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朝色小夜曲  作者: 芦野
3/28

chapter3

本作はchapter1、2の続きです。まだの方はぜひそちらからお願い致します。

1

ある朝、わたしは真央と学校に向かっていた。

「テスト終わったと思ったら今度は文化祭かぁ、イベント盛りだくさんって感じだよね」

「イベントねえ……」

今からめんどくさい。去年の文化祭は、うまいこと準備や本番をサボって来れたけど、今年は真央の目があるからそうはいかないだろう。

電車に揺られて学校に向かう。頭がいつもより冴えているからか、いつもより長い時間乗っているような気がした。

しかし暑い、まだ朝なのに歩いているだけで汗が止まらない。これよりまだ気温が上がると考えただけで嫌になる。夏はやっぱり嫌いだ。


「桜井さんおはよー」

「ねえ昨日さー」

教室に入ると、真央の周りに何人かのクラスメイトが寄ってくる。相変わらず朝から大人気だ。

その光景を横目で見ながら、わたしは自分の席に座って机に突っ伏した。


「テスト死んだし、ヤバいんだけど〜」

「え〜別に卒業出来ればいいでしょ」

聞くつもりはないし、別に聞きたくもないクラス全体のざわついた雰囲気が、今日はどうしてだろう、気になって仕方がなかった。

本当は始業の時間まで寝ようと思ってたんだけど、椅子から立ち上がって身体を伸ばす。


「ふぅ……」

教室を出て渡り廊下まで歩く。退屈だし、外で部活をしている生徒達の様子をぼんやり眺めていた。

「あら、こんなところで何をしてるのですか?」

「別に何も」

話しかけてきたのは椿原だった。

「そうですか」

「生徒会長さんは、朝からこんなところで何してるの」

「わたくしも、何かあったというわけではないですわ。ただ、貴女を見かけたので声をかけた、それだけですよ」

「ふうん……」

この前は迫って来たかと思えば、今日はただ隣に来ているだけで、どういうつもりかよく分からない。

貴女(あなた)は」

椿原はそこで一度言葉を切って、わたしの目を覗き込むように見つめてきた。

「……今、何を見つめているんですか?」

何が聞きたいんだろう、いまいち質問の真意が読めない。

「別に何も見てないけど」

「そう……ですか」

椿原はゆっくりと目を閉じて、そして開いた。

「では、わたくしはこれで」

椿原はそう言って教室の方に戻っていく。

その後ろ姿を見送ってもなお、わたしはまだ教室に戻る気分になれなかった。

「はあ……」

ため息をわたしがついたところでチャイムが鳴る。

さすがにこれ以上ここにいるわけにはいかない、重い足取りでわたしは教室に戻った。



テストの結果で盛り上がるクラスメイトとは違って、わたしはテストの結果を見ても、何の感情も湧いてこなかった。

「百合、どうだった?」

真央は嬉しそうな顔で、わたしの席にやってきた。

「別に、いつも通りだけど」

今回の範囲は、簡単だったし。

「えーじゃあまたわたしの負け?」

「実際に見てみれば」

わたしと真央の答案を交換する。

「今回こそは勝つ気でいたのに」

真央は悔しそうな顔で、わたしの答案を見つめていた。

「でも、次のテストではわたしが負けそう、勉強の成果出てるんじゃない」

「もう、余裕ぶっちゃって、次は絶対勝つからね!」

そう言って真央は自分の席に戻っていく。

それにしても、真央は元々成績はいい方だったけど、今回はいつもよりずいぶん点数がよかった。

もしかしたらもう、受験を見越した勉強をしているかもしれない。

わたしと違ってすごいな、と心の底からそう思った。


「よし全員に返したな、じゃあ回答と解説をするぞ〜」

間延びした教師の声を聞き流しながら、窓の外に視線を移す。

今のわたしの席は右側の窓際の一番後ろで、外を眺めるのにはとても都合がいい。

空に浮かぶ雲と木々の緑色が、なんだかいつもより鮮やかに見えて……久々にちょっと絵でも描きたい気分になってきた。


「百合〜起きて」

真央に頬をつつかれて目が覚める。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「どうかしたの」

「これ見て」

真央に携帯の画面を見せられる。

「……映画のホームページ?」

「そうそう、この映画前に見たいって言ったの覚えてる?」

「あーうん」

思い出した。この映画、前に橘さんと見たやつだ。

「今日が上映最終日みたいだからさ、学校終わったら行かない?」

どう断ったものか、あのつまらない映画をもう一度見たくない。


「映画見るような気分じゃない」

「え〜一人で恋愛モノの映画なんて見に行くの恥ずかしいし」

「別に一人で行けばいいじゃん」

「む〜」

真央は不満げな顔をして携帯を胸ポケットにしまった。

「……」

なんだろう、最近真央の胸元がやけに気になってしまう。

いや、もともと興味があったというか、羨望の眼差しを向けていたのは確かではあるのだけど。

「どこ見てるの?」

わたしの視線に気づいたのか、真央は怪訝そうな顔をする。

「ねえ、真央また育ったんじゃない?」

気がついたときにはわたしの手はすでに、真央の豊かなそれを揉んでいた。


「きゃあっ!?」

「あっ、ごめん」

真央の悲鳴じみた声で我に返った。

「いや、そのつい」

「ついって」

呆れた、というような表情を真央は浮かべる。

「もう、そんなに揉みたいなら、自分の揉めばいいじゃん」

「……分かってない」

わたしの貧相なモノじゃなくて、真央の豊かなモノじゃなければ意味が無いのに。

わざとらしくやれやれと、肩をすくめてみる。

「もう、どうして私がそんな顔されないといけないの……えいっお返し!」

真央が頬を引っ張ってきた。

「いひゃい」

まあ、これで真央の気が済むのなら大人しく引っ張られておこう。

抵抗せずに大人しくしていると、一人の女子生徒がこっちに近づいて来た。


「あ、あの……ちょっといい、ですか?」

