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4.擦れ違い

前回のまとめ

ガチ百合とエセ百合のラブゲーム勃発

 リズとバイスがトルーデンを訪れてから早二か月、リズにとって意外なほどに平穏な日々が続き、いっそ退屈になってきた頃、リズはバイスに()()()という二つ名が付いている事を知る。

「大袈裟ね」

 興味のない振りをしながらもリズは焦っていた「あれほど目立つ真似をするなと注意していたのに」と。

「そんな事ありませんよ、今やバイスさんはこのギルドの期待の星なんですから」

 リズの胸中も知らずに熱く語るのはスミナ。邪険に扱われてもめげないスミナに根負けして、世間話くらいするようになっていた。

 それでもバイスの話題はリズが不機嫌になるので避けられてきたのだが、この日はリズの機嫌がよく、スミナの眼から見たバイスの評価が話題にあがった。


「もう初日からすごかったんですよ。岩熊を簡単に仕留めるのもすごいですけど、それを素手でやっちゃうなんてありませんでしたから」

「ぶっ! ちょっと待って、アイツ剣を持っていたでしょ」

「ええ、持ってますね。でも草刈りくらいにしか使わないそうですよ。知らなかったんですか?」

「……気にしないで続けて」


「? そうですね。素手で魔獣を狩っちゃうのも凄いのに、獲った後の処理も上手いから「これを納品したのは誰だっ!」っていう問い合せも多くて。教えなくても勝手に調べてバイスさんを指名してくるから、断るのも大変なんですよ。たった数か月でここまで来る人なんて初めてだって皆言ってます。それに色んな事を知ってるから、私も教えられる事が多くって。一体どこであんな知識や技術を身につけたのか不思議です」

 ここでスミナはチラリとリズの様子をうかがうが、リズはそれどころではなかった。


 ◆◇◆◇


 トルーデンから徒歩で一日程の距離のある小さな森の中。ゲーリッツのパーティーにバイスを加えた六人が地面をにらみつけてある痕跡を探していた。

「見つけた」

 トリスの指さす先にあるのは、一見すれば落ち葉の積もった地面だ。だが見る者が見れば獣の足跡があると分かる。

「新しいね。それに数も多い気がするんだけど?」

「やはり繁殖しているな」

「うへぇ」

 全員一致の見立てゲーリッツが呻く。


 バイスとゲーリッツ達が追っているのは鹿鼠と呼ばれる魔獣だ。見た目は鼠に鹿の角を付けたようなユーモラスな姿で、一匹では大した脅威にならない。厄介なのはその繁殖力とすばしっこさで、気が付くと数を増やして作物を荒らす害獣。

 身体は大人の足の裏と同じか少し大きい位で、隙間の多い柵なら強引に擦り抜け、簡易の罠なら暴れて壊せるくらいの力があり、弓で狙うにも的が小さくすばしっこいので骨が折れる。


 本格的に駆除するなら大量の罠で囲い込んだり、毒餌を使ったり、鹿鼠を捕食する獣を連れて来るなど工夫がいる。だが効率のい良いやり方では費用が掛かり、肉や毛皮が駄目になって元が取れず赤字になる。

 それでも繁殖してしまうと被害がしゃれにならない勢いで増えるので、誰かが赤字覚悟で駆除しなければならないのという、とことん嫌われ者の魔獣なのだ。


「まだそれほど多くはないようだ。持ち込んだ分だけで対処できるだろう」

「……念を押すけど、()()大丈夫なんだよな?」

 この鹿鼠の駆除はゲーリッツのパーティーがギルドから名指しで請け負わされた依頼だ。断われば評価が下がり罰金が課せられる。駆除が適当で被害が減らなければやはり同じペナルティを受ける。楽に早く駆除しようと毒餌や火を使って二次被害を出しても以下同文。


