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2.未知との遭遇

R15 若干のスプラッタ表現があります。

 西の森と呼ばれる場所がある。その名の通りトルーデンの街の西側にある魔獣の住む森だ。森を囲む山岳地帯にはより凶悪な魔獣が生息し、稀に山から森に降りて来る。

 この西の森はトルーデンから最も近い魔獣の生息地であり、森から出た魔獣が街やその周囲に広がらないように、定期的な魔獣の駆除が必要となっている。

 山から降りて来るものを別にすれば魔獣の強さもほどほどで、狩猟中心の冒険者にとっては手頃な狩場となっている。


 ◆◇◆◇


 トルーデンで活動するゲーリッツのパーティーは西の森で岩熊の足跡を追っていた。

 岩熊は見た目こそ普通の熊だが、大抵の刃物は弾いてしまう頑丈な毛皮と怪力を持ち、木々をなぎ倒す突進や振り回す腕をまともに食らえば致命傷になる。西の森では珍しく危険度の高い魔獣だがその肉や内臓は薬として珍重されており、危険に見合うだけの獲物でもある。


 足跡を追う途中、斥候役のトリスが向かう先から異様な気配がすると言い出し、リーダーのゲーリッツと二人で様子を見に来たのだが。

「……」

 気配を殺して藪に潜む二人の目の前では、兜食いの群れと二頭の岩熊が激しく威嚇し合っている。

 兜食いは大きな顎を持つ狼に似た魔獣だ。その顎は人間の頭を兜ごとかみ砕くほど強力だが、頭が大きすぎて小回りが利かず、隠れ潜むのも下手だ。その弱点を補うために常に五頭から十頭ほどの群れで行動するが、油断せずに落ち着いていて対処すれば、囲まれる事無く戦えるので脅威度は低い。

 だがそれが見える範囲だけで十頭以上、加えて木陰の奥にも複数の気配があるとなれば話しが違ってくる。

 これはもう、待機している仲間と合流しても手に負えるものではない。


 魔獣たちはひどく興奮していてゲーリッツ達には気付いていない。このまま引き返して仲間と共に少しでもこの場から遠ざかろう。二人は声を出さずに身振り手振りだけで相談して撤退を決めた。

 こういう時に焦ってすぐに動き出してはいけない。まず、本当に魔獣に気付かれていないか注意深く周囲を観察し、その上で足音を立てない足場を選んで移動するのだ。


 斥候のトリスが徹底ルートを決め、ゲーリッツが魔獣の動きを警戒しながら動き出す、まさその時――目を血走らせた魔獣達の前に、樹上から影が落ちて来た。飛び降りて来たのはどう見ても人間で、それも普段着の腰に一刀を提げただけの軽装。


 ――魔獣に追われて木の上に逃れたのか?

 ――それとも最初から隠れていたのか?

 ――どうしてよりにもよって今出てきた!?


「――ッ!?」

 ゲーリッツは歯を食いしばって怒号を噛み殺す。飛び出し助けるべきかどうかを考えて、新たに木陰から飛び出した兜食いの数を見て諦める。

 三十頭近い兜食いの群れに気の立った岩熊が二頭。ゲーリッツとトリスの二人が飛び込んでも魔獣の腹が余計に膨れるだけだ。

 極度の緊張で間延びした時間でゲーリッツは非情に判断を下した。そして嫌らしい程にゆっくりと動く視界の中、骨を砕き血肉をまき散らす一方的な蹂躙が繰り広げられる。


 魔獣の前に飛び降りた馬鹿は、最初に襲い掛かってきた岩熊の腕を掴んで受け止め、空いた片手で岩熊の頭を鷲掴み、押し倒すようにして岩熊を地面に転がす。

 頭は地面に押さえ付けたまま素早く腰の剣鉈(マチェット)を引き抜き、がら空きの喉に振り下ろす。

 一刀で頑丈な毛皮ごと喉を切り裂き、血の噴水があがる。

 だが馬鹿は何を思ったのか、岩熊の首を裂いた剣鉈を投げ捨ててしまった。唯一の武器を捨てた馬鹿に兜食いが一斉に襲い掛かる。

 拳の一振りで兜食いの頭が砕ける。蹴り飛ばされた兜食いが木にへばりつく。首や脚を掴んで棍棒がわりに振り回し、飛び掛かる兜食いを迎え撃つ。怯んだ怯んだ兜食い仲間の死骸を投げつけ、絡み合い動けなくなったのとまとめて蹴り砕く。