「あっ、椎名(しいな)さん。どうかしたの?」

そういえば、彼女は確か文芸部かなんかの部長だ、って真央から聞いた記憶がある。

「えっと、文化祭のことで桜井さん。それと朝倉さんに相談したいことが……」

そういうと椎名さんは、真央からわたしの方に視線を移した。

「?」

無言で視線を返す。

「あ、あの、その……」

黒縁メガネの奥の目がどうしてだろう、どこか怯えているように感じる。

「その……」

椎名さんは黙ったまま、その続きを言おうとしなかった。

「文化祭のことって言ってたよね、何かあった?」


真央が横から助けを出したおかげか、椎名さんはおもむろに口を開いた。

「文化祭の劇の脚本を、うちのクラスの文芸部員で作ることになって、今作ってるの」

「うん、それで?」

真央は優しく相づちをうつ。

「作ってる途中でね、実は登場人物を増やすことになって」

「ふむふむ」

「その……」

そう言いながら、椎名さんは視線をまたわたしに向けてきた。


「朝倉さんは大道具の担当だけで、劇には出ないって綾子から聞いたんだけど本当?」

「そうだけど、それがどうかしたの」

「え……えっと、朝倉さん!」

今まで聞き取ろうとしなければ、はっきり聞こえなかったのに、急にびっくりするような大きさの声を出してきた。

「げ、劇にも出てもらえないでしょうか!」

振り絞るようにこう言った椎名さんの顔は、分かりやすく真っ赤になっていた。

「嫌、面倒だし」

「ご……ごめんなさい」

やっぱりといった顔で椎名さんは俯く。

「別に謝らなくても」

「そ、その……ごめんなさい」

逃げるように、椎名さんはわたしの机から離れていった。


「そんなに人足りてないの?」

「実際私も劇に出ることになったし、人手が足りてないってのはそうなんだろうね。でも、わざわざ百合に声をかけたのは、それだけが理由じゃないと思うけど」

「どういうこと?」

「自分の胸に手を当てて考えてみたらいいんじゃない? 本当、百合はにぶいんだから」

わたしを挑発するように笑いながら、真央はわたしにこう言ってくる。

……それに自分の胸に手を当てて考えてみろって、これは当てつけなんだろうか。

「また揉まれたい?」

そう言って、再び真央の胸に手を伸ばそうとすると、真央は深いため息をついた。

「……私のこと、何だと思ってるの?」

伸びかけていた手が思わず止まる。

「えっと」

背筋が凍るような冷たい口調に、言葉が出てこない。

「ちょっと来て」

まずい。さっきのあれ、実は結構本気で怒ってたんだ。

「ごめん、ちょっとやりすぎた」

偽らざる今の気持ちが、口をついて出る。真央がただ怒ってる素振りを見せているわけじゃないことが、わたしにはひしひしと伝わってきていた。

「いいから、ちょっと来て」

前に真央を本気で怒らせたときと同じような、有無を言わさないあの口調だ。

こうなったらわたしにはどうすることも出来ない。素直に()()を受けるほかない。


真央に手を引かれて、教室の外へと連れ出される。もうすぐ休み時間が終わるけれど、今の真央にそう言ったって無駄だろう。

チャイムが鳴ったのに、そのまま渡り廊下まで連れて来られた。

「教室は、なんか空気よどんでたから」

真央はさっきまでと違ってどうしてか笑っていた。その笑顔が余計に怖い。


「ごめん。さっきも言ったけど、やり過ぎた」

「……そんな顔しないで」

なぜか、真央の方が申し訳なさそうに目を伏せる。

「私にとって百合はね、一番大事な……友達だけど、百合にとっての私は、どうなのかなってふと思っちゃったの」

「……」

「別に、スキンシップが嫌ってわけじゃないよ、私だって好きだし」

でもね、と真央は続ける。

()()にするには、さっきみたいなのはちょっと……ね?」

「ごめん、軽い気持ちでつい」

「うん、分かってる。別に怒ってるわけじゃないから。だからね、これからはもっと健全に……ね?」

「うん、分かった」

「それに……余計な期待、したくないから」

そう呟くように言ったあと、真央はいつも通り明るい笑顔になった。


真央と肩を並べて教室に戻る。

何をしていたか尋ねられたのだけど、真央が上手く言い訳をしてくれたおかげで、教師から咎められることはなかった。

「はぁ……」

ようやく授業が終わり、思わずため息が漏れる。

帰ろうと席を立ったところで、視界の端に真央が見えた。クラスの女子達と何か話しているようだったし、ちょうどいい。

そのまま気づかれないように、そっと教室を出た。


「じゃあね〜」

「また明日〜」

生徒達の挨拶が飛び交う廊下を歩いて、靴を履き替えて校舎を出る。

「……あっつい」

クーラーが効いた教室から外に出たせいか、汗が止まらない。

「はぁ……はぁ……」

学校から駅までの短い距離なのに、息があがる。

駅についたときには、すでに全身が汗ばんでいた。

改札を通っていつもは使わないエレベーターに乗り込む。


「ふう……」

帰ったらシャワーを浴びてソファーに寝転がろう。わたしはそう決めて、ちょうどきた電車に乗り込んだ。

しばらくぼんやりしていると、向かいの席に中学生ぐらいの女子とその母親らしき人が座った。

その二人に特別何かがあったわけではない。だけど、母親と娘というありふれた関係の会話が、目の前でされているのを見聞きして、わたしの頭の中の記憶が呼び起こされる。


「好きになさい。ただし──」

もしもわたしがあんなこと言わなければ、お母さんとあんなふうに肩を並べて、話が出来ていたのだろうか。

今になって、もうどうすることも出来ないのに、ふとそんなことを考えてしまう。

そうこうしてるうちに、いつの間にか家についていた。


2

「あ、おはよう。もうすぐ出来るから」

「うん」

いつものように朝起きて、ママと言葉を交わしたあと、制服に着替えてるときに突然携帯が鳴った。

「え? どうしたんだろ」

携帯に表示された百合の名前を見て、思わず呟いてしまった。

「もしもし」

「今大丈夫?」

百合の声がなんかいつもと違う。なにかあったのかな?

