表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/32

8.遭遇戦

前回のまとめ

おや、領主の様子が……

 冒険者部隊は交代で荷車に乗って休憩しながら、徒歩五日の距離一日で駆け抜けた。先んじて調査に向かった衛兵達から情報を得て、群れとすれ違うギリギリの所まで、止まる事無く一気に移動したのだ。

 その後、打ち合わせ通りの小隊に分かれて東西に広がる包囲網をつくり、夜明けを待って前進を始める。

 最終目的地であるアブロス湖までは平野だが、所々で低い丘や窪地、小さな森林があり、端から端まで一望とはいかない。他の小隊と狼煙(のろし)で位置を伝え合い、包囲網に穴ができないよう注意する。この時ばかりは槌トカゲの巨体が好都合だった。


「こっからが本番だ。緊張しすぎて戦う前にへばるんじゃねぇぞ」

「そう言うゲーリッツが一番肩に力入っているよ」

「なあ、今気づいたんだが、こいつがくたばった後の事決めてたか?」

「早く次のリーダー決めとけ。間に合わなくなるぞ!」

「……言いたい放題だなお前ら。リーダーなんてガラじゃないのは分かってるよ!」

 ゲーリッツはシクシクと痛む胃をさすりながら悪態を吐く。動いているのに顔色も悪く、冗談抜きで戦う前に血を吐いて倒れそうだ。


「これを持っておけ」

「何この草? 今そこで適当~に引っこ抜いてたよな」

「胃痛に効く。気休め程度だが無いよりマシだ」

「……あんがとさん」

 緊張しすぎなゲーリッツと違いバイスは平常運転だ。ふと、その図太さを半分でも分けて……十分の一ほど分けて欲しいと考える。

 もらった草は苦みやエグみが少なく微かな清涼感が口に広がるが、気休めと言うだけあって効果は実感できなかった。


「……って、普通に食っちまったけど大丈夫やつだよな! よく似た毒草とか言わないよな!」

「ふむ」

「即答して! 考え込まないで怖いから!」

「安心しろ、今のは冗談だ」

「笑えないから! まるっきり面白くないから! 俺がビビりなの知ってんだろ。勘弁してくれよ」

「その小心がゲーリッツの強みだ。土壇場でしぶとい」

「なんだそりゃ」

「ゲーリッツの資質はリーダー向きだ」

「リーダー向きねぇ……」

 バイスはたまに含蓄のありそうな事を言うが、大体は何を言いたいのかよく分からない。その場の思い付きを適当に並べているだけかも知れない。


「考えてみろ、俺にリーダーなど任せられるか?」

「あ、そりゃないわ」

 抜けているように見えて何でも器用にこなすがバイスだが、それは一人でやり切ってしまうという事でもあり、人の使い方、頼り方がまるでなっていない。

 まかり間違ってバイス基準の動きを期待さえれれば玉砕必至だ。

「だからお前が適任なんだ」

「え? 終わり? 間がゴッソリ抜けたよな。抜けたとこが大事な話じゃなかった?」

「性分だ」

「うん、知ってた。期待してゴメン」

 ゲーリッツは盛大に溜息を吐く。気が付くと肩の力が抜けていた。

大体は苦労性のゲーリッツが振り回されているのだが、バイスの大雑把な開き直りに助けられてもいた。悔しいから絶対本人には言わないが。


「ピーチクパーチク泣き言いってんじゃねぇ。あんまりうるさいとぶちのめして、俺が後釜に座るぞ」

 胴間声に振り返ると、岩塊のような巨漢がいた。縦にもでかいがそれ以上に横にでかい筋肉の塊。

「おう、ガントレンのおっさん。悪ぃ悪ぃ、もう大丈夫だ」

 余所の街からやってきていきなりギルドでもめ事を起こしたガントレンだが、その怪力と愛用の巨大戦斧が職員の目に留まり、冒険者部隊に加えられた。口は悪いが話してみれば意外にも目端の利く世話焼きな性格をしている。さっきも一喝するタイミングを見計らっていたのだろう。