 背中から突進してくる岩熊を振り返りもせず宙返りでかわし、背中に飛び乗り腕を一振り。手刀で岩熊の首が宙に舞う。


 白昼夢でも見ているのだろうか? 演劇の殺陣のように魔獣が倒されていく。

 錯乱して魔獣の群れに飛び込んだ馬鹿者? 違った、魔獣の群れなど最初からただの獲物でしかなかったのだ。森の魔獣よりもあの人間の方がよほど化物じみている。


 呼吸を止めて見入るゲーリッツが息苦しさを覚えるよりも早く、全ての魔獣が血だまりに沈んでいた。

 魔獣を全滅させた化物が、自然な動きでゲーリッツ達の隠れる藪に顔を向けて、目が合う。

 あの化物はゲーリッツ達のに気付いている。


「う……」

 普通に考えれば自分達に敵意はないと出て行けば良いのだが、もし向こう邪心があれば交渉の余地なく争いになる。そうなればゲーリッツ達の命は無いだろう。

 ありふれた粗末な野良着姿も怪しい。資金のない駆け出しの冒険者には珍しくないが、いくら何でも森の奥に入るには軽装すぎる。実力と装備と場所がチグハグだ。


 不要な危険(リスク)を避ける堅実さで仲間からもギルドからも認められているゲーリッツだが、一度弱気になると疑心暗鬼る悪癖があった。慎重さが悪い方向に働いてしまうのだ。

 次から次へと疑念が湧いて出て金縛りのように動けなくなる。

 ほんの二呼吸程の硬直であったが、化物はそれ以上待ってくれなかった。


 化物が素早く右手を振り上げ、景色が歪んだと思った瞬間、全身に衝撃を受けて地面に転がる。

 痛みで金縛りが解けて身を起こすゲーリッツの身体の上に、木っ端と湿った柔らかいものがが降り注ぐ。

 反射的に手で拭えば、べっとりと柔らかく温かいものがつく。()()は生き物の身体の一部。ゲーリッツの近くにいた()()のなれの果てだと理解し、絶叫した。


 喉が割れんばかりに叫び、酸欠になりしゃっくりのように呼吸しながら、血肉にまみれた地面を這う。下半身が生暖かく、酷い耳鳴りがする。


「すまない、まさか人が来るとはな」

「ひぇあっ!?」

 いつの間にか目の前に化物が立ち、何かを言っている。それが「すまない」という言葉だと気付き、どす黒い感情が湧き上がる。


 ――この化物は何を言っているんだ?

 ――なぜ攻撃してきた!


 突然背後から肩を掴まれて心臓が跳ねる。化物は目の前にいる。


 ――じゃあ、肩を掴んでいるのは何だ?


 滅茶苦茶に暴れて背後の腕を振り解くが、今度は目の前の化物に捕まった。こちらは振り解こうにもびくともしない。

 背後の何かが横から回り込み、強かに頬をぶたれる。

「ゲーリッツッ!! 大丈夫だ! 落ち着け!!」

「クソっ!! 離せぇっ! それどころじゃ……おめぇなんで生きてんだ」

「勝手に殺すな!!」

「ゴッ!」

 今度は拳骨でぶたれた。トリスは血塗れだがピンピンしている。


 ◆◇◆◇


 トリスは生きていた。バイスと名乗った化物が言うには、蛇型の魔獣が樹上からゲーリッツ達を狙っていて、声を上げても間に合わないから無形魔法で魔獣を粉砕したそうだ。

 トリスは魔法の余波で吹き飛ばされた直後に気付いたのだが、ゲーリッツは魔獣の肉片をトリスのものだと勘違いして恐慌(パニック)を起こし、失禁までする醜態を晒してしまった。


 言いたい事おかしな事聞きたい事が沢山あったが、助けられたのは確かなので、とりあえずバイスは敵ではないと判断する。殺そうと思えば簡単に殺せたのだから、少なくとも今ここで積極的にゲーリッツに危害を加える気は無いのだろう。

 そしてバイスが「ここには魔獣をおびき寄せる仕掛けをしている」と言うので、何よりも先に場所を移す事になった。


 トリスとゲーリッツの後を付いて来るバイスは両手に岩熊を一体ずつ抱えている。一頭でも相当重いはずなのに足取りは軽く、下手をすればゲーリッツ達を追いこして行きそうだ。

