ドールtoドール編 その1
察知:雪のような、白い四肢への憧憬。だから海辺は嫌いだけれど、仕方はない。
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8月9日
やぁやぁ。私は船の甲板にいた。潮の臭い、というか生臭~いニオイが私の鼻孔を3段突きしてくる。海は開けていて、地球が丸いんだなぁと思わせる。…なんで、こんなとこにいるのかって?そりゃ、当選したんだよ、ドール館のご招待にね。…海沿いじゃなかったっけ?なんで船に乗る必要があるんだ?私もそう思う。でも、流れでそうなっちゃったんだから仕方がない。
ーーーーー
今日の朝9時頃。私はキャリーケースを持って神奈川県南部の海沿いを歩いていた。当選通知は7日に来た。ハガキで。つーか通知から2日後って急すぎだよな。でも交通費も出してくれる(今朝確認したら口座に振り込まれていた!もちろん口座番号を教えたのだ)し、朝昼晩の食事も出るらしいし、当たったなら行くしかないわけだ。まあまあ人気があったようで、だいぶラッキーだったみたいだな、私。
ここ、神奈川南部にはバスやら鉄道やらを乗り換えしてやってきた。最近の携帯はほんと何でもできるね。指示通りに乗るだけ。交通費は必要以上に支給されたんで、服代の足しにしてやろう。
「浮かれてるですねー」
はんぺん。着いてきていたのか。
「言っとくけどな、今回は事件が起きたとしても行かねえからな」
「それはだめですー」
「いや、さ。私は行きたい行きたいと思ってる無数の奴らの中から選ばれたんだよ。楽しむのが義務でしょ」
「ちょっとよくわからないです」
自分でもちょっとよく分からん。
「人形邸っていうのは、どこにあるですか?」
「いや…それがよ。なんか、集合場所は海岸の船着き場になってるんだよ」
「船着き場?海沿いにあるんじゃなかったですか?」
あるんじゃなかったですかって語尾のせいでもうよくわからんな。
「確かそうなんだけど…あれか?」
凸っとなっている船着き場に。…巨大なクルーザーが停泊している。すっげー違和感だなぁ。あーいうのは、海外の動画配信者とかが乗るってイメージだ。それなのに、こんなとこにあるのって…。道路からもはっきりと見える。だからか、見物客もまあまあ集まっていた。私あそこに行くのかーやだなー。とたんに自分の服装が気になってきた。JDってワンピース着ててええんかな。…流石にいいか。
「あれは…すごいですね」
「うん…まあこういうイベント開くくらいだからな…」
イベント、てのはもちろんドール邸へのご招待のことだ。
「ところで。クルーザーがあるということは…」
「どっかに連れてかれるんだろうな。離島とか孤島とか」
「だ、大丈夫ですか…それ…」
「いざとなったらお前のワープ使うし」
「はあ。自宅しか無理ですけど」
十分だ。というか何で私の家だけしかワープできないんだよ。
「まあ、いざという時はきっと来ないです」
「頼むぜマジ」
「ミソラ様ですか?」
「うおっ!?」
つい下品な口調になってしまった。細身のスーツの男性が横からにゅっと現れたからビックリしたのだ。サングラス掛けてるし。おでこの方にニキビの跡が見えたから、たぶんまだ若いのかな。私も若いけどさ。
「あの…どちら様で」
「この度はご当選おめでとうございます」
話を聴けよ。
「はあ、どうも…」
「あちらのクルーザーにて皆様お待ちです」
やっぱりあのクルーザーか。…それにしても、もうみんな来てるのか。時間に遅れた覚えはないんだけどなぁ。今は集合時間の15分くらい前だし。
てかこの人はSPかなんかか?ドールメーカーすげえな。儲かってんか?そんなに。
「関東圏の当選者様はミソラ様とハルノ様だけですので…他の方は時間に余裕があったのです」
いろいろ突っ込みたいぞ。
関東圏じゃなかったら時間に余裕があるんか?なんか飛行機の時間的に時間が余るのは必然とかそういうことか?ならそれを省略すんな?ハルノって誰やねん?名前出さんでよくない?そのサングラスなんなん?舐めてる?
「どうかされました?」
「いえ、なんでも」
にこっ、と笑う。めっちゃ頑張って笑顔作った。ダメだわ私この人ダメだ。なんか距離感分かってねぇし…自分の中では分かってるんだろうが言葉に出すとき省略しまくるし…。なんか…なんかそれ以外でもなんか無理!私はニュアンスの世界で話をしている。
事件の証人とかだったら最悪だよな。
…フリじゃないよ?
