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プロローグ

 冒険者。

 世界を旅し、危険な魔物どもと戦い、宝を求める者たちのことをそう呼ぶ。

 そして、大陸最強と呼ばれる冒険者チーム、俺たち【ブレイバー】は、今まさに強大な敵との最後の戦いに挑んでいた。


「リッチ・キング! 貴様の野望も、ここまでだ!」


 多数のアンデッドが徘徊し、けっして立ち寄ってはならぬと言われる土地、通称『死の山脈』。

 その奥深くに建つ、古代の宮殿。


 そこを根城とし、アンデッドの軍勢を操り、大陸中の命を根絶やしにしようとした邪悪な存在リッチ・キング。

 リッチとは、己の体を邪悪な魔法により骸骨の姿に変え、永遠に生き長らえようとする者のことを言う。


 その中でもこいつは古の都の民、そのすべての命を犠牲とし、永遠の命を得たリッチの王、リッチ・キング。

 だがそんな奴も、ついに我らがリーダーであるアルフォンソの聖剣を胸に受け、終わりの時を迎えようとしていた。


「馬鹿なっ……。我は、不死身の存在……。貴様ら矮小なる存在になど、滅ぼされるわけがっ……!」

「この世に、不死身などあるものか。ましてや、他者を犠牲にした不死身など!」


 聖剣により玉座に縫い付けられたリッチキングが、うごめき、苦しみの声を上げる。

 やった。ついに、俺たちは勝ったのだ。


 万を超えるアンデッドの軍勢を退け、たった四人でこの宮殿に攻め込み、ついに大陸を脅かす巨悪を滅ぼしたのだ。

 リッチキングにとどめを刺した、【英雄】と呼ばれる我らがリーダー、戦士アルフォンソ。


 【神の子】と呼ばれ、大陸最高の治癒魔術を操るパーティの大黒柱、ヒーラーのデリング。

 規格外の魔術を操り、【神域の術者】とまで呼ばれる、エルフのマジックユーザー、アニフィニシア。


 そして、この俺……自分で言うのも恥ずかしいが、【最強の魔剣士】と称される、剣士イングウェイ。

 この四人で形成される俺たちブレイバーは、今日もまた、人類の敵相手に勝利を収めようとしていた……いや、そのはずだった。


(……なんだ? なにか、妙だ)


 アルフォンソによりとどめを刺され、後は消滅を待つだけのリッチ・キング。

 だが、その眼球を持たない眼窩(がんか)には、まだ力がこもっているように感じられるのだ。


 奴め、まさか、まだなにかするつもりか……?


「許さぬ……許さぬぞ……。我から永遠を奪った貴様だけは……! 貴様も道連れだ……。天より、来たれ……星の槌よ……!」


 リッチ・キングが高らかに声を上げたとたん、石造りの宮殿の天井が、突如として暗黒に染まった。

 いや、違う。無数の星の光が瞬くそれは、暗黒ではなく、星空だ。


 どこまでも続く、雲を超えた先に広がるという、星々の世界。

 そして、そこを、一筋の光がまっすぐにこちらめがけて進んでくるのが見える!


「これはっ……失われたはずの、隕石を呼び出す古代魔法≪メテオ≫だ!! いけない、アル、逃げてください!!」


 驚愕の表情を浮かべたデリングが叫ぶ。

 魔法。魔力を持って、世界の法則を捻じ曲げる技。

 リッチ・キングがその力を使い、空間を捻じ曲げ、ここに隕石を呼び出そうとしている!


 いくらアルことアルフォンソとて、隕石の直撃を食らってはただではすまない。

 だというのに、アルフォンソはもがくだけで、そこから逃げられずにいた。


「駄目だっ……動けない!」


 そう言うアルの足には、リッチ・キングから染み出した、黒いなにかが絡みついている。

 リッチ・キングが最後の力を振り絞り、アルの動きを止めているのだ!


「くっ、駄目だっ……奴の魔法を、解除できない……! あれが本当にメテオならば、この宮殿ごと消し飛ぶぞ!」


 後方で、アニフィニシア……アニが、うめくように言う。

 アニが万全の状態ならば、メテオすら打ち破れるかもしれない。

 だが、一週間以上も戦い続けで、アニの魔力は完全に尽きている。


 デリングも、とうに力を使い果たしていて、とても動ける状態ではない。


(駄目だ……俺が、助けに行かねば!)


