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奇跡の力を失った聖女の現在

作者: 高月怜

「ああ………終わったわ」


白い浄化の光の中で崩れゆく相手(魔王)を前に少女はため息を吐く。そんなため息の傍らでは喜色満面の勇者達が雄叫びを上げた。


「勝った!勝ったぞ!」


「これで終わりだ!」


割れんばかりの歓声を自分を取り囲む面々が上げる中、聖女として長い旅路を過ごした少女セフィーロ・ファミマだけが至極冷静に白い浄化の光に包まれた魔王を見つめていた。魔王という存在が生まれ、聖女という存在が望まれたこの時代。


“これからが大変になるでしょうに”


喝采を上げる英雄達の横で表情一つ変えないセフィーロは“はぁ~”とため息を吐きながら武骨な天井を見上げる。魔王の城として天然の要塞であった洞窟は広いがまるでこれからの世界のようにも見える。ここはまるでぽっかりと空いた世界の穴のよう。光がなければ空虚ささえ感じさせる。そんな場所で喝采を上げる勇者達は戦いが終わったから全てが解決した訳でないといつ気づくのだろうか。


今や世界は…


魔王という存在が産み出した魔獣という闇の生き物達が多くの命を奪い治安が悪い。至るところで盗賊が出没し、飢えた民が荒んだ目で生きているのに。


魔王討伐の為にと税を徴収し、軍備を整える為に犠牲を敷いた。今は非常事態だからと我慢していた民の飢えはもう限界なのに。


そして、至るところで町が燃え、至るところで人が亡くなった。魔王がいなくとも荒んだ世界は直ぐには変わらない。これから世界は混迷を極めるだろう。


そう言い切れるのも自分の対の存在であった魔王を浄化した瞬間、セフィーロがはっきりと認識したのもある。自身の力は魔王の消滅と共に失われた。それを説明する面倒くささとこれからの事を考えるとセフィーロの口からはため息しか零れないがひとまず役目(自分の仕事)は終わった。


「でも………これでようやく国に帰れるわ」


奇跡の力を持ち、魔王をこの世から消し去ることだけを目的に誕生した聖女は今度こそ、安堵の笑顔を浮かべた。






「セフィ、見て!見て!芽が出た~!」


継ぎ接ぎが目立つ小さな教会の前に作られた畑を覗き込んだ幼子が声を上げる。その声に畑の手入れに精を出していたセフィーロは顔を上げた。


「シル、そんなにはしゃぐと転ぶわよ」


「大丈夫だよ~!セフィ!あ、わぁーこっちも~」


「あ、本当だ!」


「こら!やっと芽が出たんだから、踏まないでよ!」


畑仕事のため、屈んだ事によって腰痛を感じていたセフィーロが体を伸ばしながら注意するとクスクスと笑い声を子供達が上げる。最初に声を上げた幼子以外にもセフィーロの周りには畑仕事を手伝うというか遊んでいた子供達が大勢いる。彼らが全員、芽が出た作物に歓声を上げるとうるさくて仕方ない。せっかく芽が出た作物が踏まれないようにと声を上げたセフィーロもその姿についつい口元を綻ばせてしまう。


そう………


魔王を倒して(あれから)を倒して5年の月日が流れた。当時、17歳の少女が22歳の女性になるには充分な時間である。当時は奇跡の力を宿していたせいか銀髪だった髪も5年の歳月をかけてゆっくりと栗色になった。赤い瞳だけはそのままだが、それでも当時と面影は随分と変わったことだろう。


「それにしても…ようやく普通に芽が出るようになったわね」


夏の盛りは朝でも暑い。ぐっと腰を伸ばし、ふぅと息を吐いて空を仰ぐセフィーロは聖女だった頃には想像もつかないほど日に焼けて健康的だ。麗しの顏といわれた顔は健在だがあの時のように生気は失われていない。今も畑の周りで走り回る子供達を眺めながらセフィーロは目を細める。長い旅路を終え、自分のあるべき場所に戻って来たという気持ちが強い。


「王都は物珍しいものが色々あったけど、やっぱりここが1番ね」


そう溢すと悪戯盛りの子供達に指示を出しながらセフィーロは再び鍬を振り上げた。






「奇跡の力を失った?」


「ええ」


魔王討伐が終わり、国に戻ったセフィーロが告げた言葉に周りの人間は酷く動揺した。しかし、魔王と対の存在であったセフィーロは至極当たり前のように告げる。


「ですから魔王がいなくなり、私の力は必要なくなりました」


魔王がいなくなった事により、その力が必要なくなったのか。それともはたまた魔王という脅威のない世界にセフィーロが不必要になったのかは分からない。ただ、普通に使えていた力は魔王を浄化したあの日から使えなくなっていた。自分のことなのに淡々と告げる聖女に周りが頭を抱える中、セフィーロは嘆息する。