「こちらへどうぞ」
「はい」
SPっぽい生理的に無理な若者が人の並みを掻き分けていく。そうしてできた道を私が通る。お嬢様になった気分ですわ。おほほほ。虚しいけど。
「よくいらっしゃいました、ミソラさん」
クルーザーの入り口に、腹がでっぷりとしている十円ハゲおっさんが立っていた。ザ・中年と言った感じだ。高年寄りの。
「いえ、こちらこそご招待いただきましてありがとうございます」
ちょっとお嬢様っぽく言ってみた。ありがとう存じますの方がよかったかな。
「皆様船内でお待ちです。どうぞお入りください」
話し方が落ち着いている。この人は…万年平社員って感じでもないなあ。中間管理職だったらイメージとぴったりだけど。
(…ミソラ、いまは探偵しなくてもいいですよ)
はんぺんがステルスモードになっていた。確かに、人の行動やら容貌やらにいちいち思考しすぎかもな。ま、それは癖みたいなもんだから仕方ないっちゃ仕方ない。…てか、こいつ人の思考読んでない?
クルーザーは私が歩くくらいではびくともしない。地に足着けて立ってるくらいの安定感だ。歩く度に小気味いい木材の音が鳴る。いやー落ち着くね。やっぱり木だよ木。
なんかクルーザーの中に部屋があるみたいで、乗ったところ(船の尾っぽ)のすぐ目の前にドアがある。
ーーーーー
結局、なんでクルーザーに乗ってるのか分からなかった。訊けばよかった。他の参加者と顔を合わせるのがなんかなぁ…って思うから、甲板にやってきたのだ。クルーザーだから甲板ってほど大したもんではないけどね。
「あ、あの…」
女の子の声だ。
「はい?」
振り向くと、背の小さい、真っ白な少女がいた。真っ白って肌ね。年は中学生か高校生くらいだろうけど、髪の毛がまあまあ長い。…ん?なんか、かわいいぞ??
「あなたも参加するの?」
(声作ってるですーいいとこ見せようとしてるですー)
うるせえ。今は年長者の余裕を見せなければならぬ。かわいいから。どこがかわいいかと言われると…顔?
「は、はい。あの…その…」
あたふたしてる。かわいい…。最近会う女の人はすべてかわいい人だなあ。今年の夏はいいことあるなぁ。
「どうしたの?」
「あの…やっぱり、お人形さんがお好きなんですか?」
「あ…うん。まあ、こんなイベントに応募するくらいだからね。あなたも好きなんじゃないの?」
「…」
少女は少し黙った。…そんなシリアスな質問してないよね私?
「まあまあです」
少女が微笑んで答える。かーわいいー。
「他の参加者さん、どんな人たちだった?」
ついでに聴いておこう。
(直接会えばいいです!)
なんか嫌じゃん。こっちの方が心の準備できるじゃん。
「あ、ええと…みんな、女の子ばっかりで…」
「ええ!」
…いかがわしい企画なのかコレは?
「男の人はいなかった?」
「たぶん…あのグ…サングラスさんと中年の男の人以外は見てないです」
マジか。まあ男なんぞ居なければどうということもない。ただ、当選したのが女の子ばっかりっていうのは…ちょっと怖いよな。
(なんでです?)
はんぺん。小声で答える。
(そりゃ、怖いだろ。なんか目的があるのかな、とか思うじゃん)
(人形好きの男の人が少ないのでは?)
(…それでも応募者は居るだろうし、普通均等くらいにするだろ?なーんか怖いな…いざとなってらワープよろしく!)
(危険になったら任せてください!)
「あの…どうしたんですか?」
「ん、いやいやなんでもないよ?」
「……」
少女がこっちをじっと見ている。照れるけど、何?
「あの…お人形さんのどんなところが好きなんですか?」
難しい質問をされた。いうほど人形のコレクションなんかないしなぁ。今家にあるのはあのブロンドのドール一体だけだし。
「うーん…なんだろう。作り物だけの綺麗さってあるじゃない?生身の人間では無理な、ていう」
すげー抽象的である。ニュアンスの世界に全身突っ込んでいる。
「…」
「…分かんなかった、かな…」
「…はい、かなり…」
ダメだなあ。なんと言えばいいのか。てかそんな狂的に好きな訳でもないし。
「あはは…ごめんね。でも、どうしてそんなことが気になるの?」
何となくだろ、と自分で言いながら思う。時間が余ったから暇潰しってとこかな。
「なんとなく、ですね」
ほらみろ。
「お二人共、こちらへ来てください」
十円ハゲのおっさんが私たちのことを呼んでいる。
「じゃ、いこっか」
「はい」
私のあとを、少女はとことこと覚束ない足取りで付いてくる。酒飲みか、お前は。って思ったけど、少女は厚底のもこっとしたブーツを履いていたみたいで、それのせいかもしれない。なんか新品感あるし。
ー中身のない会話ー
はんぺん「この『察知』ってのはなんです?」
ミソラ「知るかよ、私に聞くな」
はんぺん「『訊くな』じゃないんですか?」
ミソラ「うるせぇな…」