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朝色小夜曲  作者: 芦野
28/28

Another Ex

この章はAnotherchapterのアフターストーリーです。未読の方はぜひ本編を先に読んでください。

1

待ち合わせ場所に指定されたのは、閑静な住宅街の外れにあるバーだった。

本日貸し切りと書かれた看板にちょっと気が引けるけど、送られてきた店名と目の前の店が同じであることを確かめてから扉を開ける。

「やっほー久し振り」

奥の方のカウンター席から手を振るのは蓮佳さんだ。その隣の席にわたしは腰かけた。

「お久しぶりです」

「半年ぶりかな?」

「そうですね」

「やっとしばらくゆっくり出来そうだからねぇ、まずは百合ちゃんと二人で話したかったんだ」

「そうなんですか」

「もちろん。お姉さんは、そのために仕事を片づけてきたからねー」

そう言いながら蓮佳さんはグラスを傾けた。


「百合ちゃんと最初に会ってからもう3年ぐらいかあ」

「そうなりますね」

3年という時間は3という数字から受ける印象よりも、ずっと長い時間だと思う。

まあ、中学生が高校生になってしまうほどの時間って考えたら、短いはずがないんだけど。

「最近花恋とはどうなの?」

「……どうって言われましても」

蓮佳さんはニヤニヤ笑いながら、グラスに残っていたカクテルを飲み干した。

「そりゃあ、ね」

「……教えません」

「ぶー」

蓮佳さんはさっきから飲むペースが早い。まあ、彼女がかなりの酒豪なのは知ってるから、わざわざたしなめはしないけど。

「百合ちゃんそろそろウチにくればいいのに」

ウチにくる、その言葉が持つ意味はあのときとは全然違う。

「……考えてなくはないです」

「まーじっくり考えてね、花恋に急かされても焦らないように」

「はい」

「あ、そういえば明日葉はどう?」

「……うーん。今のままだと、正直難しいと思います」

わたしは今、アルバイトで明日葉の家庭教師をしている。……まぁ、わたし以外にも何人か家庭教師がいるんだけど。

「やっぱりそうかぁ」

「わたしが言うのもなんですけど、やる気というか、やらされていることへの拒絶反応が強いんで、そのへんがやっぱり問題だと思います」

まぁ、その気持ちは痛いほどよく分かるから、わたしはわりと優しくしているつもりなんだけど。

「うーん、まあ百合ちゃんはモチベーターとして引き続き上手く転がしてやってよ」

「分かりました」


「そういえば、百合ちゃんってこの前誕生日だったでしょ?」

「まあ、はい」

「と、いうわけで百合ちゃん目閉じて、そう。はい両手、出して」

言われるまま、目を閉じて両手を差し出す。

「はい。もういいよ」

オレンジ色がぱっと目に飛び込んでくる。財布……にしては小さいこれはきっと……。

「これって、キーケースですか?」

「そうそう、確か使ってなかったでしょ? よかったら使ってね〜」

「ありがとうございます」

わたしにはちょっとかわい過ぎる気がするけど、ありがたく使わせて貰おう。

「いいのいいのそんなにかしこまらないで、百合ちゃんはもう、妹同然みたいなもんだし」

そう言って蓮佳さんはグラスの中身を一気にあおった。



「ねぇ、百合ちゃんってお姉さんのこと嫌いなの?」

「別にそんなことないですけど……」

量が量だからか、流石に蓮佳さんはだいぶ酔いが回ってきたらしい。さっきから距離感がちょっとおかしいぐらい近い。

「だったらぁ、そんなにつれない態度とらなくてもいいじゃん」

上目遣いで蓮佳さんはそう言ってくるけど、本気で取り合うとロクなことにならない。

「ま、実際になびかれちゃっても困るんだけどね」

蓮佳さんは楽しそうに笑う。

「……まあでも百合ちゃんがもし本気で言いよってくれるんだったら花恋と徹底抗戦する覚悟はあるよ?」

「え?」

「つまり、百合ちゃんが思ってる以上に好きだってってことだよ」

蓮佳さんは真剣な顔で、じっとわたしを見つめてきた。

「優しいし、可愛いし、最近ぐっと綺麗になってきたし。……それにね、何よりちゃんと花恋に向き合ってくれてるってお姉さん知ってるから」

「……蓮佳さん」

「まあぶっちゃけちゃうと、最初は百合ちゃんのこと全然信用してなかったんだけどねー不良だって聞いてたし。でも、それは誤解だってこうやって会って話をするうちに分かったし」

