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朝色小夜曲  作者: 芦野
6/28

chapter6

このchapterはchapter1から5の続きです。未読の方はぜひそちらからどうぞ

1

9月の中頃までわたしが結論を出すのを待つ代わりに、そこまでの期間中、お母さんは家庭教師から土曜、日曜に3時間ずつ授業を受けるという条件を出した。

理由を尋ねると、わたしの生活習慣を確かめるためだという。

「……分かりました」

当然わたしは頷くしかなく、早速次の土曜日の昼前に恭子さんがやってきたのだ。

「さあ、ビシバシいくわよ」

山のようなテキストが机の上に置かれる。

「ひぃっ……」

これが毎週続くのかと思うとさすがにしんどい。


「──今日はここまでにしましょうか」

「……はい」

授業が終わった後も、恭子さんはなかなか帰ろうとしなかった。

「分かっていると思うけど、おね……ごほん。貴女のお母さんに、勉強のこと以外も任せられてるから、今までみたいにだらけた生活は許さないわ。分かった?」

「……分かったんでそろそろ帰ってください」

わたしが恭子さんを苦手な理由は授業が厳しいのと、もうひとつある。

それはときおりわたしを見る表情が、なんか怖いことだ。

何が怖いと聞かれても、なんか怖い以外の言葉で上手く説明出来ないんだけど……ともかくわたしは恭子さんが苦手だ。


「ん?」

急にケータイが鳴り始める。誰からか見てみると真央だった。

「もしもし」

「ねえ百合、明日の夜花火見に行こうよ」

「花火?」

「うん。神尾浜神社の納涼花火大会、今年は明日みたいだから」

「ふうん」

そういえば一度だけ、病院から花火を見たことがあったような気がする。

「予定空けといてね、じゃあ」

そう言って真央は一方的に電話を切った。

「……わたしまだ行くって言ってないんだけど」

短く息を吐いて、ソファーに座る。


「あら、デートのお誘い? 相手はどんな子なの?」

恭子さんはじっとわたしの方を見てくる。というか、この人まだ帰ってなかったのか。

「……別に誰でもいいじゃないですか」

「変わったわね、百合」

そう言いながら恭子さんはわたしの隣に座ってきて、じりじりと距離を詰めてくる。

「な、何ですか」

「前はもっと従順だったのに、自分がこうしたいってはっきり言うようになったし、それに」

恭子さんは目を細める。

「やっぱり母と娘ね、本当に似てきたわ。ふとしたときの表情だったり、仕草だったり」

「……」

「素直になりなさい。どうするか決めるのは、他の誰でもない、貴女よ」

「……分かってます! 分かってますけど……」

「いいえ、貴女は何も分かってない。でも、それでいいのよ」

恭子さんは何が言いたいんだろう。分かってない、それでいいなんて言われてもわけが分からない。

「まあ、そうは言ってもさすがに可哀想だから少しだけ教えてあげるわ。どうしてあんなに辛く貴女に当たるのか」

「……」

汗が頬をつたっていったのが分かる。ずっと、わたしが知りたかったことが分かるかもしれない、そう思うと息も出来なくなりそうだ。

「それは、貴女が()だから。それを前提に考えたら、もしかしたらたどり着けるかもしれないわね」

「……どういう、ことですか」

「そんな怖い顔しないの。別に貴女のことを憎んだり、嫌ってるわけじゃないってことよ」

「……」

そんなこと言われても、ますますわけが分からない。

「気に病まなくてもいいわ。まだ貴女は子どもだから分からなくて当然よ……それよりも、いつまでも母親の顔色をうかがってないで、自分がどうしたいのか、どうするべきか考える方が、手っ取り早く解決に向かうんじゃないかしら?」

そう言い残して恭子さんは帰ってしまった。


ソファーに横たわって、これからどうしようか、改めて考える。

お母さんがわたしに厳しいのは、当たり前だと思う。

わがままを言って家を出たくせに、結局はお母さんを頼らないと生きていけない子どもだから。


感情的になって懇願して期限を延ばしてもらったのに、いまだにどうしたらいいか分からない。

お母さんの元に戻っても、きっとまたすぐ逃げ出してしまうだろうし、かといって縁を切るなんて選べるわけない。

わがままなんだろうけど、どっちも選べない。それがわたしの偽らざる本心で……でも、だったらどうしたらいいの?


