失意の魔剣士と四人の少女2
「……あった、ここだ」
チンピラたちや乱暴な少女とやりあった、しばらく後。
もうすっかり日が沈み切ったころ、俺はようやくロベルトのギルドを見つけだした。
ギルド街と呼ばれるエリアの中にある、木造の大きな建物。
入り口には、【旅人の運命】というギルド名が書かれた看板がかかっている。
それは冒険者ギルドと呼ばれる施設で、複数の冒険者が寄り集まり、互いに助け合うための組合のことをそう呼ぶのである。
仕事の情報を集め、手に入れた宝を代わりに売り、どこかのチームが窮地の時には、ほかのチームに救助を依頼する。
そういった、危険な冒険者生活での雑務の補助や、最低限の保証をするのがギルドの役目だ。
特にこのティベリスは、何十ものギルドが存在し、冒険者ギルドが大陸で最も多い街と呼ばれている。
この【旅人の運命】はその中でも大手で、大勢の冒険者が常に出入りする、活気のあるギルド……だった、はずなのだが。
「……なんだ、これは。もう日も落ちているのに、明かりすらついていないではないか」
【旅人の運命】は、建物に入ってすぐの場所が受付と酒場になっており、いつもそこは人であふれかえっていたはずだった。
なのに、窓の向こうは真っ暗で、人の気配一つない。
それに、建物自体もどこか傷んでいて、よく見るとあちこちに落書きまでされている。
妙だ、どういうことだ。
不思議に思い、入り口に向かうと。
そこには羊皮紙の紙が貼られていて、こんなことが書かれていたのである。
『差し押さえ物件:この建物は、使用料の未払いで差し押さえの対象となっています。また、ギルドとしての活動は認められていません。ただちに退去してください』
「なっ……!?」
驚きの声が、俺の口から漏れた。
馬鹿な、どういうことだ。
受け入れがたく、一瞬そう考えてしまうが、しかし答えはもう出ている。
書いてある通りで、考えるまでもない。
つまり。
「……潰れた、のか。このギルドは」
認めたくはなかったが、やがて事実が心に染み込んできて、がっくりと肩を落とす。
つまりは、そういうことなのだろう。
この有様を見ては、事実を受け入れざるを得ない。
「……なんということだ」
とたんに体から力が抜けて、その場に座り込む。
はるばる遠方から頼りにしてきたのに、まさか潰れているとは。
ついていない。人生の下り坂とは、こういうものか。
いや、俺のことはいい。よくはないが、とりあえずは置いておく。
冒険の旅で集めた蓄えはあるのだ。
生活は何とでもなる。
だが、ロベルトはどうなったのだろうか。
あれほどいた、所属していた冒険者たちは?
それに、娘のリアンナは。
ギルドの前に座り、そんな風にあれこれと思考を巡らせる。
だが、その時。
突如として、どこからか鋭い声が飛んできた。
「あなた! 私たちのギルドの前で、何をしていますの!?」
それは、若い女の声だった。
驚いて視線を上げると、そこには、見事な長い金髪をした少女が、俺を睨みつけながら立っていた。
深い青色の、気の強そうな瞳。
すらりとした、美しいプロポーション。
顔つきはかなり美しいが、歳は十五歳ぐらいだろうか。美女、というよりは美少女と言うべきだろう。
(妙に綺麗すぎる。こいつ、エルフか?)
一瞬、そう思う。
エルフとは、森に棲む、人間とは別の種族のことを言う。
知性的で、人間よりもずっと美しい見た目をしていて、しかもとてつもなく長寿ときている。
世界でも上位の種族だとよく語られるが、それゆえか、大体他種族を見下していて、性格が悪い。
俺の仲間だったアニもそんなエルフだったが、あいつは人間と過ごすのが好きだという、変わり者だった。
普通のエルフが人の街にいるなど珍しいな、と考えていると、そいつは俺を睨みつけたまま、なおも吠えた。
「何を黙っていますの!? やっぱり、やましいことをしていたのね!」
「いや、俺は……」
「覚悟しなさい、とっ捕まえて、憲兵に突き出して差し上げますわっ!」
……なんと、話の通じない奴だ。
先ほどの赤髪といい、今日は気の強い子供に絡まれやすい日なのだろうか。
そんなことを考えていると、金髪の少女の背後から、別の少女が顔をのぞかせて、か細い声で言った。
「か、カーラちゃん、失礼だよぅ……。も、もしかしたら、お客様かも……。あっ、ひっ……!」
だがその、栗色のショートヘアーをした少女は、俺と目が合うと、さっと金髪の少女の後ろに隠れてしまった。
カーラと呼ばれた金髪の少女とは対照的に、ひどく気の弱そうな、小動物のような少女。
しかし、何より気になったのは、その頭部に犬のような耳がついていたことだ。
ぺたりとへたれこんで髪に紛れていたが、間違いない。
あれは、動物と人間の特徴を併せ持つ、獣人という種族の子供だ。
エルフと獣人のコンビとは、実に珍しい。
そう思っていると、金髪のほうが後ろを向きながら吠えた。
「あなたは黙ってらっしゃい、リン! 潰れたギルドに、客なんて来るわけないでしょう!?」
「……潰れたのか、お前のギルドなのか、どっちなんだ?」
「うっ、うるさい! 潰れたということになっているけど、ちゃんとした私たちのギルドなんですッ!」
痛いところを突かれた、とばかりに顔を赤く染め、金髪の少女が叫ぶ。
だが、とにかくこいつらはこのギルドの人間らしい。
冒険者というには若すぎるが、どういう関係だろうか。
どうにか誤解を解いて話を聞かねば、と考えていると。
そこで、今、一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「あーっ! 見つけたぞ、お前ぇえええええ!! さっきはよくもやってくれたなああ!!」
「……」
それは、先ほど運河に投げ込んだ、赤髪の少女だった。
ずぶ濡れのあいつが、遠くからこちらを指さし、とんでもない大声で叫んでいるのだ。
しかも、あろうことか。
「ヴィル!? あなた、どうしたの、ずぶ濡れで……ていうか、こいつを知ってるの!?」
「うん、カーラ! そいつ、俺を騙そうとして、バレたら運河に放り投げたんだ! 悪いやつだよ!」
「あなた、やっぱり……! どうりで悪者顔をしているわけですわ! 覚悟しなさい!」
と、おっかない顔をして、にじり寄ってくる二人。
最悪だ。よりにもよって、こいつら、知り合いだったらしい。
リンと呼ばれていた獣人の少女は、あわあわと動揺しているばかりで、仲裁してくれそうにもない。
これは、めんどくさいことになった……と、そう思っていると。
そこで、またもや別の少女の声が飛んできた。
「……おじさん……? 嘘、おじさんなの……!?」
「その声……まさか、リアンナか?」
視線を向けると、そこには、買い物袋を手にした、長い銀髪の少女が立っていた。
おっとりとした顔立ち、整った輪郭、そして優しそうな緑色の瞳。
間違いない。
かなり成長しているが、ロベルトの娘のリアンナだ。
「リアンナか。随分、大きくなったな」
「おじさんっ……! 逢いたかった!」
言葉とともに、目元に涙をにじませたリアンナが、俺の胸に飛び込んでくる。
そのまま俺にぎゅっとしがみつくリアンナを、他の少女たちが驚きの表情で見守っていた。