第31話 執事クラウスの視点2
「だからね、クラウス。私は貴方以外に三人の専属執事を付けることに決めたわ」
世界が壊れるような音がした。
お嬢様は私が裏で火種を蒔いていることに気づき、それを叱責するかと色々準備をしてきた。自分一人では解決などできない、私に頼るしかないと――そう結論づけると思っていたのに。
私以外の誰かに頼って、私に縋ろうとしない。
最初は歴代の伯爵当主と同じように、退屈しなければいいと思っていた。
それが変わったのは、いつからだろうか?
お嬢様は私の想像を遙かに超えていく。それを見ているのが楽しく誇らしかった。
けれどお嬢様は私だけを見てくださらないし、必要以上に頼ったりしない。
私なしでは生きられない――そんな風にはならなかった。
いつだって銃口を向けて引き金を引くのは、お嬢様だ。
私はその傍らで、お嬢様の成長をまざまざと見せつけられた。
少し前までは小さくて、弱々しくて、泣き虫で『自堕落な生活を送りたい』と嘆いていた少女が――瞬きの間に、その美しさと聡明さに目を奪われる。
蛹が羽化したように、世界に羽ばたく。
私をおいて行ってしまう。
「許せない。そんなのは……絶対に……お嬢様の全て、魂すら私のものなのに……」
どうして満たされないのだろう。
飢えが収まらない。
どうしてお嬢様は私に依存して、甘えて、私を求めないのか。
ドロドロに甘やかせば――。
「そんなことも、わからないとはな」
お嬢様の居なくなった部屋に音も無く入り込んだのは、兄だった。
昨日一件も、兄が出てこなければ――。
「我が出てこなくても、あのカジノはああなる運命だった。そしてレジーナ嬢の決断も変わらなかっただろう」
「お嬢様の名を呼んでいいのは、私だけ――」
「はあ。お前の許可など必要ないだろう。確かにお前とレジーナ嬢は契約している。しかしそれは女神の子孫が霊脈の力を引き出す際、体に負荷がかからないようにお前が仲介しているだけで、言ってしまえば利用手数料分の契約をしたにすぎない。その程度の契約で、彼女の全てを得る訳がないというのに、騙しおおせると思ったのか?」
「お嬢様に話さなければ、気付かれることはな――」
「そうやって嘘と情報操作を行った結果、お前への信頼は薄れていくだろうな。かつての当主と違って、彼女は聡明で鋭い。お前が火種を蒔いていることも露見しているではないか」
「!」
お嬢様は勘がいい。
それに真実を見抜く目も持っている。
手放したくない。
私だけを見てほしい。
どうして、お嬢様は私の思う通りにならないのだろう。
お嬢様に褒めて貰いたいのに、もっと傍にいてほしいのに。
どうしてお嬢様は私に触れてほしいと言わないのだろう。
他の者は私をほしがって、どんなことでもしようとするのに。
あのモルガナという女もそうだ。私に近づくためにエル・ファベル王国からスフェラ領で一旗揚げようと、目論んだというのに。
私に会うために愚かにも欲張った。
だというのに。
どうして――。
「どうして私を求めてくださらないのか」
「そんなの分かりきっているではないか。今日実際にレジーナ嬢を見てわかった。お前は今までレジーナ嬢を異性として見ていない。歴代伯爵当主たちと同じように、退屈を紛らわせるためのオモチャの一つとして接しているだけだ」
そう。そうだった。
退屈な日々を埋めるための――暇つぶしだったはずだ。
できるだけ長く、私を楽しませるためだと選んだ火種の一つ。
それなのに気付けば、お嬢様の傍にいると欲が出てくる。
私に向ける言葉や視線、思いがいつも私をかき乱す。
何一つ想定内に収まらないスケールのでかさ。
オモチャだとは思えなくなったのは、いつから?
もっとお嬢様に触れたい、求めてほしいと思ったのは?
自分以外がお嬢様と話すことも、触れることも許せないと感じたのは?
お嬢様を自分だけのものにしたい。
あの契約だけじゃ足りない。そう足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。
「お嬢様に媚薬を飲ませて……いやそんなものでは足りない。違う。いっそ記憶を全て消してしまえば……いや、ダメだ。そんなのじゃ足りない。一方的じゃなくてお嬢様に求められたい」
「お前は自分の退屈を紛らわせるためだけに生きてきた。他人との交流も絆も構築する努力もしなかったからこそ、拗らせる結果になった。……くくくっ、初恋おめでとう、エミール。レジーナ嬢の心を掴むよう精進するんだな」
兄の茶化した口調に苛立ったが、すでに部屋から姿を消していた。
初恋?
違う。お嬢様の全てを喰らい尽くして、縛りつけて手放したくない。
単なる独占欲。
『クラウス』
お嬢様の呼ぶ声を思い出し、心臓の音が跳ねた。
生まれてこの方、不整脈を起こして胸が痛むなんてあり得ない。
お嬢様は、甘美な猛毒を持つ果実。
私を狂わせる。
気付けば彼女のことばかり思い浮かんで、最初は泣き顔や縋る姿が見たいって思ったけれど、違う。
笑ってほしい。
私だけにはにかんだ笑顔を向けて、傍にいてほしい。
彼女が人形や宝石じゃなくてよかった。
私から彼女に触れるだけじゃ足りないから。
お嬢様の心を知る事ができたら、この悩みは解消されるだろうか。
もっともっと深くお嬢様と溶け合ったなら、この乾きは満たされるだろうか。
「お嬢様、……レジーナ様」
***
宵闇に乗じて屋敷に戻ると、お嬢様はぐっすりと眠っていた。
あどけない寝顔に、胸の奥がじんわりと温かくなる。そっと頬に触れると、きめ細かな肌が吸い付くように私を受け入れてくれた。
「どこでどう間違えたのでしょうね。『愛されたい』などという感情が芽生えるなど」
背後で殺意が増す。
振り返らなくとも誰なのかすぐに分かった。
「まさかポンコツを専属執事に加えるとは……。本当にレジーナ様は、私の予想を超えたことをなさる」
「お前のように神出鬼没で悪質な存在から、レジーナをお守りするために選ばれた」
この機械人形もお嬢様と共に変わった。
最初は命令に準ずるだけのポンコツだったというのに、自我を持ち成長してお嬢様を特別視している。昔、ジェニーにあれだけ言い寄られてもまったく相手にしなかったのが嘘のようだ。
「ポンコツも屋敷の連中も全員、次期当主の試練が茶番だと騙し続けてきたのに何故、お嬢様に許されている? 何故、お嬢様から専属執事の声がかかる。ポンコツと私の何が違う?」
「心からお嬢を思っているかどうかだ。お前は……先代当主が壊れようと、お嬢が壊れようとどうでもよかったんだろう。その違いだ」
「なるほど。……ポンコツの目から見ても、そう映るのですか。なら、その認識を変えなければいけないのでしょうね」
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【短編】
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