失意の魔剣士と四人の少女5
「あなたたち、人のギルドの前に集まってきて、なんのつもりですの!? 手続きも踏まずにギルドどうしが争うのは、御法度のはずですわよ!」
ギルド正面入り口の扉をくぐると、カーラが声を張り上げているところだった。
その視線の先には、数十人の男たちが集まっている。
【正当なる金貨】のギルド員だろう。奴らは防具を着こみ、腰に武器を下げて、完全に武装状態だ。
「うるせえ、なにがギルドだ! そこはとっくに潰れただろうが。不法入居者にとやかく言われる筋合いはねえ!」
「なにを、こいつっ! ギルドに火をつけるつもりか!? 許さないぞ!」
威嚇するように牙をむき、ヴィルが叫ぶ。
【正当なる金貨】のやつらは、たいまつを手にしている。
その顔は殺気立ち、本当に建物に火をつけてきても不思議ではない。
「てめえら、妙な男をけしかけて、うちの人間を痛めつけてくれたらしいな。今まではガキだと思って見逃してやってたのに、もう勘弁ならねえ。今すぐこの街から消えるか、さもないと……」
そう言うと、男たちは座った目つきで、武器を抜く。
剣、槍、斧。
たいまつに照らされてそれらの刃がギラリと怪しく輝き、それがすでに血を吸ったことのある武器だということを伝えていた。
(しまった。俺が奴らを刺激してしまったか)
子供にはなにもできないと高をくくっていたら、予想外の援軍が現れたので、奴らは焦ったのだろう。
余計なことをされる前に、と、強引に子供たちを排除することに決めてしまったようだ。
となれば、これは俺の責任。
ここは俺が相手をするのが筋だろう、と、進み出ようとするが、しかしそれをカーラが止めた。
「お待ちください。これは、私たちの問題。私たちのギルドは、私たちで守ります。お客様の力は借りませんわ」
「なに? だが……」
そう言うカーラは、手に小さなロッドを持って武装している。
それは、マジックユーザーが魔術を行使しやすくするための道具だ。
どうやらカーラは、魔術の心得があるらしい。
だが、こんな少女に戦わせるわけには、と戸惑う俺に、大きな木製の杖を構えたリアンナが、続けて言った。
「おじさん。こう見えても、私たちも冒険者を目指して毎日訓練を重ねていたの。大丈夫。あんな、冒険者の名を汚す輩に負けたりはしないわ」
そう言うリアンナの目には、強い意志の光が輝いていた。
こちらを見つめている、ヴィルやリンにもだ。
四人は、最初から自分たちで戦うつもりだったらしい。
「……わかった。では、見させてもらうとしよう」
そう言ってフードを被り、後ろに下がる。
ここは四人の意思を尊重するべきだろう。
なにしろ俺に、こいつらの戦いを否定する権利はないのだから。
すると、四人は最後の確認をするように頷きあい、男たちのほうを向き直る。
「失せなさい、【正当なる金貨】! 父のギルドは、私たちが守ります。お前たちの好きにはさせない!」
「けっ、ガキどもが吠えやがって。構わねえ、やっちまえ!」
言葉とともに、男たちが一斉に群がってくる。
目をぎらつかせ、武器を振りかざす相手に、まずヴィルが飛び掛かっていった。
「でやあああっ!!」
獣のように低い姿勢で、俊敏に駆けるヴィル。
その頭部に剣が振り下ろされるが、ヴィルはそれをあっさりとかわすと、逆に相手の腹部に拳を叩き込んだ。
「ガフッ!!」
食らった相手は、ボールのように宙を舞い、民家の壁にぶち当たる。
壁にはその衝撃でひびが入り、地面に落ちた男は腹を抱え、悶絶する。
当然だ、石壁を破壊するほどのヴィルの一撃を食らったのだから。
(あいかわらず、とんでもない力だ。だが……)
ヴィルはすぐに次の相手を殴りに行こうとするが、それを男たちが取り囲んだ。
武器を突き出し、まるで獣を狩るように、威嚇し、ヴィルの動きを封じに動く。
「こいつ、強いぞ! 追い込め、大型のモンスターだと思って仕留めろ!」
男たちも一応冒険者を名乗るだけあって、手強い相手との戦い方は知っているようだ。
まず厄介なヴィルから仕留めようという魂胆だろう。
だが、それはどうやらヴィルたちの目論見通りだったようだ。
「魔力よ、爆炎となりて、我が敵を焼き払え……! ≪火球≫!」
カーラが魔術の詠唱を終え、その突き出すロッドの先端に、人の胴体ほどもある巨大な火球が現れた。
そして、カーラが男たちの方に向けてロッドを振るうと、それは猛烈な勢いで飛んでいき、そして男たちが集まっている中心で、轟音と共に炸裂した。
「ぎゃああああああっ!」
強烈な衝撃と炎に巻かれ、ヴィルに気を取られていた男たちが一斉に吹き飛ぶ。
それを見て、思わず感心してうなってしまう。
(この歳で、これほどの魔術を扱ってみせるとは。こいつ、ただ者ではない!)