 暗い森の中、熊のような大男が右に首から血を流した熊、左に首の無い熊と肩を組んで後を追ってくる。

 ゲーリッツは自分がまだ混乱しているのではないかと不安を覚えた。

「なあ……」

「今は何も考えるな」

 斥候のトリスは冷静で割り切りが良く頼りになるが、こういう時に取りつく島も無く突き放すので寂しいものがあった。


「このくらい離れればいいか?」

「中和剤を多めにまいてきた。大丈夫だろう」

 バイスが罠を仕掛けた穴にまいた白い灰のような粉の事だろう。軽く岩熊の身体や地面にも撒いていたので、匂い消しのようなものか?

「それ、吸い込んだりしても大丈夫か?」

 身体に悪ければもっと慎重に扱うはずだが、何となくバイスは毒を食らってもピンピンしていそうで不安になった。

「罠はおかしな事になっていたが――」

「ちょっと待て! その白い粉本当に大丈夫なんだろうな!?」

 さらりと不安を煽るような事を言い出すバイスに、ゲーリッツは思わず声を荒げてしまう。

「中和剤はちゃんと作っている。……思い出した、元のレシピに戻ったのだな」

「いや、一人で納得してないで説明してくれ」

「ふむ」


 バイスはあまり多弁ではないらしく聞き出すのに手間取ったが、要約するとこういう事らしい。

 大昔に闘技場で魔獣を戦わせる時に、魔獣にだけ聞く興奮剤が使われていた。ある時材料の一つがよく似た別のものと間違えられて、魔獣を引き付けて酔わせる酩酊薬ができた。

 その酩酊薬こそ魔獣をおびき寄せて酔わせる罠なのだが、バイスが酩酊薬を作ろうとしたら材料の薬草が足りなかった。代わり見た目や効果のよく似た薬草があったので「これ代用できたはず」とうろ覚えで調合した結果、元の興奮剤のレシピに戻っていた。


 そこまでちゃんと知っていてどうして間違えたのか。うろ覚えで調薬して効果も確かめずに使うのも適当すぎではないか?

「じゃあもっかい聞くが、その白い粉、そこいら中にバラまいてたが、毒じゃないんだよな?」

 今の流れだと「そういえば有毒だった」と言い出しかねない。

「大丈夫だ。問題ない」

 本当だろうか? 自信ありげに真っすぐ目を見て言われても信用できない。何せ自信ありげに真っすぐ目を見てレシピを間違えてたと言う男だ。信用できない。


「諦めろ、話が進まない。まだ俺達はちゃんと名乗ってなかったな。俺はトリス。そっちがゲーリッツだ。見ての通り()()()パーティーを組んでる」

 やはりゲーリッツと比べてトリスは落ち着いる。名乗りながら抜け目なく他の仲間の事を隠していた。

「二人? あの三人は前たち仲間ではないのか?」

 三人――人数まで言い当てられてトリスの顔が強張った。


 話す限りでは注意力などまるでなさそうなバイスだが、気配を殺したゲーリッツ達とそれを狙う魔獣に気付き、正体を見抜いて魔獣だけを始末している。ちゃらんぽらんな言動を鵜呑みにするのは危険だろう。

 仲間が近くに潜みバイスがそれに気づいているなら隠すだけ無駄だ。ここで下手に小細工しよとして仲間に向けて魔法を打たれたら拙い。


「いや、多分そいつらは仲間だ、合図をするから待ってくれ」

 ゲーリッツが手振りで合図すると、仲間それぞれ違う方向から木々を掻き分けて顔を出した。古株の順にクローツ、ヘイムル、ウィントの三人。これにゲーリッツとトリスを加えた五人がゲーリッツのパーティーだ。

「ゲーリッツ、そいつは何者だ? お前たちの向かった方からでかい音がしたのも、何か知っているか?」

 クローツの顔にあるのは困惑と警戒。警戒はもちろんバイスに向けられたもで、三人とも(クロスボウ)太矢(ボルト)(つが)えてすぐに撃てる状態だ。


 ゲーリッツはまずバイスを刺激しないようにクロスボウからボルトを外させ、別行動してから何があったのかをなるべく手短に説明する。特にバイスが魔獣を倒した辺りなど、その見ていなければ正気を疑われるだろうと、バイスが岩熊を仕留めた以外はすべて省いた。

