第三話 ー タイ国(2)
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タイ国(2) ―
タイの友人、ソムチャイは次の日曜日、車で2時間ぐらいのパタヤという海水浴場に妹と一緒に行こうと誘ってくれた。早朝出発して夕方帰路に就こうという予定。当時、タイの車で冷房車というのは皆無に等しかった。彼の車もそれに洩れず、バンコックからパタヤまで窓を開けっ放しで快走した。
8時半ごろ、パタヤに着く。潮風が心地よい。ソムチャイは数年間、日本語の勉強をするためにバンコックのタマサート(タンマサート)大学から日本に留学していたので、当然、日本語が流暢で、よもやま話が楽しい。彼は「このパタヤは今までアメリカ駐留軍が休暇を幾度も過ごしたので発達したのだ」と説明してくれる。この駐留軍というのはベトナム戦争に派遣されたアメリカ軍であり、徐々に撤退しているのだが、私がタイ国に滞在中、サイゴンが陥落した。
タイ国 パタヤビーチ
三人はパタヤビーチに直行。当時、こじんまりとした小ぎれいなビーチだったが、今では巨大なビーチリゾートとして世界に知られるようになった。そこで、ソムチャイが「妹と水上バイクに乗ったらは?」と提案。妹も楽しんでもらいたいという兄の心遣いであろう。操作は簡単の一言に尽きる。妹さんが滑り落ちないように私の筋肉隆々としたお腹に(笑)しっかりと手を回すように私は願い出る。バイクはかなりのスピードで海上を駆け巡る。そうこうしているうちに、バイクの傍ら、水面下に何かが忍び寄ってくるのが見える。なんだろうと思って速度を落として見ると水中にかなり大きな魚とも思える黒い影。背びれのようなものが見えたので、イルカかなと思ったが、この辺りにイルカがいるとは思えない。急いで海岸に向かう。ソムチャイはニコニコして私たちを見ているのだが、滑り込むように砂浜にバイクを乗り上げ、二人は彼のところに走り寄る。何事が起ったのかという中腰の彼に向って、「サメだ!」と私は叫ぶ。それを聞いた彼は慌てるでもなく「サメなんか、このところに居ないよ。潜水夫か、潜って楽しんでいる人たちじゃないのか?」と。「ゴメンごめん、びっくりさせようと思って妹さんと仕組んだお芝居なんだけど、失敗に終わったみたいだね」と言うと、彼の高笑いが周りの人を驚かせた。
翌日の月曜日、私はネパールに向けて出発した。