──わたしが本当に小さいころ、お母さんはいつもわたしに笑顔を向けてくれていた。いつも優しいのに、働く姿は本当にかっこよくて、尊敬してたし憧れていた。

その気持ちが変わったことは、一度だってない。


ある日、お母さんはどこかへと出かけて行ってしまって……戻ってきたと思ったら、突然お母さんに連れられて、真央にだって挨拶も出来ないまま引っ越すことになって。

──それからだった、お母さんが変わってしまったのは。


転校してから中学生になったときまでのことは、正直思い出したくない。

誰一人として知っている人がいない学校で、今までとは比べものにならないようなレベルの高い授業を受けさせられ、家に帰ってきたら、やりたくない習い事や家庭教師が待っている。

ただそれが繰り返されるだけの日々が続いた。

あるとき、クラスメイトから誘われたから遊びに行きたいと、お母さんに言ったことがある。

普段頑張っているんだし、きっと許してくれるだろうと思っていた。

「あなたはただお母さんの言うことだけをしなさい。それ以外のことは何も必要ないわ」

「でも……」

「私の言うことが聞けないなら、あなたなんていらない。嫌なら今すぐここから出ていきなさい」


その言葉を聞いてからわたしは、自分から何かをしたいって言うことはなくなった。

それでも、いい結果を出せばお母さんはわたしを褒めてくれて、そのときだけわたしの心は安らいだ。

「よく頑張ったわね百合。次はもっといい結果を期待してるわ」

その言葉に応えたい、いや応えなければいけないとわたしは必死に努力をした。

そう。もっと、もっと頑張ればお母さんは前みたいに笑いかけてくれる。そう信じていた。


だけど、中学受験の前日にわたしは家で突然気を失ってしまって。

次に気がついたときには、病院のベッドの上にいた。

結局入学試験を受けることはできず、近くの公立の中学に入ることになったのだけれど……。

今思えば、これがわたしとお母さんの間に、決定的な亀裂を産んでしまったのかもしれない。

それからはたびたび体調を崩してしまうことが増えて、学校も休みがちになり。勉強の方はなんとかしてこれたけど、今までやってきた習い事は、全部やめることになってしまった。

