村っぽいところ編 その5
8月2日
うたかた…というには大げさなのだけど、クラクラする頭の中で、昨日の夜のことを考えていた。テルが「ベッドで寝てもいいよ!」って言ってくれたけど流石にアレだと思って断ったこととか、エアコン点けるの勿体ないからって窓を開けたりとか、好きな子はいるのかって問い詰めたりとか…。
って大事なのはそこじゃない!
一体どういうことなのだ、岬ミキが帰ってきたというのは。…言葉通りか。言葉通り?
「うーん…どうしたの」
テルが目を覚ました。お母様、お声が大きゅうございますよ。
「だから、ミキちゃんが帰ってきたんだって!」
寝起きの頭には、女の子ハンターの甲高い声がよく響く。
…つまりは。今までのことは、全て前提から違っていたということか。殺されたのは岬ミキではない。この村の誰かであることに間違いはないが、それは…誰だ?
(みそら!これは…)
はんぺんがあたふたしている。
「わーってる。…てかお前の情報が間違ってんじゃねぇの?」
そもそもこの村で起きたっつったのはお前だぞ、はんぺん。
(それは…簡単には説明できないけどあり得ないです!)
「説明できないのかよ…」
(はい。確かにあの瞬間、命が失われましたです)
「…じゃあ、お前のセンサー…かどうかは知らんが、それは人が死んだら反応するわけね?」
(うーんと…少し違うけどそうです)
「はっきりしないやつ…」
だがこれは一大事である。一刻も早く詳細を確かめねばならない。何か足りない情報があるのだ。
だけど…眠…すごく…眠い…。まだ朝の5時だ。よくまあお母様は起きてらっしゃったな。
「なあはんぺん…日が昇ってからでいいか…?」
(一刻を争うですよ!)
「いやでも…」
ふと気付くと、もうお母様は部屋にいなかった。そもそも何でお母様はミキが帰ってきたことを知ったのか。
ババアジジイは早起きだから、帰ってきたミキを見て大騒ぎして、村中に即座に伝播したって感じかな。お母様はババアとは程遠い容姿をお持ちだけどな。
「後からさ…詳細訊くからさ…」
(…まあ、確かにこのままだと頭が働かないかもしれませんから…)
「さんく…」
頭の中では考えは巡っていたのに、眠気がすぐにそれを押し流した。いやー、やっぱ人間は脳より体ですなぁ。本能には逆らえぬと。いや、本能は脳にある気がするんだけど…。などとセルフで突っ込みをしているうちに…
・
起きたのは朝8時。自然に目が覚めた。あれから3時間経過した。お母様はご帰宅しており、なんと朝ごはんを製作なさっていた。製作なさっていたとはなんだ。すっかり私はテル一家のシンパになってしまった。やっぱビジュアルが正義だってね。偉い人も昔から言ってたよ。
「おはようございます…」
「おはよう、ミソラちゃん」
なんと爽やかな朝であろうか。眠気がふっ飛んだような気がした。こーいうのってなんだか久しぶりだからなー。大学生になったら自炊するとか思ったら大間違いだぞマジで。朝食とか食わない方が圧倒的に楽だから。それか菓子パン。
…そういえば、テルはどこに行ったのだろう?
「あー、テルならミキちゃんの所に行ったよ」
キョロキョロしてたせいで察せられてしまった。…そりゃそうか。数少ない友達の一人だからな。いや、別にバカにしたわけじゃないよ?田舎だから仕方ないからね?私の方が多いとかそういうアレじゃないよ?
