第13話 ナイトメア流のおもてなし
クラウスが戻るとしたら明け方だろうか。
その頃には叔母たちが屋敷に乗り込んでくるだろうから、出迎えるためにも仮眠を取ることにした。一夜で目まぐるしいことが起こったのもあり、中々寝付けずにベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つ。
親戚たちの殆どは騎士団によって捕縛されている。
明日の朝には全員捕縛できるだろう。
こんこん。
控えめなノックの音に明かりを付けずに扉を開けると、金髪碧眼の美しい顔が目に飛びこんできた。
「ロルフ?」
「レジーナ」
私が驚いている隙に体を滑り込ませて部屋に入る。
そのままドアを閉めさせグッと私との距離を縮めた。いつになく積極的で距離感が近いロルフの行動に、私は困惑と動揺がない交ぜになってあわあわするばかりだ。
「あ。えっと、どうしたの、もしかして襲撃?」
「いえ。レジーナに会いたくて持ち場を抜け出して来た」
「ん、え!?」
違和感を覚えたのは、自動人形の役割を逸脱していることだ。護衛としてその職務を破るなど今までに無かった。何かしらの不具合が生じてしまっているのだろうか。
そっと彼の頬に手を当てる。すべすべして人と変わらない。
「ロルフ、貴方を直したときに違和感は無かった?」
「ないな。むしろ今までよりもずっと、お嬢の役に立ちたいと強く思うようになったことは否定しない」
お返しと言うように、そっと頬に触れる手つきはとても優しくて、もう片方の手で私を抱き寄せる。
がっしりとした体つきは簡単に私を腕の中に閉じ込めてしまった。抱擁なんて小さい頃からしてきたのに、いつもの明るくて陽気な雰囲気ではないからか心臓が激しい音を立てる。
(急にどうしちゃったの!?)
「お嬢、いやレジーナ。ずっと好きだった。今後は一人の女性として支えたい。どうか結婚してくれないか」
「け、け、けっこん!?」
脳天に凄まじい衝撃が走った。
だが次の瞬間、無数の銀のナイフがロルフを襲う。金属音を響かせ、ロルフは片手でナイフを全て弾いた。
(襲撃!?)
「何を面白いことを。私と契約をした瞬間から、お嬢様は私のものですよ」
「クラウス!? いやまあ、それはそうなのだけれど……いつ戻ってきたの!」
魔界に向かっているはずの彼が戻ってくるには早すぎる。しかも黒いオーラを出しまくりながら、窓から入って来た。窓の鍵閉めたはずなのだけれど。
「待て。その女は我が花嫁として連れ去る」
「――って、今度は誰!?」
部屋が薄暗いので全くもって誰だか分からない。
しかも不穏当なワードが聞こえてきたのだけれど。と言うか本当にどなたですか。不法侵入になるのですけれど。
「それは僕のセリフだ。この僕が遠方から来たのだから、今度こそ君を連れ帰る」
(あー、なんかまた面倒なのが来た……。いや、一報を入れたのは私だけれど、早くない? 早すぎる)
色々矛盾ばかりが増えていったことで、ある事実に気付く。
「あ。これ夢だわ。うん」
そう気付いた瞬間、見ていた世界は音を立てて崩れ落ち、その浮遊感で体が硬直。
次に覚醒した。
***
「――っあ!?」
思わず飛び起きると、空が白んで行くのがカーテン越しに窺えた。
思いのほか汗でびっしょりになっている。息を整えつつ時計を見ると朝五時少し前。あと一時間ぐらいはベッドで横になっていても大丈夫だろう。
寝返りを打ちながらも未だに心臓の音がバクバクしているのは、クラウスとロルフの態度が変わったからだ。今までは手のかかる妹的な立ち位置だったのに、急に女性として扱う仕草を見せたのが悪い。
(ううん、きっと私が当主として一人前になったから――二人は大人の女性として接しているだけよ。間違いないわ)
そもそも人族ではないのだから、他種族的に大人の女性に対しての接し方にシフトチェンジしたと思う方が自然だ。
クラウスの愛着は私とは違う。