「どういうこと、お母さんに黙って学校を休むなんて」

「……ごめんなさい、でもわたし……」

ある日の朝起きると、糸が切れてしまったみたいに身体がうごかくなってしまって、結局わたしは学校をさぼってしまった。

動けなかった、いや身体が動かなかった。

学校に行かなきゃ、行かなきゃダメだって分かっているのに、そう思えば思うほど、身体が重くなって。

そんなことをくり返すうちに、ついにお母さんはわたしを見放してしまった。

──そしてわたしはお母さんから逃げるように、家を出た。


いつの間にか眠ってしまっていたんだろう。

目の前の光景が現実のものでないことには、すぐ気がついた。

──波の音が聞こえる。せっかくだから少し散歩することにした。

歩いていくたびに足跡が残るけど、波があっという間にかき消してしまう。

まるで最初からわたしが歩いてきた足跡なんて、なかったかのような気がした。


「えっ……?」

少し遠くに車いすが見える。だけど、わたしが驚いたのは車いすが波打ち際にあるということではなく、その車いすに見覚えがあったからだ。

近づいてよく見ても間違いなく、わたしの知っているものだった。

小さなオレンジ色のくまのストラップがついている車いす。

かつて毎日のように目にしていたものだ。だけど、もう二度と見るはずのないものだ。


「百合はここにいちゃダメだよ」

「……!?」

声がした方に振り返る。聞き覚えのある、あの声。

だけど、その声の主はどこにもいなかった。

「早く戻らないと、ほら」

見えない何かに背中を強く押されて、急に目の前が真っ暗になる。


「いたっ……」

目が覚めると、見慣れた家の天井が視界に入った。

どうやらソファーから落ちて背中を打ったらしい。時計を見たら日付が変わっているどころか、もう昼過ぎだった。

「……なんだったんだろう」

ついさっきまで見ていた夢なのに、思い出そうとしても霞がかったように、頭が働かない。


目を覚まそうと、顔を洗ってからソファーに座り直したところで、携帯が鳴り始めた。

「もしもし」

「昨日のこと、覚えてる?」

真央の声を聞いてやっと、昨日の電話を思い出した。

「あーうん」

「じゃあ、一緒に花火大会行こ?」

ああ、よかった。やっぱりそのことか。

「……人凄いだろうし、気が進まない」

「やっぱり……わたしと行くの嫌?」

そんな露骨に落ち込んだ、みたいな声を聞かされると、なんだか罪悪感を感じる。

「そういうわけじゃないけど……」

「本当? じゃあ5時ぐらいに呼びに行くね、じゃ」

そう言うと真央はわたしの返事を待たずに電話を切った。

「……」

昨日もこんな感じで電話、切られた気がする。

しょうがないし、わたしは出かける準備をすることにした。


「ふぅ……」

いつもより熱めのシャワーを浴びて体と髪を乾かしたあと、クローゼットから浴衣を引っ張り出して着替える。

最後に着たのはもう四年前なのに、なんの違和感もなく着ることが出来て、成長してない自分が悲しくなってきた。

最後にオレンジのヘアピンをつけて、ちょうど準備が整ったところで、チャイムが鳴った。

玄関に出ていくと真央も浴衣を着ていた。

「えっ、どうして浴衣着てるの?」

「どうしてって、真央も着てるじゃん。わたしは着ちゃいけないわけ?」

わたしだって浴衣ぐらい着るのに。

「いやいやいや全然予想してなくて、嬉し過ぎてびっくりしちゃっただけだから、すっごい似合ってるし……その、本当に可愛いよ」

「はいはい、早く行くよ」

真央らしくない褒め言葉を聞き流して、バス停に向かう。


「混んできたね」

「うん」

目的地に近づいて行くたび、浴衣姿の人が次々と乗り込んできて、バスの中が相当混んでくる。

「次は神尾浜神社、神尾浜神社です。お降りの方はお知らせください」

「混んでるし最後に降りよ」

「そうだね」

バスから降りるときに、ふと車内で一人佇む浴衣姿の少女が気になった。

その姿がふと過去の自分と重なる。

「百合、どうかしたの?」

「なんでもない」

その少女を乗せたまま、バスは走りだしてゆく。

そのバスを見送ってから、わたしは真央の後を追った。


参道は出店や、それに集まる人達の活気で満ち溢れていた。

「ねえ、どこ並ぶ?」

「真央の行きたいとこでいいよ」

「うーん。じゃありんご飴買いに行こ」

真央に引っ張られるようにして列に並び、りんご飴を買う。

りんご飴を食べながら、肩を並べてゆっくりと賑わいの中を歩く。

「あっ、射的やりたい」

「いいんじゃない」

ちょうど先の家族連れが終わったので、待たずにやることができた。

「もう、全然当たらない」

ああでもない、こうでもないとはしゃぐ真央を眺めながら、わたしはりんご飴を食べ進めていた。

「ちゃんと狙ってる?」

「もう、そこまで言うなら何か取ってよ、ほら」

押しつけてくるように、真央はわたしに空気銃を手渡してきた。

「……取れなくても文句言わないでよ」

ゲームセンターによく行っていた頃でも、ガンシューティング系は触ったことがないし、実は自信はあまりない。

それでもなぜだか上手くいく、そんな気がしていた。

「……ふう」

息を短く吐いて、狙いやすそうな近くの箱に狙いを定める。それからゆっくりと引き金を引いた。

「あっ!」

真央が声をあげる。箱の端に弾が当たり、くるっと回りながら箱が下に落ちた。


「はいおめでとう」

駄菓子の詰め合わせが入ったビニール袋を手渡される。

「すごいよ! まさか一発で落としちゃうなんて」

「たまたま上手く落ちただけ、それよりこれあげる」

「え、でも」

「だってお金出したの真央だし」

「そうだけど、落としたの百合だよ」

「遠慮しなくていいから、ほら」

真央の手を取って袋の持ち手を握らせた。

「ありがと……」

