村っぽいところ編 その8・答
8月3日
朝10時。結局、昨日は一度ワープで家まで帰った。(てか、帰らさせた)探偵の真似事も楽じゃーない。いつもいつも思うけれど、テレビや小説の探偵はコミュ力に溢れすぎている。謎を解き明かしたとしても、その後に集めるのがめんどくさい。ほんと。めんどくさかったわー…。
「…そろそろ、何のために集められたのか教えてくれないかい」
村長。だけではない。この場にいる人間は、テル、カナ、フミカ、テツヤ、岬ミキ、ミキの父親、テルのお母様、村長、そして金髪オールバック。私とはんぺんももちろんいる。場所は村長のお家だ。
「…よく聴いてください」
マジトーンになる私。そりゃ、緊張する。
「この村で、人殺しが起きました」
「ふーんそっか…ってはぁ?!」
驚いていない奴はいなかった。まあここでボロが出るような犯人は居ねぇよなぁ…。
「人殺しって…物騒だね」
村長が物腰柔らか~く言う。
「ホントに、そんなことあったのかよ!?」
テツヤ。あったんだよ…マジで。
「誰が、殺されたんだよ?」
金髪オールバック。
…そうだ。この人たちは、誰が殺されたのかも分かっていない。一部を除いて。
「…分かりました。まず、それをお教えします」
さすがに気が引けるなぁ。
「殺されたのは、カナちゃんのご両親です」
(な…なんですってー!!)
いや、はんぺん。お前は気付いてたろ?お前のランプが点滅したの二回なんだぞ?二人死んでんじゃん?
「そ…そんなのあり得ないです!」
カナが叫ぶ。
「そうだよ、ミソラさん。カナちゃんの両親は東京で働いてる建築士なんだよ?知ってるよね?だから今、村にいないのは殺されたからじゃない」
テル。
「東京の職場の方に連絡させてもらったけど、今は休暇中で家に帰ってる、ってことだったよ」
…嘘。だけど、たぶん正しいはずだ。名字はあさだ、だったか。
「そんな…!」
カナはそう言ったきり黙り込んだ。
「まず、今回起こったことをはっきりさせなければいけません。事件に関係のあるもの、ないものを分けなければ。…ね?オールバックさん」
「…なんだよ」
まず、このオールバックのことからだ。
「あなた、確かスポーツカーに乗ってましたよね?」
「…なんで、そんなこと訊くんだよ」
「とにかく。乗ってましたよね?つい最近まで。具体的に言うと、昨日…いや一昨日の深夜くらいまでは」
私が目撃したのも、たぶんこいつのだ。
「…知らねぇよ」
こいつ…。どうしてそう知らない知らないと言うかねお前はよ!
「テメー…人の命が懸かってんだよ!答えろっつってんだろ!?…あ」
あ。完全に素が出てしまった。これではヤンキーJKである。
「ミソラさん…?」
「あ…ああ。乗ってた」
ビビってくれたのかよく分からんが認めた。
「…ありがとうございます。続けます。それで、どうして帰りはスポーツカーじゃなく、歩きだったんです?」
「それは…」
黙ってしまった。なら、補足してやるしかない。
「抵当に入れたんでしょ?車を」
「…!」
目が点になってるから、ビンゴだな。たぶん…。
「あなたは都会で借金を作ることで有名だそうで。ここに帰ってくる前、東京にでも居ましたか?」
「…東京じゃねぇ。神奈川だ」
…もしかして、こいつはちょっとバカなのかもしれんな。
「お訊きします。ナンバーは1954ですか?」
「…そうだよ」
正直でよろしい。
「おかしいですよね?私、あなたの車を1日にお見掛けしました。村から外へ出ていってました。それが、昨日の朝には帰ってきていた」
「…どこがおかしい?」
「神奈川で車を抵当に入れたとするなら、あなたはここまで徒歩で帰ってきたことになる」
「どうしてそうなる?バスや電車だってあるだろ」
「あなたが帰ってきたのは、朝の4時くらいのはずだ。噂になったのが朝の5時くらいですからね。最短でも一時間くらい、噂になるにはかかるでしょ?…まあ、ミキちゃんのこともあって、伝わるのが速かったのかもしれません。それはいいとして、つまり、あなたは夜中にバスや電車を利用したことになる」
「…夜行バスってのを知らないのか。俺はそれに乗って帰ってきたんだ」
後先考えない野郎だ。
「夜行バスっていうのは、ふつう都会と都会を繋ぐでしょ?まあ、例外はあるかもしれない。だけど、歩いて帰ってくるにはあなたは最低でもていめい市には着かなければならない。つまり、ていめい市に夜行バスがあるってことになる。でも、それはない」
この村の入り口は一本道なのだから、ていめい市を必ず通る。だが、ていめい市には東京行きのバスは存在しない。テルが言っていた。東京の真下の神奈川なら、なおさら徒歩で帰る手段などない。
「…タクシーだ。タクシーで帰ってきたんだよ」
…苦しい、な。
「神奈川から、この東北の村まで?ずいぶん懐に余裕があるんですね?」