≪火球≫は、元素魔術の中でも難易度が高いとされる魔術だ。
巨大な炎の塊を生み出し、飛ばし、爆発させる、マジックユーザーはとりあえずこれができれば一人前と言われるほどの術。
それを、こうまで見事に使ってみせるとは。
鍛錬を積んでいる、というのは嘘ではない。
こいつは、すでに高いレベルで元素魔術を習得している!
「ちっ、このガキ、マジックユーザーか! 距離を詰めて殺せ!」
【正当なる金貨】たちが、そう叫んでカーラ目掛けて突っ込んでくる。
だが、その間にリアンナが割り込んだ。
そしてリアンナは手にした杖をくるりと回すと、次の瞬間、それを風のように鋭く突き出した。
「はっ!」
「ギャッ!」
その一撃は相手の腹部へと突き立ち、食らった男は情けない悲鳴とともにその場に崩れ落ちる。
続く男は剣を振りかざし、リアンナの頭部に叩きつけようとするが、リアンナの杖がその剣にするりと絡みつき、あっさりと弾き飛ばし、そして返す一撃が男の肩を打つ。
その重い一撃で男は膝をつき、続いてその顎をリアンナの杖が打ち据え、男の意識を飛ばしてしまった。
(見事……! 腕を上げたな、リアンナ!)
またもや感心してしまう。
リアンナの使っているのは、棒術と呼ばれる武術だ。
杖を自在に操り、突き、払い、変幻自在に戦う技。
それを、一見おしとやかな少女に見えるリアンナは、【正当なる金貨】の戦闘員顔負けの巧みさで披露して見せたのだ。
「みんな、怪我をしたら私のところに来て! すぐに治すから!」
カーラの前で敵を防ぎながら、リアンナが声を張り上げる。
リアンナは、俺の仲間だったデリングと同じ、回復魔術を操るヒーラーの素質を持っていた。
そんなヒーラーの役割は、むろん怪我をした仲間を癒すこと。
そして、怪我人がいない時の役割は、おおむね同じ後衛を守ることとなる。
チームの後方で仲間を守り、戦況を常にコントロールする役割。それがヒーラーだ。
そんなリアンナに守られ、カーラは魔術を自由に行使できていた。
どうやら、リアンナはその役割を満たすのに、十分な鍛錬を積んできていたらしい。
(あの日から、本当に努力したんだな、リアンナ)
俺たちについていけないことを悔しがり、泣いたリアンナはもういないのだ。
その事が、妙に嬉しく感じる。
だが、そんな中、最後の一人であるリンだけは状況が違った。
「おらおらおらっ! クソガキッ、亀になってんじゃねえぞ!」
「わっ、わああああっ……!」
リンは、手に大型の盾を手にし、半泣きで縮こまっていた。
武装といえばそれだけで、他に武器らしいものは手にしていない。
そんなリン目掛け、男たちが武器を振りかざし、何度も叩きつけているのだ。
ガンガンと盾を叩く激しい音がして、リンはひたすら悲鳴のような声を上げている。
「おらっ、薄汚い獣人が! てめえなんか売り物にもならねえ、皮を剥いで敷物にしてやる!」
「そうでもねえ、こんなのを好む頭のおかしい奴もいるぜ。裸にひん剥いて、変態に売りつけてやる!」
「やっ、やああああっ……!」
男たちは、リンの気持ちを挫こうとでもするように、口でも攻撃を仕掛けていた。
それに、リンは言い返すことも出来ず防戦一方だ。
(……あいつだけは、まともに訓練を受けていないのか?)