「私も行かないと…な。どこにいるんです?」
「んーっとね、久美さんのところ」
く、クミサン?新キャラじゃないか。
「あーとね、多分思ってるのと違うよ」
また私の顔を見て察せられた。よく人のこと見てんな…。
「久美ってのは名字。あの旧村長よ」
旧村長…って、あの村長のことか?村長村長と村長カーニバルでも開けるくらい村長の字が多い。…自分で言っててよく分からん。
「あの縁側の」
私がそう言うと、「そーそー」とお母様が答えた。
「え、今は村長じゃないんですか?」
「行政力はないからねー、そう呼んでる人も居るけど」
「あー、昔の、的な」
すっげー適当だな。私の言葉だけど。
「そうそう。市町村合併があったからね。ここはもう村というか、正式には地区の方が正しいんじゃない?」
それにしちゃーあのジジイさんは慕われてるなぁ。地区長とかそういう事なんだろうか?それとも昔の名残?
「取り敢えず、ご飯食べて、それから行ってみたら?」
「あ…ハイ、ありがとうございます…」
「かわいい女の子は朝食もしっかり食べないと!かわいさを維持できないわよ~!」
「あーそうですねー」
勢いを取り戻してきたぞ…女の子ハンターが…。
・
パジャマ(はんぺんに取りに行かせた)から適当な服(はんぺんに取りに行かせた)に着替える。ちなみに、チャイナドレスは泊まる前に骸骨へしっかり返却しておいたから安心だ。
「…あれ?」
服のサイズが合わない。お気に入りのハザードマークが背中に描かれたパーカーがぶっかぶかだ。肩幅とか特に。
「これどういうこと?はんぺん」
(この際、服のセンスにはツッコミませんですが…ミソラ、今は女子高生です)
「あ…そっか。そーいえばなんで女子高生なんだっけ?」
(…ミソラのモチベーションを上げるため、です)
「…そう」
(とにかく、合うサイズの服は制服しかないです)
「えー、また制服かー…」
(昨日はすぐチャイナドレスに着替えたから汚れてないハズです!)
「…まあ仕方ねぇか!」
なんかどーでもいいことで悩んでんな。
・
村長の家まではまあまあな距離がある。歩きで行ったら30分くらいかかった。なので、到着した頃には疲れきってしまった。マジ、つらい。ローファーだぜ?足のサイズまで縮んでると思わなかったわ。おかげで運動靴のサイズ合わねぇし。
「あ、ミソラさん!」
メンバーは全員いた。カナ、フミカ、テル、テツヤ。縁側は開けていたが、そこに村長はいなかった。
最初に声を掛けてきたのはカナ。テルが言っているようなピリピリは見られない…と思うが。
「ミソラさんも聴いたんだろ?驚いたぜ…」
「朝から村中で大騒ぎだったもんね」
「ほんとほんと!」
フミカがうんうんと頷く。
…みんな表情が明るい。そりゃそうだな。うん。友達が帰ってきて嬉しくない訳がない。たぶん。
「で、なんで立ち往生してんの?村長さんの家の前で」
「それが…」
カナが説明を始める。
「ミキ、若い男の人に連れられて帰ってきたらしくて…」
「若い男?車で?」
「いいえ」
首を振る。
「歩きで」
「歩き…で?」
誰だその男。家出を手引きした人物なのか、なんなのか。こっちこそ正真正銘の新キャラだ。話を聴くに…ミキと仲良く歩いて帰ってきたってことなのか?東京から。
うーん、分からん。
「で、それが立ち往生とどう関係するの?」
「その人とミキと村長が、ずっと家の中で話してるんです。割って入ってく訳にもいかないから…」
「あー…そっか。じゃあ待つしかないか」
「はい。もうしばらくは待とうと思います」
…若い男。岬ミキの帰還。だが誰かは死んでいる。それが誰か。私の探ってきたこととは無関係なのか、それとも…。
はっきりしているのは、やはり何か情報が足りていないことだ。私はこの村にとってよそ者なのであるから、話してもらっていないことも多いはずだ。そこに、紐解くヒントがあるのではないか。
とにかく、今のままでは何も分からないことは分かる。
…って、深刻みを出してみたけどどうしよーもないよね。不思議に思ったことは片っ端から訊いていくか…。
「お、話が終わったみたいだぜ…」
「女の子は…主食」
ーーーーテルの母、犯行予告