「大丈夫だけど」

「今日学校遅刻して行くから、先に行ってて」

「……どうして?」

「ちょっと用事出来ちゃって、昼休み前には学校行くから、じゃあね」

「えっちょっとま……」

一方的に電話を切られてしまった。

「もう、一体どうしたんだろ」

釈然としない気分のまま、リビングに降りる。


「いただきます」

朝ごはんを食べていても、さっきの電話のことが気になって仕方がない。

「さっき電話してたみたいだけど、誰から?」

「百合から」

「あら、デートのお誘いとか?」

ママはぱっと、嬉しそうな顔になる。

「今日学校に遅刻して行くから、先に行っててって」

そう、とママは少し残念そうな顔になった。

「そうだ、今度の週末にでも百合ちゃんうちに誘ったら?」

「いいの?」

「テストも終わったことだし、ママも久々に会いたいな」

ママからの嬉しい提案で、ちょっと落ち込んでいた気分が一気に晴れる。

「行ってきま〜す」

私は明るい気持ちで家を出た。


「あっ桜井さんおはよー」

「おはよー」

教室に着くまでに、みんなといつも通り挨拶を交わす。

「桜井さん」

教室で自分の席に座って、授業の準備をしていると、橘さんが声をかけてきた。

「あっおはよー」

とりあえず、当たりさわりのない挨拶を返す。

「ちょっと折り入って相談があるんだけど、いいかな?」

「うん、いいけど……」


ここじゃダメなのかな? という私の視線を受け流して、橘さんは教室から出て行ってしまった。

橘さんの後を追って、女子トイレの中に入る。

「相談って?」

橘さんが何も言わないので、私の方から切り出した。

「桜井さんと百合ちゃんってさ、どういう関係なの?」

「どういう関係って……それが相談なの?」

全く予想してなかった質問で、びっくりしてしまった。

「劇のベースとなる話が『眠り姫』になるって話は桜井さんにしたと思うんだけど、実は王子様役を女の子にしたらっていう意見が、文芸部の中で出てて」

それでね、と困ったような笑顔を作って橘さんはこう続けた。

「桜井さんがお姫様役をやるとしたら、例えば百合ちゃんとか、相手役にどうかな〜って」

お姫様役をやってほしいって話は、前から聞いてた……けど、相手役が百合だなんて……想像しただけで身体が熱くなってきた。

「あはは、私は別にいいんだけど、百合は絶対嫌だって言うだろうし」

想像してしまった光景に舞い上がりかけたけど、冷静になって考えると、あの百合が首を縦に振るわけない。

「椎名は見事に玉砕したみたいだけど、もしあたしが説得出来たら、別に相手が女の子でも大丈夫……ってこと?」

「うん、私は大丈夫だよ」

「本当? よかった!」

こうしちゃいられない、と橘さんは走ってトイレを出ていってしまった。



「はぁ、もう昼休みなのに」

昼休み前には来るって言ったのに、百合はまだ来ていない。

「ちょっと電話かけてくるね」

「おっカレシ?」

「もう、違うってば」

クラスの友達とお昼ご飯を食べてる途中で、教室を出て百合に電話をかける。

「はぁ……やっぱり」

そんな気がしてたけど、百合は電話に出なかった。

「こんなとこで、携帯握りしめてどうしたの?」

後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「あっ」

振り返ると百合が立っていた。

「もう、遅いよ」

怒っているみたいな顔と声をしていることが、自分でも分かる。

でも、怒ってるというよりも私は心配だった。

「朝、電話したよ」

百合は首を傾げる。

「そうだけど、そうじゃなくて……」

「じゃあ、何?」

ちょっと言ってた時間より遅れたってだけで、百合はちゃんと連絡をしてくれいたのに……なのにどうして私は。

「もう、いいよ。教室戻ろ」

ただ心配しちゃったって、どうして素直に言えないんだろう。



「ねえ、それでなにかあったの?」

私は午後の授業の休み時間、百合に尋ねてみた。

「別に、ちょっと用事を片付けてきただけ」

「ふ〜ん」

いつもは少し着崩している制服を、今日はきちっと着てるし、やっぱりいつもの百合とちょっと違う。

「そんなにじっと見られたって、困るんだけど」

「いつもと雰囲気違うなあって」

「そう?」

そう言って、百合は目をぱちくりとさせた。

「授業始まるよ。そろそろ戻ったら?」

「う、うん」

まだチャイムが鳴っていないのに、百合がこんなことを言うなんて……やっぱり変だ。



「あっそうだ百合」

そそくさと教室を出ようとする百合に追いついて、私たちは一緒に帰っていた。

「ん?」

