γ3
γ3
「おとなしくしてろよ」
低くビブラートの効いたその声は天井のノックと一緒に聞こえた。
影が消え足音が去る。
樽の人が言った事はここに来る前の話だろうか。
しばらくして足音が聞こえてきた。
今度は複数だ。二人だろうか。
影は伸びていてぼやけていて確認できないがそうだろう。
すると小麦の摩擦音が激しくなる。
取り出されるのだろうか。
そもそもこの状況は何だろう。
喉が乾いて感覚がどんどん鋭くなる。
(眠れないパターンだ)
嫌がおうにも逃げられない状況をただ待っている。
すると前の樽に影ができる。
摩擦音がし、樽の姿が露になっていく。
手前の小麦を掻き出されているようだ。
そしてすぐ樽が影に捕まり引っ張られていった。
どうやら取り出されるらしい。
ぼやけてその様子は窺えないが
絶望の表情に染めているのだろう。
おれも同じ状況なのに何だか笑えてしまう。
でかいマラカスのようにリズミカルな音を奏でているから。
そうして止んだマラカスは足音と共に去っていった。
次はおれの番だ。
そう思うと後ろにもあったらしい。
後ろからマラカスが聞こえた。
(3人だったのか)
心の拍動が感じられる。
おかしい。
落ち着いてるらしい。
微かにわくわくしている感覚がある。
何がそうさせたのかは何となく分かる。
境遇を考えてその感覚が出るのはやはりおかしい。
マラカスのせいで緊張感も無くなり抵抗する気がなくなっていった。
(いよいよか)
新たな出立をするような期待と不安が交錯して
とても拐われた人間の心情とはかけ離れていた。
3つめのマラカスは担がれていく。
ぼやける視界に映るのはライトだろう。
オレンジ、赤、、黄、白、薄青など様々。
灰色の担ぎ人の服から覗ける景色は覚えておきたい。
しかし見たことない光が多い。
そのことが遠くに来てしまったことを教えてくれた。
一時して降ろされると音がした。
車に載せられたようですぐに動き出した。
そのときに掛けられていたのは聞き馴染みのない言葉だった。
(異国なのか)
時折奏でる樽の中で考えを改めた。
売られたのだろうか。
わからない。
臓器を売るためこんな異国まで移動するなんて聞いたことがなかった。
伯父の話では退院時にお金を貰ってたし
病院で取り出したなら帰すだろうし
今のところ五体満足だ。
目的が読めなくなった。
すると覚えのある声が聞こえた。
「おい おれだ」
マラカスNo1だ。
先程より小声で慎重に喋っている。
樽同士が近づいていてよく聞こえる。
「よく聞け ここはニャポンだ」
「車はHENOだろう」
「日本人相手なら逃げられる」
など一人で喋ってくれている。
(逃げられるわけないだろ)
裸に小麦で樽に閉じ込められていて身動きも難しいのに
こいつは何を言ってるんだと思う。
思わず
「無理」
と言ってしまった。
すると
「おぉ起きてたか」
「いいかお前 協力してくれ」
困るが何か考えがあるのだろうか。
情報は少ない。
こいつの言っていることが本当なら確かに可能性はある。
しかしおれの意見を聞くまでもなく喋りだす。
「いいか 今の状況はチャンスだ」
「運んでる最中だから油断してる」
「止まったら逃げづらくなるからな」
No1はそう言うとガリガリと音をたてる。
裸のはずがなにか持ってたのだろうか。
樽は看守窓が壁に向かうように置かれてあるが
窓端から左隣の樽が僅かに確認できた。
すると木片が飛んだのが見えた。
(そんな堂々と壊したら小麦出ちゃうよ)
そう思うと大きな木片が引っ込んだ。
どうやら貫通したらしい。
静かに引っ込んだ木片の後に落ちてくる小麦はない。
(こいつどんだけ小麦食べたんだ)
そう思うと動悸がした。




