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9.袖触れ合うも他生の縁

前回のまとめ

道草食ってる場合じゃねぇ!

 辺境の片隅の名前もない小さな村。畑を耕し、家畜を飼い、日の出の前に起き出して、日が沈むのに合わせて眠りに就く。そうやって日々を慎ましやかに過ごすありふれた農村。

 そんな長閑(のどか)な村は時季外れの喧噪に包まれていた。

 日暮れの闇を篝火を焚いて追い払い、煮える大鍋と炙り焼きの串刺し肉からは食欲を刺激する匂いがあふれる。

 思い思いに楽しむ村人たちの顔には笑顔があった。時折ちらり影が射すが、すぐにそれを追い払おうと笑顔を上書きする。

 無理はしている。不安もあるのはず。哀しみを抱えた者もいるだろう。それでも、精一杯に今ある幸福を噛み締めて、明日からを生きていく力を得ようとしているのだ。

 顔見知り同士で愚痴を言い合い、肩を叩いて励まし合い、行きずり同士で互いの武勇伝を語り合い、近しい者には聞かせにくい心情を吐き出し。一生の内に何度も口にできないご馳走に舌鼓を打つ。


 煮え立った大鍋のそばで、隆々たる体躯の男が肉塊に調理刀を振り下ろす。何度も、何度も、何度も。細切りにされた肉は刃が振り下ろされる度に形を崩す。

 良い具合に挽肉が出来上がった所で男はその場を離れ隣の台へと移動。その上に鎮座しているのも、また肉の塊。子供一人分は優にある巨大な獣肉だった。

 男は何かを確かめるように肉塊を見まわしてから、慣れた手つきで肉塊を切り分けていく。そうして分厚く切り分けた肉にも調理刀を振り下ろす。今度は刃のない背の部分で、切るのではなく肉の繊維を潰して柔らかくする工程だ。

 肉の厚みが三分の一ほどにななったところで適当な大きさに切り分ける。それを農家のおかみさんが手早く回収し、次から次へと串刺しにしていく。先ほどの挽肉もおかみさん達の手で肉団子になって、鍋へと投じられる。


 男は一度手を止めて、おかみさん達の仕事と喧噪に酔う人々の姿を感慨深そうに眺めてから、調理を再開する。

「これ以上作っても食いきれないんじゃないか?」

 リズミカルに肉を叩く男――バイスの背中に、ゲーリッツが声を掛けた。

「保存食用だ。こうしておかないと噛み切れない」

 バイスの受け答えはいつも通り朴訥としていたが状況を楽しんでいるような雰囲気があり、ゲーリッツは水を差すのも野暮かと思い直す。

「そか、でも旦那もちゃんと食っとけよ」

 そう言って目を向けるのは肉の大元。丸太のような後脚やアバラを切り取られた槌トカゲの巨体。家屋並みの槌トカゲの肉は、村人と冒険者合わせて二百人以上に振る舞ってもまだ余る。

「これが後どんだけあるんだ?」

「一晩で解体して下拵えまでは済ませられる」

「塩も無いし止めとこうマジで」

 やる気を滾らせ加速(ペースアップ)するバイスをゲーリッツは本気で止めた。

「熟成させておくか?」

「素人が下手にやったら腹壊すからな。勿体ないのは分かるけど諦めてくれ」


 ◆◇◆◇


 事の起こりは槌トカゲの群れを撃退し、村に取り残された子供を保護した所にまで遡る。


 戦闘がひと段落ついたとは言え、負傷者の治療や素材の回収、包囲網を維持している小隊との連絡など、しなければならない事はいくらでもある。そのの中で最も優先度が高いのが保護した子供を親元に届ける事だった。

 怯え切った子供は最初に手を差し伸べたバイスから離れたがらず、バイスが送り届けると言い出したのだが、ゲーリッツはそれに難色を示した。

 逃げ出した村人達はまだそれほど遠くには行っていないだろう。しかし揃って同じ方向に逃げたとも限らず、ゲーリッツ達を盗賊と勘違いしたままだと話をするのにも手間取るかも知れない。

