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本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第一部:尾張
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02 若武者は乱世に立たん

 翌日は春には珍しく空気の澄んだ明るい天気だった。


 政綱は馬の前輪に妹の久恵を乗せて、ぽっくりぽっくりと萬松寺に向かっている。久恵の両手には母の宮川御前に持たされた草餅の包みが、まだ持つ手にほんわりと温かかった。


 大雲和尚は日々金襴の袈裟で身を飾ることもできる身分であるのに、自ら畑を耕し味噌を擂り、子らの手習いなどをみることの中に仏の教えの実践を信じるという人で、政綱と久恵の兄妹もその教えを受け人柄を慕っていた。


 特に久恵は和尚が近隣の人々のためにする薬草の採取や、それを干したり砕いたり練ったりの仕事を手伝うことを好み、たびたびそのために和尚を訪ねるのでこの日も兄に同道してきたのだった。


「兄さまが和尚様に叱られてらっしゃる間、久はお厨の裏の菜園でお手伝いをしておりまする。叱られ終わったら和尚様といっしょに草餅をいただきましょうぞ。」


 これ、と政綱は自分の顎のすぐ下にある久恵の頭にポンと手を置いた。

「そう叱られ叱られ言うでない。わしとて和尚に会うてご相談に与れればありがたいのじゃ。」


 久恵は頭に兄の手の温みを感じて、うふふと笑った。六歳と十五歳、年は離れているが仲の良い兄妹だった。


「久は兄さまが浪人などしてくれねば良いと思う。兄さまが家を出て行ってしまったら寂しゅうなるもの。でも兄さまが立派な仕事をなさるために、どうしても浪人せねばならぬなら仕方ない。久は寂しゅうても我慢しまする。」


 行く道は萌え出した緑に美しく、心が弾んでいるらしく饒舌な久恵とは対照的に、今朝の政綱は考え込んでいた。


 梁田家の主人、斯波義統を保護しているのは清州城に居する織田信友だが、これとて赤心の忠臣ではない。名目上では主筋にあたり、空位とはいえ幕府の高位官僚である斯波家の権威にはまだ利用価値があると考えた信友が、義統を傀儡に使い織田家内の他派を押さえつけようと吉法師の父・信秀などと対立を露骨にしているのだった。こんな義統を主人に仕えたところで、立身も出世も、働き甲斐も望めまい。


 なにより政綱を憤慨させるのは、織田の誰彼であれ、斯波であれ、この乱世に困窮する尾張の国を率いて民を安んじようとする本懐を持たずに、むやみに争ってますます領地を荒廃させていることだった。


 道を行けば、痩せたみすぼらしい者らが田畑で働いているのが見え、男であれば戦に駆り出されて不具になった者が多い。そしてせっかく実った田畑であっても頻繁な戦に襲われ奪われ焼かれした上に税の取り立ては厳しく、おのれで育てた米麦でもほとんど口には入らない。女が飢え疲れているため産で命を落とすことも少なからず、またそうして産んだ赤子も育たぬ者が多いという。


 こうした者らが目に写っても時代が時代であればそうしたものと、なんの愁思も持たぬ人がほとんどであったが、政綱はちがった。世の理不尽に哀れと憤りを覚えて、そのために何かせねばたまらぬ衝動に胸が苦しくなるのだった。


 そのためには斯波ではならぬ。諸国を歩いて、乱世を鎮めんとの気概を持った大将を探して仕官したい。そのため浪人することを考えていたのだったが、それは案外近くにあったようだった。


 あの梨の木の下であった吉法師殿。

 あのお若い方は正しい仕事という言葉を使われた。政綱が探し求めて旅に出ようとしていたものが、あの方の胸にはきっとある。でなければそうした言葉は口から出まい。もしあの方が尾張を隣国からの浸食から守り、正しい治世をさらに拡げんとの大志を持っているのなら、ぜひともあの方に仕えたかった。


 そうした気持ちがあったれば、母の勧めも素直に聞いて大雲和尚に相談するが良かろうとさっそく出向いてきた政綱だった。



(続きます~)




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