男装騎士は、女装の姫を誑かす
私は、ベリル。ごく普通の十五歳。
王国軍に勤めている。
普通って言ったけど、そう言えば一つ特殊なことがあった。
前世の記憶があるのだ。
といってもまあ、日本人でOL女で乙女ゲームが好きで…なんてどうでも良いことだらけで役には立たないし、情もないから正直記憶があるだけの他人みたいなものだけど。
そんな私が、今日は国王様に呼び出された。
一応言っておくけど、国王様はそんなにヒョイヒョイ会える人じゃない。
…私は一体、何をやらかしたんだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そなたを我が息子の専属騎士に任命する」
「…! はっ!」
呼び出されてすぐ、そう言われた。
あー、良かった怒られなくて。むしろ専属騎士ってことは出世だ!
やった!
でも、はて?
国王様に息子っていたっけ?
「国王様。一つ伺っても宜しいですか」
「なんだ」
「息子、とは?」
国王様の子供は十二歳の姫様、オブシディアン様だけだ。
「ああ。オブシディアンのことだ」
はい?
「オブシディアンは、身体が弱いため女として育てている。が、男だ」
なんと。知らなかった。
「姫だと公表はしてないんだがな。女顔なのに加えてドレスを着せているから、分からなくてもまあ無理はない」
「なるほど」
「では、頼んだぞ」
「畏まりました」
そう言って私は頭を下げ、国王様は出ていった。
その時。
『殿下の護衛はあの女らしい』
『ちっ、庶民の出のくせに。少しばかり優秀だからって図に乗りやがって』
『女が出世して何になるんだよ』
『殿下に決まった護衛がいなかったのを良いことに、殿下を誑かしたのかも』
『女が護衛じゃ、先が思いやられる』
私が話し声のする方を見ると、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
私は別に普通に働いてるだけなんだけどなぁ。
でも、未だに男性騎士が圧倒的に多いことは事実。
どうするか。もし殿下との勤務中に今みたいな面倒があったら。
私は慣れてるから良いけど……。
それに殿下が男性なら、私だと緊張させてしまうかもしれないし……。
あ、そうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日から殿下の下に仕えさせて頂く、ベリルです。宜しくお願い致します」
「宜しく……」
ボソッと小さな声で返された。
人見知りなのかな?
でも、数日経つと慣れたようで私に気さくに話し掛けてくれるようになった。
「ベリル!剣、教えて!」
「良いですよ。剣は僕に教えられる唯一ですからね」
ニッコリ笑って答えた。
そう、僕。
勿論、私のことだ。
私は今、男装してるのだ。
男装といっても、制服着て、胸を潰して、長めの髪を適当に後ろで一つに括ってるだけだけど。
いろいろ考えた結果、男装すれば良いと気づいた。
それから私は男装して殿下と接してる。
……騙してるようで、少し申し訳ないけど。
「ねえベリル。私はベリルみたいになりたい!」
「嬉しいこと言ってくれますねぇ」
殿下は三歳下。可愛い弟ができた気分だ。
特に今は、運動するということでズボンをはいてるから尚更。
「いっぱい運動していっぱい食べれば、すぐに大きくなれますよ」
殿下が今の私の年になる頃には背を抜かされてるかも。
私も大きい方だけど、所詮女だし。
殿下は、国王様も王妃様も背が高いから、きっと高くなるだろう。
「楽しみだなぁ…う、ゴホッゲホ!」
「大丈夫ですか!?」
「ん…大丈夫」
殿下は、国王様の言う通り身体が弱い。気温の変化とかに弱いから、季節の変わり目にもよく熱を出すらしい。
「もうすぐ冬ですし、寒くなりますもんね。今日はもう、切り上げましょうか」
「……うん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数年後、ある冬の日。
「地方の視察、何も今日じゃなくてもいいですのにね」
「まあ……あ、雪!」
殿下がはしゃいだ声を出した。
…まだ子供だなぁ。
「寒くなりますねぇ。…あ」
カチャ。
走っていた筈の馬車のドアが開いた。と、思ったら前の馬車に乗ってたはずの文官さんが顔を覗かせた。
「どうしました?」
私は取り敢えず聞いてみる。このタイミングでだと、少し嫌な予感が…。
「帰り道に雪が降り積もってきてて、車輪が進めないそうです」
嘘!王宮まであとまだかなりあるのに!?
「なので今日は近くの宿に泊まります。手続きしてくるので……殿下ももう少しお待ちください」
「分かった」
殿下の返事を聞くと、文官さんは忙しそうに駆けていった。
「……ついてないですねぇ」
「そんなことないぞ?」
殿下は子供らしく目を輝かせていた。
「何故ですか?」
「だってベリルと泊れるんだぞ!?一緒に風呂入ろうな!」
悪意のない瞳に私はギクリとした。
そうだ。彼の中で私は"男"なんだった。
「いえいえ、仕事もあるし無理ですよ」
冷静にそう返したところ、彼はムッとしたように顔をしかめた。
「…私…俺と付き合うのは、仕事だからなのか…?」
「え?」
声が小さくて聞き取れなかった。
思わず聞き返したその時。
カチャンッ!
