ep3
主と別れて死神は、看守から取っておいた服に着替える。そして、死漕を取り出しやすい、それでいて周りからは一切見えない位置に仕込む。
死漕、これを手にした時彼の頭には、確かに過去の感覚が蘇った。これまで忘れられていた、いや、無理やり忘れてきたと言うべきだろう。
今、彼の身体には、その記憶が、蓄積された経験が、少しずつ感覚として戻ってきている。
準備を終え、自らにイラつくように静かに一言呟く。
「身体が動かない」
死神は、主の向かった方向へと歩みを始める。常人からすると走ってるかのように見える、そんな速度で。
主に追いつくのはさほどの時間を要さなかった。
死神が主に追いついたのはある街、その裏路地。誰も近ずかないであろう、街の闇の部分。
「死神! すまない、僕が余計なことをしたから」
追いついた死神の目には、後ろで手を拘束された主が映っていた。
その横ではしかめっ面のようにも見える表情で、我関せずと男が立っていた。
服装に特徴はなく、髪型は少し長髪、その程度の印象しか残らないほどに特徴が無い。
「死神……過去の伝説が本当に帰って来たとはな」
声は一般より少し低め。口調にはゆったりとした間があり、そこからも男の大きな余裕が伺える。
「誰だ、我が主を返せ」
「そう急ぐな。時間はあるだろう、ゆっくりと話をしよう。過去の伝説よ」
死神は彼の様子を伺うよう、警戒を解かないままに話を続ける。彼にとって今、一番してはならない事は主を殺されること。
主が男の手中にある限り、彼に選択肢は一切無かった。
「ああ。わかった。ただ、主には手を出すな」
「安心してくれ、それは俺にとっても本意ではない。まず……誰かだったか。俺は貴方と同じ名無、俺も貴方と同じく主人のために動いている」
「そうか……呼名は」
「呼名は神隠。もう1つ、主を返せについてだが、俺の主人からの命令は貴方の主を連れてくること。よってこれについては、無理だ」
「神隠、聞かぬ呼名だ」
「貴方がこの世界から居なくなり、20年以上の時が過ぎている。当然の如くこの世界も移り変わっている」
「確かに、その通りなのだろう。主以外、何を差し出せばお前の主人は納得がいく」
「ふむ、俺が思うに主人は貴方の主以外に興味を持っておられない。だか、私は貴方に興味がある」
「主以外なら、如何様にも」
「俺と手合わせして頂きたい。過去の伝説と刃を交える事が出来るとなると、それでも土産となろう。貴方が俺を力で伏せることが出来れば、その時は一時、引かせていただくとしよう」
「その言葉、忘れないで頂きたい」
そう言葉を返しながら死神は一瞬にして神隠との距離を詰める。
「不意打ちは、今も昔も名無の常用手段と」
軽口を叩く神隠に向け、死神はなんの躊躇も無く刃を突き立てる。
その刃は神隠の心臓を貫く。様に見えた。
今のやり取りが、目で追えたとして、必ず誰しもが満場一致でそう見えただろう。
「な……ぜ」
「死神と言っても、20も年が過ぎると腕が鈍るのか。それとも、20年前の名無はこんなにも脆かったのか」
淡々とした口調で言葉を紡ぎ続ける。
「貴方には失望だよ。死神」
ここまでの言葉を聞き終えた時、死神は自らの身体の違和感に気が付く。
「暗い……視界の半分が」
「死神! 大丈夫か! 左目から血が……!」
「主、命を果たせず。申し訳ありません……必ず、もう一度、主が元に」
「そんな事はいい!! 君はまず自分が死なない用にしてくれ! 頼む!」
「老いた死神よ、貴方がもしもそれで死なないのであれば、もう一度俺の元へ来てください。次は殺しますので」
そう言った神隠の後ろ姿を捉えながら、死神は意識をどうにか保とうとする。
その努力は無駄になる様に、少しづつ、確実に血液は穴の空いた左目から流れ落ちる。
「あ、主……」
息絶える。まさにその表現を具現化したかのように崩れ落ちる死神を、街の闇がそっと包んでいった。
遅くなりました。申し訳ない