がこちらです。さらにエル・ファベル王国の間者は、まとめて自国にお戻り頂きました」

「え、あ、はい」


 いつになく有能な執事ぶりを発揮する。

 それを横で見ているヴォル様は、お腹を抱えて笑いを堪えていた。

「あのエミールが……ぶっくくく」と、なんとも楽しそうでなによりです。


 その後レティシア様は挨拶もそこそこに、本を熟読したいと客室にこもってしまった。もとより泊まっていくつもりだったのだろう。

 魔王――ヴォル様は屋敷の造りや芸術品などの鑑賞を嗜みながら、執事の真似事を続けている。


(楽しそうなようで何よりです……)


 客人の接待も終わったので、父の執務室で書類の整理を行うことにした。

 ロルフ、ロベルトは大量の書類を私の部屋に移している。ここから繋がる地下室の扉を封鎖して私の部屋に作り直し、ここはダミーとして残すことにした。

 思えば父の書斎――この場所から全てが始まったのだ。


「お嬢様」

「なに?」


 振り返るとクラウスは私のすぐ傍にいた。相変わらず距離の詰め方が極端だ。

 数日ぶりに会うクラウスは、別人かと思うほど憔悴していて弱々しい。あの契約前の弱々しかった姿よりも、ずっと儚げだった。


 何だかこのまま消え入りそうな彼に手を伸ばすと、私の手を掴んで自分の頬に触れさせる。

 すり寄る姿は愛情に飢えている幼子のようで、ちょっとドキッとしてしまった。


(──っ)


 クラウスはジッと私を見つめ返す。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳が、どこかほの暗いのは気のせいだろうか。


「お嬢様と契約を結ぶまで私は退屈で、退屈で堪らなかったのです。人は簡単に壊れてしまって、だから壊れていくものに目を止めず、次々に契約者を乗り換えて一時的な退屈を紛らわせて?ここまで生きてきました」

「……知っているわ」

「でも、お嬢様と契約をしてからでしょうか。傍で見ていて、さなぎだった貴女があっという間に私の予想を超えて羽ばたいていく。こんなことは今まで一度もありませんでした。そこから私はお嬢様を――レジーナ様を特別に思うようになったのです」

「!?」


 特別、そう告げるクラウスの言葉にドキリとする。

 だがそれは私の思っている特別とは違うのだろう。単に物珍しい存在に興味を持った程度のことだ。


「レジーナ様の泣き顔が見たい、私に縋ってほしいと思う反面、お嬢様の笑顔を独占したい、もっと触れて一緒に居てほしいと思うことが増えたのです」

「そ、そう……(触れ……お気に入りのオモチャに対しての独占欲のようなものね)」


 勘違いしてはいけないと気持ちを引き締める。

 クラウスは目を細めて言葉を続けるのだが、それは懺悔とも誓いにも聞こえた。


「要するに、お嬢様ともっと信頼関係を構築していくことが重要だと気付きました」

「ん? うん……まあ、そうね」

「そのためにもまずは、自分で蒔いた火種を刈り取ろうと考えています。ざっと見積もって数ヶ月あれば、決着もつくかと――」

「ああ、そのことなら別にいいわ」

「え?」


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