一瞬そう考えてしまうが、そこである事に気づいた。
リンの手にする盾。
それが、あれほど力任せに殴られているというのに、ピクリとも動いていないのだ。
まるで鉄の塊のように、防御が一切崩れないリン。
やがて業を煮やした男の一人が、ぐいっとリンの盾をつかみ取ろうとした。
「いつまでこんなもん持ってやがる! 離せ、こらぁ!」
「あっ、やっ……」
頼みの綱の盾を奪われそうになって、リンの顔が青くなる。
恐怖に顔がひきつり、ストレスが最高点に達し、そして。
次の瞬間、それが爆発した。
「やだああああああっーー!!」
「ギャアアアッ!!」
叫びとともに、リンが盾を振り回し、目の前の相手に叩きつける。
すると男の体が、まるで暴れ牛にでも吹き飛ばされたかのように跳ね、そして、グシャリ、と嫌な音を立てながら地面に落下した。
「ひっ!?」
「ふーっ、ふーっ……! こっ、怖い、ので、来ない、でくださいぃ……!」
予想外の展開に、ざっと後ずさる男たち。
それに、盾の陰に隠れながら、興奮した様子のリンが言う。
……どう考えても、怖いのはリンのほうだ。
いや、それはともかく。
これは、本当に驚いた。
ヴィルが強いのはわかっていたが、他の三人が三人とも、恐ろしく強い!
ヴィルが前衛として引っ掻き回し、カーラが敵を仕留め、リアンナとリンが守る。
お互いがお互いの弱みをかばい合い、強みを発揮し、自分たちよりはるかに数の多い相手を翻弄している。
こいつらは……チームとして、完全に機能している!
(そうか……そういうことか。ロベルト)
そして、ようやく俺は、ロベルトがこいつらを養女にした意味を理解した。
きっとロベルトは、ただの善意だけでこの子たちを拾ったのではない。
彼女たちの中に天賦の才を見出し、それを磨くために引き取ったのだ。
おそらくは──可愛い娘であるリアンナが冒険に出る際、その仲間となってくれるように。
「くそっ、なんだこいつら!? 異様につええぞ!」
「ありえねえ、こんなガキにっ……!」
ヴィルたちの予想外な反抗に怯み、【正当なる金貨】のメンバーたちが距離をとる。
それに、肩で息をしているカーラが叫んだ。
「はあっ、はあっ……どう!? アンタたちなんて、私たちの敵じゃないのよ! 今すぐ去りなさい!」
「ちっ、このガキ、調子に乗りやがって……! ……こうなぅったら、しょうがねえ。先生! 先生、お願いします!」
鼻白んだ男が、後方に向けてそう叫び、そしてざっと奴らが左右に分かれて道を作る。
するとその先には、ひょろりと細身の男がいて、余裕ある態度で言った。
「なんだぁ、てめぇら。ガキなんぞに負けて、俺を頼るのかよ。情けねえなぁ。俺は、ただついてくるだけでいいって言われてたんだがなぁ」
「すっ、すいません。だけど、これ以上無駄に被害を出すわけにもいかねえんで。頼んます!」
「ちっ、わかったわかった。給料分は、働いてやるよ」
そう言うと、そいつ……似合っていない派手な服に、キザな髪形をした若い男は、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
しかし、なにより俺はその顔に驚いてしまった。
なにしろそれは、俺の知っている顔だったからだ。
間違いない。
あの、薄い人間性がにじみ出ているニヤケ面には、確かに見覚えがある。
驚く俺の前で、そいつは腰に下げた鞭に手を伸ばしながら言った。
「おい、ガキども。ちょーっと、はしゃぎすぎだぜ。用心棒の俺が出てきた以上、お遊びは終わりだ。高名なる冒険者、【戦場を駆ける魔鞭】のグレイヴの名、お前たちのようなガキでも聞いたことぐらいあるだろう!」
そして鞭をびしりと構え、自信ありげに、高らかに名乗りを上げる男、グレイヴ。
それにヴィルたちは顔を見合わせ、不思議そうにした後、一斉に答えた。
「ない」
「ないですわ」
「ありません」
「しっ、知らないです……」
「んなっ!?」
その返事に、グレイヴがあんぐりと口を上げ、間抜けな声を上げる。