ゲーリッツは自分と同じ苦労性な部分を敏感に察知し、ガントレンに対して親近感を覚えていた。

「髭親父からおっさん呼ばわりされる覚えはねぇ」

ガントレンは不満そうに鼻を鳴らして去っていく。


 軽口を叩き合いながら進み続け、遠くに薄ぼんやりと村が見えて来た。

「まだ住人がいるな」

「ああ、やっぱりか」

 何度か街道で避難民とすれ違ったがその数は少なかった。避難勧告を無視しているのか準備に時間を掛けているのか、どちらにせよ、危険な地域に人が残ったままなのは懸念の一つだ。出来れば穏便に説得したい。

「その前に盗賊と間違われるかもな」

「うむ、拙いな」

「いやいや、説得は俺がすっから旦那は見張りだぞ?」

「そうではない」

「ん?」

 根拠もなく嫌な予感がした。

「村を挟んで反対側に群れがいる。数はまだ分からんが俺達よりも先に村に着くぞ」

「すぐに言えええええええぇぇ!!」

「すぐに言った」


 危機感の無い言い訳は無視して村に向かって駆け足。すぐにバイス以外の者にも魔獣の姿が見えて来た。

「狼煙あげろっ!」

「色は!」

 狼煙は白黒赤青の四色の組み合わせ。黒が魔獣と遭遇の合図で、残り三色の組み合わせで脅威度を伝える。

「ええと……赤と青、赤と青だ!」

 黒い狼煙にを赤と青の狼煙を足して『包囲網を維持しつつ可能な限り集合』の合図を送る。しばらく遅れて位置を知らせる白い狼煙がいくつも上がった。

 本隊は四パーティーの合同で、小隊は二パーティー十人前後で分けている。隣接する二つの小隊はすぐに駆け付けるとして、他の小隊がどれだけ遅れ、最終的にどれだけ集まるのか。

 白を足して『全隊集合』をかけたいのをグッとこらえる。


 村が間近に迫り、右往左往する村人たちの様子がよく見えた。


 ――腰の曲がった老人を抱えて、荷車に乗せようと苦闘する少女。

 ――鍬を持ったまま走り、途中で鍬を放り捨てて家に駆けこんでいく男。

 ――村の中に戻ろうとする妻の手を引き、どうにかして逃がそうとする夫。

 ――声を張り上げ指示を出しているらしい、村長らしき男。


 村に近づく本体に気づいた村人たちが叫声を上げる。


「盗賊だーーっ!」

「ナ、ナンダッテーっ!」

「もう終わりだ畜生!」


「違あぁぁーーう!!」

 盗賊と間違えられて叫び返す。阿鼻叫喚の中に完全武装の殺気立った集団が雪崩れ込んできたのだから、誤解されても仕方がない。

 しかし誤解を解く暇はない。本隊とほぼ同時に、魔獣の群れも村に到達している。

「俺たちが食い止める! 慌てずに急いで逃げろっ!」

 支離滅裂な支持を飛ばして、槌トカゲを迎え撃つべく村の反対側へと駆け抜ける。


 いよいよ群れの先頭が村が柵を踏み潰して村の中へと入り込み、その顔目掛けて礫が投ぶ。巨体に対して羽虫が止まった程度の攻撃に、槌トカゲは顔を振って怯んだ。

 礫の正体は目潰しだ。その場のありあわせで作れて効果も高い、冒険者の必需品の一つ。


「ハティア! 子供を狙え!」

 軽装のパーティーが成体の間をぬって群れの中央、槌トカゲ子供目掛けて駆け寄るが、尻尾の薙ぎ払いに阻まれた。辛くも尻尾を回避した彼女達の目の前で、槌トカゲの群れは身を寄せ合って子供を守る壁を作る。

 それでいい、子供の守りを固めさせ、自由に動けなくするけん制こそがハティアたちの役割。ギリギリ安全な距離を測りながら槌トカゲを挑発する。

「いいぞ、そのまま引き付けろ!」


 遅れて増援の小隊が二つ到着。ここからが正念場だ。何せ冒険者は槌トカゲの巨体が掠めただけで戦線離脱が決定する。死角に回り込まれないように一頭ずつ引きはがして、増援を待ちながら数を減らす綱渡りの持久戦。

