1話 俺の死とクソジジイ
思えばつまらない人生だった。俺、佐島葉平は普通の高校生だった。中学では数人の仲の良い友人と毎日を過ごし、暇があれば教室の隅で本を読んでいる、そんな生徒だった。勉強も中の上程度で、彼女はできなかった。高校でも似たような毎日が続いた。中学と変わらない日々。俺はそれで十分に満足していたし、不満があるとすれば相変わらず彼女ができないことくらいだった。高校2年生の2学期。それが俺の人生のターニングポイントとなる。一日を終え、部活をやっていない俺は早々に校門をくぐり帰路についた。帰りながら今日の夕飯は何かなとか、良い番組あったかなとか考えていた俺は周りが見えていなかった。週末ということもあり疲労が溜まっていたせいもあったかもしれない。クラクションに気づいて右を向くと同時に凄まじい衝撃が身体を襲った。その瞬間、ありきたりな高校生だった俺の人生は終わった。
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目を開くとそこは真っ白な部屋だった。奥行きがない、上下左右いたるところまで白い部屋。何もないのに何故か部屋だと感じた。後ろを振り向くとポツリと遠くに一人の老人の姿が見えた。俺は老人を目指して歩いた。二百mくらい歩いただろうか。老人はこちらに背を向けていた。俺は老人に声をかけた。老人はゆっくりとこちらを振り返った。老人は口と顎にそれぞれ白い髭を生やしていて、とても優しそうな、それでいてどこか厳しさのある顔立ちをしていた。「すみません。ここはどこですか?」と尋ねる。すると老人は「おぉ、よく来たな」と答えにならない受け答えをしてくる。もしかしてボケているのか、と俺が考えていると、「ボケてなんぞいないわっっ!これでもまだ五千年と少ししか生きとらんわっ!馬鹿にしおって、、」と突然怒りだす。こういうとこ、俺のじいちゃんに似てるなぁ。まあ当のじいちゃんは三年前に癌で帰らぬ人となったが。ん?それより今五千年生きたとか言わなかったか?やっぱりボケているんじゃないか。「だからボケてないと言っているじゃろう!死んだやつと一緒にするな!縁起でもない!」なんだこいつ心を読めるのか?そんなことを考えると老人は「わしはな、神じゃ!神さまじゃ!」と名乗った!俺はなんだやっぱりボケているんじゃないか、と思った。
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それから俺は老人、もとい神から色々な事を教えてもらった。俺が現実世界ではトラックに轢かれて死んだこと。ここは普通は来ることができない特別な空間だということ。今、俺は実体のない不安定な存在であるということ。神は足フェチだということ。その他、神の好きなタイプ、神の好きなカップ数………。ようやく話が終わった頃俺は神に問いかける。「それで?なんで俺はこの場所にいるんですか?」すると神は俺から目線を外すようにして答える。「いやー。わし、殺しちゃった☆」は?何を言っているんだこのクソジジイは。今しがた俺はトラックに轢かれて死んだと言ったばかりじゃないか。くそ!ボケ老人を相手にした俺が馬鹿だった!「だからボケてないわい!最後まで話を聞け!いいか本来ならばお前は死ぬはずじゃなかった。お前ではないやつが死ぬはずじゃった。だがな、その死ぬはずだったやつが少ーし足がスラッとしててわしの理想だったもんだからつい……な?」「な?じゃねぇよ!つい何だよ!俺に何したんだクソジジイ!」「クソジジイとは何じゃ!何ということはない。その子とお前の運命を入れ替えただけじゃ」「は?」「その子はこれから大きな病や事故に合うこともなく生きていくじゃろう。そしてお前は死んだ」俺の心に殺意が宿る。「ふ、ふざけんなよっ!俺を元の世界に戻せ!」