あまりの屈辱に、ブルブルと震えるグレイヴ。
すると、【正当なる金貨】のやつらが、そのご機嫌を取るように口を挟んだ。
「だっ、大丈夫ですよ、先生! 先生のご高名は、大陸に轟いてますぜ!」
「そうそう、あのガキどもが物を知らねぇんだ!」
「だよなあ!? 俺、有名だよなあ!?」
少し涙目になりながら、仲間たちに慰められるグレイヴ。
そしてどうにか気を取り直した様子で、ビシリと鞭を構え直すと、ヴィルたちにこう言った。
「とにかく、そういうこった。お前ら如き、俺の相手にもならん。ガキをいたぶる趣味はないんでな、早いとこ降参しやがれ!」
「なにをっ……! 俺はお前なんか怖くないぞ、ひっこんでろ!」
「あっ、ヴィル!?」
リアンナが止めるのも聞かず、ヴィルが用心棒の男目掛けて飛び掛かっていく。
そして、勢いそのままに鋭く顔面へと殴りかかるが、しかしそれはあっさりと避けられてしまった。
「なっ……!?」
ヴィルが驚きの声を上げるが、それは当たり前だ。
あんな単調な攻撃、まともな相手に当たるわけがない。
あんなものが通用するのは、素人に毛が生えたような雑魚だけ。
そしてグレイヴは、見た限り、そのような三下ではない。
十分に戦闘経験を積んだ、ヴィルよりずっと格上の戦士だ。
「おー怖い怖い。パワーだけはありやがる。っと、ほらよっ、お返しだ!」
「がっ……!」
大振りを避けられて、態勢が崩れていたヴィルの腹に、グレイヴの蹴りがめりこんだ。
体をくの字に曲げ、苦悶の声とともにヴィルの体が吹き飛んでゆく。
「ヴィルッ!? このっ、魔力よっ……」
「おっと、詠唱なんてさせるかよっ……と!」
「きゃっ!?」
言葉とともにグレイヴが手にした鞭を振るう。
先端にナイフのような刃を持つそれが、カーラの手を打ち据え、ロッドを叩き落す。
さらに鞭は生き物のように動き、するするとリアンナの足へと絡みついた。
「きゃあっ!」
「りっ、リアンナちゃん!?」
足をすくい上げられ、リアンナが悲鳴を上げて、地面へと倒される。
瞬く間に三人が倒され、たった一人残されたリンが、泣きそうな顔で助けを求めるようにキョロキョロと周囲を見回した。
「ふん。おい、どうすんだ、獣人のガキ。お前もやんのか?」
「ひっ!? ひっ、ひいいっ……!」
「ふん、情けねえガキだ。仲間がやられてんのに、ビビってるだけかよ」
盾の陰に隠れて震えるリンに、グレイヴが侮蔑の視線を向ける。
それを見ていた【正当なる金貨】たちが、喝采を上げた。
「うおおっ、さすが先生だ! あんなガキなんか、相手にもならねえ!」
「ハッ、当然だ。俺は巨人殺し、戦場を駆ける魔鞭のグレイヴだぞ。勝負になるかよ!」
子供を倒して、盛り上がり、調子に乗っているブレイヴたち。
やれやれ。どうやら、そろそろ俺の出番のようだ。
そう思い歩き出すと、そこでまたカーラが声を上げた。
「待ってください、まだ私たちは負けてはいませんわっ! それに、あなたに助けていただく理由もありません!」
打ち払われ、傷むであろう手をかばいながら言うカーラ。
本当に、気の強いやつだ。
その肩にポンと手を置くと、俺は出来るだけ穏やかな声で言う。
「気にするな。相手も助っ人を出してきているんだ。こちらが出ても、卑怯とは言わんだろうさ。それに、だ」
そして、俺はこちらを見ているヴィルたち全員に語り掛けるようにして、続けた。
「俺が、友であるロベルトの娘たちのために戦うこと。それの、何が悪い?」
「おじさん……!」
リアンナたちを下がらせながら、進み出る。
すると、【正当なる金貨】の一人が声を上げた。
「あっ、こいつだ! こいつが、俺たちの邪魔をしやがった野郎です!」
「ほぉ、てめぇがか。馬鹿な奴だ、とっとと街から逃げ出せばよかったものを。お前は念入りにボコるよう言われてんだ、悪い、が……」
余裕をカマしていたグレイヴの声が、なにかに気づいたようにだんだん小さくなり、消えていった。
やがて、その体が小刻みに震えだす。
