母親との出会いと別れ
5話目は樹の過去を振り返る話です。
今日は土曜日だ。今日はある場所に行くことにしていた。
近くにある桜花駅から電車に乗って5駅のところにある神宮寺駅に到着する。
地に足をつけた瞬間に懐かしい匂いがする。俺が中学まで住んでいたところである。
今日は神宮寺駅から徒歩で15分ほどのところにある墓地に行く。
俺の母親が眠る場所である。
俺の家では3歳から剣道をはじめとした様々な武道にはじまり、勉学、体術、芸術など様々なことをやらされた。
そのせいで家が嫌いになった。
7歳になり、小学校に入学する。厳しい家から解放される時間を俺は楽しんだ。最初、スポーツも勉強もできる俺はクラスの中心になった。当然たくさんの女の子からも告白された。
しかし、4年生のときだ。俺は1人のクラスメイトの男の子とケンカをした。なんでも、自分の好きな子に告白をしたが俺のことが好きだから振られた。お前のせいだ、と殴られた。当然俺は簡単にかわせる。何発も殴ろうとしてくるが当たらないとわかったのか、悪口を言われはじめた。
他のクラスメイトが静観している中その男の子は悪口を言うのを担任の先生が来るまでやめなかった。
次の日、学校に来ると上履きがなくなっていた。
次の日はノート。その次の日は体操服。
更に悪口が書かれた紙切れや中には虫の死骸も引き出しに入れられていた。
1人の男から始まったこのイジメが1ヶ月後にはクラス全体からのイジメになった。
俺のことが好きだった女の子も振られた腹いせなのか、みんなに無理やり合わせてやっているのかはわからないが、入学した時点からヒビが入っていた俺の心を壊すのは簡単だった。
昨日まで楽しく話して遊んでいたやつまでもがイジメに加わっている。
やっぱり俺の居場所なんてないんだ。
俺は不登校になった。
そんな時におれは母親に出会った。俺の母親は元々体が弱くずっと入院していた。そのせいで俺は生まれてから一度も母親に会ったことがない。その顔も姿も声も知らない。写真を探そうにもアルバムも何もない。
会いに行こうとしても父親に止められる。
ようやく許可が出て実際に会ってみると顔はとても優しく、また体は細く、声は気分を落ち着かせてくれる。
初めて会ったのに心が満たされる気がする。
今覚えば俺は実の母親に一目惚れをしていたのだろう。
俺は母親に会えるようになってから毎日会いに行き、話をしていた。
母親はいつも俺の味方をしてくれた。
俺が頑張れば母親は褒めてくれる、嬉しいことがあれば自分のことのように喜んでくれる、悲しいことがあれば泣いてくれる。
小学校は保健室での登校で卒業し、その後母親の言葉に支えられて中学に入学した。中学では目立たないように顔はできるだけ隠していた。もちろん、周りに話すことはしない。
しかし、部活は強制だったため俺は剣道部に所属していた。
小さい頃からやっていたこともありすぐにレギュラーに抜擢され県大会では個人、団体ともに入賞を果たした。
おれは母親のおかげで自然に笑顔を取り戻していた。
部活をしている時だけは素の自分をだせるようで心地が良かった。
その後も母親の期待に応えるためひたすら練習し、中学2年生のときには全国中学校剣道大会で優勝していた。
俺は賞状とメダルを持ち急いで母親の元に向かった。
しかし、伝えることはできなかった。
母親は俺が病院に到着する30分前に息を引き取った。
その瞬間俺の心には大きな穴が開いた。
体が弱いながらも俺を産んでくれた母親、俺を支えてくれた母親、いつも楽しそうに俺の話を聞く母親、俺が逃げそうになるときちんとした道を示してくれた母親、今まで母親と過ごしてきた短い時間が一瞬で頭を貫く。
意識するまでもなく涙が出てくる。止まらない。家での辛いことやイジメが起こったときでさえ出てくることのなかった涙が今はもう滝のように流れ出てくる。
泣き叫んでいる俺に横にいた看護師さんがティッシュと1枚の手紙を差し出してくる。
「あなたのお母さんがね、亡くなる前にこの手紙をあなたに渡すようにって言っていたの。」
俺はゆっくりと手紙を開ける。
『樹へ
この手紙が読まれているということはすでに私はもうこの世にいないのでしょうね。
あなたと初めて会ったのはあなたが産まれた時でした。そのときの私はすでに体が弱くてすぐに入院しました。それから10年ほど経ちましたね。私が想像しているよりも立派に格好良くなっていてとても嬉しかったわ。
あなたが本当は優しくて素直で今もいろいろなことに悩んでいることも戦っていることも知っています。
私はもうあなたのそばにはいられないけれど必ずあなたを支えてくれる人が現れてくれます。
今まであなたが通った道は他の人とは比べ物にならないくらい足元がドロドロで重かったでしょう。でも他の人が簡単に歩けるコンクリートは足跡はつきません。あなたが歩いてきた足跡を見なさい。深く、くっきりと残ってるわ。
今までの自分を信じて全力でやりなさい。
あなたが正しいと思った道に進めば必ず大丈夫!だってあたしの子供だもんね?
あなたに幸せが訪れますように。
神宮寺 桜樹花より』
涙で視界がぼやけながら手紙を読み終えそしてもういない母親に感謝を伝える。
「俺を産んでくれてありがとう。母さん。」
その後、俺は剣道部をやめた。熱が冷めてしまったのだ。学校も俺の事情を知ってか苦渋の判断だったそうだが退部を受理してくれた。そのまま部活にはもう入らなかった。
墓についてまずは墓石を持ってきたキッチンペーパーで拭いていく。次に柄杓で墓石に打ち水をする。花立に持ってきた花を置き、母親が好きだった桜餅をお供えする。そのまま線香あげ合掌し、母親に話しかける。
(久しぶり母さん。高校に入学したよ。桜花高校っていうところなんだ。母さんの名前に似てるだろ?やっぱりまだ人と接するのは苦手だ。でも俺頑張るよ。話しかけられたら冷たく接しちゃうけどなるべく、相手のことを考えるよ。母さんみたいになれるように。
また、来るね。バイバイ母さん。)
「いっくん?」
「いち、、兄?」
帰ろうとして目を開け立ち上がった俺はその声に振り返る。
そこには俺の幼馴染の片桐菫とその妹、片桐鈴蘭がいた。