「何が問題なのでしょう?もう宿敵も倒し、世界は光に満ちている。そんな世界に私はいらないということでしょう………」


そう悟りきって目を逸らした自分に英雄となった男。この国の王子が目を釣り上げる。


「何を言う!君はこの世界を救った聖女だ!」


「聖女と言われた力をなくし、ただの女になった私に出来ることとして何がありましょう?」


そう冷たく言えば、王子が押し黙る。そんな相手にセフィーロは淡々と言葉を紡ぐ。


「申し訳ありません。エル、私の望みは故郷に帰ることです」


「なっ………!」


「故郷に帰り、故郷の為に尽くしたく思います。………そうですね……もし、お願いを聞いて頂けるのなら暫くの間の食料の提供と作物の種を下さい」


世界を救った対価にしてはあまりにも少ない願いに暫くの間、考え込んだ王子エルヴィスははぁとため息を吐く。


「分かったよ。準備しよう。君のことだ。願いを聞けないと言っても君は故郷に帰るのだろう?」


魔王が生まれ、多くの魔獣が幾多の町や村を襲う混沌とした中。唯一、魔獣の被害を被らずに居た村に居た少女は聖女となった。エルヴィスの指摘を受けて、セフィーロは目を泳がせる。


「私は………」


“キュッ”と膝の上で手を握りしめる。力を失ったと大義名分を掲げて自分はこの混沌とした世界から逃げようとしているのだ。キュッと唇を噛み締める戦友にエルヴィスはため息を吐いて膝をつく。


「聖女セフィーロ。君の功績は誰もが知っている。………今までありがとう」


自分を下から見上げる勇者にセフィーロは言葉を胸に詰まらせながらも首を振る。


「こちらこそ、ただの村娘でしかなかった私を信じて下さりありがとうございました」


その言葉を告げた数ヶ月後ー


過酷な旅によって病を患った聖女セフィーロは病死したと発表された。





「セフィ、雨だねぇ」


今日は久しぶりに酷い雨が窓を打ち付ける。畑がない日には手仕事として村の繕い物に精を出していたセフィーロに窓から外を覗いていた子供の一人がつまらなげに声をかける。


「そうね………でも恵みの雨よ」


「え~、雨なんていらないよ!お外で遊べないじゃないか!」


「あら、雨がなければあなたの大好きなお芋も育たないのよ」


繕い物の手を止めて、そう言えば子供がうっと詰まった表情をする。それに肩を竦めながらもセフィーロも改めて窓の外をみやる。人はその力が当たり前にある時はその力の有り難みを感じることはない。


「ただいま、母さん!」


聖女セフィーロからただの孤児であるセフィーロに戻った自分は王都から生まれ育ったこの教会に帰って来た。


「セフィーロ………」


自分を育ててくれたシスターが戻って来た自分に目を見開くのに失礼ね!と腰に手を当てる。


「母さんは遠路はるばる帰って来た娘に“おかえり”の一言もないの?」


そう言いながら胸を張れば、驚きに満ちた表情をしていたシスターがため息を吐く。


「あんたって子は…」


雪がしんしんと振る日に扉の前にひっそりと置かれていた子供を抱いた時、冬の女神セフィーロのようだと感じてそう名付けた娘が過酷な旅路の末に魔王を倒したことは辺境の土地にも届いていた。聖女として旅立った娘がこんな場所に帰ってくると思っていなかった。娘の帰還に驚く自分をよそにセフィーロは久しぶりに浮かべた笑顔で教会の外を指差す。


「細かいことは今はいいじゃない!さ、母さん。畑を耕しましょう!」


そう言って慣れた様子で鍬を片手に笑う娘は聖女ではなかった。


“奇跡の力は私には何の役にも立たなかったものね”


雨が打ち付ける窓を眺めてセフィーロは頬に手を当てる。


「………奇跡の力より私には作物を咲かせる力の方が欲しかったけど」


昔からこの場所で暮らすセフィーロにとっては魔獣を始末出来る力よりも種から作物を育てる力の方が有り難かった。


「ん~!」


長い旅路から戻って、種を植えたセフィーロは自身の手を前に突き出しては唸り声を上げた。


「あんた、何やってんだい!」


「いや、奇跡の力はなくなったけど。緑ぐらい生やせないかと思って」


いきなり唸り出した娘に畑の草をむしっていたシスターの上げる声にセフィーロは成果が全くないことを確認してけろっと答える。その姿にシスターは深いため息を吐く。


「あんたは聖女として生きていくより、ここで暮らす方があってるわね」


多くの人間の悲願を達成した聖女として幸せに暮らして欲しいと願っていた娘の変わらない姿にシスターは呆れたように嘆息した。





「セフィーロ」


「母さん」


セフィーロが繕い物の手を止めて物想いに耽っていると台所で昼御飯を作っていた母親が姿を表す。


「何、ぼさっとしてんだい。昼御飯までにはやってしまいなよ」


「はーい」


母親の姿にセフィーロは生返事をしながら再び繕い物をする手を動かす。その間に母親であるシスターが教会で預かる子供達に片付けを命じる。その懐かしい姿に自分が帰って来たのだと頬を緩めていたセフィーロはふと気配を感じて目を移す。すると扉を叩く音が教会に響く。


「ただいま、セフィ」


その言葉と共に教会の扉が開いて帰って来た相手にセフィーロは蕩けるような優しい笑顔を向ける。


「お帰りなさい。エル」


聖女であったセフィーロは魔王討伐後、ただの女に戻った。


魔王を倒した勇者の一人もまたただの男となることを望んだ。


決して人には幸せには思えないかもしれないが………


奇跡の力を失った聖女の現在(いま)

あんがい幸せに満ちているのかもしれない。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。

誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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