第3話 襲撃はいつだって唐突に
「伯爵家を継げば、このスフェラ領から生涯出られませんが、それでも?」
「最高じゃない。王家の呼び出しでもはね除けられる大義名分になるでしょう」
「(まったく、うだうだ言いつつも芯が強いところはそっくりですね)……では頑張って下さい。それによって私の命運もかかっているのですから」
「このタイミングでプレッシャーをかけないで……」
「あははは、嫌です」
「鬼、悪魔!」
クラウスは私を甘やかさない。
そして出来ることしか言わない。
父が亡くなったことも含めて遅かれ早かれ、王子に婚約破棄を言い渡される予定だったのだ。
予感とかじゃなくて純然たる事実。
前々から王子に恋人のシーラ嬢がいたし、私たちの婚約は王族と伯爵家との取り決めによる政略結婚――いやどちらかというと、王家と父の思惑が一致したからこその偽装婚約だった。
(恋愛小説のように、大勢の前で婚約破棄されるよりはマシかもしれないわね)
本家の屋敷に戻る頃には嵐は収まっていたが日は落ち、夕闇がすぐそこまで迫っていた。
ふと屋敷外の街灯に明かりが灯っていないことに違和感を覚える。
嫌なことというのは続くものだ。
(この時間で明かりが点いてないなんて……)
緊張感が走る。
いち早く事態を重く捕らえたロルフは騎乗したまま馬車の窓を叩いた。
「お嬢、私が屋敷内を確認して来るので、馬車の中で待機してください」
「ロルフ!」
返事を待たずにロルフは天馬の腹を軽く叩いて、屋敷の門を飛び越えていく。ナイトメア家専属の騎士の団長であり、自動人間だ。それ故、どんな種族が相手でも大抵は何とかなってしまう。
「お嬢様、あのポンコツなら頑丈ではあるので問題ないかと」
「でもそれで心配しない訳ないでしょう。彼も、クラウスも私の大事な家族だもの」
「……私も入れて頂けるとは光栄です」
「当たり前でしょう!」
「私に消えて欲しくない──と?」
「ええ」
クラウスはアメジスト色の目を細めて嬉しそうに頬を染めた。
あまりにも穏やかに微笑むので、思わず見惚れてしまう。執事というよりも異性として認識されたような錯覚を覚えてしまいそうになった。
「お嬢様、その言葉──忘れないでくださいね」
「クラウス……?」
このまま夕闇と共に彼が消えそうで手を伸ばそうとした瞬間、金属音が耳に届いた。
「──っ!」
「今のは……剣戟でしょうかね」
「ロルフっ……」
ロルフはああ言ったが、屋敷の安否確認ができるまで怯えて待つようには育っていない。
すぐさま虚数空間ポケットから手に馴染んだ一振りのレイピアを取り出す。柄に触れた途端、素を押し殺して気丈振る舞う伯爵令嬢の仮面を被る。
自分でも纏う雰囲気が変わったのを感じた。自己暗示。
大丈夫だと、私は有能な伯爵令嬢だと信じ切る。
「クラウスはここで待機して、私は屋敷の中に行くわ!」
「いえ、従者の私がお供しない訳にはいかないでしょう」
「クラウス」
「私が私であり続けている間は、貴女の従者ですからね」
こんな状態でも執事の本懐を遂げようと、蒼い顔をしながら答えた。
クラウスは影のように消えかけて、姿も半透明になりつつある。
それでも強がって微笑んだ。
これが伯爵当主試練なのかは不明だが、降りかかる火の粉は払わなければならない。
御者には屋敷の門の前でいつでも出発できるように待ってもらい、私とクラウスは屋敷の門の前に佇んだ。
本来であれば門の番人であるガーゴイルの石像ティムとレオが開けてくれるのだが、反応がないのでクラウスと共に使用人用の戸口から屋敷に入る。
『お嬢、お帰りなさい。後で毛繕いして!』
『お帰り、お嬢。俺も、俺も!』
いつもなら翼を持つ獅子の形をした双子の石像のガーゴイルが同時に声をかける。
陽気だけれど仕事熱心な彼らは、代々伯爵当主の屋敷の番人だ。全長二メートルもある巨体なのに、猫のように身軽で人懐っこい。