 また他の群れと遭遇するかも知れない状況で、主力であるバイスを雑事に使いたくなかった。それ以上にバイスに説得を任せたら余計な誤解が生じかねないというのが本音のところ。


 だから体力の残っている者を数人、小隊への連絡ついでに走らせた。幸い村人達は街道をまっすぐ散り散りになる事も無く逃げていて、ゲーリッツ達の事も村を救いに来た親切な盗賊と思っていたそうだ。

 子供が村に取り残されていたと聞いた母親は卒倒してしまった。それからすぐに息を吹き返し、子供は無傷だが怯えきっていて連れて来るのが難しいと伝えると、大慌てで夫と共に村にとって返した。だけではなく、その後に続いて村人全員が戻ってきてしまった。

 子供の無事を伝えに来た()()の話しぶりからひとまずは安全らしいと分かったので、慌てて持ち出し損ねた大事なものを取りに帰りたい、普通に村の様子も気にかかるというのは人情だ。

 その頃にはもう日暮れ間近で村人を追い返す訳にもいかず、家財を整理して明日になったらちゃんと避難するよう念を押して、ゲーリッツは村人たちを受け入れた。


 無事に子供を引き渡すと母親は感極まって子供を抱きしめ、涙を流しながら何度も何度も礼を言う。その一方で、母子の輪に加わろうとする夫の手を叩き落とし、キッ、睨みつけてもいた。

 無言で所在なさげ肩を落とす夫に声を掛ける者もいない。なんとなく事情を察して、下手に突っつく訳にもいかず、バイスでも別れ際に夫の肩を軽く叩いて励ますのがせいぜいだった。


 親子の再開を見送り、バイスがまず向かったのは忙しく各所を見て回るゲーリッツの所。

「どうだった?」

「揉めた」

「やっぱりか」

「子が見つからぬまま父親が避難を決めて、それが元こじれている。探す猶予が無かったのは母親も分かっている。後は感情の問題だ」

「針の筵だろうな」

 寒気を感じたようにゲーリッツが身震いする。


「仕事はどこまで進んでいる?」

「切り替えんの早くねっ!? もうちょっとこうさ、何かないの?」

「当人同士の問題だ」

 バイスは身も蓋も無く切り捨て、少し間を置いてから続ける。

「まず父親が受け止めきらねば話しが進まん。母親からぶつかるなら早い方が良い。下手に(なだ)めて間に入れば、吐き出し切れずにシコリが残る。割って入るにしても余所者なりの立場があるだろう」

 早い話がさっさとケンカして本音で言いたい事を言い切ってしまえ。その後で夫婦をよく知る者が仲裁に入るべきで、余所者がでしゃばろうとしてはいけない。というのがバイスの意見だ。


「……」

「どうした?」

「……や、以外にちゃんと考えてたんだな~~と」

 いつも言い方が端的過ぎて言葉足らずだったり、反応が淡泊で情が薄く見てしまう。聞き手が気を回して足りない部分を想像しないと話が進まなくなるのがバイスという男だ。

 だというのに、珍しくまとめて長文で話し、その内容もやたらと分かった風なのがゲーリッツにとって意外過ぎた。

「夫婦喧嘩も子守も慣れている」

「はっ? ちょ、何それっ!」

「妻は先に逝ったが、子らはもう手が掛からなくなった。」

「いやいやいやいや、そうじゃなくて。ああ、もう、なんつ~~か。ええぇ?」

 所帯持ちというのも驚きなら、()()()()()()()|()()()()()()()にも見えない。

「落ち着け」

「旦那が混乱させてんのっ!?」


 ゲーリッツはわざとらしく深呼吸をしてから頭を切り替える。

「先に進まないから旦那の話は置いとこう。……俺達のやんなきゃいけない仕事は、細かいのは大体目途(めど)がついたけど、獲物をどうすっかは旦那と相談待ち」

 出立前の打ち合わせで、人的被害が増えないなら出来るだけ槌トカゲを生け捕りにしたい、という話になっていた。それは槌トカゲがアブロス湖周辺に縄張りをつくることで、他の狂暴な魔獣の繁殖を防いできたからだ。