俺は神に胸ぐらに掴みかかり、激しく揺する。「む、無理じゃ。元々わしの力でも数百年に一度くらいしか世界に干渉できんのじゃ!そもそもお前は死んだ!」よし、このクソジジイの人生に終止符を打とう。五千年生きたらしいから今更殺されても文句を言うまい。「待て待て!文句くらいあるに決まっているだろう!それよりまて!不憫なお前に話がある…ん?何じゃこの手は?なぜ首に手をかける?ちょ止め…ぐわぁぁっ!」「黙れ、死ね!」もういい、こいつの話なんか聞くものか。これ以上こいつの変態趣味の被害者を減らすためにも今ここで殺っておかねば。「や、止めっ…まって…ホントにわし意識が……って、いい加減止めんか!!」そう言って神が腕を振るうと俺は身体の自由が奪われる。手足が全く動かない。腐っても神ということか。「はぁっ、はぁっ、あ、危ない所じゃった……」神はかいてもいない汗を拭うような仕草をする。それを見てまた殺意が湧いてくる。「この…ジジイ…っ」俺が睨みつけると神は慌てて「待てと言っているじゃろう!話がある!悪いようにはせん!」そういえばさっきもそんなことを言っていたな……。まあ聞くだけ聞いてみよう。殺すのはその後でもいいか…。「むぅ…殺さんと気が済まんのかお前は……。まあいい。話というのはな、お前を生き返らせてやろうということじゃ!!特典付きでな」「……!俺は生き返れるのか!?」神は自慢げに「ふっふっふっ、当然じゃろう?わしは神じゃぞ?この世で一番凄いんじゃ」この場所にこの世もあの世もあるのか知らないが、生き返れる。俺は生き返れるんだ…!父さんと母さんはどうしてるだろう。突然帰ってきたら驚くかな?「ど、どうしたんだ葉平っ!お前死んだんじゃなかったのか!?」「そうなんだよー。俺、死んでたんだよ。神さまの首を締めたら戻してくれた笑」とか言ったりして。流石のアイツだって……。そんなことを考えていると思わず笑みが溢れてくる「まあ、別の世界に、それに転生という形にはなるがな」「は?」溢れてきたばかりの笑みが凍りつく。「同じ世界にというのは摂理に反する。しかし仮にも死んだのはわしのせいじゃ。だから他の世界に、というわけじゃな」何を言っているんだ?他の世界?父さんは?母さんは?「ふむ、まあ二度と合うことはないじゃろうなぁ」心を読んで俺の問いに澄ました顔で神は答える。その態度さえも俺のかんにさわる。「ふざけんな!摂理?知らねぇよ!いいから俺のいた世界に戻せぇっ」「べ、別にいいじゃろう?お前ほど起伏に乏しい人生を送っていたやつなどいないぞ?お前の言う両親だってお前が死んだことよりお前の妹の未来に影響がないか心配しているようだし、その妹も特に悲しがっている様子もないし…」そうか、風花か。風花は俺と2つ違いの妹だ。頭脳明晰、眉目秀麗、品行方正……etc彼女と出会った人は口を揃えてそう言うだろう。実際彼女は、学校でもトップの成績を取り続けていたし、そこまでではないにしろ人並み以上に運動だってできた。外見だけは少なくともそこらへんのアイドルよりかはマシだった。…外見だけは。彼女は家に帰ると途端に顔つきが変わった。俺を手足のように使い、悪口をマシンガンのように連発した。しかも両親に気づかれないように。案の定、両親は気づかず風花を可愛がった。そりゃそうだ。俺みたいなぱっとしないやつが近くにいればより引き立つってもんだ可愛くて可愛くて仕方がなかっただろう。……それにしてもあんまりじゃないか?俺のことを少しは思ってくれているのだとばかり思っていた。流石の風花も俺が死ねば………しかし、現実は甘くなかった。両親にとって俺は眼中になかったし風化にとってはそれ以下だったということだった。それだけだ。視界が滲む。「あんまり、じゃないか…」くそ、くそ!堪えられずに涙が溢れてくる。「ぐ、あぁぁぁ」声を出して泣く。何時ぶりだろうか、こうやって泣くのは……。