真央は駄菓子を受け取ると、なんだか恥ずかしそうに顔を隠した。


「で、次はどうしたいの?」

次はどこにするのか真央に尋ねる。

「じゃあ、あそこのイカ焼きは?」

「いいんじゃない」

イカ焼きの屋台はかなり混んでいて、買うまでにずいぶん時間がかかりそうだ。

「二人で分けよっか?」

「うん」

りんご飴を食べたばっかりで、あまりお腹が減っているわけでもないし、真央の提案に頷く。


「どうやって分けよっか」

会計を済ませた後、目の前でちょうど空いたベンチに座った。

「先に食べて、わたしそんなにたくさんいらないし」

「でも、それだと冷めちゃうから……あっそうだ、百合も一緒に左右から食べればいいんじゃない?」

「えぇ……それはちょっと」

さすがにそれは恥ずかしい、いくらわたしだって周りの目が気になる。

「一緒に食べた方が絶対美味しいって」

「はいはい分かったから」

同時にイカ焼きにかじりつく。

「うん、やっぱり美味しい」

満足げに笑う真央を見て、わたしも思わず笑ってしまった。


その後も綿菓子を買ったり、水風船を釣ったりして、真央と色々な屋台を回った。

「そろそろ花火打ち上がる時間だし、行こっか」

「うん」

人混みをかき分けるようにして、わたし達は花火大会の会場の方に向かった。

「あっ、そろそろかな」

アナウンスでカウントダウンが始まる。ゼロの声と同時に花火が打ち上がり始めた。


「……綺麗だねやっぱり」

「うん」

空に色とりどりの花が咲く。

近くでみる花火は、音が身体の中に響いてくるようで、迫力が全然違う。

だけど、わたしは病院から見たあの花火の方が、なぜだか綺麗に感じていた。

今、目の前でと打ち上がっている花火の方が近くて、綺麗なはずなのにどうしてだろう。

「うわぁ……すごい」

最後のスターマインに真央が歓声をあげた。


「帰ろっか」

「うん……なんだか名残惜しいね」

帰りのバスは特に会話もなく、最寄りのバス停に着いた。

「ねえ百合、大丈夫?」

「?」

急にどうしたんだろう。さっきまでの浮かれた感じではなく、真面目な顔をして真央は切り出してきた。

「最近何か悩んでるみたいだけど、何かあったの?」

「え?」

「今日だって途中から、私のことなんて眼中に無いみたいだし」

拗ねたような顔で真央は言う。

「……真央に話して、どうにかなるようなことじゃないから」

「でも」

ここまで心配されると、黙っているのも良くない気がしてくる。

それに、真央になら話してもいいと、そう思えたから。

「少し長くなるけど、それでもいい?」

わたしは思い切って、真央にこれまでのことを話すことにした。


煌々と輝く月の下で、わたし達は肩を並べて歩いていた。

「そもそもわたしがこっちに戻って来たのはね、家出したからなんだよ実は」

「え!?」

真央は心底驚いた、という表情をする。

「真央には分からないかもしれないけど、お母さんと上手くいってない子供だっているの」

年の少し離れた姉妹みたいに仲のいい二人とは、わたしたち母娘(おやこ)はあまりにも違いすぎる。

「そんな……いったいどうして?」

「どうしてだろ、よく分からない」

本当はなんとなく分かっている。

だけど、この気持ちを話そうとしても、きっと上手く言葉に出来ないだろうから、わたしはそうはぐらかした。


「──それで、まだここに家があるの知ってたし、色々と都合がいいから戻ってきたの」

「……そうだったんだ」

「そう。それで、ずっと連絡を取ってなかったんだけど、この前久々に電話がかかってきて、会ってきたんだけど」

「……だけど?」

ここまできても、わたしは最後まで話すべきか悩んでいた。

でも、結局話す気になったのは、自分一人で抱えるのが辛くて、少しでも楽になりたかったからだと思う。


「お母さんのとこに戻るか、親子の縁を切るか選べって言われちゃったんだよね」

出来るだけ暗いトーンにならないように、笑顔を作ってわたしはこう言った。

「…………」

真央の足がぴたりと止まる。

「どうして真央がそんな顔するの」

今にも泣きそうな真央の顔を見ることが出来ずに、わたしは思わず目を逸らしてしまった。

「そう……だよね、辛いのは百合なのに……ごめん」

「ほら、遅くなるから帰ろ」

真央を促して家の前まで歩く。

「じゃあね」

「……うん」

真央が家に入るのを確認してから、わたしも家に入る。

浴衣を脱いでシャワーを浴びた後、わたしはソファーに倒れ込んだ。

「はぁ……」

やっぱり、真央に話すべきじゃなかったのかもしれない。

今になって後悔が押し寄せてくる。

誰かに話したって、結局は相手を自分の悩みに巻き込んでしまうだけだって、分かっていたのに。

一人きりで抱えられないからって、それを真央に押しつけるようなことをしてしまった。


……今日はもう寝よう。とりあえず、今度会ったときになんて言うか考えておかないと。

眠れるまでわたしはずっと、真央にする言い訳を考えていた。


3

「……百合、大丈夫かな」

学校で文化祭に向けた練習をしていても全然身が入らない。

何かあるたびに百合の顔がちらついて、心が乱される。

花火を見に行った次の日、百合から電話がかかってきた。

……昨日帰りに話したことは忘れてって、あんなこと言われて忘れられる訳が無い。

まさか百合が戻ってきたことと、家の事情にそんな理由があったなんて思いもしなかった。


確かに百合が言った通り、私には聞いたところでどうしたらいいのか分からない。

それがどうしようもなく情けなくて、もどかしくて力になれない自分が嫌になる。


「あ、あの……桜井さん」

教室に入ってすぐ、椎名さんに声をかけられた。

「どうしたの?」

「朝倉さん、劇に出て……くれそうです?」

「一応私からも言ったんだけどね、面倒だって言われちゃったしダメみたい」