「……」

いや不良……うーん。確かに優等生では絶対になかったけど、そこまでだったんだろうか。

「花恋のことちゃんと幸せにしてあげてよね」

「……努力します」

「そこは、はいって言い切ってよね、まあ百合ちゃんらしいけどさ」

蓮佳さんはニコニコ笑いながらわたしの肩を軽く叩いた。


2

「せんせー今日疲れたんで授業やめましょー」

「それ、この前も言ってたでしょ」

不満げにシャーペンをカチカチ鳴らす生徒こと、椿原明日葉さんは今日もやる気がないらしい。

「まあ、気持ちは分かるけど、わたしも仕事だしやめるってわけにはいかないかなー」

花恋から聞いた話だと、他の家庭教師のときはちゃんと授業を受けているらしい。

……まあ、わたしの役割的にはそれでいいんだろうけど、やる気のない生徒を相手するのは大変だ。

「あーもう疲れた!」

いつもはなんだかんだやり始めたら大人しく取り組むんだけど、今日はどうやら違うらしい。

「今日はいつもより機嫌悪いようだけど、どうかしたの」

「……せんせーには関係ないし」

なんか明日葉はわたしとこうやって会うと、いっつも拗ねてる気がする。

「関係ないんだったら、サボってないで次の問題やって」

このまま不毛なやりとりをしててもしょうがないし、あえて突き放してリアクションをみてみることにした。

「だって、つまんないんだもん」

「つまんないって?」

「勉強も、学校もこの家も何もかも全部」

「なるほどね」

「せんせーはそういうふうに思ったりしなかったわけ?」

つまんない、という言葉がぴったり当てはまるわけではないけど、そういうどこか鬱屈した気持ちは分からなくもない。

「何もかも嫌になったりはしてたかな、退屈っていうのとはちょっと違うと思うけど」

明日葉は頬杖をつくと、わたしの顔をじっと見てきた。

「じゃあせんせーはどうしてたのそういうとき」

「……うーん遊んだり寝たり、かな。どうにかして気分転換しようとしてた。ほらわたしの顔見てないで次の問題やってみて」

明日葉は嫌そうな顔をしたけど、問題集に向かい始めた。

「まあ、何か自分のやりたいこととか目標とか作れればいいんじゃないの、まあわたしは無理だったけど」

「……ふーん」

それから後は明日葉は黙々と問題に取り組んでいた。


「お疲れ様。今日は泊まっていくでしょ?」

「うーんどうしようかな」

明日葉への授業を終えたわたしは、花恋とリビングで話していた。

「明日、何か予定あるの?」

すぐに肯かなかったことが不満だったらしい。トゲが少しある口調でなんとなく分かった。

「別にないけど」

いれてもらった紅茶を一口飲んでから、わたしはこう答えた。

「だったら、今日は泊まっていって」

「分かった」


3

この世界の自分以外の人間のほとんどは他人だ。

他の人もそうかは分からないけど、わたしは他人がただの他人じゃなくなるのには、どうしたってある程度時間が必要じゃないか、と思う。

「……」

花恋の自室に初めて足を踏み入れたときにほのかに感じていた緊張は、今のわたしにはもうなかった。

「……」

花恋はパソコンで何か作業をしている。多分なんか仕事関係のことだろう。

わたしはわたしで、何をするでもなくスマホで動画をぼーっと見ている。

ただ同じ空間にいるだけ。そう言ってしまえばそれまでだけど、この時間はわたし達にとって大事な時間な気がする。

「仕事?」

そう聞いてみると花恋は軽く頷いた。

「お風呂、借りるね」

そう告げて、わたしは部屋を出た。


「ふぅ……」

足が伸ばせる湯船っていいな、なんて改めて思いながらわたしは大きく息を吐いた。

目を閉じると思わず眠りに落ちてしまいそうなほど、湯船の中は心地いい。

──思えばわたしと花恋の関係は、ずいぶんと近しいものになった。

精神的な距離、というのはもちろんだし、花恋のスキンシップにもだいぶ慣れた気がする。