 その愚痴を聞いたバイスが良い方法があると勧めたのが、人間に無害な酩酊薬を使った罠なのだが、以前にバイスが調合を間違えたせいでゲーリッツは散々な目にあっている。

「普通の毒餌にするか?」

「や、旦那がちゃんと作ってるなら信用するよ。大丈夫なんだよな?」

 バイスの調薬の腕は傷薬などで十分知っている。妙なアドリブを利かせずレシピ通りなら、酩酊薬の効果も売り込み通りの筈だ。そう、妙なアドリブを利かせていなければ。

「大丈夫だ。問題ない」

 果たしてゲーリッツの問いかけの意図が伝わっているのかどうか、期待と不安を背負って酩酊薬を使った罠作戦が実行される。


 罠を仕掛けてから小一時間、木々の間を駆け回る気配や鳴き声が止むのを待って森の中に分け入れば、そこかしこで鹿鼠が荒い息をついて地面に伸びている。動いている個体も千鳥足で本来のすばしっこさの欠片もない。

 寝ている鹿鼠を爪先で軽く蹴りつければ、一瞬目を開いて起き上がってすぐに弛緩して寝転がる。その姿はまさに酔っ払いだ。


「良かった。ちゃんと効いてるみたいだ」

 酩酊薬の効果を確かめたゲーリッツはそのまま首にナイフを当てて息の根を止めていく。今頃は他の場所でもそれぞれ同じような作業をしている筈だ。

 バイスが鹿鼠の大きさに調合を合わせていたので、それより大型の魔獣はフラフラしながらも動き回っている。割の良い魔獣を見つけるとつい追いかけそうになるが、モタモタしていたら酩酊薬の効果が切れてしまうので見逃すしかない。


 ゲーリッツは中腰で草を刈るよう鹿鼠の首を刈り続け、気が付けば大きな山が三つ出来ていた。

 一山が二十匹程と見て、罠を仕掛けた六ケ所全部でも同じぐらいとすれば三百匹以上。これだけ狩ればギルドもゲーリッツ達がサボったとはみなさない。後は連れて来た山猫を放して報告すれば依頼達成。

 その上、大した手間をかけずに肉も毛皮も売り物になれば、たかが鹿鼠でも十分な儲けになる。


 ◆◇◆◇


 集まった鹿鼠の量が多すぎたので、バイス達は念の為に山猫に毒見させて肉が無害なのを確かめ、討伐証明の前歯だけ集めてから一部を近くの村で売った。それでも六人全員でなんとか持てる量だったが、持ち帰らなければ赤字なので誰も文句を言わなかった。

 苦労した甲斐あって十分な黒字が出たので、ゲーリッツは上機嫌で仲間に声を掛ける。

「このままいつもの店でパーッと打ち上げでもしようぜ」

「悪いが先約がある」

「あん? ああ、いつものねーちゃんか。じゃあ仕方ないな。また何かあったら頼むわ」

 バイスの先約に心当たりのあるゲーリッツは特に引き留めなかった。


 ギルドの前でゲーリッツ達と別れたバイスはすぐ隣の酒場へと向かう。もう定位置になりつつあるカウンターの隅の席にフード姿のリズがいた。

 バイスがいつものように稼ぎの中から当面必要な分を抜いて残りを全てリズの前に置けば、リズがその金額を確認する。

「今度はどんな仕事?」

「ゲーリッツの手伝いで鹿鼠という魔獣の駆除だ」

 いつもならこれで会話が終わり、数え終わった金を懐に入れたリズが帰ってしまうのだが、今日のリズは続けてバイスを問いただす。

「そう、どういうやり方をしたの?」

「酩酊薬の罠を使った」

「それってどこのやり方? この辺りで普通に使われてる?」

「いや、ゲーリッツ達は知らなかった。確か四百年位前に――」

「ちょっと外に出ましょうか」

 カウンターに多めにチップを置いてリズが席を立つ。


「何かあったのか?」

 後を追うバイスを無視してリズは足早に先を歩き、そのままトルーデンの西門までたどり着いてしまう。もう日が落ちかけて閉門間近という事もあり、街を出ようとするリズは衛兵の誰何(すいか)を受けるが。