「うむむ……桜井さんをもってしても」

椎名さんはうつむいて考え込んでしまった。

夏休みが終わったらすぐ文化祭が始まるというのに、まだ脚本が完成していないみたいだけど、大丈夫だろうか。

百合から連絡が来てないかチェックする。

「はぁ……」

やっぱり連絡は来ていなかった。

百合と最後に話したのは花火を見にいった次の日が最後で、そこからもうずいぶんと、日にちがたってしまった。


ときおりメールの返事は帰ってくるものの、電話をかけても全然出てくれないし不安になるばかりで……。

「ねえシーナ先生脚本は完成した?」

「シーナじゃなくて椎名って、ちゃんと発音しないと外国人みたいじゃん。あと先生呼びはやめろし」

いつに間にか、橘さんと椎名さんが話し始めていた。

「っていうか綾子は、王子様役やってくれそうな子見つかったの?」

「いやー実は一人やってもいいって人、見つけたんだけど、やっぱりあたしは、百合ちゃんがいいなあって思うんだよね」

「うーん……でも桜井さんが頼んでダメだったら、もう無理じゃ……」

考え込む二人を見て、私は前から気になっていたことを思い出した。


「ねえ椎名さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「な、何でしょう」

「王子様役なのにどうして、百合が候補に挙がったのかなーって」

「そ、それはその……」

私の質問に、眼鏡の奥の瞳が不安げに揺れる。

「実はあたしが提案したの」

答えに困っている椎名さんを助けるように、横から橘さんが私の質問に答えた。

「えっそうなの?」

「王子様役って、やっぱり顔がいい人にやってもらった方がいいよねって、話は前から出てたんだよねー」

それで、といいながら橘さんは、椎名さんの頭を軽くぽんぽんと叩いて、私に視線を向けてきた。

「うちのクラスの男子にあんまりいいのいない、ってぼやいてたから、じゃあ百合ちゃんはどうって聞いてみたら、急に乗り気になってさー。やっぱり趣味だか──」

「それ以上は本当に恥ずかしいからやめて……」

椎名さんは顔を真っ赤にしながら、ぽかぽかと橘さんを叩く。

「あはは……二人は本当に仲いいね」

お世辞じゃなく、二人の様子を見て本当に私はそう思った。

「そんなことないって〜」

椎名さんが照れながら答えたところで、不意にがらりと、教室の扉が開けられる音がする。


「あっ……」

思わず声が出てしまった。その理由はとても簡単で、百合がそこにいたからで……。

無言でこっちに百合は近づいてくる。

「ど、どうしたの」

「鍵、前に行ったとこの鍵持ってるでしょ、貸して」

「う、うん。いいけど」

どうしたのだろう、百合がわざわざ夏休みに学校に来るなんて、何かあったのだろうか。

「どうしたの? わざわざ学校に来るなんて」

鍵を手渡しながら尋ねる。

「自分の担当の分の大道具、作りに来ただけ」

「そっか……」

この前のことを聞こうと思ってたのに、いざ百合を目の前にするとどうやって聞いたらいいのか分からなくなる。


「百合ちゃんちょっと待って!」

そのまま教室を出ようとする百合を、橘さんが呼び止めた。

「あのさ、劇のこと考えてくれた?」

「……」

黙ったまま、顔をこっちに向けることなく、そのまま百合は教室を出ていった。

「うーん、やっぱりダメか〜」

橘さんは少し恥ずかしそうに笑う。

「あ、綾子……予約した時間そろそろだし行かないと」

「あっそうだった! じゃあ桜井さんまたね」

「うん、じゃあね」

二人は何か用事があるようで、慌てて教室から出ていった。


「……私もそろそろ帰ろうかな」

今日はみんな続々と帰っているし、一人で出来ることはもうなさそう。

鍵をどうするか聞かなきゃいけないし、それよりも百合の様子が気になるから、帰る前に見に行くことにした。

階段を上って、うちのクラスが文化祭の準備に借りている教室に向かう。

扉を開けると百合がちらりと私の方を見て、すぐに目線を床の方に戻した。


「ねえ百合、私そろそろ帰ろうと思うけど、鍵どうする?」

「……これで最後だから」

「じゃあ、待ってる」

百合は手際よく、ダンボールをカッターナイフで切っていく。

床を飛びまわるように移動していって、気がつくと、一枚のダンボールがお城の形になっていった。

「……百合ってさ、小学生のときの図工の時間からこういうの作るの上手だったよね、夏休みの宿題の工作とかも本当によく出来てたよね」

私は出来るだけ優しい口調で、百合に語りかける。

「そんな前のこと、覚えてない」

いつもみたいに百合は素っ気ない。だけど、わたしはいつもよりなんだか疲れてそうなことが気になっていた。

「そう? 私は覚えてるけどなあ色んなこと」

「……ふうん」

百合は短く息を吐いて、今度は隅に置いてあった絵の具セットを持ってきた。

設計図が頭の中にあるみたいに迷いなく、絵の具を次々とパレットに出して、筆やハケを使って次々と塗っていく。

久々に見る百合の真剣な顔は本当にかっこよくて、わたしはずっと見惚れてしまっていた。


しばらくそうしているうちに、ようやく私は百合に言おうとしていたことを思い出した。

「あのね、百合。この前私に話してくれたこと、忘れてって言ったけど、やっぱり無理。忘れられない」

「……」

一瞬手が止まる。でも、すぐ何事もなかったみたいに百合は手を動かし始めた。

張り詰めた空気に、次の言葉が出なくなりそうになる。

だけど、私の気持ちをちゃんと伝えなきゃ、勇気を振り絞って、私は口を開いた。


「私には確かにどうしようもできないけど、ただ一人で全部考えたり、悩んだりするんじゃなくて、これからも話して欲しい」

「……」

「迷惑に思うかもだし、お節介かもしれないけど、私は百合が思っている以上に、百合のこと大事だって思ってるよ」