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体感でおよそ10分くらいか。俺は泣き続けた。17にもなって拳で床をなぐって。その間神は黙っていてくれた。一応そのくらいの優しさはあるらしい。神は俺が落ち着いた頃を見計らってもう一度尋ねる。「わしはお主を別の世界に転生させてやれる。どうだ?やるか?」数十分前と違ってとても優しい、温かみのある声だった。もしかすると、あの態度は俺を悲しませないためのものだったのかもしれない。「特典付きって話はどこいった?」いまだ震えた声で俺は問う。「おぉ、そういえばそうじゃった。まずお前が行く世界のことについて話しておくとしよう」そう言うと神は腕を振った。すると何もなかった場所に二脚の木製の椅子が現れた。「座れ」と神は目で促し、自身も腰を下ろす。座ってみると不思議な椅子だった。木製だというのにふわふわとした感覚があり、触ってみるとただの木だった。「お主が行く世界というのはな、お主が元々いた世界とは全くの別物じゃ」「別物?」「そう、お主が行く世界は剣と魔術が交錯した世界じゃ。名をアリーヴェという」剣と魔術が交錯した世界?そんなもの漫画やゲームの中の話じゃなかったのか?「アリーヴェ……」「そう、アリーヴェじゃ。そこではいくつかの国が存在し、それぞれの国を自分たちで統治している。そしてそれらの国に属さない村や部落がある。大抵の場合は亜人じゃな」国があるのか…そこは日本と変わらないな……って今何て言った?「あ、亜人?亜人って何だ?」
「亜人は簡単に言えば人間と獣のハーフといったところじゃな。有名なところだと、エルフやウンディーネ、ドワーフとかかの?」神はさもありなんという様に答える。亜人…そんなものがいるのか…。「続けてくれ」「うむ。他には常識の違いがあるな。アリーヴェでは人が殺されるのが珍しくない……というと弱冠の語弊が生じるかの。むろん国内では殺人は禁止されておる。だが、国外に一歩出るとそこは魔獣や盗賊が闊歩する世界。殺される前に殺す、が定石じゃ。もちろん同じ国民同士では犯罪行為とみなされるがの…盗賊は身元が分からぬ場合がほとんどじゃし、そもそも国に戻らぬことも多い。じゃが家族を殺された人々の気持ちはお主のいた世界と同等じゃ」真剣な眼差しで神が言う。「まあお主が転生するときにはアリーヴェでの常識をある程度記憶させてから行かせるつもりじゃし、すぐに慣れるじゃろう。あまり気に病む必要はない。それで特典の方なんじゃが……」常識があるようで常識がない。そんな世界で十分に生きられるか不安だが特典とやらがあればどうにかなるかだろう。「お主には〈能力〉を与える。アリーヴェで生き抜くために十分な能力をな」「能力…?」「そう、能力じゃ。具体的には…そうじゃなまずは身体能力の………」そう言って告げられた特典もとい能力の主な内容は
・身体能力の大幅な補正
・剣及び剣技における適正
・魔術における、火、水、風、地、聖、闇、全ての属性への適正及び一種類への超適正(一般的な適正は1〜2属性)
・アリーヴェにおける最低常識の付与(種族や金銭等に関する知識)
・アリーヴェにおける言語の理解
の4つである。凄いな、これ。身体能力、剣技、魔術への補正か。しかもこれらは俺の努力次第で上昇するそうだ。俺の強さはどの程度のものなんだろうか…。俺が問いかけると神は「んん?赤ん坊の頃からやり直すとして…お主の努力にもよるじゃろうが…」うーん、転生と言われた時からもしやと考えてきたが、やっぱり0から始めるのか。苦労しそうだ。ん?今赤ん坊から始める『として』って言わなかったか?「そうじゃな…アリーヴェ最強クラス、といったところかの?」「は?」やっぱりボケていたんじゃないか。