 俺も疲弊しきっていたが、それでも行かねばならない。

 アルを、こんなところで死なせるわけにはいかないのだ。

 人類のためにも──そして、あいつの友としても!


「うおおおおおおおおっ!!」


 残された魔力と力を燃やし尽くすようにして、石畳の宮殿を駆ける。

 上に広がる暗黒の空からは、巨大な隕石が今まさに落ちてこようとしていた。

 だが俺はそれより早くアルの元に駆け付けると、渾身の力を込めて体をぶつける。


「うわあっ!」


 衝撃で、アルの足を拘束していた闇が千切れ、その体が飛んでいく。

 やった。これでいい。

 アルならば、直撃でさえなければ、きっと生き延びるはずだ。


 デリングもアニも、あいつらならきっと大丈夫だ。

 ああ。俺は、友を、守れたのだ──。

 そう思う俺の上に、隕石が降ってきて。


 ──そこで、俺の記憶は途切れた。


◆ ◆ ◆


「……ング……イング……! しっかりしてください……イング……!」


 声が、聞こえる。

 どこか、遠くで。

 それは、デリングのものだった。


 ひどく、遠い……いや、違う。

 近くだ。

 すぐ側で、デリングが俺の名を呼んでいる……そう思った瞬間、俺の意識が、覚醒した。


「うっ……」

「イング! 良かった、目を覚ました……! イング……!」


 まず感じたのは、強烈な光。

 それは、太陽の光だ。

 そして、涙を流しながら俺を見下ろしている、デリング。


 背中が、冷たく固い物に触れているのを感じる。

 どうやら、俺は岩場の上に寝かされているようだ。


「……生き延びた、のか。俺は」


 独り言のようにつぶやく。

 正直、死を覚悟していた。

 リッチ・キングが最後に放ったメテオは、それほどの威力だったのだ。


 だが、体中のあちこちが、酷く痛い。

 かなりの大怪我を負ったらしい。

 デリングが、傷を癒す魔術、治癒魔術をかけてくれているようだが、なかなか痛みは引かない。


 寝ころんだまま、首をめぐらす。

どうやらここは、リッチ・キングの宮殿の近くらしい。

 地形に、見覚えがある。


 宮殿があった方角に目を向けると、そこは、まるで火山の噴火口のようにえぐれ、黒煙を上げていた。

 アニの言ったとおり、宮殿ごと消し飛んでしまったようだ。


 よくあの中で命があったものだ……そう考えたところで、俺はハッとある事に気づいた。


「アル、アルはどうした……!? 無事なのか!? アニは!」


 デリングは酷く汚れた格好をしているが、どうやら無事なようだ。

 だが、他の二人は。

 あの威力では、直撃でなかったとしても、どうなったことか。


 まさか、と思ったが、すぐにそれは杞憂だと知れた。


「……大丈夫だ、イング。俺は……ここに、いるよ」


 アルの声だ。

 少し離れた位置で、アルは地面に座り込み、じっとこちらを見ていた。

 その後ろには、アニも汚れた姿で立っている。


 良かった。全員、無事だったか。

 そう安堵したが、そこで俺は、みんなの様子が変なことに気づいた。


「……なんだ? どうしたんだ、みんな」


 アルたちは、見たこともないぐらい、ひどい顔をしていた。

 全員が、青い顔をして俺の方を見ているのだ。

 なんだ。なにかあったのか。


 そこまで俺の怪我はひどいのか?