「ちょっと表で話をするだけよ。目の届くところにいるから通して」

 リズの美貌で凄まれ怯んだ衛兵に銅貨を数枚握らせ、やや強引に門を突破する。


「昨日、アナタが素手で魔獣を狩ってるって聞いたんだけれど、その腰のモノは飾りなの? 悪目立ちするって分からないの?」

「そうか?」

「ねぇ、アナタ以外に武器を使わない冒険者がいた?」

「いないな」

 リズは歯ぎしりしながら魔力を練り上げる。それは属性魔法を行使する前兆であり、いわば首筋に刃を突きつけるような行為だ。

「だったら、自分が派手に目立つ真似を繰り返していたって気付かない?」

「なるほど、気を付けよう」

 まるで通じたようすがない。リズは天を仰いで溜息を吐く。

「よく分かったわ。反省しなさい」

 紅蓮の火球がバイス頭上に落ちて一瞬で全身を包み込み、炙られた地面が火を噴いて焼け焦げる。


「何をしているっ!?」

 二人の(いさか)いを見ていた衛兵達が駆け寄るが、初めて目にする魔法の威力に恐れをなしてはるか手前で立ち尽くす。

 やがて火球は勢いを落とし、いくらか燃え尽き赤熱した地面の窪みと、その中央に陽炎をまとい鎮座する塊が露わになった。


 一部ガラス化した地面が急速に冷えて割れはじめる。その音が合図であったように、バイスは片膝立ちで丸めていた背を起こす。

「気はすんだか?」

 その身を包む陽炎は魔力の障壁。バイスは致命の魔法を無傷で耐え切り、攻撃された事さえ気にした様子が無い。

 あり得ない光景に衛兵の一人が槍を取り落とす。落とさなかった者も、構えた槍の穂先が激しく震えていた。その手の槍をどちらに向けるべきか、ここから逃げて応援を呼ぶべきか、背を向けて大丈夫なのか、次の行動を決められずにただ立ち尽くす。


「八つ当たりを受け止める気があるなら、少しは痛がる素振りを見せなさい」

「そういうものか?」

「このっ!」

 あくまでも手応えの無いバイスに激昂し、リズは再び炎の魔法を放つ。意図して放った一撃目に比べ、癇癪(かんしゃく)の弾みで放った二撃目は大幅に火力が下がった。

 それをバイスは律儀にも無防備に受けてみせる。

 炙られた肌が火傷を負い、身に着けたものが燃え上がる。


 当然防ぎきられると思っていたリズは、予想できない結果に目を覆う。

「……正気を疑うわ」

 常人なら全身が火脹れになるほどの火力だったが、バイスの鍛え上げられた肉体はわずかに赤く腫れた程度で済んでいた。だが、その()()()は無事ではすまなかった。

 木の幹のような首も、巌のような胸板も、甲羅のように割れた腹筋も、その下の隠すべき部分も全てが剥き出しの、何恥じる事のない仁王立ち。

 駄々っ子のような魔法の火炎は絶妙な威力でバイスに軽傷を負わせ、身に着けた防具とも呼べない衣服を焼き払っていた。


「これでいいのか?」

 まるで痛そうに見えない顔でバイスはリズに問うた。

「いいから早くその汚いモノをどうにかしなさいっ!?」

「ふむ」

 羞恥に耐えるリズの怒号を受けて、バイスはぐるりと首を巡らせる。その視線を受けた衛兵が腰を抜かして後ずさる。だが、バイスは半泣きになった衛兵に容赦なく歩み寄る。


「ま、待て貴様、俺をどうする気だ!」

 恐怖心から思わず突き出した槍の穂先がバイスの腹に突き刺さ……らない。衛兵は半狂乱になって何度も槍を突き出すが、人間の体とは思えない手応えで跳ね返される。

「止まれ! 止まれ! 来るなぁーー!!」


「すまない、君の服を貸してくれないか?」

 落ち着き払ったバイスの願いは衛兵の耳には届かず、リズの魔法に気付いた他の衛兵が駆け付けるまでしばらくそのままだった。

今回のまとめ

片膝立ちからのキャストオフは様式美。

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