とはいえ、わたしはいまだに花恋に振りまわされてばかりな気がする。


「わたし、先にベッド行ってるね」

花恋に声をかけてから、わたしはベッドルームのドアを開けた。

そのまま一直線にベッドに倒れ込むと、身体をゆっくり伸ばした。

「……」

それにしても、このベッドにはいまだに天蓋がついているのがちょっと面白い。

きっと多くの人が花恋から受けるイメージとは違う子供っぽい装飾。わたしはこれが悪いとは全く思わないんだけど、他の人にこのことを話したら絶対怒りそう。

でも、そういう子供っぽかったりする部分が、彼女を彼女たらしめているのだと、わたしは最近になって分かってきた。

「ふわぁ……」

目を閉じると、一気に眠気が押し寄せてくる。ほんとは花恋が来るまで起きてようと思ってたけど、どうやら無理そうだ。


「……ん……んぅ……?」

まどろみの中にいたわたしを、誰かが引き戻した。

「……あー花恋か。……え?」

顔と顔が触れあいそうになるぐらいの距離に、笑顔を浮かべた花恋がいた。

それは分かるんだけど、わたしが疑問に思ったのは花恋がいることじゃない。

「ふふっ、どうかした?」

「……いや、なんで裸なの?」

花恋が一糸纏わぬ姿でいたことだ。

「何か問題でも?」

「いや、問題っていうか」

確かに問題があるのかって言われたらないのかもしれないけど、それはそうとして、だ。

「ここは自分の家で、しかも自分の部屋で目の前にいるのは恋人」

そこで言葉を切って、花恋はすっと立ち上がった。

「それに、この身体に恥ずべき部分はないわ」

花恋はわたしに見せつけるように、胸を張ってみせてきた。

「……おっしゃる通りで」

確かに、改めて見てもその通りだと言うほかないぐらいの見事な裸体だ。

豊かなバストにすらっと伸びた肢体。並のモデルやグラビアアイドルなど足元にも及ばない、とわたしは思ってしまう。

「うふふ、貴女にそうやって思って貰うために重ねた努力の結晶なんだから。だから遠慮しないでもっと見て、触れていいのよ」

そう言うと花恋は顔をずいっと寄せてくる。

「……え、いやそのわたしいま起きたばっかりだしさ」

その意図を察したわたしは慌ててこう言った。

「へぇ、散々放っておいてこれ以上待てって言うの?」

「別に放っておいたわけじゃないし。忙しかっただけ……ひゃっ!?」

花恋はわたしをじっと見つめると、そのまま何も言わずに覆いかぶさってきた。

まずい、とってもお怒りでいらっしゃる。

宥めるにしても、言い訳するにしても、もう遅い気がしてきたけど、どうしたものか。

「……分かったよ」

「分かればいいの。それと、先に言っておくけど今日はやめてって言われてもやめないから」

そう言いながら彼女が浮かべた微笑みは、色んな意味でぞっとしてしまうほど蠱惑的なものだった。



「……ん」

外からの光で目が覚める。

「よく眠れた?」

すぐ横からした声の方に顔を向けると、花恋が穏やかな眼差しをわたしに向けていた。

「うん」

「何か夢でも見てた?」

「どうだろ」

何か夢を見ていた、ということだけがおぼろげに残っているだけで、はっきりとは思い出せない。

「ねえ百合」

「?」

「好きよ。この世界の誰より貴女が」

「……へ?」

自分でも分かるぐらい間抜けな声が出てしまった。

「あら、聞こえなかった?」

意地の悪い笑顔を浮かべながら、花恋はわたしの髪を触った。

「いやいやいや聞こえたけど」

恥ずかしげもなくそんなことを言えるのは、きっと本当にわたしのことが好きなんだろう。

「ふふっ、可愛い」

「分かった、分かったからそんなに言わなくていいよもう……」

頬が熱くなるのを感じながら、わたしは寝返りをうった。


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