 そういえば、全身が酷く痛み、あちこちから出血しているようだが、右足の感覚だけが妙にない。


 どうなっているんだ、と、そこを確認しようとすると、そんな俺をデリングが慌てて止めた。


「あっ、いけない、イング! 動いてはっ……!」


 だが、そう言われると逆に気になって仕方ない。

 どうにか頭を上げ、右足のほうに視線を向け……そして、俺は絶句した。

 そこに、俺の右足は、たしかにあった。


 だが……それは折れ曲がり、ひしゃげ、つぶれ、白い骨が露出し。

 言われなければそうだとわからないほどの、足だった何かへと変わり果てていた。


「……メテオは……お前の右ひざを、直撃したんだ。いくら類いまれなる魔術防御を持つお前とて、あれほどの一撃を受けては……」


 いつもは無表情なアニが、顔を歪ませながら苦しそうに言う。


「すまない……すまない、イング……! 俺のせいだ。俺のせいで、こんな……!」


 アルが、らしくない泣き顔で何度も詫びる。


「大丈夫、大丈夫です! 私が、必ず治して見せます! こんな、こんな怪我、大したことないんだ! こんなもの……!」


 デリングが、ボロボロと涙を流しながら、励ますように言う。

 だが、たとえデリングが最高のヒーラーだとしても、できることとできないことがある。


 ここまで滅茶苦茶になった足を完全に治すことなど、おそらく不可能だろう。

 みんなの声を聞きながら。



 俺は──冒険の旅の、終わりを感じていた。


◆ ◆ ◆


「……チームを、抜ける、だって!? それは、本気で言っているのか! イング!」


 リッチ・キングの宮殿があった地から、最も近くの街。

 そこの宿屋の一室に、アルの声が響き渡った。


「ああ。本気だ。……おまえだって、わかっているだろう。俺が、もう駄目なことは」

「そんなことっ……!」


 俺が冷静な声で答えると、アルが動揺した様子で言う。

 ベッドに腰かける俺の傍らには、鉄製の杖が置かれていた。 


「この右足では、冒険の旅は続けられない。俺にはもう、旅は無理だ。ついて行っても、お前たちの邪魔になるだけだ」

「っ……」


 アルが、ぐっと息を飲む音が聞こえる。

 仲間たちに担がれて、この街に運び込まれ、デリングの治療を受けること一ヶ月。


 俺の右足は、奇跡的に足の形を取り戻し、歩くことすら可能になっていた。

 だが、万全には程遠い。

 時折激痛が走るので、杖を突いていなければ危険なほどだ。


 動きも、前とは比べ物にならないほど緩慢(かんまん)になってしまった。

 そう、冒険者としてだけではなく、戦士としての俺も、もう終わったのだ。


「そんな……そうだ、次はその足を治せる≪魔具(マジックアイテム)≫を探しに行こう! 大陸は広い、きっとどこかに、そんな物があるはずだ!」


 興奮した様子のアルが叫ぶ。

 魔具、とは魔力が込められた特別な道具のことを言う。

 だが、俺はそれに首を振った。


 デリングで駄目なのだ。

 それほどの魔具など、そう簡単に見つかりはしない。

 それに、俺のためにこれ以上、チームを引き留めるわけにはいかない。


 アルたちを、最強の冒険者チームであるブレイバーの助けを待っている土地は、いくらでもあるのだ。

 大陸中邪悪な化け物だらけで、人々は常に危機に瀕している。


 誰かが、戦わなければいけない。

 強い力を持った、誰かが。


「これ以上、チームの時間を無駄にさせるわけにはいかん。だから……ここで別れよう」

「馬鹿な、無駄なものか! 大事な仲間を治そうとすることの、なにがっ……!」


 アルが、激高した様子で言うが、その肩にデリングがそっと手を置いた。


「アル。わかってあげてください。私たちの中でもっとも誇り高いイングにとって、気遣われながら旅をするなど、苦痛以外の何ものでもないのです」

「っ……」


 顔を悲しみに歪ませているデリングにそう言われ、アルが泣きそうな顔をする。

 デリングには、先にこの事を告げていた。

 彼も最初は泣いて引き止めたが、最後にはわかってくれたのだ。


「……嘘だ、こんなこと。俺たちは、死ぬときも一緒だって、そう信じていたのに……」


 アルが、ボロボロと涙を流しながら、床に崩れ落ちる。

 俺だって、そのつもりだったさ。

 だけど、現実というやつは、いつも望むとおりにはなってくれないものなんだ。


「俺のせいだ。すまない。すまない、イング……!」

「やめてくれ、アル。謝る必要なんてない。俺は、何一つ後悔してなんかしていないぞ。旅の最後に、俺たちの英雄を……大事な友を守れたんだ。こんなに嬉しいことはない」