 隙を見つけた一人が槌トカゲの足元に飛び込み、大鉈を叩きつける。走る速度と腰の捻りも乗った一撃が膝裏を捉えたが、血がにじむ程度のかすり傷にしかならない。

 槌トカゲが煩わしそうに足踏みをして、冒険者は慌てて距離をとる。

 元々頑丈な槌トカゲは身体強化で更にその強度を増し、全身が硬く弾力のある鎧と化している。


 攻撃がろくに通らないのは最初から分かっていた。それでも人間は槌トカゲという魔獣を狩ってきたのだ。知恵を巡らし、工夫を凝らし、そうして得た教訓はこの場の全員に受継がれている。

 釘付け、耐え忍び、疲れさせ、身体強化が緩んだ隙を突いて倒し、止めを刺す。その機をつかむために手札を揃え、誤ること無く手札を切っていく。

「バイスの旦那っ!」

「すまん。少し勝手に動く」

 切り札が裏切り自由行動(スタンドプレイ)を宣言する。


「ちょっ、おまっ!」

 バイスは目を白黒させるゲーリッツを置き去りにして、一頭の槌トカゲに接近する。

 突進から反転し、冒険者を挟撃しようとした槌トカゲの懐に入り込み、すれ違い様に破裂音が二度。槌トカゲの巨体が傾く。

 バイスは倒れ込む巨体の下に回り込み、落ちて来る頭部を蹴りつけた。建物並みの質量が地面を削りながら滑っていく。


 信じられないものを見た冒険者達の動きが一瞬止まり、致命的な隙を晒す。

 それを守るようにバイスは無形魔法の射撃を繰り返し、槌トカゲをけん制。一撃ごとに槌トカゲの巨体が揺れて、体当たりや尻尾の軌道がそれる。

 我に返った冒険者達が戦闘を再開するが、目の前の敵から注意をがそれて、動きの一つ一つに迷いが生じていた。

「ゲーリッツ、指示を出せ!」

「分かってるよ!」


 怒鳴り返しながらゲーリッツは目まぐるしく思考する。

 番狂わせはあったが、状況は有利に動いている。

 冒険者の動きが精彩を欠くのは、バイスの戦力が予想をはるかに超えていたせいで、槌トカゲ一頭に数時間という前提が崩れ、『このまま作戦通りで良いのか?』という迷いが生まれたからだ。

 その迷いを払拭するのがリーダーの役割。ゲーリッツはその重責に寒気を覚える。その上、

「俺はここから動けんぞ!」

「何でだよっ!!」

 指示を出す前から指示を無視するバイスに本気で苛立つ。誰のせいでややこしくなったのだと問いただしたい。


 一体何を考えているのかまるで分からないが、バイスはその場を動かず射撃――もはや砲撃の威力の魔法で全体を援護している。

 砲撃の一発一発は確かに効いているが、槌トカゲの体勢を崩しているだけだ。そしてその場を動く気はないらしい。


「バイスっ! 俺のいう奴を狙えるか!」

「やってみせよう」

 戦闘を開始してから初めてのまともな返事。

 ゲーリッツは群れから離れ交戦する一頭を指し示す。

「ユーグの隊は後退して距離を取れ! バイス! あいつに出来るだけでかい隙を作れ!」

 交戦中の小隊が槌トカゲから大きく距離を取り、それを追って槌トカゲが足を踏み出し――体重を乗せた爪先を撃ち抜かれてつんのめる。踏み堪えたものの、もう片方の爪先も撃ち抜かれて巨体が宙に浮き、地響きを上げて横倒しになる。


 一度下がった小隊がその機を逃すまいと肉薄してそれぞれに武器を振り下ろした。倒れた拍子に身体強化が緩んだらしく刃が肉を深く抉り、運よく斧の一撃が片足のアキレス腱を切断する。

 槌トカゲは身悶えして纏わりついた冒険者達を振り払う。


「深追いするな!」

 引き際悪く追撃を狙った冒険者に滅茶苦茶に振り回された尻尾が当たりそうになり、かばった小隊長のユーグの胴体を尻尾の先端が掠めた。吹き飛び、錐揉みしながら地面に叩きつけられるユーグ。

