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6.槌トカゲ

前回のまとめ

容疑者:『聖剣』

「それでも俺はやってない」

 夕刻、冒険者ギルドの会議室に緊急依頼を受けた冒険者が顔を揃えた。その人数は各パーティーの代表だけで三十人以上にもなり、あまりの大所帯に半数は首をかしげていた。


 最後に入室したギルドの職員が口を開く。

 鷲鼻の目立つ細面。やや落ち(くぼ)んだ琥珀色の瞳は眼光鋭く、(ワックス)で固めた赤褐色の短髪が羽冠のように見える、猛禽じみた顔つき壮年男性。

「さて、ほとんどの者は知っているだろうが、私がこのギルドの支部長のヒルメンデだ。これから君たちに無理難題を押し付け、出来なければ罰則与える黒幕だ。だから恨む時は俺を恨んでくれ」

 ヒルメンデ支部長の自嘲(じちょう)的な自己紹介に笑う者はいなかった。


「既に伝えた通り、緊急依頼は槌トカゲ討伐だ。確認できただけでも子供を含む十数頭の群れが五つ以上」

「ギルド長っ!」

「まだ続きがある! それと、私は支部長だ」

 勇み足な冒険者を制してヒルメンデが説明を続ける。


「未確認の地域も多い、全体の数はこれから数倍にふくれ上がるだろう。ギルドの予想では生息地のアブロス湖に異常があり、全ての群れが縄張りを捨てて移動を始めたと見ている」

 ここでヒルメンデ支部長は言葉を切り、冒険者達の様子をうかがう。一様(いちよう)に青ざめた顔をしているのは、内容が正確に伝わっているからだ。


 槌トカゲはトルーデン周辺の魔獣の中で最も巨体で危険度な魔獣だ。その生息地のアブロス湖は禁猟区で、槌トカゲを刺激しないように周知徹底(しゅうちてってい)されている。

 外見は二本足で立つ巨大なトカゲ。ずんぐりとした頭部は分厚い頭蓋骨の塊で、下顎から前方に牙が突き出している。成体の大きさは二階建ての建物並みで、見た目以上の頑丈さを誇り動きも機敏。

 その最大の脅威は城壁すら突き崩す頭突きで、巨体を真っすぐに伸ばして吶喊する姿は生きた破城槌そのもの。槌トカゲの名前の由来にもなっている。それでなくとも巨体がかすめるだけで命に係わる。


 しかし、その凶悪さとは裏腹に槌トカゲは草食性の魔獣だ。

 生息地のアブロス湖には山岳地帯から栄養豊富な水が流れ込み、湖畔には成長の早い草が密生している。それが槌トカゲの主食で、下顎から前に伸びた牙も武器ではなく地面を掘り返す道具。

 こちらから縄張りに入らなければ特に危険が無い魔獣でもあり、縄張りから離れた個体だけが討伐対象になる。作物の味を覚えた槌トカゲは田畑を食い荒らすからだ。果樹も牙で掘り返して幹も根も全て、言葉通りの根こそぎに食い尽くしてしまう。


 討伐対象が槌トカゲだと知った時、冒険者達は多くても五頭くらいを想像していた。だが実際は想像の十倍以上の数が相手で、それもまだまだ増えるというのだ。下手をすれば、トルーデンの街が更地になりかねない異常事態。

 槌トカゲから取れる素材は極めて丈夫で希少価値もあり、上手くやれば大儲けのチャンスと皮算用をしていた者は途方(とほう)に暮れる。彼らが自棄を起こさないのは、まだ理解に感情が追い付いていないからだ。


「状況は今説明した通りだ」

 ヒルメンデ支部長の責務は、冒険者達を丸め込んで死地に送り出す事。自己紹介の最後の言葉『恨む時は俺を恨んでくれ』はそのままの意味だった。

「そんな、近くの村はどうなっているんだ!?」

「もう避難勧告を出している。確か君の出身もアブロス湖寄りだったか? 気持ちは分かるが、今は抑えてくれ。戦力を小出しにして擦り潰される訳にはいかない。準備を整えて、確実に群れの進行を止めなければならないのだ。これから逃げて来る人々の為にもな」

 感情的になった相手に対して、ヒルメンデ支部長は相手の身の上を知っていると伝えた上で、理路整然と説得する。


「我々は勝たなければならない。相手がどれだけ巨大で数が多くとも、しょせんは(けだもの)の群れだ。知恵を捨てて正面から殴り合っても犠牲を増やすだけになる。分かってくれ」

