第27話 ある一つの終幕
「私の城がああああ、どうしてぇえええ。貴方がこの契約書は本物だと……私に言ってくれたじゃない……ああああ、どこにいるの? 助けて、クラウスゥ……」
(クラウス!?)
その名に私はクラウスに視線を向ける。
彼は濁ったアメジスト色の眼差しをモルガナに向けていた。それは興味を失った、あるいは失望に似た冷たい双眸だった。
モルガナにはクラウスが見えていないようだ。思えばモルガナが現れてから違和感があったのだ。
「クラウス、……貴方が彼女に契約書を渡したの?」
「……お嬢様、私は――」
「クラウスッ! そこに居るの!? どこ!? どこなの!」
(やっぱりクラウスが見えていない? 失明? ううん、もしかしてクラウス、レティシア様と同じように認識阻害の魔導具を使っている?)
私の推測が正しかったようだ。
クラウスは左耳のピアスを外したことで認識阻害を解除したのだろう。
モルガナは笑みを浮かべ、火傷を負った腕をクラウスに向けて伸ばす。
「ああ、私を助けに来てくれたのね! 愛しい人! 私はずっと貴方を」
「何をおっしゃるかと思えば。最期の最期で私に責任転嫁するとは――本当に頭の足りないかただ」
「なっ……! そんな私は……っ」
その瞬間、モルガナの伸びた手は力なく項垂れた。
彼女の黒い瞳が大きく揺らぎ、絶望に染まる。
涙は蒸発して一瞬で消えていき、それは恋い焦がれた思い人に裏切られたような顔をしていた。絶望した彼女はクラウスの隣に立っている私を見て憐れみ、そして心の底から笑った。
「ああああああ……あははははっははははははっははははは! お前も、いずれ私と同じになる!」
「っ!」
モルガナは予言者の如く高らかに宣言し、全身を焼かれたまま踊り狂った。
狂気に満ちた行動に思えるだろう。
けれどモルガナは自分で自分の死にここを選んだ。
それは自分の役割が終わった役者のように潔く幕を下ろす姿に似ていた。少なくとも彼女は、自分の持っている手札を最大限生かして成功しようと動いていたのだろう。
「お嬢様、ここは危険です。避難を」
「クラウス、ジャック・ド・フルノーを今すぐ確保して」
「そんなことよりも、お嬢様の安否が大事――」
「いいから、捕縛しなさい!」
声を荒げる私に、クラウスは目を見開き動揺するもすぐに「かしこまりました」と姿を消した。魔王は賭け金を全て別空間に移動させると、のんびりと立ち上がった。
ロルフは私を庇おうと一歩前に出て身構える。
「さて会うのは二度目だったかな、お嬢さん」
「お久しぶりです、魔王陛下」
「ヴォルでいい。しかし我のせいで大事にしてしまったかな?」
「いえ。どちらにしても彼女は違反行為を犯していたので、何らかの処罰を与えるつもりでした。ヴォル様のお手を煩わせて申し訳ありません」
「いいよ。あのディーラーも中々面白い小細工をしていて楽しませて貰えた。魔界では我に勝負を挑む者が居なくて久しいが、ここはエミールが思うように退屈しない場所のようだ。いや……退屈させない相手がいるから――かな」
含みのある言いかただったが、私は笑顔で応える。
火の勢いは強まり、煙が立ちこめ始めた。これ以上、火の手が広がればホテルは勿論周辺にも被害を出してしまう。
本来ならクラウスに任せたほうがいいだろうが時間が惜しい。ここは指輪の力を使わせてもらおう。
「降り注げ――慈愛の雨」
紅の宝石が煌めいた刹那――豪雨が床を叩きつけるほど降り注ぎ、それは炎の勢いを完全に凌駕する。
「お嬢」
「!」
私の魔法を使った直後、ロルフは私を抱き寄せジャケットを使って私にびしょ濡れになることを防いでくれた。密着するが彼の体は機械とは思えないほど温かい。
機械人形の疑似血液も人と同じ色で、私たちと変わらない。核となる心臓部が破壊されない限り彼は何度でも自己修復で再生する。
アクアマリン色の美しい雨は、カジノの炎をものの数分で鎮火させることができたようだ。
ホッとしたのも束の間で、魔王様――ヴォル様は私の行動に賛辞と拍手を送ってくれた。彼は雨に濡れることなく佇んでいるところを見るに、魔法防御を応用して雨を防いだのだろう。
私はロルフから少し離れてヴォル様と相対する。
「さすがは女神の子孫。上手にこの土地の霊脈を正しく引き出している」
「霊脈? エミール……様の力ということですか?」
私の言葉に、ヴォル様は訝しげな表情を見せた。
「ん? 違うぞ。お前たち一族が何を勘違いしていたのかしらないが、この土地は元々、三つの種族の架け橋となるように神々が造り出し、その管理を女神の子孫に託した。それゆえこの土地に霊脈は、その一族しか引き出せない。エミールがやっているのは、その霊脈に水道管と蛇口を無理矢理作って霊脈のエネルギー調整をしているだけだ」
「(それじゃあ聖女とエミール様の契約内容は……根本的に話が違ってくる?)初耳です」
「そのようだな。愚弟は自分の都合のいいように話をねじ曲げる癖がある。……それに色々と拗らせて鈍感。……ああ、お嬢さんのところに、刺客を送ったのも慣例にならってのこと。もしそのことで復讐をしたいのなら、我は一向に構わん。受けて立とう」
衝撃と目眩。
情報量が多すぎて思考回路がパンクしそうだ。それでも悪女の仮面を外すことなく微笑み返すことができた。笑顔は私の武器の一つだ。
「有益なお話をありがとうございます。もう少し色々お話を聞きたいのですが、今はこのカジノの事後処理を行わなければなりません。日を改めてお会いすることは可能でしょうか?」
「いいだろう。今日は面白いものを見せて貰ったし、お嬢さん――いやレジーナ嬢の立ち振る舞いも嫌いじゃないからな」
それだけ言うとヴォル様は背景に溶けて姿を消してしまった。自身の魔力だけで転移魔法を使ったのだろう。
何ともとんでもない夜になってしまった。
モルガナで統一しています!





