第11話 執事クラウスの視点1
ずっと退屈だった。
何もかも簡単に手に入って、全ては想定内。
賭けをしても負けたことなどただの一度も無かった。
そんな我の前に現れたのは、聖女と呼ばれる矮小な人間の娘で、何の前口上もなく賭を申し出た。
最初は暇つぶし程度に考えていたはずなのに、気付けば本気になって――初めて駆けで負けた。
力が強かったとかではなく、人間特有の強かさが勝敗を分けたのだ。
「私と一緒にこの領土で三国相手に独立宣言しませんか?」
娘は三国が血眼になって欲していた領土を指さして告げた。
その土地は三国の間にあり遙か昔神々が他種族と交流できるように作られた神聖な場所で、唯一の通行手段でもある。
三国は隣接しているものの国境付近は、《樹海》と呼ばれる魔力磁場が狂った空間が広がっており、誤ってそこに入り込んでしまうと抜け出すことができない。
それはどの種族でも例外はない。
それゆえ、三国が繋がる唯一の領土を巡って領土争いが勃発。
魔族の圧倒的な戦力に対して亜人族はずば抜けた勘と俊敏さを発揮し、人間は策略を駆使して拮抗状態を作りだした。
脆弱な人の持つ策略という武器に興味を覚え、聖女の口車に乗った。
退屈が一変した。
その領土を俺と聖女のものにするため様々な制約と楔を打つことで、強引に独立国を造り出したのだから。制約を逆手にとって問題をひっくり返す聖女の発想と行動力に、毎日が驚きの連続だった。
人族は例えるのなら線香花火のように、人を惹きつける輝きを放ち一生という時間を短距離走のように駆け抜けていく。
老いて枯れ木のような腕と皺が刻まれて小さくなった聖女は、出会った頃と変わらない紅の瞳で、我を見つめて笑った。
『いつか貴方を信用して全部を捧げる子が現れるわ、絶対』
いつか聖女と同じように全てを捧げて、我と同じ立ち位置でこの世界をとことん楽しむ快楽主義者が現れると。
けれど我の制約を解き放し、再契約を結んだ娘は聖女とは異なる。
異なるけれど――我の心を揺さぶり、楽しませる。
彼女は、お嬢様はいつだって予想以上の言葉を返す。
エル・ファベル王国へ独立宣言したことを伝えたとき、泣いて我に縋ると思っていたのに――。
困難に立ち向かうその双眸は聖女と被る。
(ああ、そうでなくては――だめだ。そうでなくては面白くない)
***
瘴気と灰色の空に包まれた魔界、ティリオ魔王国。
白銀の建造物が建ち並び、紫の棘に包まれた我が国は人族や亜人族に比べて生活水準が高い。それは魔石という特殊な原石がごろごろと転がっているからで、この建造物などの設計は全て人族が考え建築依頼を頼んだとか。
魔族は基本的に温和でずぼらが多い癖に芸術に煩い――クソ面倒なインテリ気質で芸術品を造り出す人族に対して好意的だったりする。
(ここに来るのは何百年ぶりだ?)
数百年ぶりに帰還した魔王城は前衛的と言うべきか、螺旋を描いた形で屋根はガラス細工に似た青色と目立っていた。城の中は高級ホテルのような大理石の石畳に豪華なシャンデリアが吊され、玉座の間の両壁には巨大な水槽がはめ込まれており、全体に青が美しく映えるような造りになっている。
魔王としてこの国を統治している兄は数百年前と変わらず、長い黒髪に黒紫色の瞳、六つの角にコウモリの羽根を生やし、軍服めいた衣服を纏ってその場に君臨していた。
ここを出て行ったときと何も変わらない。
「愚弟か。我の贈った刺客は役に立ったか?」
「ええ……。当主が死ぬ度に緊張がある刺客を送って下さったおかげで、中々に楽しませていただきました。ただ今回は今までと違って少々やり過ぎだと感じましたが」
「そりゃあお前が消えかけていたのだからしょうがないだろう。昔から何を考えているのかさっぱり分からない奴だったが、あの娘が当主を継がなければ、お前は間違いなく消えていただろう」
「でしょうね。それだけ緊迫してなければ、お嬢様は当主にならなかった」
肘掛けに右手を乗せて、魔王は私を見下ろす。
何もかもお見通しと言わんばかりの視線に溜息が漏れる。
「はぁ」
「ああ見えて、お嬢様は思い切りがよいのですよ。普段はまったくやる気がないと言いながら、歴代の当主の中で最高傑作の逸材なのです。相手を騙すのなら90パーセントの中に1パーセントの嘘を混ぜる。その方が騙されやすい」
「相変わらずまどろっこしい奴だ。そんなに惚れ込んでいたのなら、さっさと手篭めにしてしまえばいいというのに」
惚れている。
面白い冗談だ。
そんな陳腐な感情などと一緒にされたくない。
唯一の、私の玩具だ。