やっと座ることが出来たところで、私は百合に話しかける。

「今週末さ、うちに来ない?」

「どうしたの突然」

「ママも百合に会いたいって言ってたよ」

「……そうなの?」

百合は露骨に気がすすまない、という顔をする。

「忙しかったりする?」

「そういうわけじゃないけど……なんかやだ」

「もう、なにそれ」

「気が向いたらじゃダメ?」

「……もちろん」

こういうときの百合に、あまり踏み込まない方がいいことを私はよく知っている。

だからそれ以上、なにも言わなかった。


「……」

百合はさっきからずっと、窓の外を無言で眺めている。その物憂げな視線にあるのは、きっと電車から見える景色じゃない。

「考え事、してる?」

出来るだけ邪魔にならないように、そっと話しかけた。

微かに百合が頷く。

「そっか」

私も同じように外を眺める。

ただそうしているだけで、今はいい。

心の奥からじんわりと湧き上がってくる、温かくて不思議な気持ち。

それを壊してしまわないように、私はゆっくり目を閉じた。


「ただいま」

「おかえり〜コーヒー入れるから着替えてきたら?」

「うん、そうする」

制服から着替えても、さっきの百合の顔が頭から離れない。

「はいコーヒー」

「ありがとう」

私はコーヒーを一口飲んで、それから大きく息を吐いた。

「どうしたの?ため息なんて」

「何だか一人で、勝手に心配ばっかりして疲れちゃった」

聞いてもらいたくて、自分から今日あったことをママに話した。


「なるほどね」

「うん……やっぱり百合にめんどくさいって、思われちゃったよね」

「ねえ、聞いてもいい?」

「ん?」

ママは私をじっと見つめる。

「百合ちゃんのこと、どう思ってるの?」

「……どう思ってるってそんなの」

「百合ちゃんのこと好き?」

「……!」

ママの言葉に声が出なかった。

「ママが今言った好きは、ただの友達としての好き、とは違うよ」

「それは……」

思わず胸元をぎゅっと握りしめながら、くちびるを噛んでいた。

好き、友達としての好きとは違う、好き。

いつからだろう、本当はずっと前から気づいていたんだ。

心の奥にずっとしまいこんでいた、この気持ちの正体に。

「分からないよ……分かんない」

本当は分かってる。

だけど、自分の口でこの気持ちを言葉にしてしまったら、もう、隠しておけなくなりそうで。

でも、これからずっと隠しておくにはもう……この気持ちは大きくなりすぎている。


「……辛いの、苦しいの、だって……だって私、大事な友達なのに、百合のこと好きになっちゃった」

「うん。いいの……もう分かったから、泣かないで」

ママは目を伏せてから、優しく頭を撫でてくれた。

「真央の気持ち、ママにも痛いほどよく分かるよ。だから、応援する」

「ママ……」

声が震えた。嬉しいとか、本当にいいのって? 色んな気持ちがごちゃごちゃに混ざって、涙になって溢れてくる。

「もう、泣かないの。どんなことがあったって、ママはいつだって真央の味方だから、心配しないでいいから」

ママは強く、だけど優しく私の手を握ってくれた。

「ありがとう」

涙はまだ止まらないけれど、ママに笑顔でお礼を言う。

「うん。やっぱり真央は笑顔が一番だよ」

少し冷めてしまったコーヒーが、こんなにも美味しいと感じることはきっとこれからもない。

噛みしめながら、私はコーヒーをゆっくり飲み干した。


3

なるべく頑張るつもりでいても、やっぱりわたしは絶望的に朝に弱い。

目が覚めて時計を見たわたしは、そのことを改めて実感していた。

起きなければ、起きなければいけない。

いい加減ちゃんとしようという決心が揺らぐほど、身体が重くて、だるい。


……もういいか、今日ぐらいはこのまま眠ってしまっても。

諦めてソファーに寝転がろうとしたわたしを、引き止めたのは携帯の着信だった。


「んぅ……なに?」

「もう、なに? じゃなくて、学校遅れちゃうよ」

「……もう少し寝かせて」

学校のことなんて、どうでもいいぐらいだるいから、このまま放っといてほしい。

「いいよ。待ってるから」

いつものようにお説教が始まると思ったら、全く想定していない答えが返ってきた。

「先に行ってればいいのに……真央まで遅刻することないのに」

「私が百合と一緒に行きたいから、勝手にそうするだけ。……待ってるから」

そう言って電話は一方的に切られてしまった。


真央は本当に生真面目なくせに、たまにこういうことを平気で言ってくることがある。

頑固というかなんというか……一度こうだって決めたらなかなか譲らないのは、小さい頃から全然変わってない。