 冷静な者が武器を捨てて、倒れたユーグを担ぎ上げる。ユーグの革鎧は無残にひしゃげ、肉の割れた右肩もかなりの出血があった。苦痛のせいか半分意識が飛んでいるのか、手足を力なく振り回している。

「こっちだ。あの建物の近くに連れていけ。骨折に気を付けろ」

 二人がかりで負傷したユーグを運び、バイスの指示した建物の横たえて応急処置を施す。


 もちろん、その間も戦闘は続いている。

「足を奪えば止めは後回しでいい! 近づき過ぎたら潰されるぞ!」

 ゲーリッツの指示はまだ拙いものだが要所は抑えていた。その意図を汲んだ冒険者達の動きがまとまりはじめる。


 群れからおびき出された槌トカゲにバイスの砲撃を集中させ、直近の小隊と連携して足の腱を刈る。

 起点になるバイスがその場を動こうとせず、倒した槌トカゲの身体が障害物となって動きが制限されていいく。ゲーリッツは目まぐるしく思考を巡らせ、一手間違えば逃げ場の無くなる状況をかわしていく。


 戦い始めてから一時間半が経つ頃には成体十頭を地面に引きずり倒し、残りは子供とそれを守る五頭。

 落ち着いて全体を見渡したゲーリッツの肝は冷え切っていた。

 一つは成体が十五頭もいたのかという恐怖。もう一つはその群れに相手に勝利が見えたという事実に。できすぎた大勝利を前に小心者の地が出て来る。


 ――本当にこんなに上手くいくものなのか?

 ――何か重要な見落としをしていないか?


 その不安を表に出す事もできず。様になった連携でまた一頭の槌トカゲが倒れた。目前の勝利にに胃を締め付けられ、つくづく自分にリーダーなんて向いていないのだと現実逃避。

 その時、一頭がそれまでにない大胆な動きを取った。低く身構え真っすぐ前へと巨体が跳ねる。

 城壁すらぶち抜く槌トカゲの頭突き。放たれた矢のようなその先には一人で仁王立ちするバイスがいた。


 自らを追い詰めた人間の群れの中でバイスを一番の脅威と認めたのだろうか。守りを捨て、小回りの利かない最大最凶の一撃を人間一人に繰り出してきた。

 遅れて気付いたゲーリッツが警告を発するにも間に合わない。


 小山のような槌トカゲと腰だめに構えたバイスの姿が重った直後、轟音と共に景色が揺らいだ。


 衝撃で空気が歪み、真っすぐに伸びていた槌トカゲの身体が捻じくれてひしゃげ、全身から水鉄砲のように血を噴きあげて停止する。

 破城槌の威力を拳で迎え撃ったバイスの位置は殆ど動いていない。

 バイスはその余韻に浸る事無く砲撃による援護を再開。二度目の思考停止に陥った冒険者達が我に返るまで守り抜く。


 改めて身構え、戦闘に集中する冒険者達の心は一つになっていた。即ち。


 ――お前一人で良かったんじゃね?――


 という想いで。


 ◆◇◆◇


 村を救う為になし崩し的に始まった初戦はこれ以上ない勝利に終わった。

 軽傷は多数、飛んできた破片や子供の反撃にあったもの。重傷は二名、どちらも成体の攻撃が掠めて骨折と肉が割れているが、内臓は無事で命に別状はない。そして死亡者はいない。

