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散る花びら  作者: oufa
12/28

12話 愛伊香の恋


  ――三年前・春  椿川高校


 窓から見える中庭には一本の大きな染井吉野そめいよしのが満開の花を咲かせている。

さらさらと散り始めた花びら達がふわりと風に乗って楽しそうに舞っている。

また押し花でも作ろうかな、そう考えていた時声を掛けられた。


「ちょっと愛伊香あいか、何ぼーっとしてるの! もう次の曲だよ」


 隣にいた稲生麻衣いのうまいが楽譜を指差しながら私に言った。


「あっごめん。桜に見とれちゃって」


 慌てて楽譜を交換していると、顧問の高橋先生と目が合った。

先生は優しく私に微笑むとタクトをちょいちょいと振りながら椅子から立ち上がった。


「じゃあ頭から軽く通してみようか」


 先生がタクトを振るのに合わせ、私もクラリネットに息を吹き込んだ。


 

 椿川高校の吹奏楽部は県内でもトップレベル。毎年全国大会にも出場している。

今は夏のコンクールに向けて練習漬けの日々が続いていた。長い練習が終わり後片付けをしていた時、先生に呼び止められた。


「羽田さん、ちょっとだけ残ってもらっていいかな?」


 クラリネットを片付けていた手が止まる。


「あっはい。これまだ片付けない方がいいですか?」


 今日の演奏どっか失敗したかな? きっと個別練習だろうと思い尋ねた。


「ん~そうだね。とりあえず組んだまんまにしといて」


 すぐ戻ってくるからと、先生は音楽室を出て行った。私がクラリネットを組み立て直していると、帰り支度を終えた麻衣がやってきた。


「あれ? 今日は居残り?」


「うん、そうみたい。今回の曲難しいからなぁ。上手く吹ける自信がない」


「でもよかったじゃん。憧れの高橋先生のプライベートレッスン受けれるし」


 彼女はニヤリとしながら私の肩をポンポンと叩いてきた。


「そんなんじゃないから! 練習だから! ただの練習!」


 まぁ頑張ってね~と彼女はクスクス笑ながら音楽室を出て行った。




 外はすっかり日が落ち、私はぽつんと一人で先生を待っていた。窓は鏡のように室内を映している。私は昼間見た桜が舞う光景を思い出していた。


 去年、吹奏楽部に入部して初めて高橋先生を見た時も桜が綺麗に舞っていた。笑顔が眩しくて、私は思わず見とれてしまった。かっこよくて優しくて、目が合うといつもドキドキしてしまう。


 (卒業までにはこの気持ち伝えたいな……)


 そんな事を考えていると窓に映る扉がガラガラっと開いた。


「待たせたね。暗くなったしカーテン閉めようか」


 先生がカーテンを閉めだしたので私も慌ててそれを手伝う。奥のカーテンを閉め終えた時、いきなり後ろから先生に抱き締められた。


「えっ……」


 突然の出来事に私はリアクションできなかった。先生はしばらく私を抱き締めると、ゆっくりと顔を私の肩に乗せてた。


「びっくりした?」


 彼が呟くと私はこくんと無言で頷く。抱き締める手に少し力が加わると彼はそっと私の頬に口づけをした。


「僕は教師だからいけないとはわかっているけど……君の事が好きになってしまったようだ……」


 突然の告白に顔は熱くなり、心臓はバクバク鳴っていた。


「羽田さんは僕の事どう思う? 教師としてじゃなく男として」


「私は……一年の頃から先生が好きでした……だから嬉しいです」


 彼が私の体をくるりと回すと互いに向き合い見つめ合った。

愛してると彼は囁き、ゆっくりと私を引き寄せた。やがて唇が重なり、また強く抱き締められた。そして気付けば私も彼を抱き締める。


 静まり返る音楽室で自分の鼓動だけがはっきりと聞こえていた。



 その日から私と先生の秘密のお付き合いは始まった。昼休みや部活のない放課後、誰にも見つからないように彼に会いにいった。二人きりになると、彼はいっぱいキスをして私に甘えてきた。彼に触れられると、まるで体がとろけるように熱くなった。


 人目に付かないよう、デートはいつも彼の自宅だった。いっぱいお喋りして、一緒にたくさんの音楽を聴いた。そして私の初めても彼に捧げた。



「お姉ちゃん、最近なんかふわふわしてない?」


 ある日、妹の祐加理ゆかりが私に突然言ってきた。


「へっ!? そ、そうかな? ほらっ夏休み近いからじゃないかな~」


 ふ~んと、妹は私をじーっと見ていた。うちの父はそこそこ、いやかなり厳しい人だ。女は清く正しく美しく。男女交際は高校卒業までは禁止だと小さい頃から言われてきた。学校にはもちろん、家族にもばれないようスマホなどでの連絡は一切しないよう二人で決めていた。


 その代りにと言って彼が渡してきたのは交換日記ならぬ交換日誌。ノートの表紙には「吹奏楽部 日誌 2020」と書いてある。でも中身は次に会う予定や、お互い最近あった出来事、そしてラブラブな言葉のやりとりがぎっしりと書かれている。


「こういうレトロなやり方もいいね」と彼は笑っていた。


 このノートもいつの間にか三冊目。今までのノートは彼が大切に保管してくれている。今日も私は自分の部屋でそのノートに彼への気持ちを書き込んでいた。

それを書き終わるとそのページに栞を挟む。私が大好きな桜で作った押し花の栞だ。



 春、桜の花びらが楽しそうにふわりと宙を舞っていた光景を思い出す。

あの日、私は初めて先生とキスをした。


 そして今、その花びらのように楽しく幸せな時を過ごしていることを実感する。


「確かにふわふわしてるのかも」


 

 妹の観察眼に感嘆しつつも、少しだけ冷や汗をかいた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ここからしばらくは過去の話となります。

お読み頂きありがとうございます。


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