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第五章 Welsh_Crusader -8



 頬に当たる、冷たく硬い感触で目を覚ました。

 視界は横倒しになっている。

 どうやら地面に倒れているようだった。


「……ッッ!!」


 はっと気づいたルークは身体を起こそうとして、全身に走った痛みに再び地面に落ちた。体中が痛い。おまけにずっと耳鳴りが鳴り響いて音が全然聞こえない。

 一体何が起こったのか、と今度は慎重に上体を起こし、周囲を見回す。


 赤い嵐はもう無かった。

 だが大通りは広い範囲に浅くえぐれ、爆発が起こった後のようになっている。

 否、実際に爆発は起きたのだった。

 ハルの狙撃が成功した瞬間、飛び交う血液は全て爆散して一面を吹き飛ばした。


「御影……ヴィクトリア……!」


 首を回すと、二人が少し離れた地面に転がっているのが見えた。

 死んではいないようだが、ルークと違って大尉に近かった二人は爆発を大きく喰らったのだろう、ぴくりとも動かなかった。距離を取っていたルークでさえ、一瞬でも気を失っていたのだ。生きている方が不思議かもしれない。


「ッ、そうだ、大尉は……!!」


 立ち上がったルークは、爆発の中心地に目をやる。


「…………」


 大尉が立っていた。


 長かった紺の髪は肩に届かないほど短くなり、纏った軍服はぼろぼろになっている。

 それでも幼い少女の姿をした男は倒れずに立っている。


(あれで、致命傷にならないのか)


 腹に銃弾を命中させても、魔術で強化された肉体に決定打を与えることは出来ないらしい。

 だが、もはや魔術を行使できるようには見えなかった。


 ルークは軋む身体を動かし、ゆっくりと彼へと近づく。

 歩みを進めるごとに段々と耳鳴りが薄れ、遠ざかっていた音が帰ってくる。耳鳴りが消えかかった時、ルークはずっと聞こえていた雑音の正体に気付いた。


「――――随分と」

「……、」

「随分と人気者なのだな、お前は」

「…………」


 歓声が響いていた。

 あろうことかルークは気を失ってなお、観客向けの戦闘の幻影を解いていなかった。

 それは無意識のものだった。


 それは道化としての最後の矜持か。

 或いは、


「――――」


 キン、と撃鉄が上がる音がした。

 大尉が傷だらけのマスケット銃をルークに向けていた。だが、やはり魔力を使い果たしたのだろう。その銃身に赤色の魔弾は見えなかった。


 彼は苦しそうに呼吸しながら、ルークを見つめ、そしておもむろに口を開いた。


「ルーク・エイカーよ」


 水色の双眸がルークを射抜く。

 満身創痍であっても瞳の力強さは変わらなかった。


「……お前は言ったな。時代が変わったと」

「ああ、言ったよ」


 時代が変わった。

 詳しく言うならば、新しい時代の、入口に立ったのだ。


「ならばルーク・エイカーよ、どんな時代が来る」

「……もう、知っているはずだ」


 ルーク・エイカーは銃口を前に、ゆるゆると首を振った。


「ハルと御影と、日光アケミと、ヴィクトリアと……彼らは今日、それぞれ全く別の理由と行動と意思の先にこの戦場に集まった。助けて貰いっぱなしの僕が言うのはおかしいけど……皆きっと、たまたま来ただけなんだと思う」


 ルーク・エイカーを助けに来た。

 極東の危機を救いに来た。

 そんなような美談にするのは、きっと傲慢だ。


 たとえ、人々がそれを渇望しているとしても。

 あり得ざるユメを、そこに見出そうとも。


 それでも、前に進むなら。


「そもそも、時代なんてものでくくること自体が間違いかもしれない。それぞれが自分の思いで好き勝手やって……今日のような、奇跡が生まれた」

「…………そうか」


 大尉は静かに呟いた。


 幼い少女のような若い肉体。

 だというのに、その立ち姿は百年も生きた老人のように見えた。

 彼はくすんだ水色の瞳で、在りし日の空を見上げる。



「私が変えようとしていた時代は――既に無かったか」



 心底無念そうに、悔しさを微塵も隠そうとしない表情で大尉は微笑を浮かべた。


「――このマスケット銃には一発だけ実弾が込められている。最後の魔弾って奴さ。これでも私は部隊の指揮官だ。……最低限のけじめは、つけさせてもらおう」

「…………」


 対峙する。


 もはや言葉はなかった。

 ルークは詐欺師で、銃弾一つで死んでしまう身だ。

 なのに、少年の心は凪いだ湖面のように澄んでいた。目の前にある銃口も、こちらを真っすぐに見つめる大尉の瞳も、すべて同じように見えた。



 風が吹いた。

 歓声は遠く、戦場はここにあった。



「――朱の魔弾(Freikugel)!」


 引き金を引く。

 マスケットの撃鉄が落ちる。

 魔力ではなく火薬によって加速を得た弾丸は銃身を滑り、銃口から発射された。

 球弾は空を切り裂き、そして、


「……ッッ!!」


 斜め前に一歩、射線を躱すように踏み出したルークの頬を掠め、虚空に消えた。

 ルークの思考は空白だった。

 幻影もなく、超能力もなく、空っぽのままルーク・エイカーは地面を踏んだ。


「――は、あァッ!!」


 一閃。

 振り抜かれたハイキックの右足が幼女の顎を捉えた。鈍い音とともに大尉の上体が後ろに傾く。古びたマスケットが宙に舞う。


 落ちる。

 彼の意志と時代が、その手を離れる。


 倒れる。

 今までただの一度も膝を付かなかった魔術師の背が、遂に地面に落ちた。


「…………」


 ルークは背を向けた。

 大の字で倒れる彼の顔を、ルークは確認しなかった。それが、彼に対する最低限の敬意だと思ったからだった。


 最後の幻影が解除される。

 人々は最後に立っている人物を確認し、一帯の建物を揺さぶるほど大きな歓声を上げた。


 舞台は終わりだ。

 少なくとも、今、このときは。


「……帰ろう」


 輝く白髪の少女が駆け寄ってくるのに、軽く微笑み。

 全身にのしかかる倦怠感に身を任せ、そっと目を閉じた。



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