「…」
まだ、言い訳を考えるつもりか。
「いや、やっぱり夜行バスだ。ていめい市の横の市で降りて、そっから歩きで帰ってきた」
「何市です?」
「それは…」
「もう、やめろ」
村長が口を開いた。
「親父…!」
「この娘には、もう分かってしまっているようだ」
「…」
なんか買い被られてる気もするけど…まあいいか。
「じゃあ、本題に戻ります。久美さん…あ、息子さんの方ですよ。あなた、車を盗りましたよね?」
「…」
「…ああ。その通りだ」
やはりか。息子を匿っていたってわけね。
「ちょっと待てよ、どういうことかわかんねぇ」
テツヤが戸惑っている。
「それが、人殺しとどう関係あるんだよ?」
「うーんとね…正確には、これは関係ないよ」
「関係ないのかよ!」
関係ないんだよ…。
「久美さん、あなたは借金が全額返済できなかったのかなんだか知らないけど、とにかく逃げてきた。その時、車をパクってきたんだよね」
「…」
「で、大谷に落とした。証拠隠滅だね」
「待って、大谷に車を落とす場所なんてあった?フェンスで囲まれてるよ?」
ちっちっちっ。あるんだな。
「フェンスに沿ってしばらく行ったらあるよ。両開きのフェンスが。ね、テルちゃん」
「…うん」
テルは小さく頷いた。まあ、一緒に見たからな。
「これが、昨日の朝のデカい音の正体。…大谷の管理者って、村長さん。あなたの家ですよね?」
「…ああ。そうだよ」
「でも、息子さん。不思議なことがありませんでした?」
「…なんだ、よ」
すっかり元気がなくなっている。
「フェンスの鍵、開いてませんでした?」
「なーーー」
村長が驚きを見せた。
「そう…なのか?」
「…ああ。開いてた。つーか、錠前が無くなってた」
「村長さんの家が、鍵を管理しているんですよね?」
「…うん。そういえば、どうして鍵なしでフェンスを開けて、車を落とせたのか…。不思議に思うべきだった」
そしてあと1つ。
「みなさん、覚えていますか。昨日の朝と同じような音が、一昨々日にも聴こえたことを」
「…あー、らしいね。聴こえなかったけど」
テルのお母様が答える。
「俺はばっちり聴こえたぜ」
「私も」
テツヤとフミカ。
「それが、どう関係して…」
オールバックから尋ねてくるとは意外だ。
「つまり…一昨々日にも車が落ちてるんですよ。その、カナちゃんのご両親を乗せたまま…」
それを実行したのは。
「それを実行したのは、」
「カナちゃん、君だよね?」
「…え?」
カナの声が静寂を破る。
「嘘だろ…?」
「そんな…」
「そんなわけ、ないでしょ!」
大声を上げながら、ミキが私の胸ぐらを掴んだ。
「ミキ!何やってるんだい!」
ミキの父親が制止しようとするが、ミキはそれを払い除けた。
「そんなわけあるんだよ。今から説明するから、黙って聴いてろ」
「…っ!」
ぱっ、と手を放されたせいで、私はちょっとよろけた。
「カナ、いこう」
「うん…」
ミキがカナの肩を抱えた。
「ダメだ。最後まで私の話を聴いて」
「…わかりました」
「カナ!」
「私はお父さんとお母さんを殺してなんかないから」
「カナ…うん。わかった」
二人は肩を寄せたまま、こちらを見ている。ミキは私の顔をずっと睨み付けている。…こええ。
(ホントに、カナが…?疑いは晴れたんじゃなかったんです?)
いや。予想していた被害者が違ったことで、心的には疑いが晴れたように思えるが、そうではない。岬ミキが生きていたところで、カナが怪しいことに変わりはなかったのだ。
「まず。テル、一昨日の朝、誰がミキちゃんが行方不明になった、って言ったの?」
昨日と全く同じ質問だ。
「…どうして、私に訊くの?」
「意地悪だからかなぁ」
「…覚えてない」
「でも、それは嘘だから」
ああ。確かに嘘だった。
「……カナちゃんが、最初に言った」
テルも私のことを睨んだ。
「ありがとう。…おかしい、よね?あの日、集合時間は何時だったっけ?テツヤ」
「えと…確か、8時だったような」
「そう、8時。彼らは8時に約束をしていた。で、ミキちゃんがいなくなったと発覚したのは7時、そうですよね?」
「ええ、まあ…」
ミキの父親が頷く。
そう、違和感の正体はこれだったのだ。私は、7時に発覚したようなことを、よく8時から遊んでいた彼らが知っていたな、と思っていたのだろう。
「でも、最短で一時間で噂になるって言ったよね?別に、知っててもおかしくないんじゃない?」
テル。
「うん。そう、おかしくはない。けど、カナちゃんはご両親もいないのに、どうやって噂を知ったのかなって」
「そこら辺の人から聴いたんじゃないかな?」
「それもおかしくない。まあ、これはちょっとした違和感を感じただけ。ここからは、確かにおかしいこと」
…押し切れる、だろうか?
