「遺品」
三年前――。俺、坂庭和也が中学校に入学した頃に、突然祖父が行方不明になった。
物心つく前に、両親を交通事故で無くした俺を、祖父は男手一つで育ててくれていた。
その祖父が、突然失踪したのだ。当時の俺が受けた衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
唯一救いだったのは、祖父が俺が早く自立できるように、生活に必要なことはすべて叩き込んでくれていたことだろう。
俺にとってはまさに命の恩人と言ってもいい程の人物だが――
「実際に受けとると、流石にきついな……」
暗い部屋の中、俺の目の前にある長細い木の箱。数日前、祖父の実家から見つかった、俺宛の荷物。
箱の上には、『遺書』と書かれた、白い小さな封筒が置かれていたらしい。
これが見つかったということは、祖父の失踪は予め予定されていたものだったのだろう。
つまりこれは俺宛に残された『遺品』だ。そう思うと、流石に精神的に来るものがある。
だからこの箱と封筒も、なかなか開けられずにいた。
「……いつまでも逃げている訳にはいかないよな……」
ため息をつきながらも、俺は封筒を手に取ると、封を破った。
中には封筒と同じ、白い手紙が一枚入っていた。恐る恐る手紙を開くと、見慣れた祖父の字が目に入った。
『和也、これをお前に託す』
……それだけだった。手紙にはまだ余白がたっぷり残っているのに、ただそれだけが書かれていた。
「……なんだよ、どういうことだよ」
手紙の裏や、封筒の中にまだ何か残ってないか探したが、この手紙以外は何も入っていない。
残されたのは、長細い木の箱ぐらいだ。恐らくこの中にその何かが入っているのだろう。
『これ』が何を表しているのかはわからないが、とりあえず開けてみよう。そう思い俺は箱を見た。
「ん……? この箱……」
間近から見て初めて気づいたのだが、この箱には開け口がなかった。
てっきり蓋を開けて中身を取り出すのだと思っていたが、この箱の側面には溝一つなく、ぴっちりと閉まっていた。
「どうするんだこれ……。そもそも箱じゃないのか……?」
まさかこの四角い木が祖父のいう『これ』というわけではないだろう。
「とりあえず中身を割ってみるか……!?」
よく調べるために、箱に手を伸ばす。すると箱に触れた瞬間、指先に電気が走ったような痛みを感じ、俺は咄嗟に手を引いた。
「ッ、なんだ今のは……!?」
指先を抑えながら、俺は箱のほうを見る。すると、指先が触れたあたりから、ピキピキと箱全体に亀裂が入っていくのが見えた。
亀裂の間からは、真っ白な光が迸る。亀裂が大きくなるにつれて、光は強さを増していくようだった。
不意に目の前に、祖父からの手紙が舞い上がった。
咄嗟にそれを掴み目をやると、今まさに書かれているかのように、余白部分に文章が浮かび上がっていく。
『お前の力はその世界には大きすぎただろう。だが、この世界なら――お前も抑えることなく――』
手紙を読んでいるうちにも、白い光は強さを増している。そしてついに、ビキキッ! と大きな音をたてて、箱は粉々に砕け散った。
「これは……刀、か……?」
箱の中から現れたもの。祖父が俺に残したもの。それは、三十センチほどの、小さな錆びた刀のようなものだった。
恐る恐る、手に取ろうと俺が刀に手を伸ばした瞬間、再び今度は刀から、真っ白な光が迸った。
白に染まる視界。そして、一瞬の浮遊感。
「うお、うわあああああ!?」
体が何かに引っ張られるような感覚の後、不意に俺の意識は途絶えた。