 槌トカゲの群れは成体十五頭に子供が四頭。冒険者側が壊滅していてもおかしくない状況からこの結果は、奇跡と言ってもいい。


 その奇跡の勝利への最大の功労者が、終始勝手な行動ばかりとっていたバイスであり、それにどう声を掛けるべきかというのが、目下ゲーリッツの悩みだ。

 信賞必罰。どこまで褒めて、どこまで叱るかのバランス取り。バイス本人は何を言われてもケロっとしているだろうが、周りがどう受け止めるのか考えると迂闊に決められない。

 戦闘終了後の確認や指示だしで引き延ばしながら、いっそ浮かれる振りで誤魔化してしまおうかとも考え始める。


「ゲーリッツ」

「ウェィッ!」

 方針が決まる前にバイスから声を掛けられて裏返った声を上げてしまう。

「状況は落ち着いたか?」

 ゲーリッツの挙動不審をまるで意に介さず、言いたい事を言うバイス。その態度にふつふつと暗い感情が浮かぶが、息をついて心を落ち着ける。


「そうだな。殆ど足の腱切って転がしてるだけだが山場は越えてる」

 早期に決着がついたのは止めを後回しにしたからだ。足の腱を切られた槌トカゲは立ち上がる事が出来ず、起き上がろうとして転がるを繰り返している。

 見た目は間抜けだが二階建ての家屋並みの巨体だ。見張りを立て下敷きにされないように慎重に止めを刺している最中。

 そこで地味に活躍しているのがガントレン。その体躯を裏切らない重い一撃で槌トカゲの皮と肉を断っていく。戦闘中、足の腱を断つのにも奮闘しており、バイスに次ぐ功労者と言える。

 横幅の広いガントレンが槌トカゲの足を刈る姿は、槌トカゲが転がる岩につまずいてこけたようで、思い出したら少しおかしかった。


「ふむ」

 と声を残してバイスが動く、風が吹くように倒れた槌トカゲの脇を駆け抜けて手足を振るう。小気味の良い破裂音を響き渡らせながら一巡りした後は、全ての槌トカゲが力なく横たわっていた。

「気絶させてきた」

「……」

 巨大戦斧を振り上げたガントレンが何か言いたそうな目でバイスを見ている。だが、それよりも。

「足どうしたんだよ足は、動けないっていってたじゃねぇか」

 バイスが固定砲台と化したのは、最初の蹴りで足を痛めたせいかと思っていたが、今の動きを見る限り何ともなさそうだ。

「動けなかった理由は……見て確かめた方が早いな」


 腑に落ちないゲーリッツが連れていかれたのはすぐ近くの建物。見た所、村全体の収穫物などを管理する倉庫だろう。すぐそばで重傷者二名が治療を受けている。

 そう言えば、重傷者をここに運び込むように指示を出したのはバイスだった。

「もしかしてこれを守ってたってのか?」

 確かに守る価値はあるだろうが、それで勝手な動きをとったのならやはり納得がいかない。


 バイスは倉庫のゴツい南京錠の掛かった扉に手を伸ばし、鍵を壊さないように扉を素手でえぐり取る。

「ちょっ!」

 そのまま止める間もなく、バイスは倉庫の中へと滑り込んでいってしまった。火事場泥棒という言葉が頭に浮かび、ゲーリッツは後を追えず立ちすくむ。

 バイスが倉庫から何かを抱えて出て来るまでが恐ろしく長く感じた。


「子供?」

 バイスが腕に抱いていたのはまだ五歳かそこらの子供。泣き腫らした目おしてバイスの服のをしっかりと掴んでいた。

「声が聞こえてな。逃がすより隠れたままの方が安全だろうと考えた」

「……んなもんちゃんと教えてくれれば……いや、違うか」

 気付いた時には戦闘が始まっていたのだろう。子供を逃がそうとしすれば槌トカゲの注意を引いてしまう可能性があった。逃がすべきか、隠したままにするべきか。

「どっちにせよ、子供まで気にしてたら俺の胃が持たなかったろうな」

 教えなかったのはバイスなりの気遣いだろう。そのせいで何も知らないまま勝手な行動に振り回されたのだから、どっちがマシだったかは微妙な所だ。


「親元に返さなければな」

「だからそう言う事は早く言って!」

 村人たちは今頃どこまで逃げているのか。慌てて手が空いて体力の残ってる者を探す。

「ってかさ、旦那だったら安全に子供逃がせたよな? 余計な気ぃ使わないでホント」

「ふむ、気を付けよう」

 本当に分かっているのかどうか。ゲーリッツはがっくりと肩を落として膝を付いた。

今回のまとめ

事案発生:冒険者vsモンスターペアレンツ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