「カナちゃん、ミキちゃんと喧嘩してたそうだけど、なんで?」
「そ、それって…」
この質問も二回目だ。テツヤを同時に好きになったからとか、なんとか。…だが、確かに嘘だった。
「じゃあミキちゃん。どうして喧嘩してたの?」
「…別に、大したことじゃない」
「そう。じゃあもう一つ。昨日のデカい音…久美さんがスポーツカーを落とした音な訳だけど、みんな聴こえたんだよね」
ほとんどの人間が頷いた。テルと、テルのお母様を除いて。
「テルちゃんのお母様。昨日はだいぶ早くに起きられてたみたいですが、なんでですか?」
自分に質問が来るとは思っていなかったのか、豆鉄砲をくったような顔をした。
「えーと…確か夏のコーディネートを試してたから、起きてたはず…」
さすがスタイリストだぜ。意味わからんことしてんな。
「音は聴こえませんでしたか?」
「うん。全く」
「つまり、テルちゃんの家には谷の音は届いていない。これは距離的な要因です。だが、カナちゃんは聴こえたと言った。でも、カナちゃんの家ってどこにあるんでしたっけ?」
テルの家を横切った…さらに奥だ。
「なら、絶対に、聴こえないはずですよね?」
「…そんなの分からないよ」
テルが食って掛かってきた。
「じゃあ、試してみる?」
「…っ、それに、カナちゃん一人じゃ車なんて落とせないよ」
「幾らでも方法はあるよ。アクセルに紐をくくりつけて引っ張ったりとか、崖のギリギリで停めて押したりとか。そういう道具がいっぱいあるんでしょ?カナちゃんの家には」
意地悪い言い方だと、自分でも思う。
「…それでも、それでも決定的な証拠は、なんにもないよ」
「…そう。決定的な証拠なんて、なにもない。でも、私の予想はこう。そして、ミキちゃん。あなたは村の人の注目を、あの音から逸らすために…家出をしたんだよね。だから、あんな中途半端な時間を空けて、帰ってきた。その途中で久美さんと会ったんだ」
「…」
口を決して開こうとはしない。
「ミキちゃんは協力してくれた。でも結局怖くなって…カナちゃん、あなたは谷に確認しに行ったんじゃない?昨日の深夜から早朝にかけて。その途中で、二回目の谷の音を聴いた」
「…知らない。知らない知らない知らない!」
カナは首をぶんぶんと横に振った。
「…カナちゃん。あなたとご両親の間に何があったかは知らない。けれど、どうあれ殺人は、認められやしない」
「だから…カナは殺してないっていってるじゃない!」
ミキが悲痛な叫びを上げた。
「自首して。でないと…私は、谷を下るよ、きっと」
地上へ悲鳴も届かないほどの、深い深い谷の底には、もがきながら亡くなった二人の遺体と、二台の車の残骸が横たわっている、そんな景色が想起させられた。
二人は、即死ではなかったのだ。だから、時間差があった。気を失ったまま衰弱して亡くなったのか、どこか大きな傷を負い、苦しみながら亡くなったのか。どちらにせよ、彼らは一昨日の朝と、昨日の夜、亡くなったのだ。私は、すぐ側にいた。
「…テルちゃん。いつから気付いてたの?」
テルは事件の全貌に気付いていたのは明らかだ。だから、嘘をついた。
「…気付いてなんかないよ?だって、カナちゃんは人殺しじゃない」
「…そっか」
テルは、拳をぎゅっと握り固めていた。
「…カナちゃんは、勘のいいテルちゃんが怖かったんじゃ、ないかな?」
「…」
カナは暫くの無言の後、ぽつりと洩らした。
「…もう、痛いのは嫌」
・
私の仕事は、これで終わりだ。村長の家に背を向けて、歩き始める。後方から引き留める声が聴こえるが、振り返りはしない。
「はんぺん、帰るぞ」
(で、でも…)
「こっからは、私の出る幕じゃない。カナがなんで両親を殺したのか。どうしてカナをミキは助けたのか。…動機は、事実には関係ない」
(…驚きました。知らない間に能力を使ってたなんて)
「…まあね」
確実に、嘘だと踏んでいたから使った。だが、同時に違ってほしいとも思った。完全に肩入れをしてしまっていた、あの子達に。
「…私。友情壊しちゃったかな」
朝と言うよりも、すっかり昼の様相を呈しているこの村は、樹々が周囲を囲っている。一吹き風が吹くと、ざわ、と連なるようにして木々が揺れる。木漏れ日が小川をてらてら照らす。谷の底まで、木漏れ日は届いただろうか。私は、この場に立ち会う権利があったのだろうか。掻いた汗が、じんわりとブラウスを濡らした。
ここでミソラの生態に迫ってみよう!
名前:坂月魅空
年齢:19歳
職業:大学生
スリーサイズ:検閲済・検閲済・検閲済
趣味:悪態、検閲済、読書
好きな食べ物:漬け物
「どこが迫ってるんです?」
ーーーーはんぺん、脱落!