屋敷は広く屋敷入り口の庭は薔薇の垣根が芸術的に整えられて、いつも白と青の薔薇が咲き誇っている。
特殊な魔法によって一年中咲き誇っており、それらの手入れをしているのは庭師のロベルトだ。狼の獣人族で隣国のアトラミュトス獣王国から訳あってここに居候している。
彼は巨漢で手も私の何倍も大きいのに、庭仕事はとても丁寧で器用だった。私に声をかけるときは遠慮がちでシャイな子。
『姫様、今日のエントランスには白薔薇を飾っておいたから、あとで見て……ほしい』
『ロベルト、うん。またアレンジを加えたのでしょう。楽しみにしている!』
『お帰りなさいませ、レジーナお嬢様。……っ、本当に立派になられて』
『ハンス、毎回そう言って泣かないで!』
『お帰りなさいませ、お疲れになったでしょう。すぐに紅茶を淹れましょうね』
『ええ、ヨハンナ。とびきりの紅茶をお願い。あ、甘いものも食べたいわ!』
ロマンスグレーの涙もろい執事長のハンスに、眼鏡の淵を上げつつ出迎える侍女長のヨハンナ。二人とも私にとっては祖父、母のような存在だ。
見習い侍女のリーンは洗濯物を片手に「お嬢様!」と走ってくる。いつも屋敷の護衛を務める騎士団たちもみんないい人ばかりで、私にとって大事な家族だ。
青空。
若葉色の芝生に、白と青の薔薇が咲き乱れた屋敷の庭──。
いつもの屋敷。
それが夕闇、真っ赤に染まった芝生に、赤銅色と赤紫に変わった薔薇が無残に散らばっていた。
「――っあ」
息が止まりそうになった。
屋敷の庭にガーゴイルの獅子だった固まりが転がっており、巨大な狼、白銀甲冑の騎士団の全員が血塗れで倒れていた。
みな息も絶え絶えだというのに、誰一人手に握る柄を握ったままだった。
意識が途切れる寸前まで戦ってくれていたのだ。
誰一人逃げずに戦って――破れた。
そのことに胸が潰れそうになったが、下唇を噛みしめる。
「……っ、クラウス。生存確認を」
「はっ、……死にかけていますが、幸いにもまだ誰も死んではおりません。さすがと言うべきでしょうか」
生きている。
その事実にわあっ、と泣き出したくなったが拳を握りしめて耐えた。
(大丈夫、まだ、みんな、息がある。生きている……っ!)
「っ……、かはっ」
「ウィングス!」
副団長である隻眼のウィングスに駆け寄った。
彼は甲冑音を鳴らしながら腕がガクガクとオカシな動きを見せながら震えている。恐らくネジのいくつかが破損してしまっているのだろう。内側から真っ赤なオイルが噴き出しても尚、動こうとしていた。
「ウィングス! 動かないで、これ以上動けば修復が難しくなってしまうわ!」
「ひゅっ……そ、その声は……お嬢……」
「ええ、そうよ。私が着たからには誰も死なせないわっ!」
「……お嬢……さまっ」
口から血がこぼれ落ち、涙もボロボロと頬を伝って流れ落ちる。
限りなく人間に近い自動人形であり、止めどなく溢れる涙は悔しさで顔をぐちゃぐちゃにしていた。
「お屋敷を……守れず、申し訳……っ、ああ……あの世で親方様に……申し訳が……」
「喋らないで……」
「お嬢……生きて……」
「ウィングス!」
自らの役目が果たせず、悔しくて、歯を食いしばり目の光が消えた。
「恐らく強制活動休止したのでしょう。戦線離脱しただけのようです」
「……そう、ね」
かろうじて生命維持を保っている状態をこのままにして起きたくは無かったが、屋敷の中に入ったロルフの安否が気になる。
「屋敷の中で剣戟は続いているようです」
「……っ」
家族同然の彼らが血塗れで死にそうな状態だというのに、クラウスは沈着冷静で表情が変わらない。その姿を見て、彼を家族の輪の中にいると感じているのは自分だけの一方的な
次回は明日更新予定ですo(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
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