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第28話 私の敵

「お嬢、後処理はラファエル様に任せていいんじゃない……って顔色真っ青じゃないか!」

「……そう、ね。確かに少し疲れたかも」


 ロルフの胸元に頭を預けた。しかし何か気掛かりがあったようなと思考を巡らせる。


(んんーーー。大事なことを忘れているような――?)

「さすが私の見込んだレジーナね~☆。一夜で裏カジノを壊滅させるなんて、本当にス・テ・キ」

(そうだ! レティシア様のことをすっかり忘れていた!)


 魔王様を見つけたときは一緒に居たはずだが、その後いつの間にか居なくなっていた。

 ふとレティシア様に視線を向けると、純白だったドレスは血塗れになっているではないか。一瞬で血の気が引いた。


「え、え、レティシア様!? 血塗れですけれど、怪我を!?」

「ん、ああ、違う違う。これは全部返り血よん~。闘拳賭けに乱入して再従姉弟を救出するのが目的だったから、手間が省けたわ」

「え……」


 よく見ると、痩せこけた狼を大事そうに抱きかかえているではないか。銀色の狼は眠っているのか、ピクリとも動こうとしない。


「ん? 言ってなかったかな?」

「き、聞いてないですけど……」

「あはははっ、ラファエル様も色々根回しをしてくれたのだけれど、中々上手くいかなくてね☆」

「(ああ、なるほど。二週間後の交渉日より早く来た本当の目的はこれだったのね。いくつもの建前を積み重ねて……)それならそうと早く言って下さればよかったのに」

「まあ、そうだけれど――レジーナが一枚噛んでいるかもしれないって、思いたくなかったのさ☆それにレジーナは信じられても、()()()()()()()()()()()()()

「!」


 執事――クラウスを警戒していた。

 それも当然だろう。

 モルガナの言葉が正しければ、彼女に契約書を渡したのはクラウスだ。なぜ火種を起こすようなことをするのか。


 答えは簡単だ。

 クラウスが退屈しないための火種をばらまき続ける。それで私が潰れるか、生き残れるかを見たいのだろう。

 悪趣味なことだ。


(でも……それは今まで、クラウスに全てを丸投げしてきた歴代の伯爵当主たちの怠慢から生まれたものだわ)


 この土地の秩序を保つために、クラウスの退屈しのぎの横暴に目を瞑っていたのだから。これからは、そうさせてはいけない。

 私が領主となると決めたのなら、向き合わなければならない問題だ。


「レティシア様、今回の件。主人である私に責任があります。心から謝罪します」


 深々と頭を下げた。

 ロルフも私に倣って頭を下げる。


 レティシア様は大きく溜息を吐き、「それで☆レジーナはどう責任をとるつもりなのん?」と軽い口調で尋ねてきたが、激昂している感情を抑えているのがわかった。


 無理もない。

 私だって屋敷に住むみんなが同じような目に遭ったら、激昂していただろう。


「今後、同じことが起こらないようにするのは当然ですが、すぐさま人身売買などの違法行為をする者たちに然るべき対応をします。示談金と正式な謝罪文も」

「顔を上げて。……然るべき対応、ねえ。それはあの執事にも? あれと対立しても?」


 鋭い視線が私を射貫く。けれどここで目を逸らすことも俯くことも許されない。

 それをしてしまったら、レティシア様から逃げることになる。だから真正面から向き合い、口元を綻ばせて微笑む。


「当然です。彼との契約はありますが、この領土を収めるのは伯爵当主であり、私です。主人の意に沿わない執事は、執事ではなく私の敵です」

「敵――ね」


 一歩も引かず、見つめ合う。

 先に動いたのはレティシア様だ。


「あはははははははっ、さすがレジーナ。歴代の当主とは違うな。清廉潔白とは違う。清濁併せ呑む器量を持ち、自分の片腕相手にも容赦ない。いいわ、そもそも今回の件は歴代の伯爵たちが残した火種だし。それをレジーナの代で駆逐するというのだから、その歩みを見せて貰おう」

「レティシア様」


 彼女は私の頭を優しく撫でた。


「やっぱり私はレジーナが好きだわ。少なくともロベルトはレジーナがいたから救われた、その大恩を忘れるほど私は薄情じゃないし、レジーナがすぐに動いてくれたからこそ、再従姉弟を救うこともできた。……感情的になって悪かったね」

「そんなことないです。私はスフェラ領でのことを知らなすぎたし、クラウスに任せきりにしてしまった。次期当主として恥ずべき行為だと猛省します」

「まあ、それが分かったのならいいさ。……暴れ回ったから喉が渇いたし、あとはラファエル様に任せて休ませて貰いましょう☆」


 タイミングよく現れたラファエルおじさまと、その部下の方々に色々任せて、私とレティシア様は上のホテルに部屋を用意してもらい休むことにした。

 今度こそ気が抜けたのか、足に力が入らず私はそのまま崩れ落ちる。

 意識が遠のく中で私を抱き上げたのは──誰だったのだろう。



 ***



 次に目を覚ますと見慣れない天井が窺えた。

 屋敷ではない。

 起き上がるとホテルの一室のようで、締め切ったカーテンの隙間から朝日が漏れていた。


(えっと……あ、裏カジノはあの後どうなった!?)


 飛び起きた私に合わせて空気が弛緩する。

 ふとクラウスの気配があった。


「お嬢様、お目覚めになられたのですね」

「クラウス」


 安堵した声でクラウスは、主人である私の許可も無く寝室のベッドに腰を下ろした。私の顔色を窺おうと、大きな手は私の頬に触れる。


 私を気遣う言葉に言動。以前からそれだけでドキドキしていただろう。

 けれど私は知ってしまった。私とクラウスに見いだされ、権利と力を得た者の末路。


 モルガナのことをクラウスは『知らない』と言っていた。

 あれは『知らない』のではなく『忘れていた』あるいは『おぼえていなかった』としたら。

 種を蒔いただけの存在をクラウスが覚えているだろうか。

 答えは否だ。


 クラウスにとって、この土地は退屈を紛らわせられるオモチャ箱で、私は単にその中で、一番気に入ったオモチャなだけ。


(それがわかってスッキリした……。クラウスには私の魂も心も全部あげている。あの契約の時から、私の思いは全部クラウスに預けた。彼が気づくかどうかは、わからないけれど……今私は領主として生きている。だから、領主としての採決を行う)


 私も自分の守りたいものを守りたいから、クラウスの力を借りた。魔王様が言っていた霊脈のことはまだ半信半疑だが、それでも──彼にだけ頼り切るのは、もう終わりにする。


「目覚めにお茶を用意しました。屋敷のある茶葉より質は落ちるかもしれませんが……」

「クラウス、今回のことで私に何か申し開きすることはある?」

「ああ――そうですね。今回は私の情報共有ができておらず、お嬢様にご迷惑をかけて申し訳ありません」


 クラウスは胸に手を当てて謝罪する。

 私は彼の謝罪を受け取り、言葉を続けた。


「そうよね。この領地は独立宣言をして今後、入り交じった情報が届くでしょうしクラウス一人にその責務を負わせていた歴代伯爵当主たちの怠慢だと思っているわ」

「お嬢様?」

「だからね、クラウス。私は貴方以外に三人の専属執事を付けることに決めたわ」



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