話しているうちに、涙が出そうになる。でも、この前みたいに心配させたくなくて、私は必死にこらえていた。


色を塗り終えたのだろう。百合はおもむろに教室を出て、筆とパレットを水道で洗い始めた。

「……終わった。帰ろ」

「うん」

百合の言葉に頷く。

「はい鍵」

二人で教室を出る。私が鍵をかけたところで百合は呟くように言った。

「ありがと、心配してくれて」

「……ううん」

百合のふっと気が緩んだような表情に、私もようやく胸をなで下ろせた。


「百合、着いたよ」

「……うん」

電車に乗っている間、百合は私の肩に寄りかかって眠っていた。

まだ目がちゃんと覚めていないのか、百合は電車から降りるときに転びそうになる。

「大丈夫?」

「……平気」

「顔、赤いけど熱でもあるんじゃない?」

「大丈夫だから」

家に近づいていくたびに、百合の息づかいが荒くなっていく。

目も潤んでいるし顔も赤くてなんだか辛そうだ。

「とりあえずベットで横になったら?」

「大丈夫……」

家の前に着く。こんなに体調の悪そうな百合を一人にするのは心配だし、私も百合の家にあがらせてもらうことにした。


「ほら、肩貸して、無理しないの。……やっぱり熱あるでしょ、とりあえずベットまで運んであげるから」

百合のおでこに手を当てると明らかに熱がありそうで、身体も熱かった。

「いいって……ちょっと疲れただけだし、そこのソファーで寝るから」

「ダメ、ちゃんとベットに寝ないと。二階にあるんだったよね?」

渋る百合を半分引きずるようにして階段を上る。

「……一番手前の部屋」

「分かった」

ドアを開けると、広さは六畳ぐらいで、部屋の真ん中にシングルベッドと、隅に棚が置いてあるだけだった。

「よいしょ……っと、体温計持ってくるから熱測って」

百合をベッドに寝かせてからすぐに、下に降りて、体温計を持っていく。

「はい、パジャマとかってそこの棚に入ってる?」

「うん」

「じゃあ、蒸しタオル持ってくるから体拭いて着替えて、あと喉とか乾いてない?」

「……水、冷蔵庫にあるの」

「分かった、ちょっと待っててね」


タオルを水で濡らした後、レンジで軽く温めて蒸しタオルを準備する。

それからお盆の上にペットボトルとグラス、そして蒸しタオルを載せて急いで階段を上る。

「お待たせ、どうだった?」

「……38.5度」

「大丈夫?」

「……暑いだけ、今クーラーつけたし寝てたら大丈夫」

「分かった。何かして欲しいことがあったら遠慮なく言ってね」


横になって少し落ち着いたみたいで安心する。

「……背中だけ拭いて、手届かないし」

「う……うん分かった」

百合はベッドの上で制服を脱いで、下着姿になる。今まで何回も体育の授業とかで着替えるときに、見たことがある光景なのに、変な気分になってしまう。

「後ろ向いてて、上脱ぐから」

「あっ、うんごめん」

慌てて後ろを向く。どうしてだろう、何かやましいことをするわけじゃないのに、急に緊張してきた。


「いいよ」

百合の声を確認してからゆっくりと振り返る。

華奢で小さい背中。触れたら傷つけてしまいそうなほど透き通った白い肌が同じ女の子として、本当に羨ましい。

「拭くよ」

声をかけてからそっとタオルを背中に当てる。

「……ど、どう? 熱くない?」

「大丈夫」

恐る恐る、百合の背中を拭いていく。

ときおりくすぐったそうに、百合の体がぴくりと動くのが本当に心臓に悪い。

「……終わったよ」

「ありがと」

「ううん、お礼なんて別にいいよ」

「……なんか眠くなってきた」

「うん早く寝たほうがいいよ。寝るのが一番の薬になるっていうし。落ち着いたら薬、家から持ってくるから」

かすかに頷くと百合はまぶたを閉じる。そうするとすぐに寝息を立て始めた。

やっぱり、疲れから体調を崩したんだろう。やっぱりあのことで、あんまり眠れていなかったのかな。

想像すればするほど、不安になってしまう。

「……いい夢見てくれてたらいいな」

体調が悪いときは嫌な夢を見やすいらしい、って誰から聞いたことがある。

百合の寝顔はとっても安らかで、うなされているとかはひとまずなさそうだった。

百合が脱いだ制服とかを下の階のハンガーにかけたり、洗濯機で洗って干し終わったときだった。


「あれ?」

ベッドルームの前まで戻ったときに、ふと突き当たりにある部屋のことが気になった。

どうしてかというと、ベッドルームの隣の部屋は開けっぱなしになってるのに、突き当たりの部屋はドアが閉められているからだった。

本人は気づいていないかもしれないけど、百合はドアを開けっぱなしにする癖がある。

もしかしたら、あの部屋に何かあるのかな?

どうしてだか、そのドアに吸い寄せられるように部屋の前に来てしまった。

ドアノブにかけようとした手が、寸前のところで止まる。

勝手に開けていいのかな、という自制心が私の手を止めていた。


本当に見られたくないものがある部屋なら、鍵がかかっているだろうし、それにたまたまこの部屋のドアを閉めただけかもしれない。

ちょっと覗くだけなら、と好奇心に負けてそっとドアノブに手をかけて回してみる。

軽い音がした後、なんの抵抗もなく、すんなりとドアが開いた。


中はどうやら物置部屋として使われてるみたいだった。いくつかのダンボール箱や、筒状に丸められた紙とかが無造作に床に置かれている。

「……これって」

窓際に置かれた棚の上に綺麗に包装された袋や箱が4つ並べられている。

プレゼントかな、一体誰へのだろう。

プレゼントの一つを手に取ろうとしたときに、横に伏せられた写真立てがあることに気がついた。


「……っ」

自分の心臓の鼓動がはっきりと分かる。

百合は写真に写るのが嫌いなのに、どうして写真立てがあるんだろう。

もしかしたら、百合が写っているわけじゃなくて、誰か好きだったりする人の写真なのかな?