 ただし二階建て家屋並みの槌トカゲを生け捕りにするのも、生け捕りにした後アブロス湖まで連れて行くのも簡単ではない。


 五体満足で捕獲できたのは、成体が最初にバイスが気絶させた成体一頭と子供頭だけ。他は生きていても足の腱を切られて立つ事さえままならず、このまま放り出せば餓死するだろう。

 子供は五頭ほど捕獲できて、その辺りにあった縄で両足を縛って捉えている。子供とはいえ頭の位置はバイス達よりも高いく、暴れれば簡単に人を殺せる力がある。

「生け捕り出来るという証明だったからな。あの一頭と子供以外は〆てしまうしかない」

「そんなとこか。大人はともかく子供はなるべく捕まえたいな」


 何にせよ、家屋並みに巨大な槌トカゲの成体を生かして連れ歩くには準備も手間も大変で、危険も伴う。それをどうするかと相談すれば、バイスは五体満足な成体に活を入れて起こし、滅茶苦茶に傷めつけた。

 下顎から突き出した牙を掴んで頭を押さえ付け、人形をの首を弄ぶようにグイグイ曲げる。牙を掴んだまま引きずり回し、蹴り転がす。

 槌トカゲが自由の利かない体で必死に逃げるようになるまで、徹底的に力の差を叩き込み、恐怖を植え付ける。

「これで麻痺を解けば勝手に逃げて、意図した方向に誘導できる」

「……あのさ」

「なんだ?」

「色々あるけど、一番言いたいのは、今のを素の顔でやってるとすっげぇ怖いから、それらしい顔作って欲しい」

 何かを気にするゲーリッツの視線を追うと、険しい顔で様子を見ていたガントレンの姿があった。


 ガントレンはトルーデンに着くなりギルドで騒動を起こし、それをバイスが力比べて圧倒してして()()した。槌トカゲの調()()とほぼ同じやり方だ。

 ガントレンは再会した時に「負けたままじゃいねぇからな」と鼻息荒く戦意を表明している。だからバイスはガントレンの注目は勝つための情報収集と思って流していたのだが。

「目が負け犬になっている」

「直球すぎだろっ!」

「こういう機微には疎い。忠告してくれて助かった」

「……苦手でも言葉飾ろうとしてくれよ」

「苦労を掛ける」

「俺任せっ!?」

 出立前の会議の段階で全員がゲーリッツが『バイス担当』だと認識している。当の本人だけがそれをまだ分かっていなかった。


「では、残りは〆てしまうか」

「それはガントレンのおっさんに頼むから、旦那は剥ぎ取りやってくれ。穴掘りはもう進めてっから」

 ゲーリッツの言う穴とは、臓物などの不要部分を捨てる為の穴だ。大きいものを数か所を準備している。

 槌トカゲの解体をバイスに任せるのは、普通なら解体用の刃物を何本も潰す重労働もバイスの手刀の切れ味なら楽に進むと考えたから。


「分かった。良い所を切り分けよう」

「ん? ああ、そういえば肉が美味いとか言ってたっけ?」

「うむ。筋張って扱いに手間がかかるのが難点だ。顎を鍛えたいなら別だが」

 どうにもバイスの意識は素材よりも肉に向いているらしい。前は話半分に聞いていたゲーリッツも、そのこだわりように期待が膨らむ。

「ん~~だったらー……よしっ、方針変更。旦那はサクッと一匹解体(バラ)して料理に回ってくれ。ここにいる全員、村の人達の分も頼む」


 元々この作戦は衛兵隊、教会騎士団との合同で、冒険者部隊が先行したのは包囲網を少しでも前に作るため。その目的は達成され、後は合流まで無理な前進を控えて、包囲網を維持するのが冒険者部隊の役割。