剣の抜かれる音がした。思わず振り返ると、木製の馬車の壁に短剣のようなものが刺さってた。
さっきまでなかった筈のもの。
咄嗟に殿下を後ろに庇った。そして自分の腰の剣を抜いた。
するとその間に突き出ていた刃は動いて、馬車の壁が取り払われていた。
剣を持つのはーー
「野盗か」
そう呟いてた。男が十人ほどいた。
明らかに、真っ当な集団ではない。咄嗟に味方を探すが、いない。
宿を取りにいったのかそれとも……。
最悪の可能性が頭を過り、固まった。
でも、気を取り直す。落ち着け。
暗殺の可能性もあるから、油断できない。取り敢えず、殿下だけは……。
「ベリル?」
殿下の不安そうな声を聞いて、冷静になれた。
…僕は、殿下の師匠なんだから。
「…大丈夫ですよ、殿下」
私はそう言って微笑む。
…集団は、贔屓目に見ても破落戸。一人一人なら、軍の兵より弱いだろう。
手元の剣で、一番手前にいた三人を一気に切った。
殿下がいるから、出血の少なくなる場所を選んで。
何人かが怯み、何人かが逆上してかかってくる。
でも、冷静さを欠いてるからか、そんなに強くない。
いつも通り戦えば、十人目まで倒せた。と、思った。
「ベリル!!」
しまった。人数が多いから、気絶までしなかった奴が一人いた。
と、気付く頃には腹をグサリと刺されてた。
「……ッー!!」
痛い。
…でも、今痛がってたら殿下も危ないかもしれない。
そう思うと、身体はきちんと動いてくれた。
容赦なく振りかぶって……。
今回はきちんと手応えを感じた。
「……ふぅ」
安心すると、足の力が抜けた。
なんか、視界も薄暗いような……。
「ベリルッ!」
殿下が抱き締めてくれた。
……暖かい。なんか、身体も冷たくなってるようだ。
「ごめん!俺、こ、怖くて…役に立たなくて」
なにいってんだか。殿下は次期国王様でしょう?
守られてれば良いんですよ。
「守るのが、騎士の役目ですから」
「…ッ!」
殿下が顔色を変えたような…いや、分からない。
だんだん意識が遠のいていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パチン。
目が覚め、目を開けると視界に殿下が映った。
「…殿下?」
あれ、ここどこ?寄宿舎じゃないな、殿下がいるってことは…仕事中?
なんて考えていると、殿下がガバッ!と肩に額を当ててきた。
「ベリル! 良かった…!」
状況がよくわからない。
取り敢えず起き上がろうとすると…腹に鈍い痛みが走った。
「ッ~!!」
あー、思い出した。私、刺されたんだった。
「大丈夫?」
上の方から声がした。見ると、白衣を着たおじいさんがいた。
そっか、ここは病院か。
「大丈夫、です」
なんとか、カッコつけて言った。
けど、お医者さんは愉快そうに笑った。
…虚勢がバレたかな?
「その子ね、お嬢ちゃんにずっと着いていたんだよ」
「!!」
「え?」
「お嬢ちゃん、2日も眠ってるんだもんね。心配だよねぇ。他の子が代わるって言っても、聞かないで」
「他の子…」
他の子ってことは……みんなは無事だったんだ!良かった。
それにしても、2日か。そりゃ確かに心配になるね。
殿下の方を見ると、何故か真っ赤な顔をしていた。
「? どうしました?」
「……前」
よく分からないけど取り敢えず殿下の指差す腹を見ると…。
「…あ、胸」
そっか、腹に怪我したもんだから、巻いてたサラシも取られてたのか。
ついでに着替えも着せられてて、騎士の制服ではなく、病人っぽい柔らかいパジャマを着ていた。
ついにバレたか。
「すみません。僕…私、実は女なんですよ」
私は悪びれもせず言った。
だって言い訳する方がカッコ悪いし。
「…ッ、いや別にそれは……」
殿下は不自然に視線を逃がした。
どこ見てるんだ?
「…それより…」
「?」
「俺の方こそ…女に…怪我を負わせてしまった」
「それは良いですよ。むしろこれは勲章ですね」
「…傷のせいで、嫁に行けないかも…」
「大丈夫です!だって、ど…」
「だから、責任とる」
「…は?」
どこにも嫁になんか行かない、と言おうとしたところでとんでもない爆弾発言を聞いてしまった。
だって、殿下は次期国王様じゃ…ってそう言う問題じゃない!
殿下はとんだ律儀者だ!
「良いですよ!」
「良くない」
殿下の言葉に反論しようとしたところで、殿下に抱き上げられた。
「ちょ、殿下!? 重いですよ!? 身体壊しますよ!?」
「最近丈夫になってきたから」
訳が分からない!胸を見たくらいで赤くなるくせに、なんで抱き上げるの!?
「…お世話様でした」
と言って殿下は、お医者さんにお礼を言った。
つられて私も頭を下げたけど……もっとちゃんとお礼を言いたかった!!
「仲良くね」
おじいさんはそう言って笑ってた。
ああっ、恥ずかしい!
二人は診療所を後にし、暗くなりかけてる街へ消えていった。