「一人で岩熊を二頭も? まさか、しかしこの傷は……」

 ゲーリッツ達が岩熊を仕留めるなら特注のボルトで痺れ薬を撃ち込み、出血と合わせてで弱らせてから急所を突いて止めを刺す。当然獲物は傷まみれだ。

 ゲーリッツとトリスの二人だけでも岩熊を仕留められるが、やはり弱らせて止めを刺すから傷だらけになる。

 それに比べてバイスが仕留めた岩熊は一頭が喉を裂かれ、もう一頭は完全に首を落とされている以外、傷らしい傷がない。


「すごい切り口だね。その腰の鉈、見た目は普通だけど業物?」

「止めろウィント」

 ウィントを止めるが一歩遅かった。

「いや、安物だ。首を裂くのがせいぜい。二頭目は手刀を使った」

 ウィントが「何を言っているのか分からない」とゲーリッツに目で問うてくるが、訳が分からないのはゲーリッツも同じ。こうなるから細かい事を省いたのに台無しだ。


「首のないやつ、それは本当に手刀で切り落としてたぞ。さっき気にしてたでかい音もそいつの魔法だ。属性魔法じゃなくて無形魔法と言ってたが、一発で魔獣がひき肉になって俺たちゃこの有様だ」

 歯切れの悪いゲーリッツの代わりに、トリスが何故血塗れなのかも説明してくれた。

 ウィントはやはり訳が分からないという様子だったが、ゲーリッツが無言で頷くと信じらないと言う顔でバイスを見る。

「最も強化しやすいのは自分自身の体だ。武器が粗悪なら素手で戦う方が良い」

 暴論とも言えるバイスの意見にゲーリッツ達の目が泳ぐ。クローツとヘイムルも深く突っ込んではいけない相手と察したようだ。

 まだ若いウィントはあまり深く考えていなさそうだが、四人の無言の圧力を感じ取って口を閉ざす。


 無形魔法は魔力をそのまま使う魔法の総称で、属性魔法と違って特別な才能が要らない。

 攻撃手段としては属性魔法に大きく劣るが、身体能力の強化や身に着けた物の強度の増加など、無形魔法にしかできない事も多い。

 戦闘寄りの冒険者であれば一通りの無形魔法を使いこなせて当然。だからバイスの主張の方がおかしいと自信をもって言い返せる。

 粗悪でも金属製の武器と生身の拳を比べれば武器の方が頑丈で、強化の効率を考えてもその差が簡単に引っ繰り返ったりしない。

 もしもバイスの主張が正しいなら、一流の冒険者や兵士には一定数の素手(ステゴロ)派がいるはずだが、そんな話は聞いた事もない。

 無形魔法の射撃にしても、普通は鍛えても投石紐(スリング)の投石より少し強いか、大人の身体を吹き飛ばす程度。一撃で魔獣を粉砕する威力はおかしい。


 明らかに異常な戦闘力を持つバイスは一体何者だ? と、ゲーリッツは考える。

 素手で魔獣を倒せるだけならまだ理解できる。魔獣は魔人の影響で生まれ、身体強化を使いこなす危険な獣だが、一部の凶悪な種類を除けば装備や戦術を駆使して狩る事が出来る。才能のある者が鍛錬を重ねれは武器無しでも倒せるだろう。

 最初から素手で戦おうとするかどうかは別にして、国や聖導教会と言った大きな組織の精鋭ならそれほどの使い手が何人も居るはずだ。

 実際、バイスも最初は武器で首を落とそうとして、気に入らなかったから素手に切り替えていた。なら本来はもっと良い、()()()()()()()()を使っていたのではないだろうか? それが安物の武器と粗末な服装で魔獣の住む森の中で一人。怪しすぎる。