「……ああもう」

真央はきっとわたしが行くまで、ずっと待っているだろう。

さすがにそこまでして寝ていたくはない。

ソファーから起き上がって、急いで身支度を整える。

「まだ間に合う……!」

飛び出すように家を出ると、真央はやっぱり待っていた。

「えっ、早いね?」

真央は驚いていた。いや、どうしてちょっと他人事(ひとごと)なんだ。

「いいから行くよ」

今からなら走れば間に合う。

「ちょ……ちょっと待ってよ!」


なんとか学校に間に合う最後の電車に滑り込むと、普段より車内は混んでいた。

「ふわぁ……」

つり革を握りながら、あくびをする。

「……ごめんね、急かしちゃって」

「いいよ、別に」

気まずそうにする真央の肩に、身体を少しだけ預ける。

「肩貸して」

「……もう」

そう言いながらも、真央はわたしを払いのけようとはしなかった。

わたしよりも数センチ身長の高い真央の肩が、ちょうどいい位置にあるのが落ち着く。

そのまま学校の最寄りの駅に着くまで、ずっとわたしはそうしていた。


「ありがと」

「ううん」

真央はどうしてか少し恥ずかしそうに笑う。

「ねえ百合、今日の帰りママが迎えに来てくれるって」

校門をくぐったところで携帯を触りながら、真央はこう言ってきた。

「え?」

わざとらしくわたしが首を傾げると、真央は携帯の画面を見せてきた。

「『ママも百合ちゃんに会いたいから、迎えに行きます』……ねえ」

そういえばそんなこと、言ってた気がする。

「分かったよ……行く」

真央のお母さん、いい人なんだけど、押しが強いんだよなあ。

「本当!? 連絡しておくね!」

ぱあっと、眩しい笑顔を真央は浮かべる。その顔を見ていると、なんだか諦めもつくというか。

「楽しみだな〜」

鼻歌でも歌い始めそうなほど、軽い足取りで真央は階段を駆け上っていった。


「はぁー」

今日の授業の終わりを告げるチャイムを聞いて、わたしは長いため息をついた。

「百合〜ママから校門についたって連絡来たよ」

「え、早くない?」

「ね、それだけ楽しみにしてるんだよ、ママも」

「……はあ」

靴を履き替えて、校門まで肩を並べて歩く。

「いつ以来だっけ、うちに来るのって」

「去年のクリスマスとかじゃなかったっけ」

「あーそうだったっけ、ケーキ作ったときの」

「そう」

そういう会話をしているうちに、校門に着いてしまった。


「ゆ〜り〜ちゃん」

止まっていた車の窓が開き、中から女性がひらひらと手を振っている。

「お久しぶりです」

「うーん相変わらずカワイイなあもう! 連れて帰りたい、いや連れて帰るんだけど」

このテンションの高い女性が、桜井真琴(まこと)。真央の母親で、それに、わたしのお母さんの親友だった人だ。

「あはは……」

わたしはただ、愛想笑いしか出来なかった。


「ねーママ、今日は何作るの?」

車の中で、真央は嬉しそうに尋ねた。

「もう材料は買ってあるし、それは家についてからのお楽しみよ」

「えーなにそれー」

やっぱりこの二人は親子というよりも、年の離れた姉妹みたいに仲がいい。

もちろん、母娘だから顔が似てるってだけじゃなくて、真琴さんは、実年齢よりもずっと若々しく見えるってのも大きい。

「そういえばママ、今日はね──」

真央と真琴さんの会話を聞き流しながら、わたしはぼんやりと窓の外を眺めていた。


「お邪魔します」

自分の家じゃない玄関で靴を脱ぐのは、やっぱり緊張してしまう。

「ただいまじゃなくて?」

「……えっと」

真琴さんにいつもこうやってからかわれるから、わたしは真央の家に行くの、いまいち気がすすまない。

「もう、百合に変な絡み方しないでよ」

「えー? 百合ちゃんは別に変だって思ってないよね」

そういいながら真琴さんは、正面からぎゅっとわたしを抱きすくめてきた。

「く、苦しいです」

相変わらず、真央以上のこのボリューム感。やはり遺伝か。

「あーもう、ママばっかりずるい!」

真央まで後ろからわたしを抱きしめてくる。

このままだと、もしかしてわたしこのまま死んじゃう? って思うぐらいの圧迫感だった。

──でも、それならそれも悪くないかもしれない。

真琴さんと真央から解放されるまで、わたしは本気でそんあことを思っていた。


「ねえ百合、模様替えしたんだけど、どう?」

真央の部屋に着くなり、わたしに尋ねてきた。

「わたしは好きだけど」

「よかった〜。ほら、前に百合と買い物にいったときに、色々選んでもらったでしょ?」

「でも、よかったの?」

「うん、百合が気にいってくれるんだったら、わたしはそれでいいの」