「イング……」


 アルの肩に手を置きながら、俺はできる限りの笑顔を浮かべて言った。

 俺は、アルや仲間たちのためならば、命など惜しくはないのだ。

 もしまた同じ事が起きたとしても、俺は同じことをする。


 そう、これは誇らしいこと。

 こんな最後を迎えられる冒険者が、どれほどいるだろう。

 俺は……満足だ。


 そして、そこでアルたちの後ろで腕を組んだまま、じっと話を聞いていたアニが口を挟んだ。


「……旅をやめて、お前はどうするつもりだ」

「ああ。冒険者の教官にでもなろうかと思っている。覚えているか? 俺たちをギルドに誘ってくれた、ロベルトのことを」


 それは、俺たちが旅の途中で立ち寄った、ティベリスという街で仲良くなった男の名前だった。

 ロベルトはとある街で冒険者のギルドを経営していて、ぜひうちに所属してくれと俺たちを誘ってくれたのだ。


 あいにく俺たちは旅を続けるつもりだったので丁重に断ったが、ロベルトは、その気になったらいつでも来てくれ、歓迎するからと言ってくれた。


「大陸は、まだまだ危険な化け物だらけ。強い人間は一人でも多く必要だからな。有望な後進を育てる。そういう戦い方もあるはずだ」

「……最強の魔剣士と(うた)われたお前が、引退して教官に、か。……似合わない。お前には、教官など」


「そう言うなよ。やってみれば、案外向いているかもしれないだろ。意外な才能というやつだ」


 苦しそうに視線を逸らすアニに、あえて軽口を叩く。

そして、話は終わりとばかりに、俺はゆっくりと立ち上がった。


「まあ、そういうわけだ。これからは、別の道を行くことになるが、いつでもお前たちのことを想っている。……どうか、元気で」


◆ ◆ ◆


「……やれやれ。やっと行ったか」


 別れを惜しむ仲間たちをようやく見送り、ふうと肩を落として、ため息とともにつぶやく。

 心配をかけまいと気を張っていたが、正直、俺だって辛くて仕方がなかった。


(あいつらの前で格好をつけるのも、これで最後か)


 五年。五年もの間、俺は仲間と冒険を続けてきた。

 十五歳の時にアルと出会い、冒険の旅に出かけ、ひたすら戦い続けた日々。

 それは俺の黄金時代であり、そして人生のすべてだった。


 それが、今、終わったのだ。

 もはや一心同体のようにすら感じていた仲間と別れたとたん、体の中が空洞になり、酷く冷えこんだような錯覚すら感じる。


 そのままだと沈み込んでしまいそうで、俺は無理に重い足を進めた。

 ロベルトのギルドがある街はここから遠い。

 この足で長旅をするのは無理だ。乗合馬車で移動する必要がある。


 そう考え、乗合馬車の発着場に向かう。

 だが、そこで妙に通行人たちの視線が自分に集まってくるのを感じた。

みんなが、俺の突いている杖を見てくるのだ。


(……杖を突いているだけで、こんなに見られるものか)


 いい気分ではない。

 俺はその視線から逃れるように、そっとフードを被った。

 そしてどうにか雑踏を越え、発着場で、目的地であるティベリス行きの馬車を見つける。


 代金を払い、馬車に乗り込もうとすると、そこで係員が困った顔で俺に言った。


「お足が悪いなら、乗るのは大変でしょう。手を貸しましょうか?」

「……」


 善意なのだろうが、正直、堪えた。

 この俺が、一人で馬車に乗れないのではと心配されるとは。

 ブレイバーの一員として数多の人々を救った俺も、今では気遣われる立場というわけか。


「いや、問題ない」


 そう言うと、俺は無事な左足で飛び上がり、馬車の粗末な客室へと乗った。 

 俺は、その気になれば、片足でこの馬車を飛び越えることだってできるんだぞ。

 そんな馬鹿なことを考えて、自己嫌悪に陥る。


 馬車には、すでに数人の客が乗っていて、俺は彼らに並んで粗末な木の長椅子に座った。

 そうしていると、やがて馬車は満席になり、御者台に乗った男がこちらに声をかける。


「それでは、お時間となりましたので、塔の街ティベリスに向けて出発いたします。長旅になりますが、どうぞおくつろぎください」


 そして馬車は目的地に向かって動き出す。

 すると、席に座った若い男たちが楽しそうに話し始めた。


「ついにティベリスに行けるな! 楽しみで仕方ねえ!」

「ああ、ティベリスは冒険者の街として名高いらしいからな! 派手に暴れて、一生分儲けてやるぜ!」


「なんでも、ティベリスの真ん中には古代人が作ったという巨大な塔が建っていて、中にはなんでも願いを叶えてくれるというお宝が眠ってるって話だ。かの英雄王も、それを手に入れて自分の王国を手に入れたらしい」