 もしもバイスのズレた言動が演技か何かで、厄介な事情なりややこしい密命なりを抱えているのなら、余計な事を知った者を口封じしようと考える知れない。


 ゲーリッツ以外も似たような結論に達したらしく、目線を交わして頷き合う。

「その辺りの話は後にして森の外に出よう。流石にこのまんまってのは具合が悪い」

 ゲーリッツとトリスは魔獣の血肉を頭から被っていて、匂いで魔獣を呼び寄せてしまう。今はまだ生臭いだけですんでいるが、時間が経って腐臭に変わったら大変だ。

 既にゲーリッツのズボンは血肉とは異なる刺激臭を出し始めている。冷えるだけならいくらでも我慢できるが、臭いと仲間の視線と、誰も何も言わない気遣いが辛い。


 多分心配いらないのだろうが、両手が岩熊で塞がった無防備っぽい姿のバイスを一人で歩かせるのも気が咎めた。


 ◆◇◆◇


 魔獣の生息地のそばには警戒や狩りの拠点として簡易な野営地が作られる事が多い。

 一般的なのは誰かが勝手に小屋や幕屋を建てて、皆で使いまわして修理を繰り返し、素人の手に余れば冒険者ギルドを通して職人を呼ぶ。稀に冒険者ギルドや領主が作らせ管理する野営地もある。

 西の森の野営地は後者で一通りの設備が整っている。それでも強い雨風も凌げる程度の小屋一つに石組みの竈と井戸、獲物を解体する専用の解体小屋と馬小屋だけ。時々魔獣に壊されるので立派なものを揃えても無駄が多いのだ。


 野営地に着いてそのまま解体小屋に向かうバイスをゲーリッツが引き留める。

「待て待て、解体(バラ)しちまったら持って帰るのが大変だぞ。それに一目で状態の良さが分かるから、そのままの方が金になる」

 荷物を減らしたり保存を良くする為に獲物を解体する訳だが、岩熊は内臓にも価値があるので解体してもあまり量が減らず、小分けになって持ち運び難くなる。仲間がいて荷物を分けられるなら困らないが、一人二人だとそのまま街の解体所に持ち込む方が楽だったりする。


「良い具合に荷馬車も来てるから、他の奴にとられる前に積んじまえ」

 街と野営地を往復する荷馬車は有料で、怪我人がいれば譲るのが暗黙の了解だが、そうでなければ早い者勝ち。荷馬車を動かすのは野営地の管理人を兼ねた御者一人だけなので、今を逃すと丸一日待ちぼうけになってしまう。

 ゲーリッツにしてみれば先輩冒険者として当たり前のアドバイスだ。


 バイスはいまいち読みづらい顔でゲーリッツの忠告を思案して、やがて結論が出たらしい。

「成る程、教えてくれて助かった。それでものは相談なのだが――」


 ◆◇◆◇


「乾杯!」

 夕刻、ゲーリッツ達は行きつけの酒場で打ち上げをしていた。

「おいゲーリッツ、ちゃんと体は洗ったのか?」

「見てみろ着替えてるだろうが!」

「そうそう、今日の稼ぎはぁ、半分ゲーリッツのお陰みたいなもんだろうが」

「ゲーリッツに乾杯!」

「てめぇらっ!?」


 元々ゲーリッツ達はバイスと別れた後、野営地で軽く休んでもう一度森に入るつもりだったのだが、バイスが岩熊一頭を譲ると言い出したのだ。魔獣寄せの罠や()()の迷惑料だと。

 素直に受け取るには岩熊一頭は高すぎたが押し問答をしても藪蛇になりそうで、半ば口止め料のつもりでゲーリッツ達は岩熊を受け取った。

 そしてトルーデンの街について解体所に持ち込めば、岩熊という大物が二頭まとめて、それも滅多にお目にかかれない状態の良さとあって少し騒ぎになった。解体所の職員が目をむいて色々と訪ねて来たのには辟易したが、相場の五割増しの値が付いたので細かい事は忘れてしまった。肉や内臓はもちろんだが、傷の無い毛皮にもいい値段が付いたのだ。


 現金なもので、帰りの道中は口数の少ないバイスに戦々恐々としていたゲーリッツ達も、金が手に入れば考え方をガラリと変える。

 流石に飲みに誘いはしなかったが、バイスの評価も『得体の知れない危ない奴』から『なんか変だが悪い奴じゃない』ぐらいになっていた。

 そこ酒が入れば「口止め料? そんな事より飲め飲め!」という具合で舌の滑りも良くなり、景気の良さを嗅ぎつけた顔なじみも加わって盛り上がる。


 後日、ゲーリッツ達の話に解体所の職員の証言も合わさって、新進気鋭の冒険者()()()の噂がトルーデンの街に広がり、一人の受付嬢が狂喜乱舞した。

今回のまとめ

ステゴロ最強説、ソースは熊。

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