自分の部屋なのに、どうしてわたしの好みに合わせてわざわざ模様替えしたんだろう。

不思議に思ったけど、口に出すのはやめておいた。


「はいどうぞ、それじゃあごゆっくり〜」

「ありがとうございます」

しばらくして、真琴さんが冷たいコーヒーと、ココアを運んで来てくれた。

「前から思ってたんだけど、そんな苦そうなのよくそのまま飲めるね」

「そう? 別に普通じゃない?」

真央は不思議そうに首を傾げる。

「……いや、普通じゃないって」

「ふふっ、百合って結構子供っぽいところあるよね、今でも苦いものや辛いもの嫌いだもんね」

真央はニヤニヤと笑いながら、わたしの肩をつついてくる。

「体が受け付けないの」

「もう、ただ嫌いなだけなくせに。でもそんなところ、可愛いよ」

「…………可愛くない」

からかわれてるって分かってるのに、ちょっと照れている自分が恥ずかしかった。


「ねえねえ、そういえば百合ってさ」

「?」

真央はカップをテーブルに置いて、わざわざ座り直した。

「今、好きな人いるの?」

「え?」

突然どうしたのだろう。

「いや、その……ちょっと気になっただけだから。深い意味はないから誤解しないでよ」

「ふーん」

わたしが恋愛(そういうこと)に疎いの知ってるくせに。どうしてそんなことわざわざ聞くんだろう。

「だったら真央は──」

「真央ー百合ちゃーん! そろそろ降りてきてー」

わたしが質問を返そうとしたのを、遮るようなタイミングで、下の階から真琴さんの声が響いてきた。


「わぁ、気合入ってるなあママ」

テーブルの上にはエビチリや麻婆豆腐、生春巻きにシューマイが並んでいる。相変わらずものすごい量だ。

「当たり前でしょ。久々の百合ちゃんとのご飯なんだから気合い入れて作っちゃうよそりゃあ」

そう言って真琴さんは胸を張る。

「いつもすみません」

「もう、当たり前でしょ。百合ちゃんがうちに来てくれるんだったら毎日だって作っちゃうよ〜」

「あはは……」

自分でも、引きつった笑顔を浮かべているのが分かる。

毎日こんなに食べさせられたら、絶対体がもたない。


「さ、早く食べよ、料理は出来立てじゃないと、ね」

「いっただきまーす!」

「い、いただきます」

こんなふうに誰かと、テーブルを囲んでご飯を食べるのが久々でなんだか緊張してしまう。

箸を持ったまま戸惑っていると、真央が満面の笑みで、エビチリが盛られた皿を差し出してきた。

「はい、どうぞ」

「あ……りがと」

いきなりすごい量が盛られた。これだけでもお腹一杯になりそうな気がする。

「うん、美味しい」

本当にとても美味しい。真琴さんがものすごく料理上手なことは知っていたけれど、想像以上に本格的な味だった。

「本当? もっとどんどん食べて。はい、どうぞ」

「あ……はい」

「ほら百合これも、それからこれも」

「う、うん」

ものすごい勢いで食べろ食べろと、皿に盛られたものを食べ進めていくうちに、あっという間に満腹になってしまった。


「も、もう大丈夫です。お腹いっぱいです……」

「え〜? じゃあ食べさせてあげよっか? はい、あ〜んして」

真琴さんはお酒を飲んで酔っ払っているのだろう。顔がずいぶんと赤くなっている。

「あっ、ずるい! だったら私も……はい、口開けて」

止めるどころか真央も争うように、わたしにレンゲを差し出してくる。

さすがに恥ずかしすぎる。

「……いや、その、えっと」

ためらうわたしをよそに、二人は悪い笑みを浮かべている。

「……うぅ」

観念して、わたしは二人に餌付けされたのだった。


「お風呂沸いたから真央、先に入っちゃいない」

「はーい」

真央がお風呂に入りに行くのを見届けてから、真琴さんはわたしの隣に腰を下ろしてきた。


「ごめんね、つい百合ちゃんが来るたびに作り過ぎちゃって、娘がもう一人増えたみたいで嬉しくて」

「いえ、その……いつもありがとうございます」

「いいのいいの、そんなお礼なんて。私が好きでやってることだから」

真琴さんはにこにこと楽しそうに笑っている。


「ねえ百合ちゃん、頭撫でてもいい?」

「え?」

わたしの答えを待たずにくしゃり、と掴むように髪に触れられた。

「う〜ん本当に、似てるなあ。この柔らかい髪の感触も、その困ったような表情(かお)も……本当にそっくりだ」

そう言いながらも、真琴さんはわたしの頭を撫でる手を止めなかった。

「……こうやって、目の前の幸せに手を伸ばすっていうことは、なかなか素直には出来ないことだからね。でも、手を伸ばさないと、本当にほしいものはきっと手に入らないからさ」

