横綱誕生!!
「謹んでお受けします」
横綱『影国』誕生である。
本名。黒木邦夫。年は25。身長198センチ199キロ。令和初の日本人横綱の誕生に日本中が湧きに湧いた。
『抱負っスか?倒したい相手がいるんスよね』
影国はインタビューでそう答えた。影国は現役最強と言われ負け越している相手はいない。
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影国横綱昇進の10年前。
影国はジャージ姿で河川敷の高架下で軽く流すように四股を踏んでいた。
(なぜ俺がこんなことを)
目の前にいる回し姿の対戦相手は50才の中年男。年齢にしては素晴らしい体つきをしているが、所詮は素人と心のなかでは鼻で笑っていた。
名前も知らない中年男。
影国は父の『代理』として10年相撲を続けてきた。
40年前。父と男は出会った。
はじめは水切り対決。それからマラソン、暗算、将棋と『10年に1度』この場所で対決をし、今回は相撲で戦う事になった。
(10年に1度だけ会って戦うだけの関係ってなんだよ!?)
父は41で病を患い、46で死んだ。
父は遺言で『邦夫。頼む。俺の代わりにあいつと戦ってくれぃ!奴はやると決めたら10年。全力で稽古してくるはずだ!』と言った。
影国はこの中年男と戦う為だけに相撲を始めさせられ、稽古の日々を送ったのだ。
「はっけよいでいいか?」
「いいっスよ」
「しかしあいつにこんな立派な息子がいるとはね。あいつの名前も知らねぇしお前さんの名前も知る気もないがな」
「自分もっス。……死なないでくださいね?自分強いっスよ」
「おうおう。40から相撲を始めたおっさん相手に息が荒い。流石あいつの息子だ。そうこなきゃな。……はっけよい」
(やれやれ)
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「……のこった!」
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影国は男に胸を貸して後ろに優しく転がすつもりだった。
だが倒れていたのは影国。
右顎に痛みを感じる。
(張り手?)
上半身を何とか上げると男は既に着替えて帰り支度をしていた。
(気絶していたのか俺は!)
「……そうか。あいつは死んだか。10年対決もこれで最後か。付き合わせて悪かったな」
背中を向けて立ち去ろうとした男に影国は慌てて声をかけた。
「10年後も俺がやる!!」
「ほぉ~?勝負は何にする?」
「相撲だ!!」
「……同じ競技ってのはこれまで無かったなぁ。まっ。いいか」
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「倒したい相手がいるんスよ」
横綱昇進の次場所で優勝した影国はまたそう言った。
相手は誰なんですかと問われても答えようとはせずうやむやにする。
その夜。影国は『極度の疲労』を理由にインタビューやテレビ出演を断り、あの河川敷にタクシーで向かった。
あの敗北から10年。今日が男との対決の日だった。
(やるのか俺は?あいつは来るのか?世間にバレたら相撲協会追放どころか逮捕だぞ?)
影国の心配は杞憂に終わる。男は既に来ていて回し姿で四股を踏んでいる。
以前より大きくなっている。還暦の男とは思えない。
挨拶もする事なく影国も回し姿になって丹念に四股を踏んだ。
闘志を抑えられない。
「いいのかねぇ。権威ある横綱が」
背中越しに男が話しかけてきた。
「まだ本当の横綱じゃない。あなたに勝つまでは」
振り向かず四股を続けた。
「はっけよいだぜ?」
「はい」
男には気付かされた事がある。あの日。男に負けた影国は一晩中泣いた。
「のこった!」
(俺は嫌々相撲をやってたんじゃねぇ!)
男を正面から受け止めて回しを取って持ち上げた。
油断の無い影国に隙はない。
「相撲が好きなんだ!」
この日。本当の横綱が誕生した。
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横綱。影国は最多優勝記録を大きく塗り替え35で引退。
『引退したら親方に?いいえ。しばらくは麻雀を本気でやります。約束なんでね。倒したい相手がいるんスよ』