 解体にしても後続の輜重部隊に任せても良い仕事で、昼の行動に支障をきたさない範囲で出来る事をしているにすぎない。


 この場で出来る事を無理にやり遂げる必要は無く、素材となる骨と皮以外は自由にして良いと許可が出ている。

「だったら村の人達をパーーっと送り出すのに使ってもいいじゃねぇか。戦勝祝いには気が早いけど、俺達だって走りづめてここまで来たんだ、景気づけは必要だろ」

 人情だけでの話ではない。無理を通して急いだからこそ間一髪でこの村を救えたと、その成果を確認して士気を高めるという意図もある。

 全員で勝利を分かち合うには、包囲網を維持する小隊の入れ替えが面倒になってしまうが――

「そこら辺は俺がなんとかしてみる。だから頼めるか?」

「やって見せる」


 ◆◇◆◇


 そして冒頭へと繋がる。

 村の代表と話をつけて、場所と足りない人手を借りて即席の窯や調理台も用意した。踏み荒らされた畑から使えそうな野菜などを拾い上げて、肉以外の材料もかき集めた。

 そうしてバイスと村の女将さん達が作ったのが肉団子のスープと串焼き。

 たったの二種類だが、食べきれないほどの肉、それも口にした事もない絶品の味に誰も彼もが心を打たれ、笑顔がこぼれる。

 不安も不満も焦りも嘆きもこの時ばかりは胸の奥にしまい込み、思い思いに宴を楽しむ。


 槌トカゲの肉に対して並々ならぬ執着を見せたバイスにゲーリッツが折れ、余った肉を村長の物置小屋に吊るして良いと許可を貰った。曰く後続の衛兵隊や教会騎士団への置き土産だそうだ。

 槌トカゲの肉は元々腐りにくく、今の気温と湿度なら直前に表面を削げば五日は安全というのがバイスの主張だった。

「まさかあんなに粘るとは……旦那は腹が膨れればそれで良い、って感じじゃなかった?」

「出された物に文句はない。だが自分で作る分、特に人に振る舞ならばうるさくもなる。……親友の好物というのも理由だ。少しやりすぎた」

 バイスは巌のような親友の顔を思い浮かべて少し反省する。


「旦那の親友ねぇ……」

「あいつは俺と違って器用で凝り性だ。より美味い個体の見極めから、仕込みの手順、火を入れる窯まで拘り抜いていた」

「窯造るとかどんだけ拘ってんだよソイツ」

「とことんまで、だ」

 親友と同じように作ろうとしても、手伝いで覚えた程度では満足のいく出来にならない。料理にしても窯造りにしても目指す次元が違い過ぎた。


「育ち切る前の太腿を丸ごと一本。数日寝かせてからそのまま焼いてかじり付く。それがあいつの行きついた最高の食べ方だ」

「豪快すぎんだろ! 見た目が丸太の丸かじりじゃねぇか?」

「そうだ。服も肉汁で汚れるから腰巻一つになる。俺は横で切り分けた部分を貰っていたが」

 一瞬顔を見せかけた優雅な晩餐風景が、野卑た蛮族の饗宴に追いやられる。

「どんなだよそれ。いや美味いんだろうけどさ」

「あいつは「これもまた趣」と笑う」

 豪放快活な振る舞いの裏に深い思慮と計算高さ隠し持つバイスの親友。その親友とは訳あって長く疎遠になっている。


 いずれは力を借りたいが、なんの準備も無く会いに行くのも難しい状況。

「ままならん」

 その独り言は喧噪に紛れて誰の耳にも届かなかった。

まとめ

肉に溺れて溺死しそう

ゲーリッツは野菜(草)の後に肉なので健康面は大丈夫か……

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