私は意を決して、ゆっくりと写真立てに飾られた写真を見た。


この写真を撮ったのは病室みたいだった。今から4年前の8月4日と日付が入っている。

窓際に立っている眩しいぐらいの笑顔の百合。

そしてベットの上で穏やかに微笑む女性。

私達よりも10歳ぐらい年上だろうか、文字通り大人で、とっても綺麗な人だった。


「あっ……」

ずきりと鈍い痛みが胸に走る。

百合が最近するようになったあのオレンジ色のヘアピンが、その女性の前髪に飾られていた。

ママがあのヘアピンは友達からもらったって言っていたけど、写真の百合の様子からは友達、というよりもむしろ──


私は念入りに元あったように写真を戻してから、逃げ出すように部屋を出た。


心のどこかで想像していたことが、いざ目の前に現実として現れることがこんなにも辛いなんて、私は分かっていなかったんだ。

見てはいけないものを見てしまった罪悪感や後悔に苛まれて、まだ胸が苦しかった。

私だって、あんな百合の顔見たことないのに! と思わず叫びそうになってしまうほどの、激しい嫉妬が湧き上がってくる。

──最低だ、今の私。


でもこうしてる場合じゃない。早く百合のところに戻らないと。

何度も大きく深呼吸して、無理やり胸の鼓動を落ち着けてから私はベッドルームに戻った。



4

百合の体調はその日のうちにかなりよくなって、次の日にはほとんど普段通りの百合に戻っていた。

「じゃあ、私家に戻るね」

「この恩はいつか返すから。……真央が看病してくれて本当に助かった」

「百合らしくないよ、そんな大げさに言うなんて」

思わず冗談っぽく返してしまったけど、本当はすごく嬉しかった。

だけど、それ以上に後ろめたい気持ちで、百合の顔をまともに見れなかった。


「はぁ……」

それからの受験勉強と文化祭の準備の忙しさがなければ、きっと私は押しつぶされていた。

考えてみれば当たり前のことなのに、どうしてあんな不用意なことをしてしまったんだろう。どう謝ったらいいのか分からない。


好奇心でつい見てしまったって、それじゃすまないだろうし、かと言って黙っているのはもっとよくないと思うし。

それ以上に、あのとき感じた自分の気持ちを伝えることが迷惑なんじゃないか、と思うと怖くなってくる。

「真央、今大丈夫?」

「うん」

夏休み最後の土曜の朝、自分の部屋で机に向かっているときに、ドアがノックされた。

ママには百合の家で見たことを隠さず全部話したけど、そっか、と短く言っただけでそれ以上何も言ってはくれなかった。

「今日の夕方にお客さんが来ること、言っておこうと思って」

「お客さん?」

「そう。それで、もしママが帰って来るよりも早くその人が来たら応対をお願いね」

「う、うん」

「話はそれだけ、じゃあ行ってくるね」

そう言うとママは急いで仕事に行ってしまった。

お客さんって誰なんだろう。疑問に思いながらも、それから私は問題集とにらめっこしていた。


「ふう……お腹減った」

気がついたらもう午後3時を回っていたし、遅めの昼ごはんを食べようと下へと降りる。

「これでいっか」

適当なカップラーメンを食べ終わったあと、ぼんやりテレビを見ているとインターホンが鳴らされた。

……ああ、お母さんが言ってたお客さんか。

テレビを消して、応対に向かう。

「はい」

「桜井真琴さんに呼ばれて来ました」

モニターに映った女性は、大きな麦わら帽子に白いワンピース姿だった。

「あっ、はい分かりました」

急いで玄関に向かって鍵を開ける。

「すみません、まだママは帰ってきてないんで、中で待って貰えますか」

「真琴から聞いてるわ、今仕事が忙しい時期だって。それにあなたと少し話してみたかったの」

お邪魔します、と言ってからゆっくりとその女性は中に入ってきた。


とりあえず、椅子に座ってもらったのはいいけど、どうすればいいんだろう。

「あの、何か飲まれますか?」

「そうね、もしあったら紅茶とか貰えるかしら」

この女性は、ぞっとするほど透き通った声に、吸い込まれるような瞳をしていて、ドキッとしてしまった。

まるで住む世界の違う妖精なんじゃないか、って思ってしまうほど綺麗で、私はずっと緊張しっぱなしだった。

「ど、どうぞ」

おずおずと紅茶を差し出す。

「ありがとう」

今までの無表情からふっと崩れた微笑みに、思わずドキッとしてしまう。

きっとこの人、今まで色んな人を惑わして来たんだろうなあと、私はなんとなく思った。

少し雰囲気が緩んだところで、聞こうとおもっていたことを切り出す。

「あの、もしかして百合……ちゃんのお母さんですか」

「ええ、そうよ」

玄関で顔を見たときに、絶対そうだってすぐに分かるほど、百合の顔にはこの人の面影があった。