「くー、楽しみだねえ! 俺たちも作ってやろうぜ、伝説をよ!」


 どうやら、男たちは新米の冒険者らしい。

 まだ綺麗な防具と武器を身にまとい、その目は将来への希望で輝いている。

 ……羨ましい。彼らはこれから昇る日で、俺は落ちていく日だ。


 そんなことを考え、ぐっと気持ちが落ち込んだ。


(情けない。これが、最強と呼ばれた男の有様か)


 仲間と別れて、自分がいかに脆い人間だったのかを痛感する。

 情けない。しっかりしろ、イングウェイ。

 これからは、一人で生きていくのだ。


 正しく生きねばならない。

 気高く生きねばならない。

 なにしろ、俺はあのブレイバーの一員だったのだ。


 その俺が、離脱後に落ちぶれることなど、あってはならないことだ。


(大丈夫……大丈夫だ。俺は、大丈夫)

 

 祈るように両手を足の上で組み、瞳を閉じて何度も心の中でつぶやく。

 そんな俺を乗せて、馬車はまっすぐにティベリスへと向かっていった。


◆ ◆ ◆


「乗客の皆様、長旅本当にお疲れ様でした! ようやく塔の街ティベリスに到着いたしました。どうぞ、華やかな街をお楽しみください!」


 半月ほどの旅の後、馬車はティベリスに到着し、御者が俺たちにそう声をかける。

 他の乗客たちは威勢よく飛び出していき、すぐに雑踏へと消えていく。


 俺もゆっくりと馬車から降りると、そこには石で作られた道と家々が立ち並ぶ、ティベリスの街並みが広がっていた。


「……三年ぶりだというのに、変わらんなこの街は。相変わらず、すさまじい活気だ」


 広い通りを、砂塵をはらんだ乾いた風が通り過ぎていき、そこを大勢の人々が忙しそうに行きかっている。

 ティベリスは、乾燥した平地にある街で、気候は温暖だが、土地は渇き痩せていて、作物の実りは悪く、人が住むにはあまり適さないと言われていた。


 ではそのような土地にある街が、どうしてこれほど栄えているのかといえば、それはそこに人が集まる理由があるからだ。

 それは、馬車の中で新米冒険者たちが話していたように。


 古代人の作ったという、巨大な塔が存在するからである。


「……【神々の尖塔(ゴッズ・スピア)】。相変わらず、見事なものだな」


 街の中心にそびえる、まっすぐ天を衝く、巨大な塔。

 その先端は雲にまで達し、地上からは、かろうじてその頂点が尖っていることを確認できるだけである。


 構造的に、人間では作れないほどの巨大建造物。これが見つかったのは、百年以上も前のことだという。

 発見した勇敢な者たちが調査したところ、内部は空間が滅茶苦茶になっており、あちこちに古代人の物と思われる宝が存在したが、同時にそれを守るように大量の魔物たちが巣くっていたという。