(そう。クラウスには全部をあげたのだから、伯爵家当主としての役割を除けば――私は彼のものだ。私が壊れるまで、いや彼が飽きるまでは傍にいられる。彼は私のことを気に入ったオモチャ程度にしか思っていないけれど……好きになってしまったのはしょうがない)
クラウスは一日と経たず、二度寝していた私を叩き起こす。
色めいたものなどないし、きっとこのまま領主と執事の関係のままなのだろう、
それが少しだけ悲しく思ったが、その気持ちに蓋をするのは慣れている。
幸いなことに魔王様は独立宣言をしたことをキッカケに『この領土を手に入れよう』という野望はなく、今まで通り貿易と通行許可を希望しているようだ。ただ通行料と関税の交渉は少しでも下げたいのはあるのだろう。
(まあその辺りはエル・ファベル王国との交渉次第で下げてもいいかもしれないわね。なにせ属国になってからは関税なしが当たり前になっていたし……代わりに王家から支援金を貰うはずが毎年理由を付けて未払いなのよね)
夢のせいかクラウスとロルフの顔を真正面から見るのに抵抗がある。しかしそういうときに限って二人は空気を読んでか、いや読んでないのか絡んでくる。
ロルフは何かと私に書簡を届けるなど警護と言いつつ四六時中傍を離れないし、クラウスは私の専属執事なので、そもそも離れることはほとんどないのだ。
父が亡くなってからは二人が常に傍にいたので可笑しくはない。変わったのは私の二人に対する意識――だろうか。
「それでお嬢様、アトラミュトス獣王国は、なんと言ってきているのですか?」
「――っ!」
書簡を見ている私にクラウスは自然に顔を近づける。
彼の横髪が私の頬に触れた。
近くで見るとクラウスは肌つやもいいし、目鼻立ちも整っており睫毛も長い。それにしても距離が近いような――。
(うっ……前からこのぐらいの距離だったはず。単に私が意識しただけで……自意識過剰だわ)
「お嬢様?」
「ううん。……獣王国は今回の独立宣言に対して関税の見直しを求めているわ。まあ、魔王様の提案とあまり変わらないわ」
「と言うことは交渉に合わせて余興を所望されたのですか?」
「そんなところ。こちらも武力戦争を持ち出してこないだけ有り難いわ。まあ、勝負内容はスイーツ作りだけれど」
「スイーツ、ですか。なるほどあの国らしいですね」
そうアトラミュトス獣王国は、食に対してのこだわりが異様に強い。
魔族が芸術品に対して貪欲なように、彼らは人族の生み出す料理やスイーツが好物なのだ。
今回の交渉で自国の料理人を送り出し、人族の料理技術を盗もうと画策しているのだろう。まあ、もしかしたら勝つ自信がある料理人を引き連れて来るかもしれないが。平和的な交渉になるのは有り難い。
「ところでスフェラ領の代表は――お嬢様が作られるので?」
「私がプロ並みに作れる訳がないでしょう。こっちは代理を立てるわ」
私の家事スキルレベルがゼロに近いのを知っているくせに、クラウスは意地悪なことを言い出す。いつものやりとり。
いつだって私はクラウスを目で追いかけていた。ふと目が合ってしまい、不自然では無い形で視線を逸らす。
「……ああ、ウーテですか。確かに適任かと思いますが……審査員はどのようにしますか?」
「そうね。せっかくだから魔王の見合いの場に立食式スイーツを用意してどちらが美味しかったのか票を入れるなんてどうかしら。もちろん、どちらが作ったかは伏せて」
「いい案かもしれませんが、その場合、審査人数はもう少し詰める方が良いかと」
「そうね」
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
「あら、ハンスどうしたの?」
「ジェニー夫人とデニス様の馬車がこちらに向かっているようです」
執事長のハンスが部屋に入って来たので、この話は一度中断することになった。
想定内だったので問題ない。
「そう。それじゃあ予定通りに、ナイトメア流のおもてなしをしてさしあげて。ヨハンナ、着替えるわよ」
「はい、お嬢様」
ふと窓の外で何か光るのが見えたものの、気にせずに席を立った。





