ep5
大家に言われた部屋へとたどり着き、そのドアノブへとそっと手をかける。
死神は大家の部屋を出た後、数階登って自らの部屋へとたどり着いた。
大家の部屋は、このビルの1階にあたる部分に存在することは死神が現状把握してあることの一部である。
部屋に入って、いつもの様に辺りを見回す。
シンプルな部屋の作りのようだ。5畳程の部屋に、風呂とトイレがついていて、部屋の真ん中には、白い机と椅子が数個並んでいる。壁には埋め込まれた収納があり、1人で暮らすぶんには何も不自由ないくらいだろうか。
その机の上には一通の手紙と死漕が置かれていた。
死神は手紙を手に取り目を通し始める。
手紙の内容は概ねこうだ。
「お前さんの近くに落ちていた武器だ。ついでに拾ったから置いておくぞ」
「そのみすぼらしい服だと外で困るだろ、別段洒落ているわけではないが、幾つか服を用意しておいた」
「最後に、起きてすぐですまないが仕事を頼みたい。内容はちょっとした殺しだ。標的は次の紙を見てくれ」
この3点が大雑把な内容であった。
仕事の事を目にした死神はすぐに次の紙を確認する。
「名無の暗殺か……神隠、あいつに負けた私がこれをこなす事が出来るのか……」
標的の呼名は、狙撃手。歳は23、普段顔を晒さないらしく、しっかりと映っている写真が存在しないが、その参考写真には彼の銃がハッキリと映っていた。
「この銃だけでも分かれば十分特定は可能、彼の次の任務も丁寧に書いてあるから尚更か。接触すること自体には、大きな障害は無いが、この訛った体で弾丸をよけれるかの問題か」
頭の中を整理するように、ぼそりぼそりと死神は呟く。
数分。
思考が纏まったかのように顔を上げ、そっと収納から服を取り出し着替え始める。
大家が支給してくれたであろう服は、本当に大した特徴も無い普通の服だった。色は暗めが多かったが、洗濯等必要無しに、1週間は暮らせるくらいの量はある。
着替え終えた死神は、最後に死漕を仕込み、狙撃手の仕事場になる日の当たる街へと歩を進めた。
彼が目的の場所に着いたのは、ビルを出てほんの数十分のこと。
ごく普通の街中。タイル状の地面に、少しばかし洒落た街灯が、等間隔に立っている。1本の太い道を挟むように、数多くの種類の店が軒を連ねる。
その中の一件のカフェに、狙撃手の標的がゆっくりと珈琲を嗜んでいる。
彼は机にパソコンと何かの資料を広げ、ゆっくりと珈琲を飲みながら仕事をしているようだった。
死神は、狙撃手の場所を炙り出すのに彼をどう使うか、それが重要になると考えていた。
が、しかし、彼が撃たれてからでは行動として遅すぎるとも。
「狙撃手は仕事を終えた後、すぐに姿を晦ます」
少し悩んだようにため息混じりに漏らしながら、改めて彼を観察する。
「……!! これは、なんだ……」
死神は驚くようにそうこぼす。彼の視界には見えるはずの無いものが映っていたのだから。
死神の半分になった視界には、赤い一筋の光線が映り込んでいた。それは、珈琲を飲む男から伸びる様に、向かいの建物、その2階へと続いていた。
「これは、射線か……しかし、何故」
ここまで呟いた後、思考を切りかえたように面持ちを変化させ、ゆっくりとその赤い光線に自らの体を当てに行く。
死神がその光線に触れた瞬間に、光の筋は乱れ始める。
それを確認したと同時に、繋がっていた向かいの建物へと死神は走り出す。
その彼の姿は風のように、人の間をするりと抜けていく。死神の纏う死臭は、同じ穴の貉にしか感じ取れないものなのだろう。
静かな死の香りが、ゆっくりと、それでいて確かに、狙撃手へと近ずいて行く。
次回戦闘パートでございます