「酔っ払ってます?」

「うふふ、ちょっぴりかな」

真琴さんは笑いながら、わたしをまだ撫で続けている。

「真央、それに百合ちゃんにも、あのときああしておけばよかったって、後悔して欲しくないの」

真琴さんはまだ笑っていたけど、声はなんだか少し辛そうだった。


「……後悔してること、あるんですか?」

「まあね。でも、私だってもう百合ちゃんの倍ぐらい生きてるから、後悔だらけだよ」

真琴さんは、ようやく私の頭を撫でるのをやめた。

「でもね、本当に大切なことは、後悔してないよ。だってそうじゃなかったら、真央や百合ちゃんと会えなかったから」

真琴さんは、わたしの左手をぎゅっと握ってきた。

「真央と百合ちゃんがちゃんと考えて決めたことだったら、私はなんだって応援するから。……それに私のこと、もう一人のママみたいに頼ってくれてもいいんだよ?」

真琴さんはいつになく真剣な眼差しで、わたしを見つめる。

「はい」

わたしが頷くと真琴さんは優しく微笑んだ。


「……でも、私なんかにどうして、ここまで優しくしてくれるんですか?」

「うーん、それはやっぱり他の誰でもない、あの人の娘だから、かな。私は百合ちゃんのこと、本当に特別に思ってるんだよ」

あの人の娘、か。

「……やっぱりダメだ、百合ちゃんの顔を見てると、どうしてもなんだか切なくなってきちゃうな」

真琴さんの目が潤んでいるように見えたのは、きっとわたしの気のせいじゃないだろう。

「わたしなんかでよかったら、いくらでも撫でていいですよ」

「……ふふっ、優しいねほんと。……ほら、こっちおいで」

それから真央がお風呂から上がってくるまでの間、わたしはずっと真琴さんによしよしと頭を撫でられていた。


「お風呂空いたよ」

「じゃあ次は、百合ちゃん入ってきたら」

真琴さんは明るい声で促してくる。

「はい」

真央と入れ替わりでお風呂に入った。シャワーを浴びていると真琴さんの顔が思い浮かぶ。

前に一度真琴さんが家に来て、わたしのお母さんと話をしていたことがある。

ほんの少しだけ聞こえてしまった話の内容から、 わたしのお母さんと真琴さんの間に()()()()()()ことは知っていた。

でも、いったいなにがあったんですか、真琴さんに聞けるわけなかった。


「百合ちゃん、お風呂どうだった?」

「いいお湯でしたよ」

「そう、よかった。真央の部屋に寝る用意してあるから、今日はゆっくりしていってね」

真琴さんはいつもの笑顔に戻っていて、わたしは少しほっとした。

「おやすみなさい、真琴さん」

「うん。おやすみ」

真琴さんは、ぼんやりとした顔でテレビを見ている。しばらくその横顔を眺めてからわたしはリビングを出た。


4

階段を上り、二階にある真央の部屋に向かう。

「開けていい?」

ノックして、入っていいか尋ねた。

「うん」

真央はベットの上に座って本を読んでいた。わたしも用意されていた隣のベットの上に座る。


「ねえ百合」

「?」

「前ね、ママが言ってたから気になったんだけど、百合のお母さんってどんな人だったの?」

「……さぁ、覚えてない」

真央に全く悪気はないのだろうけど、その質問は一番されたくなかった。

「そういえば私、百合のお母さんの顔ってみたことないなぁ……そうだ、写真とか携帯に入ってないの?」

「入ってない」

「えー本当はあるんじゃないの?」

「ない、写真なんて一枚も」

「そうなの?」

無言で頷くと、真央は気まずそうな顔をした。

「その、ごめんね」

「事実だし。別に気にしてない」

それからの真央は、よそよそしいというか、妙にわたしに気を使っているようで居心地が悪かった。


「じゃあそろそろ寝よっか、もう日付け変わっちゃうし」

相変わらず真央は寝るのが早い。だから朝からあんなに元気なんだろうけど。

「じゃあ、電気消すね」

スイッチを切ると白い人工的な光が消えて、部屋全体が間接照明の、ぼんやりとした灯りに変わる。


「ねえ、百合まだ起きてる?」

しばらくすると背中越しに真央が語りかけてきた。