「知恵っつったって、大勢で囲んでぶっ叩くしかやり方がねぇだろ」

「だから数を揃えてんだろ。武器だって必要だ。焦らず準備するのは間違っちゃいねぇよ」

 並外れた巨体を持つ槌トカゲの狩り方には定石(セオリー)がある。まず足の腱を切断して地面に転がし、首や腹に攻撃を集中して致命傷を与えるだけなのだが、桁違いのリーチとパワーを持つ相手なので一つ一つが命がけになる。

 使う武器も重く頑丈な長柄ものでなければ傷一つ付けられず、そんな扱いづらい武器を好んで使う者も少ない。街中の在庫をひっくり返しても有効な武器が足りていない。鍛冶屋には最優先で重量武器を造るように通達しているが、まとまった数が揃うのはまだ先になる。



「よし! 全員覚悟は決まったな。決まってない奴は知らん! 大まかな作戦もう決まっているから、それを聞いたらさっさと行って蹴散らしてこい!」

 ここでヒルメンデ支部長は理詰の説得から一転、激を飛ばして(あお)っていく。顔を赤くし怒髪天を突く様は、まさしく猛禽獣の威嚇行為。

「冒険者の役割は斥候部隊だ。魔獣の専門家のお前たちが全体の目になる。リーダーはゲーリッツ、お前が務めろ」

 名指しされたゲーリッツに視線が集まる。その大半には疑念や不信が浮かんでいた。


「ドムス達には衛兵どもの先導を任せる。ヤーコンも教会の騎士団を先導しろ! 慣れない餓鬼どものお守り役だ! しっかり頼んだぞ!」

 順当に考えればリーダー候補になる二人を、それぞれ衛兵隊と教会騎士の先導役(アドバイザー)に付ける。そうして残った面子から誰に冒険者達を任せるのか、悩んで選ばれたのがゲーリッツだ。


 最も重要なのは、槌トカゲの群れを一定のラインで阻む事。その点、ゲーリッツは手堅い判断に定評がある。血気にはやって無理を通さず、退くべき場面では退く性格だ。集団を率いる押しの強さは現場での成長に期待するしかない。


「街道を本隊が南下しつつ、複数の斥候を出して網を張る。その後ろ、東寄りを衛兵隊、西寄りを教会騎士団が追いかけながら群れを殲滅していく。同時に複数の群れを相手にしないようにしろ! 場合によっては撤退しても構わん! 重要なのは網から後ろに通さない事だ! 細かい割り振りは移動中に詰めておけ!」

 好き勝手に徘徊する獣相手に理詰めの作戦など意味が無く、広く網を張って各個撃破していくしか無いのだ。張った網を回り込まれたり、一点に雪崩れ込まれないかは神頼み。

 近くの街やホウランド王国の首都にも救援要請を送ってはいるが、援軍が来るのかどうかもまだ分からない。


「何をするかは分かったな。あいにく教会も衛兵も準備に手間取っている。だからお前たちにはこれから出発して、先に網を張っておいてもらう。合流してすぐ進攻できるように、ぎりぎりまで前の方で網を張って待機するんだ。戦力を温存できる範囲で戦うか下がるかの判断は任せる。今ある武器は最優先で回すように手配しておいたから、まだ用意できていない奴は後で受け取っておけ」

合同作戦の本筋と、それに先駆けての準備行動。両方を説明し終えたヒルメンデ支部長は一度呼吸を落ち着ける。


「さあっ! 勝って英雄になってこい!! もちろん報酬も大盤振る舞いだ!!」

 この中の何人が生きて帰ってこれる分からないが、死んだ者の取り分も、その身内に配るとヒルメンデ支部長は決めていた。

 だが、今はそれを口に出さない。少しでも多く、五体満足で戻ってきて欲しいからだ。


号令を受けて冒険者達が立ち上がる。その顔色は様々だが迷いや弱気の色は無い。ヒルメンデ支部長の激励を受け、その勢いのまま――

「報酬について確認しておきたいのだが、いいだろうか?」

 緊張感のないその声はやけによく通った。


 声の主を探せば、周囲の視線のから一人の若者だと知れた。この場にいるのは確かな実力者と評価された者だけ。だからヒルメンデ支部長ははほぼ全員の顔と名前を知っているが、その若者には見覚えが無い。だが予想はついた。

