失意の魔剣士と四人の少女6
「こっ……これで、魔術は、苦手って……」
後ろで、カーラがうめくように言うのが聞こえる。
正確に言うと、元素魔術は苦手、と言うべきだったろうが、まあいい。
実際、それは俺の苦手分野で、俺の仲間であり、そして魔術の師匠であったアニに並ぶことは最後までできなかった。
あくまでけん制や雑魚散らしに使っていただけで、本物のマジックユーザーに敵うレベルではない。
まあ、だがこの程度の相手にはちょうど良かろう。
「さて。では、話の続きをしようか、グレイヴ」
「ひっ!?」
そう言いながら歩を進めると、土下座したまま様子をうかがっていたグレイヴが、情けない悲鳴を上げた。
その顔を見つめながら、俺は穏やかな口調で言う。
「グレイヴ。あの時、お前は確かに約束したよな。俺たちブレイバーのような、立派な冒険者になると。涙まで流して」
それは、二年ほど前のことだ。
俺たちが旅の途中で立ち寄った街に、魔物の軍勢が押し寄せてきた。
戦力と呼べるものは、わずかばかりの守備兵と、俺たちを含む少数の冒険者たちだけ。
そして、そこにグレイヴもいた。
奴は自信満々で、俺一人でも街を守り切って見せると豪語していた。
だが、いざ戦闘が始まると、奴は部屋の隅で小便と涙を流しながら震えていることしかできなかったのだ。
結果として、俺たちは援軍が到着するまでの時間を凌ぎ切り、街を守り切ることに成功したが、グレイヴはそんな自分を恥じ、いつか俺たちのような立派な冒険者になると誓った、はずだったのだが。
「どうやら、あれは嘘だったようだな。それどころか、まさか悪徳ギルドの手先として、子供相手に鞭を振るう外道にまで堕ちるとは。正直、失望したぞ」
「ちっ、違うんだ、話を聞いてくれっ! おっ、俺だって、俺だってっ……ん?」
そこで、グレイヴがなにかに気づいたような声を上げた。
その視線は、俺の右足と、突いている杖に向かっている。
「いっ、イングウェイさん……。その、足は……?」
「ああ、これか。実は、膝にメテオを受けてしまってな。冒険者は引退したんだ」
「……メテオ……?」
メテオというなじみのない単語に、グレイヴは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
だが、やがてそれが笑みへと変わっていく。
そして、奴は満面の笑みで立ち上がると、こう叫んだ。
「ってことは……あんた、足を悪くしてんのか! そうかそうか! なら……もう、怖くねえなあああ!」
一瞬にして手のひらを返したグレイヴ。
そして奴は、自分の鞭を握り締めると、威勢よく声を上げる。
「イングウェイ! あんたは、たしっかに強かった! 神かと思うほどに! だが、あんたの持ち味は、圧倒的な素早さだった! 足が悪くなっちまったら、台無しだ! もう俺の鞭からは逃れられまい!」
増長し、びゅんびゅんと鞭を振り回し始めるグレイヴ。
そんな奴に、ヴィルたちから非難の声が飛んだ。
「サイテー! それでも冒険者かよ!」
「足の悪い人を相手に、恥ずかしくありませんの!?」
「おじさんに酷いことしないで、この変態!」
「かっ、かっこわるいですっ……!」
「ぐっ……」
子供たちの声に、グレイヴは一瞬ひるんだが、すぐに頭を振って叫んだ。
「うるせえ、ガキども! こっちも必死なんだよ! ここで勝たなきゃあ……明日が、来ねえ!」
そんな言葉とともに、鋭く鞭が飛んでくる。
それを俺が避けると同時に、バチン、と乾いた音が響く。
なにかを打ったからではない。
それは、鞭の先端が音速を超えた時に鳴る音……いわゆる、ソニックブームだ。
それほどの速度で飛来する鞭。
続く一撃もわずかに体を動かして避けるが、お構いなしにグレイヴは連続で鞭を放ってくる。
「そらそらそらそらっ! 魔術を使う余裕なんて、与えねえ! その足で、どこまで避けれるかなあ!?」
と、グレイヴは自信満々に叫ぶが……正直、避けられないような攻撃ではない。
確かに、その鞭の一撃は早く鋭い。
だが、鞭というものは放つための動作が大きく、それを見切ることができれば、大体の攻撃が事前に予想できてしまうのだ。
「どうした。そんな様では、俺に当てることは出来んぞ」
「へっ……そいつはどうかな!」
グレイヴがにやりと笑った瞬間、鞭が不可解な動きをした。
避けたはずの鞭が、空中でぐにゃりと軌道を曲げ、俺の顔へと向かってきたのだ。
「っ!」
咄嗟に顔を逸らし、それを避ける。
鞭の先端についた刃が、ギリギリのところで俺の頬をかすめていく。
驚く俺の前で、グレイヴの鞭は空中で蛇のようにのたうち回り、そのままぴたりと停止して見せた。
「これは……操作魔術か!」
予想外の事に、思わずつぶやいてしまう。
操作魔術。
それは魔術の一系統で、その名の通り、物質を自在に操作する魔術のことを言う。
この魔術の優れた使い手は、ナイフを鳥のように自在に飛ばしたり、巨岩を自在に操って見せたりする。
だが、以前のグレイヴはそんなものなど身に着けていなかったはずだ。
「へっ、そういうことだ! 俺がいつまでもただの戦士だとでも思ったか!? 俺は厳しい鍛錬の果てに、操作魔術を身に着けたのさ! 戦闘技術以外にも、いずれかの魔術を自在に操れること。それが、一流冒険者の条件だと知ってからな!」
それは、グレイヴの言うとおりだった。
この世界において、優れた冒険者は、必ず何らかの魔術の扱いにも長けているものなのである。
とはいえ、それを身に着けることは、誰にでもできることではない。
(あの日から、相当に努力してきたのだな。グレイヴ)
どうやら、グレイヴはすでに一流冒険者に片足を突っ込んでいるようだ。
そう感心している俺めがけ、グレイヴは再び鞭を放ってきた。
「悪いが、俺の踏み台になってもらうぜ、イングウェイ! 俺はこの街で、富と権力を手に入れるんだ! もう、惨めな俺には戻らねえっ……! 死ねええええ!」
鞭の先端が、空中で不規則に跳ねまわりながら向かってくる。
それを見ながら、考える。
技術こそ成長しているが、グレイヴはずいぶんと性格がねじ曲がってしまったようだ。
悪党の手先になることを、恥じないほどに。
「いいだろう。ここで出会ったのも、何かの縁だ。お前の性根、俺が叩きなおしてやる」
言いながら、左手を突き出す。
そして。
俺は何気ない動作で、飛来するグレイヴの鞭をつかみ取った。