「前から一度直接会ってお礼を言いたかったの。色々と百合を助けてくれてるみたいで」

「いえ……そんなお礼なんて」

「本当は、わたしがもっとしっかり見てあげなければいけないんだけど、色々事情があってね」

事情、それはやっぱり百合との関係のことなんだろう。

「……百合ちゃんから聞いたんですけど、家出してるって本当なんですか」

私の質問に紅茶を一口飲んでから、百合のお母さんは答えた。

「ええ、本当よ。でも、家出といってもわたしの元を離れて一人暮らしをしてるってだけ。生活費はちゃんと渡してるし、あの家はそもそもわたしの持ちものだから」

「……そうなんですか」

家出、という言葉から受ける印象と、実態とはずいぶん違うみたいでよかった。

「真琴には言ったことがあるけど、わたし百合のことが苦手なの。こんなこと言うのは母親として失格だけどね」

「……」

何て言ったらいいのか言葉が出てこない。

「決してあの子が可愛くないという訳じゃないの。ただ、わたしが真琴みたいにちゃんとした母親になれなかった。情けないけど、それだけのことよ」

そう言って百合のお母さんはまた紅茶を一口飲んだ。

「わたしからも質問していいかしら」

「は、はい」

じっと見つめられると、やっぱりどきっとしてしまう。

「あなたは普段、家のことはするの?」

「それなりには……ママが仕事で忙しいときは私がやってます」

「そう。それで、高校を卒業したらどうするつもり?」

「一応大学に進学するつもりです」

こんなこと聞いてどうするんだろう。質問の意図がよく分からない。

「そう。百合は大学に行くって、あなたには言ったのかしら?」

私がそんなこと答えていいのだろうか。と思ったけど、きっと百合のことが心配なんだろうし話すことにした。

「……前に聞いたときは、どうだろって言って具体的には教えてくれなかったです。でも、成績は私よりずっといいんできっと進学、考えてるんじゃないでしょうか」

「分かったわ、ありがとう」

百合のお母さんがそう答えたところで、玄関の鍵が開けられる音がした。

「ごめんねー待たせちゃって」

「ママ、おかえり」

「うん、ただいま。ちょっと待っててね、着替えて来るから」

ママは急いで奥の部屋に入っていった。


「さっきわたしと話したことは百合には言わないでね」

「は、はい」

「そう言ってもらえる、と助かるわ」

百合のお母さんは安心した、といった笑みを浮かべる。


「お待たせ、ごめんね。真央、ちょっと」

ママが戻って来るなり、私を手招きして呼んだ。

「どうしたの?」

「ごめんね、二人きりで話したいから、ちょっと席外して」

「う……うん」

きっと私には聞かれたくない話なんだろう。本当はものすごく聞きたかったけど、大人しく部屋に戻ることにした。


自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込む。

「何の話、してるんだろ」

気になるけど、今の私にそれを確かめる方法はない。

「もう夕方……か」

携帯を開いて、まだ読んでなかったメッセージに返信をしたりしているうちに、結構時間が経っていた。

喉乾いたし、下に飲み物を取りに行こうとベッドから起き上がる。

ゆっくりと足音をたてないように下に降りると、ちょうどママと百合のお母さんがリビングから出てきた。

「もう話は済んだの?」

「うん、本当は夕ご飯一緒に食べたかったんだけどね」

「……外に車待たせてるから、ごめんなさいね」

「ううん。いいの、気をつけてね」

「ええ、それじゃあ」

そう言うと、百合のお母さんは帰っていった。


「あ〜久々に話すと、何だか緊張しちゃった」

「そうなの?」

ママはほっとした顔で、テーブルに突っ伏した。

「うーん、どうしても高校生のときみたいな距離感じゃ話せないかなあ、あれでも私たち、親友だったんだよ」

懐かしむような顔で、ママは百合のお母さんとの思い出を話してくれた。

わたしたちと同じように、色んなところに行ったときのこと、そしてお互いのファーストキスが誰かを聞いて、私は本当に驚いた。

「まあ、あのときとは、年齢も立場も違うからしょうがないんだけど、少し寂しいな」

「……」

そう言って笑うママの顔を見ているうちに、私も思わず悲しい気持ちになる。

「どれだけ仲がよかったって、ずっと離れていると変わっちゃうものだから。だから真央は」

ママは立ち上がると横からハグしてきた。

「ずっと百合ちゃんの隣にいられるように、頑張るんだよ」

「……うん」

ママの言葉に私は深く頷いた。


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