3(グロッキー)
「ロッキーって……」ふと、モンタナが云った。「ミッキー・ロッキー?」
「知ってるのか」シカゴがぎろりと目を向けた。
「俺は一昨日からこっちに来ている」
シカゴは顎でモンタナに続きを促した。
「その、なんだ」モンタナはジャケットの裾を引っ張り、「少しばかりハメを外したい気分になってな」
「〝メロウメロンズ〟かしら?」とアリゾナ。
「あ、ああ」居心地悪そうにモンタナ。「昨夜、男が伸されてた」
「ハハッ」マイアミが笑った。「バタフライ姿のおネェちゃんだらけの店で情けない話だ」
「だから治安の悪い安酒場に出入りするなと云ってるんだ」とシカゴ。「あのばかっ」
「こっちはお行儀良くて治安のいいお店?」
アリゾナの質問に、シカゴは唸ることで応えた。
「問題の多いお店のようね」
「何でお前らを裏から入れたと思うんだ?」
「今日は来客の予定なし? やだ、アタシたち、ここにいること証明できないじゃない」
それはつまり、今日、ここにいないことと同義語だ(でもそっちが都合良くないか?)。
シカゴも同じ結論に達したようで、「余計な心配はするな」と切り捨てた。
「ミッキー・ロッキー、グロッキー」マイアミが小馬鹿にしたように節をつけ、「現役時代のあだ名は鋼鉄ロッキー」
「カッコわるっ」弾けるようにアリゾナが声を立てて笑った。
「いいや」シュッシュ、とマイアミはパンチを繰り出す真似をした。「彼の拳はダイヤモンドのように硬く、輝いていた」
「でも衝撃に弱いよ」とぼく。
「ああん?」
「その……ダイヤには個性があって、特定の角度で物に当たったりすると、欠けたりするんだ」
「博学だな、坊主」モンタナは、自分の額を撫でながら、値踏みするようにぼくを見た。
「宝石専門はいないの?」アリゾナが男たちを見廻し、「いないようね」と結論づけた。「なら話、進めましょ、シカゴ?」
「分かってると思うが」シカゴは椅子に深々と座り直し、「面子がどうあれ、分け前は変わらない。当初の通りだ。いいな?」
誰からも異論は出なかった。
「家族もいるし、退院や出所の後に手ブラってこともウマくない」シカゴはちらりとぼくを見た。「これは俺のドジでもある。お見舞いカードも、掛かる費用は俺のポケットマネーから出す」
「それはそれは」とマイアミ。「至れり尽くせり」
「弁護士ってヤツはどいつも欲の皮ばかり突っ張りやがって……だが、誰もが稼業にしているわけでないからな」シカゴは息を吐くと、目を瞑り、「皮算用は楽しいだろう? 年寄りからの忠告だ。所得はきちんと申告しておけ」
「そりゃ無理だろ」モンタナが反論する。「アシってのは金からつくんだ」
「ああ」成程。アリゾナが納得したように、「だからシカゴのオジさまはコインランドリーの経営もしているね」
シカゴは目を開け、「その洗濯は関係ない……」アリゾナをジッと見つめ、「いや、ない」
「何を云いかけたの?」
「ビジネス上の秘密だ」
「後ろ暗いのね」
「俺のことはいい」
そりゃそうだ。
「洗濯屋って実入りがいいらしいな」にやり、とマイアミ。
「で、売り上げに上乗せして申告?」ふふっ、とアリゾナ。
「俺の心配はせんでいいんだ、お嬢さん」とシカゴ。「自分の分は自分でするもんだ」
「ああ、そうだ」モンタナが同意する。「他人のカネを気にするのはカモる側だ。国税庁に保険屋。それから──、」
「銀行屋ね」と、アリゾナが引き継ぐ。
「ハッ」マイアミが笑った。「違いない」
しかしアリゾナは、「あらやだ。会計士、忘れてた」
「もういい。黙れ」五月蝿そうにシカゴが手を振ったところで、ビーッとブザーが鳴る。シカゴは太いため息を吐き、「今度は、なんだ?」
「あ、ボス。コバヤシ先生がお見えになりました」
「会計士風情が」シカゴは露骨に舌打ちした。「先生ってタマかよ。追徴金の肩代わりするってんなら別だがよ」
「ナイス・タイミング」アリゾナが指をぱんちんと弾いた。
「会計士先生は追徴金よりも先生呼びを辞退するだろうなあ」とモンタナ。「むしろ先生呼びを要求しない件で請求するだろうなあ」
「だから会計士は嫌いだ」シカゴはどっこいせと椅子から立ち上がり、ぐるりとデスクを廻ってドアを開け、「いいかお前ら。行儀良くしてるんだぞ」、部屋から出ていった。
「ちっとも話、進まないわね」アリゾナが鼻を鳴らすのと同時に、今し方出ていったシカゴがドアを開け、顔をぬっと突き出し、「税金はきちんと納めるんだぞ」再びドアをバタンと閉めた。靴音が遠ざかる。さすがは、かの大悪党を輩出した大都市を名乗る男らしい助言だ(そして、その大悪党は脱税でブチ込まれたのである)。
事務所に取り残され、なんとなく手持ちぶさたな気分になった。




