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本能寺に開く扉は炎を上げて  作者: 瀬緒 遊
第一部:尾張
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09 式神の仙人

 砂埃を舞い上げて、騎馬者が一騎、萬松寺の正門に駆けこんで来た。


 ばたばたとせわしない足音が寺内をあちらこちらして、新入りの寺男が一人住職に呼びつけられたようだった。馬から降りて大汗の若者と、住職とその寺男がなぜか三人で連れ立って桑園に向かって行った。


 何事かと思った小坊主が傍まわりの用足しにかこつけて付いて行こうとしたが、住職にぴしゃりと言いつけられてその場に残された。


 いぶかし気な顔の小坊主を後ろに、声が人の耳に届かなくなったところまで歩いたその三人は、期せずして顔を見合った。


「どういうわけでそんな目立つまねをしたのじゃ、村人が何人も見たというではないか。」


 まず叱責を浴びせたのは住職の大雲和尚だった。傍で腕を組み、これも眉を怒らせている若い武士は政綱。


「いや、僕もその時は夢中で、人の目があったとは知りませんで……」

 であれば、叱られている寺男が浩之なのも合点が行く。


 尾張に立つという戦国の英雄、織田信長の名を浩之が告げたのはほんの三日前。それから浩之は、和尚のもとで寺男として働くようになっていた。


「わしもその噂を聞いた時には肝を冷やしたわ。馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしておいたが、すぐに馬を飛ばして参ったのじゃ。」


 それを政綱の耳に入れたのは、草鞋を届けに来た村の女房だった。


 どういうわけかこの女房の編んだ草鞋は破れにくくしなやかで、それを良い値で買い取る梁田の家にはしばしば届けに来るのだが、この日はたまたま裏門あたりにいた政綱がそれを受け取った。そこでこの女房が、怪しげな人物が目撃され村人が怯えているとおどおどした態度で訴えたものだ。


 つい先ごろの夕刻、奇妙な仮面をつけた何者かが川向かいの丘に立ち、その手からなにやら空飛ぶものを放ち、それを自在に空を舞わせながら、耳慣れぬ呪文のような言葉を大声で誦していた。


 その声はこれまで誰も耳にしたこのない不思議な音曲のような響きを持ち、飛ばしたものは小さな白いもので、その手を離れたとたん鳥のようにすいと舞い上がり、高く低く、まっすぐに行ったり旋回したりなどしてから川向うに消えていったという。


 何者がなんの理由でこの村でそのような怪しげなまじないをしていったのか、もしやあの空飛ぶものは式神で、あれはそれをあやつる仙人ではなかったか、これは吉か凶か、祈祷か呪詛かと村人が気味悪がっているというこの話を聞いて、浩之のことかとピンときた政綱があわててやって来たのだった。 


「おぬしの素性を隠そうとわしらが苦心しておるのをなんと心得ておるのじゃ。信友にでも知られてみい、おぬしなど一生座敷牢から日の目も見れぬことになるのじゃぞ。それをなんぞ、わざわざ目立つまねをしおって。」


 腹を立てている和尚に浩之が詫び、すぐにも相談したかったのだが多忙の和尚に新入りの寺男が馴れ馴れしく話しかけられる機会も得られずと言い訳した。


「何を飛ばした?」

「紙飛行機です。あの、紙を折りたたんで、風に乗って空を飛ぶようにした子供のおもちゃです。」

「なぜそんなものを……。で、おかしな仮面をつけていたというのはなんじゃ。」

「ひょっとしてメガネのことじゃないでしょうか、お見せしたでしょう、ほら、目が悪い人がかけるとよく見えるようになる……」 

「ああ、あれか。では呪文を唱えたというのは?」 


「歌です。歌が聞こえたんです。この時代でなく、僕のいた時代の歌が……」


(続きます〜)

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