そして、やつはひどく動揺した様子で、絞り出すような声で言った。
「あっ、あっ、あっ……。あ、あんた、ま、ま、まさ、か……。いっ、いっ、イング、ウェイ、さん……?」
どうやら、気付いたらしい。
なので俺は、被っていたフードを脱ぎ、はっきりと顔を見えるようにして言ってやった。
「よう、グレイヴ。どうやらご機嫌なようだな。小便たれのお前が、ずいぶんと偉くなったものだ」
「あっ、あっ、あっ……」
グレイヴは、生まれたての子牛のようにブルブルと足を震わせ、目を驚愕に見開き、自分が見ているものが信じられないとばかりに声を漏らした。
そして、恐怖でひきつった顔で、崩れ落ちるように地べたに両手をつき。
そして、地面に額をこすりつけながら、周囲に響き渡るとてつもない大声で叫んだのだった。
「……すいませんっでしたあああああああああああああああああああああ!!!」
土下座しながら、ブルブルと震えているグレイヴ。
予想外の展開だったのか、ヴィルたちはそれを驚きの表情で見つめている。
さて、どうしたものかと考えていると、そこで【正当なる金貨】のやつらが騒ぎ出した。
「おっ、おい、なにやってんだよ先生!? 敵に土下座なんて、正気か!?」
「馬鹿野郎! お前らも、今すぐ土下座しろ! そうすりゃ、命だけは助けてもらえるかもしれねえ! 逆らうな、俺らが千人いても、この方には敵わねえんだよぉ!!」
俺が見ている前で、言い合いを始めるグレイヴたち。
やがて業を煮やした【正当なる金貨】たちが、武器を手に進み出てくる。
「ええい、もういい、この腑抜け野郎! こんな野郎一人、俺たちで囲んじまえば終わりだ!」
「あっ、おい馬鹿、やめろ! ドラゴンの前に全裸で飛び出すようなもんだぞ! わかってんのかぁ!?」
「うるせぇ、ひっこんでろ! てめえは後で落とし前つけさせてやる。いくぞ、てめえらぁ!」
叫び、こちらめがけて突っ込んでくる【正当なる金貨】たち。
それを見ながら、俺は背後のカーラに声をかけた。
「カーラ」
「はっ、はいっ?」
「先ほどの魔術、なかなかのものだった。だが、いくつか問題点がある。まず、敵の目の前で詠唱などするな」
言いつつ、俺は左手の人差し指をピンと立てる。
そしてわずかに念じると、その指の先に、五つの小さな炎の球が現れた。
「えっ、うそっ……!? むっ、無詠唱で、私のと同等の火球を、あんなに小さく、しかも五つも……!?」
カーラが驚きの声を上げる。
どうやら、この魔術の意味がわかったようでなによりだ。
魔術における詠唱とは、それ自体に力があるわけではない。
それは魔術を行使しやすくする合言葉のようなもので、正しい魔術の教師が生徒に教える時、多数の魔術を使い分けられるようそこから始めさせるのだ。
しかし、詠唱などしていては、目まぐるしく変わる戦況に対応できない。
実戦で使うのなら、詠唱なしで魔術を生み出せるようになるべきなのだ。
「それに、大きく作りすぎだ。あれでは相手に狙いがバレてしまう。そして、なにより」
言いながら、指をピッと【正当なる金貨】たちの方に向ける。
すると、五つの火球は空中に炎の跡を刻みながら、高速で、曲がりくねりながら飛んでいき、そして。
「飛ぶ方向は、絶対に敵に読ませるな。魔術は、こうして当てるんだ」
それぞれが敵集団の間で膨れ上がり、轟音とともにはじけ飛んだ。
「ぎゃあああああああーっ!!」
一斉に悲鳴を上げ、【正当なる金貨】たちが吹き飛ぶ。
床や壁に叩きつけられ、バタバタと倒れる奴ら。
後には、立っている者はいない。
一撃で、全員を仕留められたようだ。
無論、殺してはいない。
威力はかなり加減した。
とはいえ、衝撃で骨まで痺れて、しばらくは動けまい。
「てっ、てめえ……。マジック、ユー、ザー、だったの、か……。ま、魔術のほうが、得意、だったのか……」
俺の足元で、まだ意識のある男がうめいた。
よく見ると、ヴィルとやりあっていた男の一人だ。
なので、俺はそいつを見下ろしながら、こう答えた。
「いいや。魔術は、苦手だ」