「今のは君か。おそらく初対面のはずだが、バイス君で間違いないかな?」

「うむ、間違いない」

 ごく最近からトルーデンで活動している冒険者だ。新顔のソロだが、早くも()()()なる異名を得ている。ただ一点、報告書に気になる記載があった。


「報酬についてか。手に入った素材の分配とその買取り額。加えて報奨金が出るというのは聞いているな?」

「うむ。それは聞いている」

「……それでは足りないと言う事か」

 その場合、どう説得すれば良いのかをしく考える。買取での中間利益を減らすのが簡単な方法だが、最終的な戦闘の規模や被害が分からないと、具体的な数字を提示できない。ギルドの預かり金と言う形で水増しは出来るが、これは本当に最後の手段だ。


「いや、額に不満などない」

「何だと?」

 目まぐるしく思考していたヒルメンデ支部長は苛立つが、顔に出ないように抑える。報告にもあったではないか、『奇異な言動が目立ち、行動が予測できない』と。


「聞きたいのは肉をどうするかだ。ついでに生け捕りについても確認したい」

「……耳ざといな」

 槌トカゲの禁猟には二つの理由があった。一つ目は刺激しなければ害がないからで、二つ目は益獣でもあるから。しかし二つ目の理由を知る者は少ない。

 年寄りの昔話は細かい部分が省かれて危険性を強調するものになっているし、細かな記録に目を通すのも一部の人間だけだからだ。


「無理に生け捕りにする必要は無い。そもそも安全に捕まえておく方法があるのか?」

「やろうと思えばできる。やつらは脚一本動けなくすれば起き上がれない」

 こいつは何を言っているのだろうか? その脚一本を奪うのが命がけだから、誰も彼もが頭を悩ませているというのに。

 ヒルメンデ支部長のただでさえ鋭い眼光が一層尖る。


「まあまあ、ちょっと待って下さいよ。俺からバイスの旦那に質問してもいいっすか?」

 ヒルメンデ支部長とバイスの間にゲーリッツが割って入った。

「……任せる」

「ありがとうごさいます。……今の様子だと、旦那は槌トカゲを狩った事がるみたいだけど、実際のとこはどうなんだ?」

「あるぞ。呼び名は違っていたが、調べた限り同じものだ」

「そっか、なら生け捕りにできるってのは信じる。けど俺たちには無理だし、バカデケェ魔獣をどうするって案もまだ無い」

 そこでゲーリッツはヒルメンデ支部長に向き直る。

「何か知ってるみたいでしたが、生け捕りにしなきゃいいけねぇ理由は何ですか?」


「槌トカゲがいなくなると、アブロス湖で他の魔獣が繁殖してしまう。それだけではない、奴らは山から降りて来る魔獣に対する壁でもある。大昔の記録によれば、強引に槌トカゲを狩った結果、トルーデン一帯での魔獣の被害が激増したとある。その時は狩人の数も減っていたから、いくつかの村を潰してまとめなければならなかったほどだ」

 槌トカゲがアブロス湖を占拠して他の魔獣を駆逐する。それが巡り巡って近隣の生態系を安定させる大きな要因になっているのだ。


「……そりゃあまた、面倒な話ですね」

「その通りだが、無理をして犠牲を出しては元も子もない。人手が残っていれば手の打ちようもあるのだからな」

「分かりました。じゃあ、試しに二、三匹捕まえみてから決めましょう」

「ゲーリッツ!」

「どの道、何か月もかかる大仕事でしょ。決めつけないで、試せるもんは試しましょうよ」

「……少しでも被害が増えるようなら諦めろ。それが条件だ」

「分かりました。旦那もそれでいいよな?」

「問題ない」

 バイスの責任は重大なのだが安請け合いにしか聞こえない。


 だがこれでようやく厄介事が――

「では今度は肉の話だな」

 ――片付いていなかった。


「槌トカゲの肉の事だよな? 食えたもんじゃないって聞いてるけど、それも違うのか?」

「そのままでは筋張っているが、叩いて柔らかくすれば上物の肉だ。滋養も多く保存にも向いていから、骨や革に劣らぬ価値があるぞ」

 ヒルメンデ支部長は首を横に振る。

「保存が利くと言っても、手を加えなければ普通に腐るのだろう。そんな手間はとても掛けられん。骨と革だけ確保してくれれば、肉は好きにして構わない」

 本当に美味いのなら役得にもなるのだから、わざわざ断りを入れずとも良かったぐらいだ。

「わかったそうさせてもらう」


後にヒルメンデ支部長はこの時の判断を大いに悔やむ事になる。

今回のまとめ

特記事項:KY

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