第23話 お茶会という名の商談
レティシア様は、ロイヤルミルクティーに砂糖を三杯入れて一気に飲み干した。
豪快だが、その所作は美しい。
うっとりとした顔で味わっているところを見るに、相変わらずの甘党のようだ。
「それでレティシア様。二週間よりも早く訪れたのは、火急の用件があるからではないのですか?」
「違う、違う☆エル・ファベル王国が戦争を吹っかけてくるかもしれないでしょう。スフェラ領であれば、守りは万全だからぜーんぜん心配していないけれど、レジーナが標的で暗殺に合うかもしれないから守りに来たのよ」
「!」
気軽なノリで言っているが、既に交渉が始まっている。忘れていたが、レティシア様もクラウスと同じように退屈を嫌う。だからこそ面白そうなことに目がないし、自分が楽しむこと+自国の利益もしっかり考えた上で動く。
(今回の護衛云々は渦中にいる私の傍にいれば、面白いことが起こると思っている節がある。だから私が提案した交渉日まで待てなかったのと、甘い物を食べたいという欲求に負けたというのが行動理由なのかも)
即答せずに紅茶を味わいながら、ちょっと間を持たせつつ答える。
「なるほど。私の護衛代として、二週間の滞在まで衣食住を提供しろということですね」
「その通り☆それに菓子作りの技術を自国に広めるためにも、期間は必要でしょう?」
「(計算通りって訳ね。本当に……鋭いのだから)いいですけど、交渉の準備があるので屋敷からは出ないで下さいよ」
「オッケー☆それじゃあ、しばらくの間シクヨロです」
(軽い)
「軽いですね本当に」
「自国ではもうちょっとちゃんとしているはず……」とロベルトは身内だからかフォローを入れる。
執事長のハンスに、客室を急いで準備するように指示を出した。それとウーテを呼び、レティシア様が連れてきた料理人と引き合わせる。
今回のスイーツ対決を申し出たのも、単に自国の料理の技術を向上させるための建前なのだから、本当に食えない人だ。
(まあ、そんな人が味方でいてくれるのは、有り難いけれど)
「私も魔王と同じで物見遊山だろうけれど、エル・ファベル王国は本当に馬鹿だねえ。金の卵を自国に引き入れたのに、好待遇せずに冷遇するなんて」
「何代にも渡って、我が家との契約を都合のいいように歪曲していたようですし、今も武力差を根本的に勘違いしているからこそ強気なのでしょうね」
レティシア様はシフォンケーキをホールごとペロリと食べてしまい、二杯目の紅茶を啜る。
(過剰な糖分摂取……見ているだけでも、胃がキリキリしてきた)
「ま、アトラミュトス獣王国の支援もあるから、戦争になろうと暗殺者が来ようと、大船に乗ったつもりでいなさい」
「ありがとうございます」
「──で、婿選びはいつからする気?」
「ん?」
その一言で、室内の空気を凍りつかせた。いや爆弾投下に近いだろうか。
この手の話題は、もっと落ち着いてから考えるべきだったのだが――遅かった。
「あの馬鹿王子との婚約は既に白紙に戻っていますし、いずれは議題にすべき案件でしょうね。まあ、お嬢様は私のものですので、誰かに渡す気はありませんが」
「執事、お前だけは絶対に阻止してみせる」
「おやおや、ポンコツも立候補する気ですか」
「悪いか」
「婿……」
「お嬢様を幸せにできる殿方が前提ですわ!」
(は、始まってしまった……。この手の問題は先延ばしにしたかったのに……)
いつか考えなければならない問題だが、少なくとも今すぐその手の話をする必要性もないと思い、私はスルーすることにした。
そもそも今の私に恋愛をする心の余裕はない。
(クラウスが私に触れようとするのは、私の反応を楽しんでいるだけで、愛とか恋愛からは最も遠い感情を持っている気がする。ロルフは慕ってくれているけれど、それが情なのか愛なのかは分からない。大切にされている感はあるけれど)
「なになになーに? あの馬鹿王子の婚約破棄後は、誰もレジーナにアタックしてないのね。こら、愚弟。お前も惚れているのならもっとアピールしないと!」
「姉上、お酒を飲んでもいないのに絡んでくるな……。姫さんは恩人なのだから大事にしたい」
「うるさい! そんな図体でかいのに、どうして内面は可愛い感じなのよ! もー、ヘタレな弟だ!」
(あ。姉弟喧嘩が始まった)
あちこち言い合いが勃発して賑やかだ。煩いけれどこのぐらいは日常BGMのようなものなので、大して気にしない。
気にしたら負けだ。
「ああ、そうだわ☆もう一つ、面白い情報を手に入れたのよね~。伯爵の遠縁でモルガナという女主人が、当主の許可証があるからって、裏カジノを立ち上げて荒稼ぎしているって話を聞いたのだけれど」
「裏カジノで?」
スフェラ領の中心市街地には、いくつかグレーゾーンの商売を許していた。しかしレティシア様の含んだ言い回し的に、違法行為を行っているのだろう。
モルガナ。
私に暗殺を送り込んだ親戚連中のリストにはなかった。当主の座を狙う連中の大半は、暗殺依頼をしていたので投獄できたが、それ以外は放流していたのを思い出す。
今回の交渉の件が終わり、領主としての仕事に着手してから手を出す予定だったが――そう暢気なことを言っている場合ではなさそうだ。
「これで二週間のうち少しは退屈しないで済むし、悪い芽は早い内に摘んじゃいましょう♪ 伯爵様、ううん、領主様」
「レティシア様……も裏カジノに同行したいということですね」
「そうよ☆だって面白そうじゃない! それにいくら途中で勝っていても最後は必ず負けるなんて、イカサマすぎるでしょう」
「イカサマ……」
賭け事を真剣に楽しむレティシア様的には、イカサマで金を巻き上げる行為をよく思っていないのだろう。
「それにうちの者がボロ負けしたってのが――気になるのよね」
「(亜人族は嗅覚、視力、直感力などの身体的能力が高い。相手が嘘をついているのかどうかも心音や血圧などで感知できるし、勘も鋭い。……クラウスのような何でもありじゃない限り、簡単に騙すのは難しい)……わかりました。こちらでも調べたのち、乗り込むとしましょう」
淑女にふさわしい完璧な笑みを浮かべて答えた。





