第12話 執事クラウスの視点2
「何を言い出すかと思えばお嬢様は私にとってお気に入りの玩具なだけで、愛とか恋なんかとは別物ですよ。強いて言うのなら独占欲ぐらいは認めますけれどね」
「ほう」
「生まれた時から私を喜ばせる存在。これから数多の苦難がお嬢様に降りかかり、その重責に何処まで堪えきれるのか、私の想定をどこまで崩せるのか。楽しみでしょうがありません!」
「(ここまで拗らせているとは……我が愚弟ながら色恋に鈍いとは思わなかった。我が軍の総司令だった男がこれとは……)まあ、いい。エル・ファベル王国から独立宣言しようとも我が国とは今まで通り友好関係を結び、通行料や待遇が変わらなければ文句は言わん」
「うーん。あまりにも無欲で面白みに欠ける提案ですね」
予想はしていたけれど、我が兄ながら無欲すぎる。
地上で兄よりも強い存在はなく、本気になれば容易く世界地図を書き換えられるというのに「興味が無い」で済ませるのだ。
「お前と違って我らは現状に満足しているし、欲張れば国土の維持が出来ず破滅に繋がると言うことを知っている」
「しかしそれではお嬢様を喜ばせるだけで、私がつまらないのですよ。兄上も、もう少し理不尽な提案を考え下さいませんか」
「お前は……。はあ、わかった。それでは次期当主がどのような人物か、我が直々に見定めてやろう」
「は?」
出不精で王城に引きこもりの兄が、わざわざスフェラ領に出向くという言葉に理解が追いつかなかった。
魔王は悪戯を思いついた顔で不敵に笑う。
「それに家臣たちもいい加減嫁を迎えろと煩くて困っている。ついでにスフェラ領で花嫁でも見繕うのも悪くないだろう」
「は、はあ……。わかりました。セッティングをスフェラ領で設ければよいのでしょうか」
「そういうことだ」
我が兄ながら突拍子もないことを言い出す。にしても、家臣に言われたからといって花嫁を持とうと思うだろうか。
気まぐれで、達観しつつ盤上を機械のように動かす為政者の考えは分からないものだ。
(まあ、これはこれで面白い展開になったようです。さてさて、残りの仕事もスフェラ領に戻るついでに行っておきますか)
***
夜明け前に屋敷に戻り、仮眠を取っていたお嬢様を起こす。
「起きて下さい、私の可愛いお嬢様」
「ん~~~~、ねむい……」
お嬢様は重たげな体を起こして、ベッドの上で目覚めの紅茶を口にする。寝起きのコンディションの彼女に対して、魔界でのことを淡々と報告した。
「――と言うことで、魔王からはお嬢様とのチェス勝負と、見合いの場を設けてほしいとのことでした」
「ぶっ」
優雅に紅茶を飲んでいた彼女は思わず噴き出しそうになっていた。
悪女としての仮面を付けていなかったらきっと噴き出していただろう。相変わらず面白い反応をしてくれる。
言葉一つで赤くなったり青くなったり、かと思えばコチラの想定とは異なる言動を見せて驚かせるのだ。一瞬でも目が離せない。
「私が魔王と……なんでチェスをすることになっているのよ。しかも見合いの場って『魔王様にふさわしい花嫁候補を集めろ』と言うこと?」
「恐らくは。でも戦争をふっかけられるよりは平和的だと思いませんか?」
「はあ、まあそうだけれど……」
溜息を零すお嬢様は、心底嫌そうな顔で瞼を伏せた。
今度こそ「助けてほしい」と言わせることができると思うと、口元が自然と綻んでしまう。
無理難題をなんとか奮闘する姿も、挫折する表情も、泣いて縋る顔もどれも好ましい。
(さあ、今度はどう反応するのでしょう。涙ぐんで助けを求める姿も悪くな――)
「まあ、確かに戦争よりはマシね」
(ん?)
「チェス盤は業者に特注品を用意して貰って、会場はスフェラ領中心部の一流ホテルに依頼。見合いの求人も出さないと……。クラウス、魔王様の好みのタイプはわかるかしら?」
今までなら「ムリムリムリムリ、もうやだぁ」とボロボロと泣いていたのに、サラッと指示を出すお嬢様に面食らってしまった。
自分の中で泣き出すお嬢様の姿が気に入っていたのに、余りにも淡々としている。
「クラウス?」
「あ、はい。……承知しました」
「ボーッとしてどうしたの?」
「いえ。今までならもっとみっともなくウジウジ泣き出していたというのに、切り替えが早くて驚いてしまいまして」
お嬢様は悪女の仮面を付けて、気丈に振る舞い不敵に微笑んだ。
次期伯爵当主としての自覚が芽生えたのか、人間の見せる急激な成長なのかもしれない。目を離した隙に人族は驚くほどの成長を遂げる。
時には壊れる当主もいたが、彼女はどこまで持つのか――非常に楽しみだ。
「あ、お嬢。アトラミュトス獣王国から早馬で書簡が届いたってさ」
「ひゃ!? あ、うん!」
一瞬で悪女の仮面が剥がれ落ちて、顔を真っ赤にするお嬢様の姿に目が点になった。
いじらしく頬を染めて、自動人形に視線を向ける。
(…………は?)
「お嬢?」
「え、あ、うん。……ロルフ、ありがとう」
「それとお嬢の叔母君の馬車がこちらに向かっているという知らせが来ている。迎撃はせず、客人待遇でとりあえずいいんだな」
「ええ。叔母様的には私たちの暗殺が成功しているかどうか見に来るだろうから、しっかりとおもてなしをしようと思うの」
「承知した。ではレジーナ、外で待っている」
「!」
ポンコツがお嬢様の名前を呼んだ瞬間、耳まで真っ赤になる姿に、困惑と形容しがたい感情が胸の内に宿った。
手に入ったと思っていた玩具は、意志を持っているという当たり前のことを失念していた瞬間だった。
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