「……どうしてあのとき、なにも言わずにいなくっちゃったの?」

「……」

わたしは聞こえているのに、聞こえないふりをした。

「お願い、ちゃんとこっち向いてよ。私、ちゃんと百合の顔を見て話したいの」

真央は後ろから服の袖をくいくいと、引っ張ってくる。

「……どうしたの」

短く息を吐いてから、わたしは真央の方に体を向けた。

「私ね、最近他の誰よりも、百合のこと知りたいって思っちゃうの」

真央はそこで言葉を切って、わたしをじっと見つめてきた。

「きっと迷惑に思うよね。だけど私はもうこの気持ち、抑えられないから」


「……」

「……」

重い空気が部屋全体に流れる。だけど、今の真央に譲る気はないみたいだった。

「……どうして今さらそんなこと」

思っているよりも今の率直な気持ちが、冷たい言葉になって外に出てしまった。

「こうやって二人だけでいるときじゃないと、聞けないことだし、それに私ずっとショックだったんだよ?」

どう答えたらいいのだろう。こんなこと話したってしょうがないことなのに。

「小学生の転校なんて、だいたい親の事情だよ」

真央は黙ったまま、わたしの言葉の続きを待っている。


「わたしも前日の夜、突然お母さんに言われたから」

「……そんな」

真央は大きく目を見開いた。

「電話とか家に無かったし、朝起きたらいきなり車に乗せられて、そのままになっちゃった。それだけだよ」

「そうだったんだ……」

「急だったし色々考えが及ばなかったから。今思い返せば後で手紙でもなんでも連絡出来たよね。……ごめん」

「ううんもういいの。ごめんね、百合の方が大変だったんだよね」

ずっと張りつめていた空気が、ようやく穏やかになった。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

安心したように目を閉じる真央を見て、わたしも眠りに落ちていった。


「……あれ、まだ寝てる」

珍しくわたしの方が、早く目が覚めたようだ。

まだ寝ている真央を起こさないように、そっと部屋の外に出る。

軽く背伸びをしてから階段を降りて、顔を洗いに行く。

「あ」

顔を洗ってから、歯ブラシを持ってきていないことを思い出した。

真琴さんも起きているか分からないし、自分の家に取りに戻ろう。


サンダルをこっそり借りて外に出る。隣だしすぐ戻ってこれるし大丈夫だろう。

自分の家で、歯を磨いて寝ぐせを直す。ついでに目についたオレンジのヘアピンをつけて、真央の家に戻る。


「うーん」

鏡を見ると、やっぱり前髪が気になる。そろそろ髪を切りに行きたいけど面倒だなあ。

「百合ちゃんおはよう」

鏡の前で考えていると、真琴さんから声をかけられた。

「おはようございます」

「そのオレンジのヘアピン似合ってるね、どこで買ったの?」

「ああ、これは友達から貰ったんです」

「へぇ」

意外そうな顔をして、真琴さんはぱちぱちと瞬きをした。


「そろそろ真央、起こしてきましょうか」

「うーんそうだね、お願い」

「分かりました」

階段を上って真央の部屋に戻る。真央はまだ寝ていた。

いつも起こされてばかりだから、なんだか新鮮な気分になる。試しに頬をつついてみることにした。

「えい」

「……」

何も反応がない、だったら。


「……起きて」

「は、はい!」

耳元で囁くと、真央は飛び起きた。

「びっくりした。心臓に悪いよ……もう、普通に起こしてよね。だいたいいつも百合は──」

耳まで真っ赤にして真央はまくしたてる。ちょっといたずらしただけで、そんなに怒らなくてもいいのに。

「もう、知らない」

そう言って真央は、部屋からさっさと出ていってしまった。


それにしても、なんであんなに顔真っ赤になってたんだろう。

そんなに怒ってたのかな、と呟きながらわたしも部屋を出た。

「百合ー何してるのー」

「今いくよ」

下から呼ぶ声に返事をして、わたしは小走りで階段を降りていった。

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