ep1
硬い石の床に、窓すら付けられていない暗い牢。
この地下牢に収容されている人間は、ただの1人だけ。
纏っている服は、擦り切れ、穴だらけ。
大きく露出してある身体すらも、生傷こそ少ないものの多くの傷が刻まれている。
その男は、突然に、ゆっくりと目を開いた。
その目には生きる気力、その一遍も感じられない。まだ死者の方がこの男よりも生者と見えるほどに。
コツコツコツコツ……
澄んだ水面に石が投じられたかの如く、生きたものの歩く音が大きく谺する。
女のよく透き通る声が、この何も無い空間で、歌のように流れ出す。
「過去の死神よ。もう一度、その刃を主がために使う時がきたぞ」
その言葉に反応する用に、男の指がピクリと動く。
「死を纏うその刃、今再び見れる事を願う」
そういい終わり、軽く男を一瞥した後、女は手から1枚の紙切れを手放す。
パサリ
紙が床に落ちる。ただその音さえも大きく響く。
女は床に紙を落とした後、コツコツと大きな波紋を作りながら牢を去っていった。
男は手紙を手に取り、目を通す。
ただそれだけの動作でさえ、周りには違和感が残る。
男の周りには空気が存在しないかのように、音が消え去り。手紙を手に取るだけの動作が、舞のように美しく映る。
男は瞳を手紙から少しあげ、気だるそうに立ち上がる。
見るからに、そして文字通りの廃人だった男の瞳にほんの少しの炎が灯る。
その男はただ歩くように牢の格子に近ずき、そして静かに牢の外へと移る。
もしも、ここに人が居合わせたら、幽霊がいたとでも吹いて回るだろう。
それほどまでになんの違和感も感じさせないほど、されど違和感しかないこの動作が、何事もなく行われた。
男の周囲には相変わらず音が存在しない。歩く音さえも。
見るからにボロボロの男は、悠然と地下牢の出入口に向かう。
男の囚われていた地下牢は一本道。一つの出入口から道が続き、その両端に粗末な、それでいて強固な牢が並ぶように配置されている。
男が横を通る牢には人はいない。
静かに腐臭を漂わせる肉塊が置いてあるだけ。
男が出入口の扉に手をかけた時、男の耳には確かに声が聞こえてくる。
「おいおい、さっきの綺麗なねぇちゃん。あれ入れても良かったのか?」
「あぁ、こんなもう誰もいない様な牢屋に誰入れても構いやしねぇって」
「全くお前は、毎日毎日飲みながら仕事していいご身分だな」
「はっはっはっはっ! 違ぇねぇや。いやぁ、こんな楽な仕事も中々ねぇぜ。どぉだ? お前も1杯やってかないか? この仕事の唯一の悪いとこといやぁ、話し相手が居ねぇとこなんだ」
「はぁ、俺はお前とは違って忙しい。と、言いたいとこだが、今日はお前の様子を見るだけで仕事は終わりなんだ。是非1杯貰おうか!」
「そう来なくっちゃぁ! にしてもこんな誰もいない牢屋に見張りなんているかね?」
「お前は楽出来るからいいだろ?」
ゴクッ
「くぅーーー! 昼間から飲む酒はいいなぁ!」
「そうだろぉ! ほら、飲め飲め」
彼らの後ろの扉にはほんの少しの隙間が出来ていた。いつからだろう。それさえも分からない。
男はゆっくりと外に足を踏み出す。周りを軽く見渡しながら。
男の視界には崖が映っていた。高い、その言葉しか出てこないほど高い崖。
その崖にはエレベーターのようなものがついてはいるが、男はその機械には目もくれず崖にそっと手をかける。
「登れる」
ボソリと掠れた声で呟き、そして素早く登り始める。
流れるように身体が動き、見るもの全てが美しいと言うほどに無駄な動作が一切ない。
鳥が空へと飛び上がる。それよりも遥かに早い速度でただ静かに登っていく。
果てしないようにも見えるその崖を登り終え、男の目に子供が1人映り込む。
「あぁ、来てくれたか。死神、久しぶりだね」
幼い声で、それなのに落ち着きのある口調で、子供はそう男に呼びかける。
「仰せのままに」
男は膝をつき、頭を垂れながら、掠れた静かな声でそう返す。
「はは、相変わらず変わらないね。色々と話さないといけない事があるけど、とりあえず、父が死んだ」
暗く沈んだ声色で子供はそう口にする。
男はほんの少し頭を深く下げ、子供に先を促す。
「よってこれより僕が主になる。よろしくね」
「御意」
「……うん。まず僕からの最初の命令を言うね。父と君がした約束、うーん、命令? になるのかな。その中で継続が可能なものは、今後僕が主の間は継続するように」
「御意」
「これは父からの遺言でもあるんだ。多分君なら思い当たるものがあると思うけど、よろしくね」
主は軽く笑いながら男にそう言う。続けて話し始める。
「さ、もっと話したい所ではあるけど、まずは場所を変えないと。あんまりここに長居するとまた捕まっちゃう。悪いけど、僕を安全な道筋で安全な場所まで案内お願いできるかな?」
「御意…………1つ良いでしょうか」
俺は顔を上げながらそう呟く。
「うん。構わないよ」
「ここまでどのようにして来られたのでしょう」
「あー、それは、君もあったでしょ?女の人」
「彼女に……理解しました」
「うん。じゃあよろしく頼むね」
男は静かに立ち上がる。そして小さく主に向けてこう呟く。
「では、こちらに」
1話目、最後まで読んでいただきありがとうございます!
こんなご時世ですのでなるべく直ぐに、次に次にと出していきたいと思ってます。
ただ、1話の長さに関しては、かなりばらつきのある作品になると思いますので、そこだけご了承ください。
感想等是非お願いします!