4(気に入らない)
「どうも気に入らないな」マイアミが口火を切った。「なあ、紳士淑女の皆さんよ。ケッタイな名前をつけられて、仕事の全容は教えられず、提示されたのは役目と報酬だけ。ここで少し整理しちゃみないか?」
賛成と云うように頷いたが、「アタシは誰がロッキーを伸したか知りたいわ」アリゾナは変なことにこだわった。「彼、ここの黒服でしょう? 鋼鉄のロッキー? 強いんじゃないの?」
「何か知ってそうな口ぶりだな?」モンタナが幾分、険を含んだ調子で云った。
「だってアタシ、その場にいたもの」
「ハッタリなら上手くやろうぜ?」とマイアミ。
「あらそう?」アリゾナはおもむろに立ち上がると前に立ち、シカゴの大きなデスクに軽く腰を当てた。それから横一列に並んだ男たちをサングラス越しに見遣ると、いきなりドレスの裾を掴んで捲り上げた。
「おおッ!?」思わず声が出た。いや、ぼくだったのか? 全員だったのか? 妖艶な紫のサテン地に黒レースの縁取り。真っ赤な蝶の刺繍が入った小さな下着で、叔父なら「マエバリ」と呼びそうな代物で、恥毛が隠れきれていなかった。
「あっ」モンタナが声を上げた。「お前か!」
するっとドレスの裾が戻り、彼女のヘソからウエスト、下腹部、そして太股を隠した。「思い出してくれた?」甘い声。
「断言できるのか?」落ち着かない様子でマイアミが問うと、「できる」モンタナは力強く頷いた。
「根拠は?」
「右太股の三つ並んだホクロ」
チッとマイアミが舌打ちした。「見逃した」
アハッとアリゾナが笑う。「顔なんて見ないもんね。みんな太股大好きだもんね」
「おっぱいだ」むすっとマイアミ。「〝メロウメロンズ〟はデカパイの店だ、このマナ板っ」
ビンタの音が響いた。
「何にしやがる!」
「着痩せよ!」
あーもう。ぼくは思った。痴話喧嘩じゃないか。
「違う!」アリゾナとマイアミ、ふたりの声が綺麗に重なった。しまった、心の声がだだ漏れたらしい。モンタナが失笑した。
「そう云うわけで」ドレスの裾を直しながら「よっこらどっこいせ」アリゾナは再びぼくの右隣に坐った。「話を進めましょう?」優雅に足を組んで見せた。うぐぅ、と誰とも無しに呻きが漏れた(ぼくじゃあない)。
「分かった」モンタナが咳払いをした。「それぞれ、何を聞かされたのか話していこう」
マイアミとアリゾナがそうだとばかりに頷いた。続きを口にしようとするモンタナに、「それはシカゴを信用していないってこと?」とぼくは被せた。モンタナが不機嫌そうな顔をしたが、構わず続けた。「あなたたちが〝メロウメロンズ〟にたまたま居合わせたことについて聞かせて欲しい」
「俺もかい、小僧?」
「そう。マイアミ。あなたもいたんだ」
ほう? と彼は眉を上げて見せた。ぼくは続けた。「店の趣向を知っていた。大きな胸と、バタフライ姿の女性たち。モンタナ、あなたは客として。アリゾナ、あなたはダンサーとして。マイアミ、あなたはたぶん……ミッキーと関係している」
「おっと、名探偵のご登場か?」マイアミが茶々を入れたが、ぼくは無視した。「今日の時間と場所はギリギリまで教えられなかった。でも聞かされて直ぐに洗ったと思う。シカゴが何者で、ここのオーナーが誰なのか」
「何が云いたい?」
「デラウェアは、いる」ぼくは全員に言葉が浸透するのを待たず、更に続けた。「アーティチョーク? ミッキー・ロッキー? コバヤシ先生? おかしいと思わない? シカゴは何度もブザーに応答している」
「いや、坊主」モンタナが首を振り振り、「シカゴは確かだ。ああ、確かに場所は洗った。だがそれは習慣みたいなもんだ」
「そうだ、小僧」マイアミも同意する。「俺がシカゴと組むのは初めてだが、だからって知らないわけでもない」
ぼくはアリゾナを見た。彼女はふうーっと細く息を吐き出した。「アタシは知らないわ」
「そんなわけないだろう」モンタナとマイアミが同時にツッコミを入れた。
「だって代理よ、アタシ」
「それもおかしいんだよ、ミズ・アリゾナ」ぼくは彼女に視線を向け、「誰から今日の時間と場所を教えられたの?」
サングラスに隠れてアリゾナの表情は見えなかった。それでもぼくはアリゾナの目をジッと見つめた。
「……シカゴよ」ややあって、アリゾが答えた。マイアミが目をすがめ、「茶番が過ぎないか」
「違うよ、マイアミ。最初から何もかもが茶番なんだ……」ぼくはごくりと唾を飲み込み、「何ならペテンと云ってもいい」
それに待ったをかけたのはモンタナだった。「シカゴはそんなヤツじゃない。俺はヤツがベガスと名乗ってた頃からの旧い仲だぞ?」
「モンタナ」とぼく。「マイアミも、シアトルとの関係を同じように表現していたよね?」
マイアミは信じられない、と云った顔をした。
「マイアミ。何を隠しているの?」
「なんで俺だと思うんだ? 小僧」
マイアミの鋭い視線がぼくを見返してきた。
「まあまあ、およしなさいよ」アリゾナが間に入って来た。「みんな脛に傷持ち、腹に一物なんだから」
「お前はぶら下げてないだろ」憤然と云うモンタナに、「そうよ」アリゾナはしれっと、「アタシは雪のように潔白なの。たかが会計士先生ごときで浮足立つことはないのよ?」
「いや、違う」ぼくは、皆の視線を浴びるのを感じた。「シカゴは数が合わないと云った。もしかして自分を含めていたのかもしれない。或いは、自分を省いていたのを忘れていたのかもしれない」
「それはないな」マイアミが一笑に付した。「この稼業で数字に弱い筈がない」
「なら、わざと?」
「どっちにしてもキナ臭い」モンタナが腕を組んだ。するとアリゾナが鼻を摘み、「男ヤモメにウジが湧くってなもんでしょうよ」くっさいくさいと、大仰に手で煽ぐ。
「どうにも気に入らねぇな」腕を解いたモンタナは、やおら立ち上がると、ズボンのベルトをかちゃかちゃと外し始めた。
「あらあら、まあまあ」くふっと嬉しそうにアリゾナが笑う。ぼくはげんなりした。
「なんのつもりだ?」とマイアミ。
「道具を出すだけだ」とモンタナ。
「貧相なブツじゃないよな?」と確認する。
「どうだろうな」とジッパーを下げる。
「貧相なの?」うふふ。「好きよ、子供みたいなの」
女の言葉に、男たちはげんなりした。そして部屋のドアが開いた。「待たせた」シカゴだった。「お前ら……何をしてんだ?」
「ナニよ」アリゾナがウフッと笑う。