 その事が広まるやいなや、あちこちから冒険者たちが集まり、そしてその冒険者たちに物を売る商人たちが集まり。

 やがて周囲に人が住みつくようになり、家を建て、畑を立て。


 そうして、いつしか街となったのが、このティベリスなのだという。


「おっと……こうしている場合じゃないな。早くロベルトのギルドに行かねば」


 時刻はまもなく夕方、陽も傾いてきて、今夜の宿も気にしなくてはならない。

 ロベルトのところで部屋を借りれるのなら、それが一番だ。


「たしか、こっちのほうだったか? さて、ロベルトのやつは今も現役だろうか」


 記憶を頼りに歩き出しながら、独り言をつぶやく。

 ロベルトはひげ面で、豪快な笑い声が耳に残るやつだった。

 歳はたしか三十代で、冒険者としてはとうに引退していても不思議ではない年齢だ。


 なにしろ、三年前の時点で、それなりに大きな娘までいたのだ。

 確か、娘の名前はリアンナといったか。

 変わった娘で、俺のことをおじさんと呼び、アルやデリングではなく俺の後にずっとついてきたものだ。


 ……当時、十七歳だった俺に、おじさんもなにもあったものではないが。

 俺はそんなに老けて見えるのか、と当時は正直傷ついた。

 そんなリアンナは、別れ際、俺たちの旅についていくと言って随分泣いたものだ。


「成長していれば、もう十四歳ぐらいだろうか。懐かしいな」


 リアンナは、自分も冒険者になる、次に会ったら絶対に連れて行ってと言っていたが、さてどうなったか。

 あいつと再会するのも楽しみだ。そんなことを考えながら歩いていたのだが、そこで俺の足が止まった。


「……しまった。道がわからん」


 言い訳をするようだが、ティベリスの町並みは、前に訪れた時からずいぶんと変わってしまっている。

 地形を覚えるのは得意な方だが、道まで変わっていると、さすがに厳しい。


「たしか、方角的にはこちらのほうだったはずなのだが……」


 そう言いながら見つめる視線の先には、運河沿いに広がる大規模なマーケットがあった。

 食料品や衣料品、装飾に武器や防具まで売る多数の露店たち。


 市民や商人、そして武装した冒険者たちが入り乱れる、ティベリスの名物だ。

 正直、これほどの人ごみに、杖を突きながら入っていくのは遠慮したいところなのだが、仕方がない。


 覚悟を決めて用心しながら進んでいくが、そこで、どこかから大声が響いてきた。


「ふざけるな! 悪いのはお前たちだろ、そっちこそ謝れ!」


 それは、子供の声だった。

 怒りをあらわにした、高い子供の声。

 何事かと視線を向けると、道の真ん中で、赤い短髪の子供と人相の悪い三人組がにらみ合っているところだった。


「なんだと、ガキ! てめえ、余計な口を挟んでんじゃねえぞ!」

「見逃してやってるってのに、調子に乗りやがって! 冒険者である俺たちに歯向かうとどうなるか、体に教えてやろうか!?」


 冒険者……冒険者と言ったか?

 三人組は武装していないし、たいして強そうにも見えないが、自分で言うからにはそうなのだろう。


 なにしろ冒険者など、勝手に名乗ればその日から誰でもなれるのだから。

 ……しかし、冒険者を名乗る者が、子供相手にすごんでみせるなど。


「なにが冒険者だ! おまえらみたいな、弱い人からお金をせびるしか能のないやつらが、冒険者を名乗るな!」

「なにをっ、このガキッ……!」


 大人三人にすごまれても、赤髪の子供はひるまない。

 威嚇するように歯をむき出しにして言うそいつに、後ろにいた老婆が慌てた様子で言った。


「ね、ねえもういいわよ、大丈夫。私がお金を払えばいいだけなんだから……」

「だめだよ、おばあちゃん! こんなやつらに一度でも払ったら、一生しぼり取られるよっ!」


 それはまさにそのとおりだろうが……なんとも、気の強いやつだ。

 男たちはあからさまに殺気立っており、このままではまずいことになるだろう。

 誰か助けてやらないのか、と周囲に視線を向けるが、どいつも関わるのはごめんとばかりに、そそくさと立ち去っていくばかりだ。


 やれやれ……仕方ない。

 俺は、北方で知り合った賢者に『冒険者が罪なき人を傷つけることを見逃さない』という誓いを立てている。


 ならば、ここは黙っているわけにもいくまい。


「てめえ、もう我慢ならねえ! 覚悟しやがれ、ガキ!」


 言って、ついに男たちの一人が、赤髪の子供に詰め寄る。

 だがその手が子供に伸びるより早く、俺はその間に割って入り、なだめるように声をかけた。


「おい、そこまでにしておけ。子供相手に喧嘩など、冒険者を名乗る人間のすることではない」

「ああん……!? なんだ、てめえは!?」


 ギロリとこちらをにらみつけ、鼻息荒く威嚇してくる男。

 それに、俺はトンと杖を突き、静かな声で答えた。


「通りすがりの、ただの引退冒険者だ……なりたてだがな」

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